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ウェリタスの苛立ち

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 「くそっ……!」

 この俺にステッラが与えられないなんておかしいじゃないか! 俺は由緒正しきオルドリッジ伯爵家の嫡男だというのに、こんな屈辱を味合う事になるとは!
 魔法において、俺は常に一番でなければならない。だというのに、よりにもよって今年入学したばかりの代表に星の栄誉を与えるなんて、どう考えてもおかしいじゃないか!
 叫びだしくなる感情を抑え、拳をぐっと握り込む。

 「こんなくだらん事に付き合う暇はない」

 「ウ、ウェリタス?」

 これ以上、此処にいる意味は無い。俺はくだらないステッラ授与式に背を向けると、剣技場を後にした。



 我がペルフェクティオ家の先祖は、王都を襲った魔物の大群を強力な魔法によって打ち払ったその功績を認められ、ソルモンターナ国王から叙爵の御沙汰を賜った。
 俺はその由緒ある魔法伯爵家の嫡男に生まれた。この家に生まれたからには、強い魔力を持ち、魔法を自在に操る事は当然。いずれ魔法伯を継ぐ俺は、父上から最も期待されている。
 俺の下にいる弟2人も勿論、魔法使いとしての能力を期待されていたが、ある日を境に我が家の家族構成は変わった。
 もとより、嫡男である俺と弟たちの接点は少なかったが、すぐ下の弟サフィラスの魔力鑑定の日以来、彼とは食事の時ですら顔を合わすことがなくなった。父上や母上、それどころか使用人も次弟の名前を口にしない。まるで、初めから次弟などいなかったかのように振る舞っている。どうしてなのか気にはなったが、父上がそのことについて何も言わないので、俺も何も聞かなかった。
 それから1年。末弟のアクィラが魔力鑑定を受けるころ、次弟は古い離れへと移された。母上もその事に何も言わなかった。彼女が次弟と極力関わらないようにしてることは、子供の俺にも分かった。
 父上は次弟をアレと呼び、ペルフェクティオの恥だと罵って憚らなかった。その時になって、俺は初めて次弟が魔力なしであることを知ったのだ。父上からアレとは決して関わるなと言われたが、もとより関わるつもりはない。魔力のない者はこの魔法伯爵家には必要ない。アレがいなくとも、俺のスペアにはそこそこ優秀なアクィラが居る。
 アレが完全に家族から切り捨てられると、父上の期待は一層俺に向けられた。そのことに優越感を感じると同時に、魔力無しが兄弟だということに羞恥を覚えるようになった。
 その魔力無しである我が家の恥が、学院に入学する年齢になってしまった。父上はアレを外に出すつもりはなかったようだが、学院から入学許可証が届いてしまえば通わせないわけにはいかない。貴族の子息令嬢の学院への入学は、国の決まりだからだ。
 生まれた時に魔力が無いことが分かっていれば、と父上は吐き捨てるように言ったが、本当にその通りだと俺も思った。口さが無い連中は、あの恥が俺の弟だと陰で笑うだろう。優秀な俺に魔力無しの弟がいる、その事が腹立たしくて仕方がなかった。完璧な俺の唯一の瑕疵だ。
 ところが、忌々しいばかりのアレは入学して早々、魔法実技の授業で不正をしたことを理由にペルフェクティオ家から放逐された。貴族でなくなれば、学院に通うことはできない。アレが入学してきたせいで、散々不愉快な思いをしてきた俺は、ようやく厄介者から解放されたと思っていた。ところが、アレは未だに学院に居座っていたのだ。しかも優秀な魔法使いとして、公爵家の後援を得ているという。
 そんな事はあり得ない。アレは魔力無しだ。一体どんな汚い手を使って取り入ったのか。一部の貴族の中に、父を良く思っていない者がいることは知っていた。嘗てのペルフェクティオの功績を妬んでいる下らない連中だ。魔力無しのアレの存在は、そんな貴族たちにペルフェクティオを貶める理由を与えてしまうきっかけになりかねない。だというのに魔力の無い役立たずの後ろ盾になるなど、いくら公爵家とはいえ非常識ではないか。しかも、公爵令嬢がアレの肩を持ったのも非常に不愉快だった。
 けれど、アレは魔法演技の代表に選ばれなかったようだ。優秀がきいて呆れる。所詮はその程度だったということだ。笑えるではないか。
 今年も俺が星を獲得して、魔法伯爵家であるペルフェクティオの威光を見せつけてやる。優秀なのはアレではなく俺だと分かれば、公爵家は悔しがるだろう。そう思えば溜飲も下がる。

 そのはずだった……



 ステッラ授与の途中で退場した俺は、父上に屋敷に呼び戻された。
 魔法伯爵家として、第一学年の代表に負けたのだ。今回の演技の結果に、父が良い顔をしないことは重々承知だ。きっと厳しい叱責を受けるだろう。

 「ウェリタス! 今回の結果は一体どういうことだっ! この私に恥をかかせおって!」

 俺が執務室に入るなり、怒り心頭の父上が拳で執務机を乱暴に叩き付けた。
 響き渡った大きな音に、思わず身を竦める。これほどに激しい父上の怒りが自分に向けられるのは初めての事だ。今の父上の目は、アレを見る目と同じ。我が家の恥を見る目だ。その事に、腹の底がヒヤリとする。
 どうして、俺にその目を向けるのか。いつだって父上は、俺を優秀な息子として見てくれたはずなのに……

 従兄弟のケイシーが我が家の恥部を吹聴して回った時、父上は怒り狂ったオーガのような顔でアレを鞭で打ち据えていた。こっそりと父上の後を追ってその様子を見ていた俺は、泣きながら許しを乞うアレの姿に仄暗い喜びさえ感じていた。
 俺は父上に大事にされている。この伯爵家の嫡男として大きく期待されている。それと比べ、アレはどうだ? 魔力なしの役立たずで、父上から憎まれてさえいる。母上さえも目を逸らして見ない振りだ。
 二つ下のアクィラは所詮は俺のスペアでしかない。この家の一番は俺なんだ。
 散々打ち据えられ静かになったアレの姿に満足した俺は、ステップを踏みながら本邸に戻った。
 この家に生まれながらも魔力を持たないということは、此処で生きてゆく資格はない。そう思っていたからこそ、父上のアレへの仕打ちは当然で、自分には無縁の事だと信じていた。
 
 「本当に忌々しい! お前がもっと! はっきりと! 実力差を見せつけていれば!」

 ダン、ダン、ダンと執務机を叩いていた父上は、それだけでは怒りを収めきれなかったのか、机上の本を掴み俺めがけて投げつけた。避ける事ができず、俺のこめかみの辺りに本が直撃した。衝撃に目の前が白くなる。

 「っ!」

 本が当たったところが、ズキズキと痛む。

 「くそっ! お前まで役立たずだったとは! いいか、もう二度と私に恥をかかせるな! 今後この失態を挽回できないようなら、後継はアクィラに変える!」

 「……え?」

 後継をアクィラにだって?
 父上の言葉が一瞬理解できなかった。

 「そ、そんな! 俺は今までこの伯爵家の為に、魔法を学び腕を磨いてきたのですよ! それなのにっ……」

 「魔法使いとしての才能はアクィラの方がお前よりも上だ。アクィラに次期当主の座を譲りたくなければ、今後二度とあんな醜態を晒すな! わかったか! はぁ……もういい、今はお前の顔など見たくもない。早くこの部屋から出てゆけ」

 そう言い放つと、父上は俺に一瞥もくれず背を向けた。
 自分は唯一の跡取りとして、大切にされていると思っていた。だというのに、俺の存在はこんなにも簡単にすげ替えられてしまえるようなものだったのか……

 「……失礼いたしました」

 執務室を出ると、其処には心配そうな表情の母上がいた。きっと父上の怒鳴り声は、廊下まで聞こえていたはずだ。母上にも次期当主の交代の話は聞こえていただろう。

 「まぁ! ウェリタス、血が出ているわ!」

 俺の顔を見た母上が顔色を変える。そういえば、さっきからこめかみの辺りがひどく痛む。当たった本で切れたのだろう。

 「……大丈夫です。俺は寮に戻ります」

 「で、でも、そんな怪我をしているのに……せめて手当だけでも」

 「いいえ、平気ですから。俺の事は放っておいてください」

 「ウェリタス……」

 大人しく物静かな母上は、父上を恐れているのか、いつもどこかおどおどとしている。
 アレが父上にどんな目に遭わされていようと、見ないふりをして黙っている人だった。俺が次期当主の座から外されることになったとしても、きっと何も言わないのだろう。まぁ、この人にとってアクィラも息子であることに変わりはない。誰が伯爵家を継ごうと構わないのだろうな。



 学院に戻れば、魔法演技の余韻に学院はざわついていた。
 其処彼処で立ち話をしている学院生からは、星を獲得したクラスの話題が聞こえてくる。本来なら、星を戴くのは俺のはずだった。
 忌々しく思いながら目立たぬように寮の部屋に向かっていれば、聞き覚えのある声に、ついそちらに視線を向けてしまった。
 其処には、星を戴いた代表の学院生と談笑しているアレがいた。そういえば、彼らはアレのクラスの代表だった。言いようの無い怒りが湧き上がる。
 俺がこんな思いをしているというのに、何故アレは笑っている?
 アレがこの学院に入学するまでは、全てが順調だった。けれど、アレが入学してからは、恥晒しの兄と陰で囁かれ、魔法演技では星を落とし、こうして今、後継者としての座も危うくなっている。これも、全てアレのせいだ。
 恥晒しは離れにいた時のように、大人しく小さくなっていればいいものを。
 くそっ! アレなどいなくなって仕舞えばいい!
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