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王太子殿下の胸の内

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 「メルキオール殿下、サフィラス様の願いを聞いて下さりありがとうございます」

 アウローラが腰を落としスッと頭を上げる。相変わらず美しい所作だ。

 「いや、公爵の言う通りになっただけだ。やはり愚弟の伴侶というのは悪手だったな」

 あれでも血を分けた弟だ。愚かな行為に走ってしまったが、せめて少しでも役に立つ駒だったと陛下に示す事ができればと思ったが、やはり浅慮であった。そもそも、あれの愚かさを暴いたのは彼だ。己の立場も弁えぬ愚かな男の無様な姿を目の前で見ている。地位と権力を求める強かな者であったなら、表舞台に出て来られない第二王子を都合の良い伴侶と考えたかもしれないが。彼はそう言ったものを求める人間ではなかった。

 ブルームフィールド公爵が後ろ盾になったという学院生のことは、彼と同級であるアウローラから聞いていた。彼は無詠唱で高位魔法を使いこなし、転移魔法までも操るという。
 かつて大陸を沈めるとまで言われたインサニアメトゥスを倒した四英雄の1人、大魔法使いフォルティスが無詠唱だったと言い伝えられているが、それは討伐の物語を面白くする為に語り手が大げさに伝えたものだと思っていた。何しろ、これまでに無詠唱の魔法使いに出会った事が無かったのだ。しかし、現実に無詠唱の魔法使いは存在した。この国の王太子として十分に学んでいたつもりであったが、もっと見聞を深める必要があるようだ。
 しかし、今まで一体どこにそんな優秀な魔法使いが隠されていたのかと思えば、彼は魔力が無かったばかりにオルドリッジ伯爵家から縁を切られた2番目の子息だという。
 そんな彼の後援者となるよう、公爵に薦めたのはアウローラだというではないか。彼女の慧眼には恐れ入る。

 夜会で出会った彼は、伯爵から居ない者と扱われていたとは思えない程、堂々とした立ち居振る舞いだった。
 国宝の錫杖の事も含め、色々と聞いておきたいこともある。アウローラに席を整えてもらい彼と改めて対面したが、甘い菓子を好む普通の少年であった。ただし、ハッとするような美しい容姿と、この年齢の貴族の子息にしては些か幼さを感じさせながらも、妙に肝が据わっているところは普通とは言い難かった。
 彼の腕前を見極めるつもりで、ワーズティターズの状況を話題に持ち出してみた。今我が国が動くわけにはいかないが、万に一つの可能性として、彼の正確な転移魔法で幽閉されている国王夫妻を国外に連れ出せればと思ったのだ。
 こちらが願っていた通り、クラウィス殿と仲が良い彼はワーズティターズへと向かったが、あろうことか僅か4人で反乱軍を制圧し王都を奪還してしまった。しかもたった1日で、だ。私の思惑から大きく外れた成果に、当然陛下は彼をこの国ソルモンターナに留め置くよう望んだ。陛下に国土を広げようという野心は無いが、大陸が乱れることはよしとしない。
 四英雄の1人と称えられる大魔法使いに匹敵する魔法使いとなれば、本人の意思に関わらず、どの国も放っては置かないだろう。しかも、まだ成人前の子供だ。如何様にも扱えると考えられても不思議ではない。強大な魔法を使う彼の存在が、現在の国同士の力の均衡を崩し、戦のきっかけになってはならない。というのが陛下のお考えだ。ならば、いっそ王族に迎え入れてしまえば良いでは無いかと、私は愚考した。
 しかしブルームフィールド公爵は、どんな地位や名誉を与えても彼をこの国に留め置くのは難しいだろうという。とはいえ、大国の王族の地位だ。伴侶としての役割も必要ない。求めるのはソルモンターナの魔法使いとしてこの国に在る事、それだけでいい。相手が第二王子という事を除けば、それほど悪い条件ではないはずだ。

 数日前、ヴァンダーウォール辺境伯夫人が王都に滞在し、各家の茶会に参加しているという報告を受けた。あの少年魔法使いをどうやって王家に迎え入れようかと考えていた矢先のことだ。
 滅多に中央に姿を現す事のない夫人が一体何を? と社交界が少々ざわついたが、ただ、懇意にしている家の茶会に参加して世間話をする。夫人が王都でとっている行動はそれだけだった。会話の内容は他愛の無いものだそうだが、どのお茶会でも必ず話題にする事があったという。これまで伴侶を持つ気の無かった三男が、関心を向けている相手がいる、と。しかも、辺境伯夫人は王都に到着したその日のうちに、学院のサロンで子息と学院生を1人招き食事をした。
 後ろ盾である公爵家の事を考えてか、サフィラスの名前は出さなかったようだが、私のように思い当たる節のある者がその話を聞けば、すぐに相手が誰であるのか察するだろう。
 夫人の行動の速さは流石としか言いようがない。しかし、あの規格外の少年魔法使いが欲しいのは王家も同じだ。ただ、こちらには彼に興味を抱かせるだけの有利な駒が無い。唯一使えそうだったのが、彼を虐げてきた父親よりもはるかに高い地位。それも、愚弟の伴侶というものだった。出遅れているだけではなく、愚弟とベリサリオの優秀な三男とでは比べるべくもない。
 
 「サフィラス様をこの国の味方にしたいのであれば、信頼、信用、親愛を得る事ですわ。あの方は損得では決して動きません。例え己の不利になることであっても、節義を重んじられる。しかも、それを貫けるだけの力もお持ちです。無理に縛ろうとなされば、かえって敵となってしまいますでしょう」

 「アウローラは随分と彼の事を解っているのだね」

 「わたくし、これでもサフィラス様に友人として認められておりますのよ」

 そう言ってアウローラは綻ぶように笑う。そういえば、いつぞや彼女の扇子に下がっていた謎の人形は、彼から貰ったものだと言っていた。
 どうやら少年魔法使いは、気高く誇り高い薔薇の心をしっかりと掴んでいるようだ。私とアウローラは、まだ確かな絆を築けていない。こうも易々と彼女の懐に入り込むとは、少々妬けるではないか。
 アウローラは、陛下がスタインフェルド家の懐の短剣と称えるほどの才媛であり、今や聖女の名も冠している。彼女ほどの人を妻とできる幸いを、弟はみすみす棒に振った。つまらない自尊心に囚われることなく、己が凡庸であることを認め身の程を弁えてさえいれば、有能な妻を得ていずれ公爵家に入ることができたというのに。全く愚かな事であったが、おかげで私が彼女を迎える栄誉を得た。互いに婚約を白紙にしたばかりなので正式な発表はまだだが、いずれ彼女は私の伴侶、王太子妃となる事が決まっている。 
 元婚約者である侯爵令嬢は優秀ではあったが、物静かで大人しい性質は王太子妃としては些か頼りなくもあった。それでも至らぬというほどではなく、何事もなければいずれは私の伴侶となるはずだった。しかしそれは、彼女の身内の失態で解消とあいなった。それを伝えた時、彼女は何処かほっとした表情を浮かべていた。彼女自身も、王太子妃という立場を重荷と感じていたのだろう。
 親や義兄弟の愚行とは関わりがなく、これまで真面目に王太子妃となるべく努めていた事も考慮して、彼女は王都から離れた神殿の神官見習いとなったが、報告では町の人々に慕われ日々穏やかに過ごしているという。彼女にとっては私の伴侶となるよりも、今の方が幸せなのだろう。
 
 「過ぎる正義感や不相応な野心がある人間はその心に付け入られ、簡単に利用されてしまう。それが高い能力を持つ者であれば非常に厄介です。もし彼の中にそんな心があるならば、他国の手に渡る前に手を打たねばならない。ですが、彼には魔法を封じる呪具すらも通用しない。実に悩ましい相手ではありますが……しかし、彼が望むのは、冒険者になる事のみ。いっそ偏執的とも言える程です」
 
 「どうやら、そのようだね」

 彼に地位や権力、財産に興味がない者がいることは分かってはいた。だが、王族として貴族的な考えが身についてる私には些か理解し難くもある。価値観の違いを理解出来なくとも、そういう者も居ると知ることは、数多の民を治める者として必要だ。
 
 「私はこれ以上彼と余計な関わりを持たない方がいいだろう。今回のことで警戒されてしまっただろうからね。このまま辺境伯夫人の思惑通りになったとしても、我が国に不利益はない。辺境の守りが一層固められたと思えば、却って良い結果とも言える。学院生の間はブルームフィールド公爵家の後ろ盾もある。この二家が関わっていると分かれば、よほどの愚か者でない限りこの国で彼に余計な事をしようとする家はないだろう」

 「ですが、学院内ではものの分別がつかない方もいらっしゃるようですわ」

 先日起きた学院内への不審者の侵入の件か。今の学院長になってからは幾分良くはなったようだが、長年の澱みはまだまだ根強く残っているのだろう。

 「後継や家に連なるものを真面に育てられないような貴族は、我が国に必要ないよ」

 そのような家は代を重ねるごとに劣化が進み、国を衰えさせる原因になりかねない。国を支える者達を見極める良い機会となるなら、それもいいだろう。
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