2 / 7
一青理沙 (ひととりさ)
しおりを挟む
『それでは、多数決を取ります』
委員長、日野美優さんの発言で、暗転する。
誰が誰だか分からない。しかし確かに、私のクラスメイト、高校一年A組の皆はそこにいる。
小学生の時。何か問題が起こると、先生は決まって「やった人、手を挙げなさい」と言って、皆顔を伏せた状態で手を挙げさせた。それでも必ず伏せないでちらっと見てる子がいて、翌日には挙手したのが誰か、クラス中に知れ渡ってしまうのだ。幸いあの頃は、それが原因でイジメに発展したりはしなかったけれど、中高ではそうはいかない。
匿名は、完全ではないと意味がない。
だからこれは、完璧と言える。
シルエットチャット。通称、暗チャ。
それが、大人気SNSサービス、キズナチャットの新機能の一つだ。
キズナチャットは無料の通信サービスだ。吹き出し形式で会話が表示され、大人数と一度に会話できることや、メールよりも手間がかからないことから、スマホ世代を中心急速に広まっている。今やスマホを持っている人の殆どがキズナチャットで連絡を取り合っていると聞く。
トークルーム内では、自分が設定したアイコンと、名前が用いられる。名前はニックネームでもいいんだけど、これは学校専用アカウントだから、皆本名。アイコンも強制的に学生証の写真だ。入学したての頃は、これでクラスメイトの顔と名前を一致させた、と言う人も少なくないんじゃないかな。かくゆう私もその一人。
だけど、シルエットチャットでは、それらが意味をなさなくなる。アイコンも名前も、黒く塗りつぶされるから、個人の区別がつかなくなるのだ。つまり暗チャになると、一転、匿名掲示板へと様変わりする。しかもIDも判別ブラウザもないから、完全透明。匿名性においてはより優れていると言っていいだろう。
このシステムは、無記名投票などに役立つ。
今はただ、文化祭の出し物を決めるために多数決をとっただけだけど、もっと重要な採決があったら、とても有効的なはずだ。
暗チャは、こうやって使うんだ。それが本来の使用法であるはずなんだ。
スマホを持つ手が震えて仕方がない。
いや、手が震えてるんじゃなくて、スマホ本体が振動しているのだ。
黙ることを知らないバイブレーション。
連続で来る通知。名無しさん達の止まらない毒吐き。
メインチャットの裏で、完全な闇が活発に動いている。
「1-A 暗闇チャット」
それははじめから暗チャのグループ。
いつの間にかできていて、いつの間にか私も招待されていた、三十九人のグループ。クラスメイト全四十人から一人引かれた人数が所属しているチャット。
そこは公衆トイレの落書きと大差ない、無価値な呟きが垂れ流され続ける場所。何を言っても許される場所。
だけど相手はクラスメイトなのだ。同じ教室で、同じ方向を向き、同じ空気を吸って、同じように授業を受ける、いつもの面子なのだ。
それを分かっているから、空気を壊すわけにはいかないから、誰も誰かの悪口なんて言わない。
ただ一人、ここにいない人を除いて。
【イインチョ話なげー】【つーか多数決するのに暗チャ使う意味ある?】【新機能を使いたいだけの自慢でしょ】【イインチョうぜぇな】【皆は何に投票した??】【それ聞いたらイインチョが暗チャ使った意味ねーっしょ】【メイド喫茶に一票】【誰だよお前】【言ったところで意味ないんだよなぁ……】
濁流のように物凄い勢いで流れ去っていく言葉たち。それらを放った人間は、クラスメイトの誰かなのだ。
シルエットは、何も映さない。
暗闇の向こう側にいる知人達と、教室で見た彼女達。
同一人物のはずなのに、どうしてか一致しない。
誰が誰だか分からないことが、こんなにも不気味に思えることだとは知らなかった。
実は、暗闇チャットには前身がある。
その頃は裏チャットと呼ばれていた。暗チャ機能が実装されたのはほんの一週間前だから、皆実名で書き込んでいた。
「日野美優をdisる会」
あまりにも直球なグループ名。その名の通り、誰もが日野さんを、「イインチョ」の悪口を言っていた。あそこではそういう空気が作られていて、そうしなければならないという強迫観念すらあった。
あの時は苦しかった。
日野さんは本当に優しい人だ。そんなに親しくないけれど、私は勉強を教えてもらったことが一度ある。親身になって分かりやすく丁寧に教えてくれた。どうしてそこまでしてくれるの? って聞いたら、委員長だから。と答えた。
委員長だから。
一生懸命委員長をやってくれている彼女の悪口なんて言いたくない。けどクラスメイトは皆言ってる。顔写真のアイコンと、実名を提示して、証拠として残るというのにチャットに書き込んで書き込んで書き込んで。
一部の本当に嫌っていた人達は楽しかったかもしれない。愛梨ちゃんとか。
でも流されるままに悪口を絞り出していた私みたいなのもいっぱいいる。そういう子達とは苦しさを、罪悪感を、共有していた。。
身分を明かして発言することの重みを知った。それは私が、一青理沙という人間が、こういうことを言う人ですよ、ということを周囲に公言しているのと他ならないからだ。
言葉の重みを背負う私自身はちっぽけなもので、身の丈以上の重荷を背負うことはとても、疲れる。
皆もそうだったのかもしれない。
だから、裏チャットはなくなった。描きこむ人が減っていって、グループチャットとして機能しなくなった。残っている人も愛梨ちゃん達数人になって。
そんな時、暗闇チャットが現れた。
名無しさん達の世界。自分の言葉に責任を持たなくていい世界。「私」の代わりにシルエットが呟いてくれる。
それが生まれたのをきっかけに、イインチョに対する悪口は再び始まった。
残酷で、だけど納得できてしまう事実だった。
皆は悪口を言いたくない訳じゃない。「私」が「悪口を言う人」だと思われたくないだけだったんだ。
重荷が消えたそこでなら、誰もが自由に発言できる。
悪口を言うのも、言わないのも、全て自由だ。
もちろん、私は言わない方だけどー。
【会議長かったー。疲れた。ちょっと遅くなったけど夕ご飯食べよ】
暗闇チャットに一言だけ描き残して、私はリビングに向かった。
「おっ! 今日ハンバーグじゃん! やったぁ!」
写真を撮って、ちょっと加工してから、Twitterにup。
『ちょっと遅めの夕食なう』
誰とでも簡単に繋がれる世界が、そこにある。
委員長、日野美優さんの発言で、暗転する。
誰が誰だか分からない。しかし確かに、私のクラスメイト、高校一年A組の皆はそこにいる。
小学生の時。何か問題が起こると、先生は決まって「やった人、手を挙げなさい」と言って、皆顔を伏せた状態で手を挙げさせた。それでも必ず伏せないでちらっと見てる子がいて、翌日には挙手したのが誰か、クラス中に知れ渡ってしまうのだ。幸いあの頃は、それが原因でイジメに発展したりはしなかったけれど、中高ではそうはいかない。
匿名は、完全ではないと意味がない。
だからこれは、完璧と言える。
シルエットチャット。通称、暗チャ。
それが、大人気SNSサービス、キズナチャットの新機能の一つだ。
キズナチャットは無料の通信サービスだ。吹き出し形式で会話が表示され、大人数と一度に会話できることや、メールよりも手間がかからないことから、スマホ世代を中心急速に広まっている。今やスマホを持っている人の殆どがキズナチャットで連絡を取り合っていると聞く。
トークルーム内では、自分が設定したアイコンと、名前が用いられる。名前はニックネームでもいいんだけど、これは学校専用アカウントだから、皆本名。アイコンも強制的に学生証の写真だ。入学したての頃は、これでクラスメイトの顔と名前を一致させた、と言う人も少なくないんじゃないかな。かくゆう私もその一人。
だけど、シルエットチャットでは、それらが意味をなさなくなる。アイコンも名前も、黒く塗りつぶされるから、個人の区別がつかなくなるのだ。つまり暗チャになると、一転、匿名掲示板へと様変わりする。しかもIDも判別ブラウザもないから、完全透明。匿名性においてはより優れていると言っていいだろう。
このシステムは、無記名投票などに役立つ。
今はただ、文化祭の出し物を決めるために多数決をとっただけだけど、もっと重要な採決があったら、とても有効的なはずだ。
暗チャは、こうやって使うんだ。それが本来の使用法であるはずなんだ。
スマホを持つ手が震えて仕方がない。
いや、手が震えてるんじゃなくて、スマホ本体が振動しているのだ。
黙ることを知らないバイブレーション。
連続で来る通知。名無しさん達の止まらない毒吐き。
メインチャットの裏で、完全な闇が活発に動いている。
「1-A 暗闇チャット」
それははじめから暗チャのグループ。
いつの間にかできていて、いつの間にか私も招待されていた、三十九人のグループ。クラスメイト全四十人から一人引かれた人数が所属しているチャット。
そこは公衆トイレの落書きと大差ない、無価値な呟きが垂れ流され続ける場所。何を言っても許される場所。
だけど相手はクラスメイトなのだ。同じ教室で、同じ方向を向き、同じ空気を吸って、同じように授業を受ける、いつもの面子なのだ。
それを分かっているから、空気を壊すわけにはいかないから、誰も誰かの悪口なんて言わない。
ただ一人、ここにいない人を除いて。
【イインチョ話なげー】【つーか多数決するのに暗チャ使う意味ある?】【新機能を使いたいだけの自慢でしょ】【イインチョうぜぇな】【皆は何に投票した??】【それ聞いたらイインチョが暗チャ使った意味ねーっしょ】【メイド喫茶に一票】【誰だよお前】【言ったところで意味ないんだよなぁ……】
濁流のように物凄い勢いで流れ去っていく言葉たち。それらを放った人間は、クラスメイトの誰かなのだ。
シルエットは、何も映さない。
暗闇の向こう側にいる知人達と、教室で見た彼女達。
同一人物のはずなのに、どうしてか一致しない。
誰が誰だか分からないことが、こんなにも不気味に思えることだとは知らなかった。
実は、暗闇チャットには前身がある。
その頃は裏チャットと呼ばれていた。暗チャ機能が実装されたのはほんの一週間前だから、皆実名で書き込んでいた。
「日野美優をdisる会」
あまりにも直球なグループ名。その名の通り、誰もが日野さんを、「イインチョ」の悪口を言っていた。あそこではそういう空気が作られていて、そうしなければならないという強迫観念すらあった。
あの時は苦しかった。
日野さんは本当に優しい人だ。そんなに親しくないけれど、私は勉強を教えてもらったことが一度ある。親身になって分かりやすく丁寧に教えてくれた。どうしてそこまでしてくれるの? って聞いたら、委員長だから。と答えた。
委員長だから。
一生懸命委員長をやってくれている彼女の悪口なんて言いたくない。けどクラスメイトは皆言ってる。顔写真のアイコンと、実名を提示して、証拠として残るというのにチャットに書き込んで書き込んで書き込んで。
一部の本当に嫌っていた人達は楽しかったかもしれない。愛梨ちゃんとか。
でも流されるままに悪口を絞り出していた私みたいなのもいっぱいいる。そういう子達とは苦しさを、罪悪感を、共有していた。。
身分を明かして発言することの重みを知った。それは私が、一青理沙という人間が、こういうことを言う人ですよ、ということを周囲に公言しているのと他ならないからだ。
言葉の重みを背負う私自身はちっぽけなもので、身の丈以上の重荷を背負うことはとても、疲れる。
皆もそうだったのかもしれない。
だから、裏チャットはなくなった。描きこむ人が減っていって、グループチャットとして機能しなくなった。残っている人も愛梨ちゃん達数人になって。
そんな時、暗闇チャットが現れた。
名無しさん達の世界。自分の言葉に責任を持たなくていい世界。「私」の代わりにシルエットが呟いてくれる。
それが生まれたのをきっかけに、イインチョに対する悪口は再び始まった。
残酷で、だけど納得できてしまう事実だった。
皆は悪口を言いたくない訳じゃない。「私」が「悪口を言う人」だと思われたくないだけだったんだ。
重荷が消えたそこでなら、誰もが自由に発言できる。
悪口を言うのも、言わないのも、全て自由だ。
もちろん、私は言わない方だけどー。
【会議長かったー。疲れた。ちょっと遅くなったけど夕ご飯食べよ】
暗闇チャットに一言だけ描き残して、私はリビングに向かった。
「おっ! 今日ハンバーグじゃん! やったぁ!」
写真を撮って、ちょっと加工してから、Twitterにup。
『ちょっと遅めの夕食なう』
誰とでも簡単に繋がれる世界が、そこにある。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
リリィと夜の鍵 〜ただいまのある場所へ~
あのパン
ライト文芸
夜の街に、ひとりで佇む少女・ミレイ。
手にしたのは、感情を閉ざしたうさぎのぬいぐるみ「リリィ」。
失われた記憶、忘れられた痛み、そして帰る場所を探す彼女の前に現れたのは、「お兄ちゃん」と呼ぶひとりの少年だった。
ふたりで歩む、不思議な図書館。
ぬいぐるみの涙、そして、心に灯る“ただいま”。
これは、“さよなら”では終わらない物語。
かつて傷ついたすべての心に贈る、優しくて切ないファンタジー。
忘れてしまっても、大丈夫。
あなたの「帰りたい」は、きっとここにある。
一陣茜の短編集
一陣茜
ライト文芸
短い物語を少しずつ、ずっと増やしていきます。
気になったタイトルから、好きな順番で、自由に。
どこからでも。お好きなように。お読みください。
感想も受け付けております。
お気に入り登録、いいね、をしてくださった読者様。
また、通りすがりにページをめくってくださった読者様。
直接言えないのが、とても悔やまれます。
「私と出会ってくれて、ありがとう」
一陣 茜
*本作はフィクションであり、実際の人物、団体、事件、地名などとは一切関係ありません。


ベスティエンⅣ
熒閂
ライト文芸
美少女と強面との美女と野獣っぽい青春恋愛物語。
恋するオトメと武人のプライドの狭間で葛藤するちょっと天然の少女と、モンスターと恐れられるほどの力を持つ強面との、たまにシリアスたまにコメディな学園生活。
名門お嬢様学校に通う少女が、彼氏を追いかけて地元で恐れられる最悪の不良校に入学。
女子生徒数はわずか1%という環境でかなり注目を集めるなか、入学早々に不良をのしてしまったり暴走族にさらわれてしまったり、彼氏の心配をよそに前途多難な学園生活。
不良たちに暴君と恐れられる彼氏に溺愛されながらも、さらに事件に巻き込まれていく。
人間の女に恋をしたモンスターのお話がハッピーエンドだったことはない。
鐵のような両腕を持ち、鋼のような無慈悲さで、鬼と怖れられ獣と罵られ、己のサガを自覚しながらも
恋して焦がれて、愛さずにはいられない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる