怪奇短篇書架 〜呟怖〜

縁代まと

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第100話 百本の蝋燭

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 ようやく騎士の訓練所にたどり着いた頃には日は高く昇っていた。カレンは慣れたもので、馬車から降りると真っ直ぐに建物の中に入っていく。アステルも彼女に続いた。

「カレンじゃないか」
「ガレッド。今日も愛妻弁当を持って来たわ」
「いつもすまないな」

 カレンは夫のガレッドを見つけると嬉しそうに駆け寄っていった。彼はカレンの差し出した包みを受け取ると、後ろにいたアステルに目を向ける。

「シリウスに用か?シリウスなら今、訓練所にいるぞ」
「ありがとうございます。行ってみます」

 ガレッドに許可を貰うとアステルはそのまま案内をされた訓練所に足を向けた。すると、そこには見覚えのある背中があった。

 シリウスだ。彼は槍を持ち、真剣な表情で目の前の相手に向かって鋭い突きを放つ。その動きはとても素早くて無駄がなく、美しい。アステルは思わず見惚れてしまった。
 それからしばらくすると、休憩の時間になり、シリウスがアステルに気づき、驚いたような表情を浮かべた。

「アステル、どうしたんだ?何かあったのか?」
「お、お弁当を渡しにきたの」

 真っ先にアステルの元に来たシリウスは彼女の肩を掴んで戸惑いながらも尋ねるとアステルは手に持っていた包みを差し出す。薄い緑色の布袋に包まれた大きな弁当箱をシリウスは不思議そうに見つめていた。

「わざわざ弁当を?」
「ちょっと顔を見たくて……迷惑だった?」
「いや、そんなことはない。嬉しい」

 シリウスの顔を見ると安心して笑みがこぼれる。こうして会いに来てくれると自分のことを想ってくれているのだと実感できて幸せな気持ちになれたのだ。

「ステラは?」
「ステラにはカレンさんの屋敷で預かってもらっているの」
「そうか、元気なんだな」
「元気……だけどちょっと反抗期みたい」

 アステルの困ったような顔にシリウスは苦笑する。

「それじゃあ、邪魔になると悪いからそろそろ帰るね」
「出口まで送らせてくれ」

 アステルは名残惜しげにシリウスを見上げると、二人で並んで歩き始める。シリウスと並んで歩くのは久しぶりだったので、アステルの心は弾んだ。
 ふと、アステルはシリウスの左腕を見る。そこには包帯が巻かれており、少し血が滲んでいた。

「怪我したの?」
「ああ、大したことない」
「見せて」

 アステルは少し驚いて尋ねると、シリウスは何でもないように言ったが、彼の腕をそっと掴むとシリウスは大人しく従う。汚れてしまっている包帯を外して傷口を確認すると、まだ新しい切り傷が痛々しく残っていた。

「気がついたら……たぶん訓練中にやってしまったんだろう、放っておけば治る」
「薬塗るからじっとしていてね」

 アステルはポケットの中から塗り薬を取り出す。最近作ったもので、いつステラが転んでも大丈夫なように持ち歩いているものだ。
 丁寧に腕に薬を塗っていくとシリウスはアステルの細い指先が肌に触れる度に緊張していた。最後に綺麗な包帯を巻き直すと、アステルは顔を上げて微笑む。

「これで大丈夫。あまり無理しないでね」
「……努力する」

 アステルの言葉にシリウスは神妙な面持ちで答えたが、きっと彼は無理をしてしまうだろうと思った。シリウスはそういう人だ。だから心配なのだ。

 そしてカレンと一緒に乗ってきた馬車がある場所に到着をしたが、カレンはまだ戻ってきていないようだった。まだガレッドと話をしているのかもしれない。

「先に馬車で待っているってカレンさんに会ったら伝えてくれる?」
「わかった……アステル」

 シリウスは周りに誰もいないことを確認をしてからアステルを引き寄せると、優しく抱きしめた。お互い、温もりを感じると心が満たされていくようでとても幸せだった。
 名残惜しそうに身体を離すと、二人は見つめ合う。そしてどちらからともなく唇を重ねた。キスをするのも随分と久しぶりに感じられ、シリウスはアステルの頬を撫でながら囁く。

「できるだけ早く帰ってくる。それまで待っていてくれるか?」
「うん、ステラのことは任せて」
「頼む」

 シリウスはアステルの頬に軽く触れるだけの口づけを落とすと、彼女の頭をひと撫でした。

 ◆

 その様子を遠くの木の陰からずっと見ていたマキは持っていた包みを地面に落とす。中身のおにぎりが崩れたが、それを気にする余裕はなかった。
 マキは全身の血の気が引いて顔色が悪くなるのを感じた。
 夫婦仲が悪いと思われていたシリウスは自分の妻に対して深い愛情を向けて愛おしんでいたのだ。しかも、あんなにも優しい表情をしていた。

「私は何を考えていたの……?」

 地面に落ちたおにぎりを見ながらマキは自問自答していた。恥ずかしさと情けなさが込み上げてくる。息子にそそのかされ、仕事を休んでまで彼に弁当を渡そうとしていた。もしかしたら喜んで受け取ってくれると思っていた。かつて愛した夫のように。
 聖女の守護騎士だった頃の夫に初めて弁当を作った時、夫は美味しいと言って食べてくれた。それが嬉しくて何度も作ったことを思い出しながらこのおにぎりを今朝早起きして作ったのだ。

「馬鹿みたい……こんなもの、シリウスさんにとっては迷惑なだけなのに……」

 マキの目からは涙が流れ落ちていた。シリウスの妻への気持ちを知った以上、自分は彼の傍にいることはできないと思った。レオの新しい父親になるのは無理だ。マキは落ち込みながら地面に落としたままのおにぎりを見下ろしてから踵を返した。
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