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第七章
第260話 不安を打ち消すには
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怪我人を抱えて徒歩での帰還はやめておいた方がいい。
合流した一行はそう話し合い、今回はリーヴァに乗せてもらいララコアへと戻ることにした。
怪我に関してはサルサムが特に酷い。
ヨルシャミも回復魔法をリスクなしに使えるわけではないため、今のところ応急手当てしかできていない状況だ。これで徒歩で来た道を帰るのはリスクが高すぎる、という判断だった。
眼下に見えてきた村を見つめて伊織は考える。
道中、ヨルシャミから自動予知の内容を聞いた。伊織は自分が何らかの攻撃を受ける予知とは思っていなかったため虚を突かれたが、決してありえないことではない。
それでも転生者が関わっているなら内容が覆ることもある。そう気にするな、とヨルシャミは言っていた。
だが逆に言えば『着ていた服が違うから今起こることではない』という前提も覆るかもしれないということだ。
「――イオリ、二十四時間ずっと警戒していられる人間はいない。油断しろとは言わんが気を緩めることは適度に挟むのだぞ」
「ヨルシャミ……」
「本当は伝えなければよかったのかもしれないが、こういうことを知っているか否かが生死を分けることもある故な。……しかし寝耳に水だったろう、すまない」
ヨルシャミはリータに支えられながら申し訳なさげに言った。
しかし、と笑みを浮かべて続ける。
「予知はな、私の周りで起こることだ。つまり何かあるとすれば、その場に私もいるということになる。ならば私もそう簡単には予知通りにはさせん。全力で守ろう」
「……あはは、ありがとう。うん、ヨルシャミがいるなら安心かもな」
「む? かもとは何だ、かもとは。この私の守護だ、100%安心安全であるぞ!」
未だに不安要素は多いが、伊織は少し心が軽くなった気がした。笑みを返してうんうんと頷く。
ヨルシャミの力強い言葉はこういう時にしっかりと支えてくれるのだ。
――そんなふたりを眺めながら、リータは密かに目を見開いてそっと胸元を押さえる。
数分前にようやく意識を取り戻したサルサムは未だ寝かされたままだったが、その位置からはリータの表情がよく見えた。
枕代わりの荷物から頭をずらし、大丈夫かと問おうとして一旦やめる。事情を知らないギャラリーが多すぎると感じた。
幸いすぐに伊織がリーヴァを着陸させ、全員ララコアから少し離れた場所で地面に降り立つことになったため、敢えてリータに肩を貸してもらうことで近くに呼び寄せる。
そして雪を踏みながらサルサムは声を潜めて訊ねた。
「大丈夫か? 随分、その、あの二人を見ていたようだが」
「え? ……ああ、ふふふ、まだ心配してくれるんですね。大丈夫ですよ、べつに嫉妬してもやもやしたわけじゃないんで」
そうなのか? とサルサムは首を傾げる。
あの熱心な視線は普通のものではなかったように感じた。瞬きの回数まで少なかった、と言おうとしてさすがにそこまで見ていたのを伝えるのは気持ち悪がられるかもしれないなと言葉を飲み込む。
リータは同じく声を潜めて言った。
「いや、その、なんていうんでしょうね。凄く尊いものを見たような気持ちになって」
「……」
「たしかに今もイオリさんを好きなまんまで、あまり諦められてないんですけれど……うん、やっぱり尊いなって」
「……ええと、その」
サルサムは言葉を探す。なかなか見つからない。
リータは一歩前進したようだが、少し方向性がおかしい気がした。
しかし前向きな者にそんな指摘をしていいものか。判断がつかずサルサムはミュゲイラをちらりと見る。ベルクエルフはともかく、フォレストエルフの耳なら聞こえてただろ、と。
しかしミュゲイラも何と答えていいのかわからなかったようで、
「い、いやー、ここまで戻ってくると寒いなー! やっぱ火山周辺はちょっと暖かかったんだなー!」
……などとわざとらしく独り言を口にした。
聞こえてたよと返事しているも同然だ。
(まあ何にせよマイナスな方向でないならいい、か)
これで元気をなくしているなら考えものだが、逆ならひとまず下手に手を出さないでいる方がいいのかもしれない。サルサムはそう無理やりにでも納得することにした。
となると、次に気にするべきは。
「あー……そうだ、その、リータさん」
「はい?」
「不死鳥とはいえ、俺の姿をした奴が失礼なことしてすまなかったな」
リータはきょとんとした後、ああアレですか、と笑った。
「気にしてませんよ、そもそも魔獣なんでノーカンですし!」
それもそうだとサルサムも思う。
飼い犬に舐められたからといって、それをキスにカウントする人間は――いるにはいるだろうが、それも主観によるものだ。要するにリータが「あれは気にするようなことじゃない」と思っているならそれでいい。
「……」
本当に微塵も気にしていないのは少しもやもやとするが――と、そこまで考えてこっちがもやもやしてどうする!? とサルサムは頭の中で自分を殴った。どうにも最近調子が悪いと嘆きながら。
「そろそろララコアだ。到着したらまずサルサムとヨルシャミは医者へ、そして付き添いはバルドに頼みたい」
先頭を歩いていた静夏が振り返ってそう言う。
バルドは「おう、任せてくれ」と片腕を上げた。
「伊織と私、リータは先にミヤタナの宿に向かい、再び部屋をとれるか訊ねてこよう」
「シズカよ、それなら一泊か二泊でいいぞ。サルサムの怪我なら私の魔力が回復し次第、すぐに治してやれる故な」
「……ふむ、それは頼もしいが……不死鳥が本当にここに戻ってこないか、火山の様子が落ち着いたかどうか確認しておきたい。そのため少なくとも数日は滞在したいと考えている」
静夏の説明を受け、ヨルシャミは目を瞬いたがたしかにその方がいいなと頷いた。
それに、と静夏は続ける。
「これは話すのに時間を要することではないが……話しておきたいこともある」
「オルバートと会った時のあれ?」
「そうだ。いや、気にしなくていいことなのかもしれないが、皆の意見も聞いておきたい。そしてその話は落ち着いた場所でしたい、そう思った」
それならミヤコの里はうってつけの場所だろう。室内は広々としており静かで落ち着ける。
ナレッジメカニクスのボスであるオルバートと遭遇したという話も道中で行なったが、それもまだ細かなところは端折っていた。まずは全員で情報のすり合わせをした方がいい。
ヨルシャミは静夏の背を軽く叩く。
「……不安を打ち消すには情報の共有と整理が一番だ。皆が揃ったらしっかりと話をしよう」
ああ、と静夏は目元を細めて頷いた。
合流した一行はそう話し合い、今回はリーヴァに乗せてもらいララコアへと戻ることにした。
怪我に関してはサルサムが特に酷い。
ヨルシャミも回復魔法をリスクなしに使えるわけではないため、今のところ応急手当てしかできていない状況だ。これで徒歩で来た道を帰るのはリスクが高すぎる、という判断だった。
眼下に見えてきた村を見つめて伊織は考える。
道中、ヨルシャミから自動予知の内容を聞いた。伊織は自分が何らかの攻撃を受ける予知とは思っていなかったため虚を突かれたが、決してありえないことではない。
それでも転生者が関わっているなら内容が覆ることもある。そう気にするな、とヨルシャミは言っていた。
だが逆に言えば『着ていた服が違うから今起こることではない』という前提も覆るかもしれないということだ。
「――イオリ、二十四時間ずっと警戒していられる人間はいない。油断しろとは言わんが気を緩めることは適度に挟むのだぞ」
「ヨルシャミ……」
「本当は伝えなければよかったのかもしれないが、こういうことを知っているか否かが生死を分けることもある故な。……しかし寝耳に水だったろう、すまない」
ヨルシャミはリータに支えられながら申し訳なさげに言った。
しかし、と笑みを浮かべて続ける。
「予知はな、私の周りで起こることだ。つまり何かあるとすれば、その場に私もいるということになる。ならば私もそう簡単には予知通りにはさせん。全力で守ろう」
「……あはは、ありがとう。うん、ヨルシャミがいるなら安心かもな」
「む? かもとは何だ、かもとは。この私の守護だ、100%安心安全であるぞ!」
未だに不安要素は多いが、伊織は少し心が軽くなった気がした。笑みを返してうんうんと頷く。
ヨルシャミの力強い言葉はこういう時にしっかりと支えてくれるのだ。
――そんなふたりを眺めながら、リータは密かに目を見開いてそっと胸元を押さえる。
数分前にようやく意識を取り戻したサルサムは未だ寝かされたままだったが、その位置からはリータの表情がよく見えた。
枕代わりの荷物から頭をずらし、大丈夫かと問おうとして一旦やめる。事情を知らないギャラリーが多すぎると感じた。
幸いすぐに伊織がリーヴァを着陸させ、全員ララコアから少し離れた場所で地面に降り立つことになったため、敢えてリータに肩を貸してもらうことで近くに呼び寄せる。
そして雪を踏みながらサルサムは声を潜めて訊ねた。
「大丈夫か? 随分、その、あの二人を見ていたようだが」
「え? ……ああ、ふふふ、まだ心配してくれるんですね。大丈夫ですよ、べつに嫉妬してもやもやしたわけじゃないんで」
そうなのか? とサルサムは首を傾げる。
あの熱心な視線は普通のものではなかったように感じた。瞬きの回数まで少なかった、と言おうとしてさすがにそこまで見ていたのを伝えるのは気持ち悪がられるかもしれないなと言葉を飲み込む。
リータは同じく声を潜めて言った。
「いや、その、なんていうんでしょうね。凄く尊いものを見たような気持ちになって」
「……」
「たしかに今もイオリさんを好きなまんまで、あまり諦められてないんですけれど……うん、やっぱり尊いなって」
「……ええと、その」
サルサムは言葉を探す。なかなか見つからない。
リータは一歩前進したようだが、少し方向性がおかしい気がした。
しかし前向きな者にそんな指摘をしていいものか。判断がつかずサルサムはミュゲイラをちらりと見る。ベルクエルフはともかく、フォレストエルフの耳なら聞こえてただろ、と。
しかしミュゲイラも何と答えていいのかわからなかったようで、
「い、いやー、ここまで戻ってくると寒いなー! やっぱ火山周辺はちょっと暖かかったんだなー!」
……などとわざとらしく独り言を口にした。
聞こえてたよと返事しているも同然だ。
(まあ何にせよマイナスな方向でないならいい、か)
これで元気をなくしているなら考えものだが、逆ならひとまず下手に手を出さないでいる方がいいのかもしれない。サルサムはそう無理やりにでも納得することにした。
となると、次に気にするべきは。
「あー……そうだ、その、リータさん」
「はい?」
「不死鳥とはいえ、俺の姿をした奴が失礼なことしてすまなかったな」
リータはきょとんとした後、ああアレですか、と笑った。
「気にしてませんよ、そもそも魔獣なんでノーカンですし!」
それもそうだとサルサムも思う。
飼い犬に舐められたからといって、それをキスにカウントする人間は――いるにはいるだろうが、それも主観によるものだ。要するにリータが「あれは気にするようなことじゃない」と思っているならそれでいい。
「……」
本当に微塵も気にしていないのは少しもやもやとするが――と、そこまで考えてこっちがもやもやしてどうする!? とサルサムは頭の中で自分を殴った。どうにも最近調子が悪いと嘆きながら。
「そろそろララコアだ。到着したらまずサルサムとヨルシャミは医者へ、そして付き添いはバルドに頼みたい」
先頭を歩いていた静夏が振り返ってそう言う。
バルドは「おう、任せてくれ」と片腕を上げた。
「伊織と私、リータは先にミヤタナの宿に向かい、再び部屋をとれるか訊ねてこよう」
「シズカよ、それなら一泊か二泊でいいぞ。サルサムの怪我なら私の魔力が回復し次第、すぐに治してやれる故な」
「……ふむ、それは頼もしいが……不死鳥が本当にここに戻ってこないか、火山の様子が落ち着いたかどうか確認しておきたい。そのため少なくとも数日は滞在したいと考えている」
静夏の説明を受け、ヨルシャミは目を瞬いたがたしかにその方がいいなと頷いた。
それに、と静夏は続ける。
「これは話すのに時間を要することではないが……話しておきたいこともある」
「オルバートと会った時のあれ?」
「そうだ。いや、気にしなくていいことなのかもしれないが、皆の意見も聞いておきたい。そしてその話は落ち着いた場所でしたい、そう思った」
それならミヤコの里はうってつけの場所だろう。室内は広々としており静かで落ち着ける。
ナレッジメカニクスのボスであるオルバートと遭遇したという話も道中で行なったが、それもまだ細かなところは端折っていた。まずは全員で情報のすり合わせをした方がいい。
ヨルシャミは静夏の背を軽く叩く。
「……不安を打ち消すには情報の共有と整理が一番だ。皆が揃ったらしっかりと話をしよう」
ああ、と静夏は目元を細めて頷いた。
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