マッシヴ様のいうとおり

縁代まと

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第七章

第248話 責任の取り方

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 ――翌朝。

 昨晩たっぷりと美味しいものを食べたウサウミウシは朝になってもご機嫌な様子で、伊織はほっとしながらその頭をこしょこしょと撫でる。
 しかし問題がひとつあった。
 日本酒のような地酒は質が良かったのかはたまた体質に合ったのか、サルサムは二日酔いにならず普段通り目を覚ましたのだが――そのせいか昨晩のことを若干覚えており、バルドによる被害報告を今回はすべてまるっと信じた。
 からの、リータに対する土下座本気謝罪コンボである。

 いつもより寝癖の酷い頭のまま頭を下げているサルサム、そして戸惑っているリータを眺めて伊織は助け舟を出すべきか逡巡したが、アルコールの失敗をどうフォローすればいいのかまったくわからない。
 なにせ伊織には未だに縁がない飲み物だ。
 もちろん飲み会の経験もないので参考になるものがフィクションからの知識しかなかった。
 とりあえず傍でバルドが声を掛けているので彼に任せよう、と伊織は一歩引く。

「いや、もう、本当にすまなかった……まさか酒でこんな失敗をするなんて……」
「オイこいつこれが失敗のカウント一回目のつもりだぞ……!」

 しかし今すべてを伝えるとショック死しかねないなと思い直し、バルドは詳しく話すのは控えておいた。
 代わりにそろそろ立てと言いながらサルサムの体を起こす。サルサムは無理やり抱き上げられた猫のような状態になりつつも立ち上がった。
 リータは「いいんですよ、大丈夫ですから」と慌てる。

「私は特に被害とかはありませんでしたし」
「成人男性が膝で寝るのは被害中の被害だぞ!? しかも嫁入り前の娘に!」
「ええぇ……! いや、でもその、私エルフ種ですしこれでもサルサムさんたちより年上なので、失うものは何も――」
「年齢なんて関係ない」

 サルサムの本気トーンな声にリータは面食らう。
 声だけでなく表情までもが真剣で、サルサムは握りこぶしに力を込めながら言った。

「いくら長く生きてたって、それ以外は人間と同じなんだ。それにエルフ種は精神年齢と生きてきた年月がイコールじゃないんだろ? 少なくとも人間よりは」
「ええ、まあ、はい、そうらしいですけど」

 目をぱちくりさせているリータを眺め、バルドはサルサムの肩を叩いた。
「まぁ~……あれだ、何かあったらお前が責任取ればいいんじゃないか?」
「責任? ……!? いえいえいえ、そこまでのことじゃないんで! っていうかバルドさん何言ってるんですか!」
「責任……」
 冗談を言って場を和ませよう。
 そういった意図からの発言であり、バルドはセクハラにならないようアクセントにも気を遣ったが、それを汲み取りつつも言葉の響きに照れたリータとは反対にサルサムの声には真剣さが含まれていた。

「責任、そうか、責任か」
「サルサムさん?」
「責任を取るのは良い案だ」

 今度こそ自分の力だけですっくと立ったサルサムにバルドもリータもぎょっとする。
 そのまま近寄ってくるサルサムにリータはあたふたした。

「いやそのサルサムさん、それはあの」
「責任を取って――」
「待っ……」
「切腹しよう」
「そっちですか!?」

 リータの後ろに合った荷物からナイフを取ろうとするサルサムを二人は必死になって止め、宥めすかすこと数分。
 ようやくサルサムが納得した「後の作戦に響く」という理由と「禁酒する」という条件により、事態は一段落ついたのだった。

     ***

 宿をチェックアウトし、ミヤタナに見送られながら出発する。
 寒いものの天気は良好、この天気はしばらく続くのではないかという予想が多かった。油断ならないだろうが少し気が楽だな、と思いながら伊織はポケットの中に手を入れる。
 そこには手の平サイズの冷たい感触のするものが入っていた。――夢路魔法の世界で交わした契約の証である懐中時計だ。

 時計としての機能は有していないが、前世で見知ったものが身近にあるというのは落ち着くものだなと再確認する。
 今後緊張した時はこれに触れて深呼吸するのもいいかもしれない。
 伊織がそう思いながら足を進め、太鼓橋に差し掛かった時。
 ミュゲイラがヨルシャミに「また落ちるんじゃないぞ」と言いながらつついていた。そう言う本人が落ちそうだなと思ってしまったのは黙っておこう、と伊織は密かに決める。

 それを眺めていた静夏が口元を緩めた。

「あの時……不謹慎ではあるが、少し懐かしかったな」
「懐かしかった?」

 ぽつりと零した母親の言葉に伊織は首を傾げる。
 静夏はどこか遠くを見ながら言った。
「昔、旅行先の似たような橋で伊織が足を滑らせたことがあってな。織人さんと共に慌てて支えたんだ」
「えっ、覚えてないんだけど」
「伊織はうんと小さかったからかもしれない。だが数少ない家族旅行だった故、私はよく覚えているぞ」
 自分に記憶がないことを伊織は残念に思ったが、夢路魔法の中で見た父親の姿を思い出して払拭した。

 覚えていないと思っていても、きっと頭の中のどこかに存在し続けている。
 記憶はそう簡単に忘れられるものではない。

 そう強く思い、残念そうな顔をする代わりに伊織は笑みを浮かべた。
「母さん」
「なんだ?」
「僕はそれを覚えてないけど、……きっと完全に忘れてはいないと思うんだ。頭の中のどこかに残ってる」
 だから、と伊織は母親を見上げる。
「落ち着いてからでいいから、今度またその時の話をしてほしいな」

 家族の思い出の地はすべてあちらにあるというのに、前世の世界にはどうやっても帰れない。
 織人の墓参りも今後は出来ず、命日に花をあげることもできない。
 静夏はそれでも今生きる世界を守ろうと、ここも自分の故郷だからと、過去を振り返りはしても帰れないことを苦しくは思わないようにしてきた。

 しかし伊織はどうなのだろう。
 そう測りかねていたため、息子本人の口から過去に対して前向きな言葉が聞けたことに静夏は目を瞬かせた。

(伊織の話では敵の幹部に何かとても心を抉ること――詳しくは聞かせてもらえなかったが、酷いことを言われたようだ)

 その後、伊織は普段通り振る舞っていたが、無理はしていないかと不安だったため静夏は少しばかり安堵する。
 前を向かなくては未来に向かって歩んではいけない。
 しかし過去を振り返ることは無意味ではない。

「ああ、もちろんだ。私も伊織に聞いてほしい」

 そう実感しながら、静夏は目を細めて笑った。


 ――普段通りであろう。
 そう心掛けての振舞いは今も続いている。
 しかし静夏だけでなくそんな心掛けに慣れてしまった伊織本人も、そのことには気がついていなかった。
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