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第七章
第246話 甘え方に迷いがない
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「――えーっと、何がどうなってそうなったんだ?」
バルドの第一声に伊織は同意するしかなかった。
他の仲間たちと無事に合流し、すべての魔獣を倒しきれたと確認できたのが先刻のこと。
そのことに安堵しつつも全員の視線は伊織、もとい伊織の背中にしがみついたリーヴァに注がれている。
伊織は冷や汗をかきつつもワイバーンの名付けについて、そしてこの少女がそのワイバーンであることを説明した。
が、なぜくっついたままなのかは主人である伊織にもさっぱりわからない。
とりあえず本人はご機嫌ではあるようだ。
バルドは「あの子がまさかこうなっちゃうとはなぁ……」とまじまじとリーヴァを見る。
「けど今なら会話できるんだろ? 訊いてみたらどうだ?」
「あ、そうか」
異様な状況すぎてうっかりしていたが、人型のワイバーンは言葉での意思疎通が可能だという話だったはず。
言葉がなくとも伊織なら訊ねられるが、他の面々にも聞こえるように説明してもらうなら口頭の方がいい。というよりも伊織としてはそうしてほしい。
なにせさっきからヨルシャミが酷く戸惑っているのだ。
嫉妬の炎を燃やすといった様子ではないが、そういった気持ちはあるものの相手の本性がワイバーンであるためどうすべきか非常に迷っているというように見える。伊織も大体同じような戸惑い具合だ。
「リーヴァ、その……人間の言葉は話せるか? どうしてくっついてるんだ?」
リーヴァは片目をぱちぱちさせるとようやく背中から離れて言った。
「今の私にとってイオリ様は父親のような認識ですので、人の形になりこれ幸いと甘えておりました」
「ち、ちちおや?」
「召喚と違い、貴方のテイムはそのような感覚が心の中に溢れるのです」
はきはきと喋りつつリーヴァは「なおそれ以外は通常通りです」と付け加えた。
テイム=洗脳の類と同義ではないらしい。
つまりウサウミウシも子供気分なのか……となんとなく納得しつつ伊織は続ける。
「小さい姿なのは一体……」
「人型はまやかしの姿。そのため変幻自在です。前の主人に仕えていた頃は任された仕事を鑑みて成体の姿の方がよい、と判断しました。今回はイオリ様たちに合わせた方がいいという自己判断です。大人の方が宜しいですか? 服装も『仕える者』に相応しいものを選びましたが、変更可能です」
それと、とリーヴァは言う。
「見目の傾向も主人の好みに合わせました」
「……」
「ははあ、伊織の好みってこういう……」
「あ、ちょっと待って、把握したからちょっと待って」
伊織はなぜか感心しているバルドから逃げるように後ろを向く。
なんとなく、本当になんとなく既視感を持っていたのだが――なるほど、と納得した。
今のリーヴァの姿は雰囲気がどことなく元の姿のヨルシャミに似ているのだ。
伊織はヨルシャミが好きである。
言えと乞われれば全力で断言できるほど好きである。
つまり両方の姿の彼が好きなので、どういう方法かはわからないがリーヴァが汲み取った『伊織の好み』が元の姿のヨルシャミに似ていても何ら不思議はない。
問題は件の元の姿をニルヴァーレを除く全員が未だに知らないことだ。
何か誤解を生む気がする、と思いながらちらりとヨルシャミを見ると、あちらはあちらで何かを察したのかほんのり赤くなった耳をばたつかせていた。
とりあえず悪い誤解はされなかったようだと伊織はホッとする。
――その陰でリータが「イオリさんの好みってこんな感じなんだ……ヨルシャミさんとかなりイメージが違うけれど、これって打開策を考えた方がいいのかな……」と誤解していたが、口に出したわけではないので誤解は誤解のまま保持されることとなったのだった。
「ええと、とりあえず姿はそのままでいいよ」
「ありがとうございます。この人型は省エネですので長時間召喚も可能です、もちろん永続召喚も喜んで――」
「ああ、その、僕が父親の立場なんなら……それは簡単に決めないでほしいな。故郷は大切にしてくれ」
永続召喚はこちらの世界に属することになるということ。
送還もできるのかもしれないが、こんな簡単に故郷から切り離されることを選ばないでほしいと伊織は思った。
リーヴァは不思議そうにしつつも「かしこまりました」と頷く。
「じゃあ僕らは一旦宿に戻って話をするから、リーヴァも戻ってもらおうかな。あっ、仲間外れとかじゃなくて、部屋をこの人数でしか取ってないからさ……!」
追加も可能だろうが宿のミヤタナの負担を増やしてしまう気がしたのだ。
リーヴァは了解すると「では最後にもう一度撫でてください」と頭を差し出した。伊織は気まずく感じながらもその頭を撫でる。
ワイバーンの姿だった時は遠慮容赦なく撫でられていたのだが、今は少し遠慮してしまった。
撫でられながら隻眼を開いたリーヴァはヨルシャミが再び複雑そうな顔をしているのに気がつき、伊織に「ありがとうございます」と礼を言うとそのままヨルシャミに近寄っていく。
無意識に緊張した伊織をよそに、リーヴァはヨルシャミにも頭を差し出した。
面食らった顔でヨルシャミは元の自分に似た黒髪を見下ろす。
「……な、なんだ? 私にテイム能力はないのだが」
「落ち込んでいる私にかけてくださった言葉がとても嬉しかったのです。ですので、これは普通に甘えております」
「甘え方に迷いがないな!」
リーヴァは目を細めた。
「……彼の者、シァシァといいましたか。あれには何度かニルヴァーレ様に連れられ施設を訪れた際に会ったことがあるのですが、正直申しまして――私、ああいった手合いが大の苦手で御座いまして」
ああ、あの時やたら短気だった理由はそっちか、と伊織はその時のことを思い返す。
「同胞が必死に役立ち作った隙を活かせず、捕獲すること叶わず、更には逃げられてしまい大変落ち込んでおりました」
「同胞?」
「同じ主人に仕えるウサウミウシです」
「同胞……」
「私が落ち込んでいる時に主人以外に励まされたのは初めての体験でした。……ので、主従関係では御座いませんが……イオリ様が父のような存在ならば、貴方は母。甘えさせてください」
ヨルシャミは口をぱくぱくさせる。
伊織を父と言い、自身を母と言われるのはすこぶる恥ずかしいようだった。
深い意味はないのだろうが挙動不審になる。それをぐっと堪え、ヨルシャミは右手を伸ばした。
「――そ、そういうことなら甘やかしてやろう。これからの成長、楽しみにしているぞ」
伊織よりも遠慮なく撫でる手にリーヴァは目を閉じ、密かに嬉しげな様子で「はい」と答えた。
バルドの第一声に伊織は同意するしかなかった。
他の仲間たちと無事に合流し、すべての魔獣を倒しきれたと確認できたのが先刻のこと。
そのことに安堵しつつも全員の視線は伊織、もとい伊織の背中にしがみついたリーヴァに注がれている。
伊織は冷や汗をかきつつもワイバーンの名付けについて、そしてこの少女がそのワイバーンであることを説明した。
が、なぜくっついたままなのかは主人である伊織にもさっぱりわからない。
とりあえず本人はご機嫌ではあるようだ。
バルドは「あの子がまさかこうなっちゃうとはなぁ……」とまじまじとリーヴァを見る。
「けど今なら会話できるんだろ? 訊いてみたらどうだ?」
「あ、そうか」
異様な状況すぎてうっかりしていたが、人型のワイバーンは言葉での意思疎通が可能だという話だったはず。
言葉がなくとも伊織なら訊ねられるが、他の面々にも聞こえるように説明してもらうなら口頭の方がいい。というよりも伊織としてはそうしてほしい。
なにせさっきからヨルシャミが酷く戸惑っているのだ。
嫉妬の炎を燃やすといった様子ではないが、そういった気持ちはあるものの相手の本性がワイバーンであるためどうすべきか非常に迷っているというように見える。伊織も大体同じような戸惑い具合だ。
「リーヴァ、その……人間の言葉は話せるか? どうしてくっついてるんだ?」
リーヴァは片目をぱちぱちさせるとようやく背中から離れて言った。
「今の私にとってイオリ様は父親のような認識ですので、人の形になりこれ幸いと甘えておりました」
「ち、ちちおや?」
「召喚と違い、貴方のテイムはそのような感覚が心の中に溢れるのです」
はきはきと喋りつつリーヴァは「なおそれ以外は通常通りです」と付け加えた。
テイム=洗脳の類と同義ではないらしい。
つまりウサウミウシも子供気分なのか……となんとなく納得しつつ伊織は続ける。
「小さい姿なのは一体……」
「人型はまやかしの姿。そのため変幻自在です。前の主人に仕えていた頃は任された仕事を鑑みて成体の姿の方がよい、と判断しました。今回はイオリ様たちに合わせた方がいいという自己判断です。大人の方が宜しいですか? 服装も『仕える者』に相応しいものを選びましたが、変更可能です」
それと、とリーヴァは言う。
「見目の傾向も主人の好みに合わせました」
「……」
「ははあ、伊織の好みってこういう……」
「あ、ちょっと待って、把握したからちょっと待って」
伊織はなぜか感心しているバルドから逃げるように後ろを向く。
なんとなく、本当になんとなく既視感を持っていたのだが――なるほど、と納得した。
今のリーヴァの姿は雰囲気がどことなく元の姿のヨルシャミに似ているのだ。
伊織はヨルシャミが好きである。
言えと乞われれば全力で断言できるほど好きである。
つまり両方の姿の彼が好きなので、どういう方法かはわからないがリーヴァが汲み取った『伊織の好み』が元の姿のヨルシャミに似ていても何ら不思議はない。
問題は件の元の姿をニルヴァーレを除く全員が未だに知らないことだ。
何か誤解を生む気がする、と思いながらちらりとヨルシャミを見ると、あちらはあちらで何かを察したのかほんのり赤くなった耳をばたつかせていた。
とりあえず悪い誤解はされなかったようだと伊織はホッとする。
――その陰でリータが「イオリさんの好みってこんな感じなんだ……ヨルシャミさんとかなりイメージが違うけれど、これって打開策を考えた方がいいのかな……」と誤解していたが、口に出したわけではないので誤解は誤解のまま保持されることとなったのだった。
「ええと、とりあえず姿はそのままでいいよ」
「ありがとうございます。この人型は省エネですので長時間召喚も可能です、もちろん永続召喚も喜んで――」
「ああ、その、僕が父親の立場なんなら……それは簡単に決めないでほしいな。故郷は大切にしてくれ」
永続召喚はこちらの世界に属することになるということ。
送還もできるのかもしれないが、こんな簡単に故郷から切り離されることを選ばないでほしいと伊織は思った。
リーヴァは不思議そうにしつつも「かしこまりました」と頷く。
「じゃあ僕らは一旦宿に戻って話をするから、リーヴァも戻ってもらおうかな。あっ、仲間外れとかじゃなくて、部屋をこの人数でしか取ってないからさ……!」
追加も可能だろうが宿のミヤタナの負担を増やしてしまう気がしたのだ。
リーヴァは了解すると「では最後にもう一度撫でてください」と頭を差し出した。伊織は気まずく感じながらもその頭を撫でる。
ワイバーンの姿だった時は遠慮容赦なく撫でられていたのだが、今は少し遠慮してしまった。
撫でられながら隻眼を開いたリーヴァはヨルシャミが再び複雑そうな顔をしているのに気がつき、伊織に「ありがとうございます」と礼を言うとそのままヨルシャミに近寄っていく。
無意識に緊張した伊織をよそに、リーヴァはヨルシャミにも頭を差し出した。
面食らった顔でヨルシャミは元の自分に似た黒髪を見下ろす。
「……な、なんだ? 私にテイム能力はないのだが」
「落ち込んでいる私にかけてくださった言葉がとても嬉しかったのです。ですので、これは普通に甘えております」
「甘え方に迷いがないな!」
リーヴァは目を細めた。
「……彼の者、シァシァといいましたか。あれには何度かニルヴァーレ様に連れられ施設を訪れた際に会ったことがあるのですが、正直申しまして――私、ああいった手合いが大の苦手で御座いまして」
ああ、あの時やたら短気だった理由はそっちか、と伊織はその時のことを思い返す。
「同胞が必死に役立ち作った隙を活かせず、捕獲すること叶わず、更には逃げられてしまい大変落ち込んでおりました」
「同胞?」
「同じ主人に仕えるウサウミウシです」
「同胞……」
「私が落ち込んでいる時に主人以外に励まされたのは初めての体験でした。……ので、主従関係では御座いませんが……イオリ様が父のような存在ならば、貴方は母。甘えさせてください」
ヨルシャミは口をぱくぱくさせる。
伊織を父と言い、自身を母と言われるのはすこぶる恥ずかしいようだった。
深い意味はないのだろうが挙動不審になる。それをぐっと堪え、ヨルシャミは右手を伸ばした。
「――そ、そういうことなら甘やかしてやろう。これからの成長、楽しみにしているぞ」
伊織よりも遠慮なく撫でる手にリーヴァは目を閉じ、密かに嬉しげな様子で「はい」と答えた。
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