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第六章
第195話 閉ざされた小屋
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――なぜあんな姿をしているのか、というのが一番初めに抱いた感想だった。
***
雪に覆われた小屋は随分と背が低く見える。
それもそのはず、誰も雪かきをしないため雪が積もるがままになっているのだ。よく毎年放置されているのに倒壊しなかったなと感心するほどだ。
しかし出入口の部分だけ雪がどかされ、ドアから中に入れるようになっていた。
それが目で確認できるようになった時、小屋の向こう側から何かが跳ねるように駆けてきて伊織たちはぎょっとして足を止めた。
「リヤン!」
ミセリが駆け寄ってきたもの――リヤンと呼ばれた犬を抱き締める。
静夏がその傍らで訊ねた。
「それはミセリの犬か?」
「はい、夫と一緒に消えた犬の内の一頭です。もしかしてあの中に夫も……?」
そう小屋に視線を向けたミセリだったが、リヤンを撫でていた手に赤いものがついて小さく声を上げる。血だ。
どこか怪我をしているのか、と調べてみるとリヤンは片耳を負傷しているようだった。
よく見れば肉球は赤くなり毛皮も汚れている。どこかで滑り落ちたのかも、とミセリは心配げにリヤンの耳を拭った。
「ミセリはリヤンを見ておいてほしい。我々は小屋を調べてみよう」
雪の中を進みながら静夏は言う。
小屋の残る三方も雪に閉ざされていたが、一番奥だけは小さな穴が雪に掘られていた。
覗き込むと割れた窓がある。
「リヤンはここから這い出してきたのかな?」
「まだわからないが……もしかすると遠吠えの主もあの子かもしれないな」
頷く静夏に伊織はもう一度雪の穴を見た。自分なら通れそうだが窓の奥は暗闇に閉ざされており単独で入るのは危険に思える。
正面の出入り口も先ほど開こうとしてみたが、鍵がかかっているのかびくともしなかった。
これ以上何も見つからなければ強行突破するか、この穴から侵入することを考えた方がいいかもしれない。そう伊織が考えているとミュゲイラの声が耳に届く。
「姉御ー! こっちも足跡ひとつ付いてないっすよー! 窓も埋まっちゃって見えないし!」
「ふむ、一度正面へ集まってくれ」
手分けして確認していた仲間を呼び戻し、静夏は正面のドアをノックした。
しかし中から返事はない。
「……私は行方不明者の捜索を頼まれミラオリオから来た者だ。誰かいないか!」
やはり返事はない。
そこで静夏はミセリに許可をもらい、小屋のドアを壊すことにした。
「誰もおらずとも、もし中からリヤンが出てきたのなら何か痕跡があるかもしれない。ドアを壊してもいいだろうか?」
「ええ、もちろんです。ただ気をつけてください、あまり振動を与えると屋根から雪が落ちてくるかもしれないので……」
「大丈夫だ、一瞬でやる」
静夏は左手をドアに添えると、みしり、と音をさせて右手を壁にめり込ませる。
そのまま小屋そのものを支えつつ左手でドアを外側へ剥がし取った。内側へ打ち抜かなかったのは中に人がいた場合への配慮だろうが、伊織はなんとなく昔見たパニックホラー映画を思い出して咳払いする。
と、そっと中を覗き込んだリータが肩を跳ねさせた。
「っ……マッシヴ様、中を見てください……!」
光源のない真っ暗な室内。
そこに人がいた。
いた、どころではない。まるで満員電車のようにすし詰め状態になっている。
それぞれ直立不動でぴくりとも動かず、目を開いている者はいたがどれも胡乱だった。
なんだこれ、と伊織は思わず呟く。
安否を確認しようと静夏が手前にいた男性を引き寄せようとしたが、足の裏が小屋の床に張りついておりびくともしない。見ればブーツごと脛辺りまで凍りついているようだ。
「見ろ、隙間からだとわかりにくいが中にいるのは人間の男ばかりだ。犬はいない。リヤンはここから脱出したのではなく、外から中へ侵入した後、我々の気配を感じて出てきたのではないか?」
ヨルシャミが小さな火球を呼び出して小屋の中を照らして言う。
たしかに人間の男性ばかりだ。いなくなった犬は相当数いるはずだが、ここには見当たらない。
するとその中の一人の顔を見たミセリが声を上げた。
「夫です! それに他の人も行方不明になった人ばかり……でもなんでこんなところに……」
「とりあえず何とか生きてはいるようだ。ただ足は無理やり外すと危険かもしれない、ヨルシャミよ、魔法でこれを溶かすことは――」
そう静夏が一旦小屋の出入り口から離れた時、左手側から音がした。
雪の落ちる音ではない。
その場にいた全員がそちらを見ると、音の主は隠れることすらせずそこに立っていた。
白い着物のような服。
体つきは女性だが背が高く隣に伸びる大木が小さく見える。
その頭部はじっとりとしたヴェールに覆われていたが、突出した鼻先はどう見てもイヌ科のもの。
――なぜあんな姿をしているのか。
それが皆が皆一番初めに心に湧かせた疑問だった。
頭部が人の形ではない獣人はいるものの、ここまで巨大ではない。そもそもこの国では稀少すぎて早々お目にかかれない種族だ。
ならば予想通り魔獣か魔物なのだろうか、と伊織は身構える。
しかし頭部と大きさ以外でここまで人間に似たものは今までいなかった。精々ゴーレム系が二足歩行をしているくらいだ。
スケルトンやゾンビのようなものは中に別の魔獣が入っているとされている。
猿をベースにしていれば似るかもしれないが、裾から覗く手足は皮膚が人間のものにしか見えない。
(侵攻に使われている魔獣も進化してきてる……だから人間に似たものが出てきた?)
伊織はじっとそれを見つめながら一度だけ震えた。
進化の影響なら――ならなぜ、人間に似せる必要があったのだろうか。
***
雪に覆われた小屋は随分と背が低く見える。
それもそのはず、誰も雪かきをしないため雪が積もるがままになっているのだ。よく毎年放置されているのに倒壊しなかったなと感心するほどだ。
しかし出入口の部分だけ雪がどかされ、ドアから中に入れるようになっていた。
それが目で確認できるようになった時、小屋の向こう側から何かが跳ねるように駆けてきて伊織たちはぎょっとして足を止めた。
「リヤン!」
ミセリが駆け寄ってきたもの――リヤンと呼ばれた犬を抱き締める。
静夏がその傍らで訊ねた。
「それはミセリの犬か?」
「はい、夫と一緒に消えた犬の内の一頭です。もしかしてあの中に夫も……?」
そう小屋に視線を向けたミセリだったが、リヤンを撫でていた手に赤いものがついて小さく声を上げる。血だ。
どこか怪我をしているのか、と調べてみるとリヤンは片耳を負傷しているようだった。
よく見れば肉球は赤くなり毛皮も汚れている。どこかで滑り落ちたのかも、とミセリは心配げにリヤンの耳を拭った。
「ミセリはリヤンを見ておいてほしい。我々は小屋を調べてみよう」
雪の中を進みながら静夏は言う。
小屋の残る三方も雪に閉ざされていたが、一番奥だけは小さな穴が雪に掘られていた。
覗き込むと割れた窓がある。
「リヤンはここから這い出してきたのかな?」
「まだわからないが……もしかすると遠吠えの主もあの子かもしれないな」
頷く静夏に伊織はもう一度雪の穴を見た。自分なら通れそうだが窓の奥は暗闇に閉ざされており単独で入るのは危険に思える。
正面の出入り口も先ほど開こうとしてみたが、鍵がかかっているのかびくともしなかった。
これ以上何も見つからなければ強行突破するか、この穴から侵入することを考えた方がいいかもしれない。そう伊織が考えているとミュゲイラの声が耳に届く。
「姉御ー! こっちも足跡ひとつ付いてないっすよー! 窓も埋まっちゃって見えないし!」
「ふむ、一度正面へ集まってくれ」
手分けして確認していた仲間を呼び戻し、静夏は正面のドアをノックした。
しかし中から返事はない。
「……私は行方不明者の捜索を頼まれミラオリオから来た者だ。誰かいないか!」
やはり返事はない。
そこで静夏はミセリに許可をもらい、小屋のドアを壊すことにした。
「誰もおらずとも、もし中からリヤンが出てきたのなら何か痕跡があるかもしれない。ドアを壊してもいいだろうか?」
「ええ、もちろんです。ただ気をつけてください、あまり振動を与えると屋根から雪が落ちてくるかもしれないので……」
「大丈夫だ、一瞬でやる」
静夏は左手をドアに添えると、みしり、と音をさせて右手を壁にめり込ませる。
そのまま小屋そのものを支えつつ左手でドアを外側へ剥がし取った。内側へ打ち抜かなかったのは中に人がいた場合への配慮だろうが、伊織はなんとなく昔見たパニックホラー映画を思い出して咳払いする。
と、そっと中を覗き込んだリータが肩を跳ねさせた。
「っ……マッシヴ様、中を見てください……!」
光源のない真っ暗な室内。
そこに人がいた。
いた、どころではない。まるで満員電車のようにすし詰め状態になっている。
それぞれ直立不動でぴくりとも動かず、目を開いている者はいたがどれも胡乱だった。
なんだこれ、と伊織は思わず呟く。
安否を確認しようと静夏が手前にいた男性を引き寄せようとしたが、足の裏が小屋の床に張りついておりびくともしない。見ればブーツごと脛辺りまで凍りついているようだ。
「見ろ、隙間からだとわかりにくいが中にいるのは人間の男ばかりだ。犬はいない。リヤンはここから脱出したのではなく、外から中へ侵入した後、我々の気配を感じて出てきたのではないか?」
ヨルシャミが小さな火球を呼び出して小屋の中を照らして言う。
たしかに人間の男性ばかりだ。いなくなった犬は相当数いるはずだが、ここには見当たらない。
するとその中の一人の顔を見たミセリが声を上げた。
「夫です! それに他の人も行方不明になった人ばかり……でもなんでこんなところに……」
「とりあえず何とか生きてはいるようだ。ただ足は無理やり外すと危険かもしれない、ヨルシャミよ、魔法でこれを溶かすことは――」
そう静夏が一旦小屋の出入り口から離れた時、左手側から音がした。
雪の落ちる音ではない。
その場にいた全員がそちらを見ると、音の主は隠れることすらせずそこに立っていた。
白い着物のような服。
体つきは女性だが背が高く隣に伸びる大木が小さく見える。
その頭部はじっとりとしたヴェールに覆われていたが、突出した鼻先はどう見てもイヌ科のもの。
――なぜあんな姿をしているのか。
それが皆が皆一番初めに心に湧かせた疑問だった。
頭部が人の形ではない獣人はいるものの、ここまで巨大ではない。そもそもこの国では稀少すぎて早々お目にかかれない種族だ。
ならば予想通り魔獣か魔物なのだろうか、と伊織は身構える。
しかし頭部と大きさ以外でここまで人間に似たものは今までいなかった。精々ゴーレム系が二足歩行をしているくらいだ。
スケルトンやゾンビのようなものは中に別の魔獣が入っているとされている。
猿をベースにしていれば似るかもしれないが、裾から覗く手足は皮膚が人間のものにしか見えない。
(侵攻に使われている魔獣も進化してきてる……だから人間に似たものが出てきた?)
伊織はじっとそれを見つめながら一度だけ震えた。
進化の影響なら――ならなぜ、人間に似せる必要があったのだろうか。
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