マッシヴ様のいうとおり

縁代まと

文字の大きさ
上 下
193 / 272
第六章

第193話 筋肉には筋肉で応えよう

しおりを挟む
 翌朝、目覚めると久しぶりに窓から陽光が射し込んでいた。
 吹雪が一段落つき、ようやく太陽が顔を覗かせたらしい。気温はあまり変わらないが顔を出して太陽の光を浴びると暖かく感じた。
「ではまず失踪事件について調べることにしよう」
 静夏の一言に全員頷き、事前に案内役として話が通っていた女性――ミセリと合流するべく中央広場へと出向く。

 ミラオリオの中央広場は他の場所と同じく真っ白に染まっていたが、人通りがあるのか既にいくらかの雪は路肩に寄せられていた。
 雪を捨てるための溝があるため、足を滑らせて落ちないよう気をつけながら一行はミセリの姿を探す。
 すると相手の方からこちらを見つけてくれたのか、慎重な足取りなもののやや早足で一人の女性が近寄ってきた。分厚いコートを着込んだ若い女性だ。地味で華奢な印象を受けるが雪を踏む足取りはしっかりしていた。

「聖女マッシヴ様のご一行ですね? 初めまして、ミセリと申します」
「私は静夏だ。雪かきもあるだろうにすまない、今回は案内役を宜しく頼む」
「気にしないでください、雪かきもパパッと終わらせてきましたから!」

 パパッと終わるものではないと手伝いで経験した伊織たちはわかっていたが、折角気を遣ってくれているのだからと深くは追及せずに出発する。

 まず道中で寄れる範囲にある失踪者の家と犬のいなくなった家を確認し、人間や犬の特徴をメモしていった。
 人間は事前に聞いた通り男性ばかり。
 ただし年齢はばらばら。
 犬はオスもメスも纏めていなくなっており、そりや首輪は途中で外されているようだった。

「それがおかしいんですよ、待機させてる犬は簡易的な首輪なんでわかるんですが、そりに繋いでる時は頑丈でなかなか外れない作りのものを使ってるんです。犬が勝手に外せるものじゃありませんよ」

 聞き込みの最中住民がそんなことを言った。
 器用な犬なら時間をかければ可能かもしれないが、すべての犬が取りきるのはおかしい。しかもそりや首輪に傷はないという。
 静夏はメモの文字を見つめながら渋面を作った。
「人間が外している可能性がある、ということか……」
 もちろん犯人が人間であるという確信はまだ持てない。こういった大規模な不可解現象には魔獣が関わっている可能性が高いのだ。
 しかし嫌な想像が表情を曇らせる。

 最後の家に辿り着いた時、その家に住む女性はよぼよぼとした老犬を撫でていた。
 足腰が弱くても来客があるとこうして一緒に出てくるらしい。
「ここはたしか犬ぞりの犬がすべていなくなったんでしたよね」
「そうなのよ、あっちに小屋があるんだけれど今は一匹も残ってないの……」
「その子は? 他の犬がいなくなった日に変な行動とかはしてませんでしたか?」
 伊織がそう問うと特に騒いだりそわそわしたりといった様子はなかった、と女性は語った。
 犬を先導して誰かが逃がしているとしたら、年老いた犬だけその先導の影響を受けなかったのだろうか。

「……その犬、もしかして耳が聞こえなかったりします?」

 挙動に耳の悪そうな感じはしないが、老いた犬は人間のように耳や目が悪くなることがある。
 そう思いリータが訊ねると女性は頷いた。
「ええ、はい、呼んでもなかなか反応しなくて耳が遠くなってるみたいです。今は視力……も少し弱いけれど、特に嗅覚頼りで動いてますね」
「ふむ……健常な犬の耳にだけ聞こえる何かがあるのかもしれないな」
 静夏はミラオリオに着いてからの記憶を振り返ったが、変な音を聞いた覚えはない。
 耳の良いリータ、ミュゲイラも吹雪の音でわからなかったという。


 聞き込みを終え、次は男性の失踪現場へ向かいながらヨルシャミが小さく唸った。
「犯人が人間ならいいが、もし魔獣なら犬と人間の男性だけを洗脳もしくは操作できる何か、ということになるな」
「催眠や洗脳能力のある魔獣っているのか?」
「いるが希少だ。だが――」
 伊織の問いに答えつつ、静夏は緩く眉根を寄せる。
 近年の魔獣の大量出現に伴い、現れる個体も強いものが増えてきた。魔獣や魔物も進化をしている。
 それを考えると強力な能力を持ったものが現れた可能性も大いにあった。
「対象を妙に限定しているのも能力強化のためかもしれないな、といっても魔獣にも魔法のような縛りルールによる強化が効くのかはわからないが」
 やはりもう少し調べてみなくてはならない。
 ヨルシャミがそう呟いた時、ミセリが「ここです」と道の端を指さした。

 何の変哲もない道だ。
 ここから山道へと続いているらしいが、まだこの時点だと街の灯りも近く民家も見える。
 目撃者はいないのか、と静夏が問うとミセリは首を横に振った。

「一番近い家の人もこれより前に行方不明になっていて……近くを通った人もいなかったみたいです。……ここでいなくなったのは私の夫なんです、マッシヴ様、どうか夫を見つけてくれないでしょうか」

 覚悟はできています、とミセリは言う。
 見つかっても生きていない可能性がある、という点に対しての覚悟だ。
 静夏は目を細めると力強く頷いた。母ならそうするだろう、と思っていた伊織は自分にもできることを探そう――と考えたところで静夏が厚い上着を脱いでフロントダブルバイセップスポーズを決めたので、伊織は凄まじく綺麗に滑って転んだ。

「なんで!? なんでこのタイミングで!?」
「筋肉の共鳴だ。筋肉には筋肉で応えようと思った」

 なにそれ!? と伊織が震えている前でミセリが「さすがマッシヴ様……」と呟き、同じく上着を脱ぎすててフロントダブルバイセップスポーズを決め返す。
 厚いコートに隠され今までわからなかったが、その肉体はミュゲイラ並みに鍛え抜かれ腹筋がバキバキに割れていた。
 場の気温が心なしか上がったような気がして伊織は頬を流れる冷や汗をそれのせいにした。

「使命があるわけでもないのに神聖な筋肉を纏っていてお恥ずかしい限りです」
「見たところ筋肉の付きやすい性質のようだ」
「はい、母にもその傾向がありまして。……こんな私を大切に愛してくれた夫なんです」

 どうか、と再び呟いたミセリはサイドトライセップスポーズに移行する。

「わかった、必ずミセリの夫を見つけられるよう尽力しよう」

 静夏はそれに応えて雄々しくモストマスキュラーポーズをした。腕を強調するポーズだが、自分の最も大きな筋肉を見せるポーズでもある。
 任せておけ、ということだろうか。

 ――マッスル体操とはまた違った筋肉の交流を見せられている。

 そう感じ取りつつも呆気に取られていた伊織をバルドが後ろからひょいと持ち上げて立たせた。
「静夏、やっぱイイ女だよなぁ……」
「今はツッコまないでおく……」
 ぐったりする伊織の隣でミュゲイラが瞳をきらきら輝かせて呟く。
「はー……姉御の頼れる筋肉、最高だ……」
「ぼ、僕はツッコまない! ツッコまないって決めたんだ!」
「イオリよ、それはもはやツッコんでいるのと同じだ」
 ヨルシャミが冷静にそう言った時、その言葉に重なるようにして小さな音が聞こえた。
 即座にリータとミュゲイラが顔を上げてそちらを見る。雪山の方角だが、こちらからは何も見えない。
 何か聞こえたのか、と静夏が問うとリータが頷いた。

「多分……犬か狼の遠吠えです」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

追放シーフの成り上がり

白銀六花
ファンタジー
王都のギルドでSS級まで上り詰めた冒険者パーティー【オリオン】の一員として日々活躍するディーノ。 前衛のシーフとしてモンスターを翻弄し、回避しながらダメージを蓄積させていき、最後はパーティー全員でトドメを刺す。 これがディーノの所属するオリオンの戦い方だ。 ところが、SS級モンスター相手に命がけで戦うディーノに対し、ほぼ無傷で戦闘を終えるパーティーメンバー。 ディーノのスキル【ギフト】によってパーティーメンバーのステータスを上昇させ、パーティー内でも誰よりも戦闘に貢献していたはずなのに…… 「お前、俺達の実力についてこれなくなってるんじゃねぇの?」とパーティーを追放される。 ディーノを追放し、新たな仲間とパーティーを再結成した元仲間達。 新生パーティー【ブレイブ】でクエストに出るも、以前とは違い命がけの戦闘を繰り広げ、クエストには失敗を繰り返す。 理由もわからず怒りに震え、新入りを役立たずと怒鳴りちらす元仲間達。 そしてソロの冒険者として活動し始めるとディーノは、自分のスキルを見直す事となり、S級冒険者として活躍していく事となる。 ディーノもまさか、パーティーに所属していた事で弱くなっていたなどと気付く事もなかったのだ。 それと同じく、自分がパーティーに所属していた事で仲間を弱いままにしてしまった事にも気付いてしまう。 自由気ままなソロ冒険者生活を楽しむディーノ。 そこに元仲間が会いに来て「戻って来い」? 戻る気などさらさら無いディーノはあっさりと断り、一人自由な生活を……と、思えば何故かブレイブの新人が頼って来た。

処理中です...