181 / 272
第六章
第181話 雪の街 ミラオリオ
しおりを挟む
現在の最終目的地はロストーネッドで双子たちが話していた『紫色の不死鳥が出るという火山』である。
火山というとつい暑い地方を想像してしまいがちだが、不死鳥のいるボシノト山は北の地方にあった。
その山がようやく地図に載り始めたのが、今現在伊織たちが滞在しているミラオリオという名の街に入ってからだ。ここまでの道中でナレッジメカニクスの施設を一つ潰し、村や街をいくつも経由している。
経過したのはひと月ほどで、伊織のバイクやワイバーン、更にはサルサムの持つ転移魔石も合わせればもっと早く着くことも可能だったが、静夏の案で敢えて行く先々の人の住処に寄っていたためパーティーに可能な最高速度での移動ではなかった。
強力な魔獣を倒すことは大切だが、見える範囲にいたはずの魔獣をスルーするのはいけない。
ショートカットはしないわけではないが出来得る限り寄れる場所は寄って異常がないか確認する、それが静夏の意思だ。
静夏も魔獣被害を受けている人間をすべて救えるなどと驕ったことは考えていないが、見える範囲のものは救えるだけ救いたいというのが――本人曰く『私の我儘』なのだそうだ。
伊織としても同意見だった。それに少なくとも火山の周辺に人里はなく、双子たちが住んでいた谷合の集落も今はない。
(不死鳥が移動する可能性もあるけれど……)
手の届く範囲で困っている人がいるなら、移動速度よりそちらを優先する。
それが『我儘』だ。
「今が88月……前世でいう4月くらいか、なのに春っていうより――」
伊織は宿の外を見遣る。
白く霜のついた窓の向こうでは真っ白な雪が降り注いでいた。
そう、降り注いでいるのだ。舞い落ちているわけではない。暴力的な量の雪が落ちてきては積もり、街の体温ごと奪っていっているように感じる。
普段は寒い地方だなと思う程度だが、一度吹雪くとこの有様なのだと宿の主人が話していた。そして大抵旅人は面食らうとも。
同じく窓から外を見ながらリータが呟く。
「私たちの里の方でも時々雪が降ることはありましたけど、これは凄いですね……」
「まったく同じじゃないけど、リータさんの里が鹿児島辺りにあるとしたらここはロシア領くらいなのかなぁ」
「カゴ?」
「伊織、鹿児島は南にあるが雪と無縁ではないぞ。むしろ東京より降ることもある」
「トーキョー?」
「山間部なんか寒くて地獄だぞ、なんかうっすら覚えてる」
「皆さん前世でも色んな所へ行くことが多かったんですねー……」
伊織、静夏、バルドの転生者らしい会話にきょとんとしつつリータは感心したが、バルド以外はテレビやネット知識だ。
それを「僕らは人伝てに得た知識だから直接は行ってないんだ」と伊織はふんわりと説明する。
これまでも前世の話はある程度控えていたものの、さすがに同郷の人間が三人集まった上に一般人が居ない場所だと口が緩んだ。
それとも自分と母親以外の日本人が居る環境に郷愁を感じ始めたからだろうか。伊織はそう頬を掻く。
初めはそこまでではなかったが、バルドが過去のことを思い出すたび口に出すのでついつい引っ張られてしまうのだ。
(近くなったのに遠くなったような変な気分なんだよなぁ……)
無意識にそんなことを考えてしまい、伊織は心の中で首を横に振ってリータに笑みを向ける。
「まさかこんなに吹雪く地域だとは思わなかったけど、リータさんが色々防寒着を用意してくれてて本当に助かりました」
「えっ!? えへへ……寒い場所だろうなと思ってたんで、私に出来ることはないか探しただけなんですけど……役に立ってよかったです」
照れ笑いを浮かべながらリータは嬉しそうに答えた。
布を購入し色々と作り始めた頃はまさかここまで寒いとは思わなかったが、少し大袈裟に綿を詰めたり防寒機能の高い布を使ったことが功を成した形だ。
そこへミュゲイラがわくわくしながら言う。
「しっかりした装備だし、吹雪が緩まったら次の村に移動できそうだな!」
「でもその次が問題よね、地図を見る限り一日中に着ける場所に集落がないみたいだし……」
この気候だと馬は使えずバイクは急に止まれないため危険、ワイバーンもワイバーン自身は大丈夫でも上に乗っているメンバーが極寒の中しがみつくはめになる。
しかも上空でそれなりのスピードを出せばそれだけ地上より寒いだろう。
ヨルシャミに暖かな召喚獣を呼び出してもらう手もあるが、もし道中で魔力が足りなくなれば最悪の体調で遭難しかねない。
事前にしっかりと準備をし、万全の体調で徒歩で進み、途中で一夜を明かす。これが今のところ考えられる手段だった。
もっと良い手はないものか。
なら地元の人間に訊くのが一番ではないか。
そう考え始めたところで、一階にある酒場へ行っていたサルサムが上がってきた。
「ちょっといいか。宿の主人が雪かきを手伝ってほしいそうだ。まだ最悪の天候だが軒先がヤバいらしくてな」
「……! 母さん、行こう」
「ああ。そうだ、体力に自信のない者はここで待機しても――」
静夏の言葉の途中でヨルシャミがベッドからぴょんと降り、体力の心配など今は二の次だ! と笑った。
「ここで恩を売れば移動手段について訊ねるのもスムーズになるだろう、ゆくぞ!」
「別に恩を売らなくても教えてくれそうだけど……」
そう呟く伊織にバルドがこそこそと囁く。
「伊織、多分ヨルシャミは寒い中動くのが嫌だけど手伝いたい気持ちはあるからこれを口実に自分の尻叩いてんだよ」
「一息で私の心情をピンポイントに予想するな……!」
ヨルシャミは著しく寒い環境は苦手なのか、宿に入ってからすぐに布団に包まっていた。
しかし今はやる気満々の――バルドの言葉で余計にやる気満々の姿をわざと見せつつ「ゆくぞ!」と階下へずんずんと降りていく。
なお、ヨルシャミが脳天に落ちてきた雪の洗礼を受ける十分前のことである。
火山というとつい暑い地方を想像してしまいがちだが、不死鳥のいるボシノト山は北の地方にあった。
その山がようやく地図に載り始めたのが、今現在伊織たちが滞在しているミラオリオという名の街に入ってからだ。ここまでの道中でナレッジメカニクスの施設を一つ潰し、村や街をいくつも経由している。
経過したのはひと月ほどで、伊織のバイクやワイバーン、更にはサルサムの持つ転移魔石も合わせればもっと早く着くことも可能だったが、静夏の案で敢えて行く先々の人の住処に寄っていたためパーティーに可能な最高速度での移動ではなかった。
強力な魔獣を倒すことは大切だが、見える範囲にいたはずの魔獣をスルーするのはいけない。
ショートカットはしないわけではないが出来得る限り寄れる場所は寄って異常がないか確認する、それが静夏の意思だ。
静夏も魔獣被害を受けている人間をすべて救えるなどと驕ったことは考えていないが、見える範囲のものは救えるだけ救いたいというのが――本人曰く『私の我儘』なのだそうだ。
伊織としても同意見だった。それに少なくとも火山の周辺に人里はなく、双子たちが住んでいた谷合の集落も今はない。
(不死鳥が移動する可能性もあるけれど……)
手の届く範囲で困っている人がいるなら、移動速度よりそちらを優先する。
それが『我儘』だ。
「今が88月……前世でいう4月くらいか、なのに春っていうより――」
伊織は宿の外を見遣る。
白く霜のついた窓の向こうでは真っ白な雪が降り注いでいた。
そう、降り注いでいるのだ。舞い落ちているわけではない。暴力的な量の雪が落ちてきては積もり、街の体温ごと奪っていっているように感じる。
普段は寒い地方だなと思う程度だが、一度吹雪くとこの有様なのだと宿の主人が話していた。そして大抵旅人は面食らうとも。
同じく窓から外を見ながらリータが呟く。
「私たちの里の方でも時々雪が降ることはありましたけど、これは凄いですね……」
「まったく同じじゃないけど、リータさんの里が鹿児島辺りにあるとしたらここはロシア領くらいなのかなぁ」
「カゴ?」
「伊織、鹿児島は南にあるが雪と無縁ではないぞ。むしろ東京より降ることもある」
「トーキョー?」
「山間部なんか寒くて地獄だぞ、なんかうっすら覚えてる」
「皆さん前世でも色んな所へ行くことが多かったんですねー……」
伊織、静夏、バルドの転生者らしい会話にきょとんとしつつリータは感心したが、バルド以外はテレビやネット知識だ。
それを「僕らは人伝てに得た知識だから直接は行ってないんだ」と伊織はふんわりと説明する。
これまでも前世の話はある程度控えていたものの、さすがに同郷の人間が三人集まった上に一般人が居ない場所だと口が緩んだ。
それとも自分と母親以外の日本人が居る環境に郷愁を感じ始めたからだろうか。伊織はそう頬を掻く。
初めはそこまでではなかったが、バルドが過去のことを思い出すたび口に出すのでついつい引っ張られてしまうのだ。
(近くなったのに遠くなったような変な気分なんだよなぁ……)
無意識にそんなことを考えてしまい、伊織は心の中で首を横に振ってリータに笑みを向ける。
「まさかこんなに吹雪く地域だとは思わなかったけど、リータさんが色々防寒着を用意してくれてて本当に助かりました」
「えっ!? えへへ……寒い場所だろうなと思ってたんで、私に出来ることはないか探しただけなんですけど……役に立ってよかったです」
照れ笑いを浮かべながらリータは嬉しそうに答えた。
布を購入し色々と作り始めた頃はまさかここまで寒いとは思わなかったが、少し大袈裟に綿を詰めたり防寒機能の高い布を使ったことが功を成した形だ。
そこへミュゲイラがわくわくしながら言う。
「しっかりした装備だし、吹雪が緩まったら次の村に移動できそうだな!」
「でもその次が問題よね、地図を見る限り一日中に着ける場所に集落がないみたいだし……」
この気候だと馬は使えずバイクは急に止まれないため危険、ワイバーンもワイバーン自身は大丈夫でも上に乗っているメンバーが極寒の中しがみつくはめになる。
しかも上空でそれなりのスピードを出せばそれだけ地上より寒いだろう。
ヨルシャミに暖かな召喚獣を呼び出してもらう手もあるが、もし道中で魔力が足りなくなれば最悪の体調で遭難しかねない。
事前にしっかりと準備をし、万全の体調で徒歩で進み、途中で一夜を明かす。これが今のところ考えられる手段だった。
もっと良い手はないものか。
なら地元の人間に訊くのが一番ではないか。
そう考え始めたところで、一階にある酒場へ行っていたサルサムが上がってきた。
「ちょっといいか。宿の主人が雪かきを手伝ってほしいそうだ。まだ最悪の天候だが軒先がヤバいらしくてな」
「……! 母さん、行こう」
「ああ。そうだ、体力に自信のない者はここで待機しても――」
静夏の言葉の途中でヨルシャミがベッドからぴょんと降り、体力の心配など今は二の次だ! と笑った。
「ここで恩を売れば移動手段について訊ねるのもスムーズになるだろう、ゆくぞ!」
「別に恩を売らなくても教えてくれそうだけど……」
そう呟く伊織にバルドがこそこそと囁く。
「伊織、多分ヨルシャミは寒い中動くのが嫌だけど手伝いたい気持ちはあるからこれを口実に自分の尻叩いてんだよ」
「一息で私の心情をピンポイントに予想するな……!」
ヨルシャミは著しく寒い環境は苦手なのか、宿に入ってからすぐに布団に包まっていた。
しかし今はやる気満々の――バルドの言葉で余計にやる気満々の姿をわざと見せつつ「ゆくぞ!」と階下へずんずんと降りていく。
なお、ヨルシャミが脳天に落ちてきた雪の洗礼を受ける十分前のことである。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない…
そんな中、夢の中の本を読むと、、、
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
炎輪の姫巫女 〜教科書の片隅に載っていた少女の生まれ変わりだったようです〜
平田加津実
ファンタジー
昏睡状態に陥っていった幼馴染のコウが目覚めた。ようやく以前のような毎日を取り戻したかに思えたルイカだったが、そんな彼女に得体のしれない力が襲いかかる。そして、彼女の危機を救ったコウの顔には、風に吹かれた砂のような文様が浮かび上がっていた。
コウの身体に乗り移っていたのはツクスナと名乗る男。彼は女王卑弥呼の後継者である壱与の魂を追って、この時代に来たと言うのだが……。
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
床下ダンジョンは刻の部屋〜平凡男の成り上がり〜
ペンギン
ファンタジー
ある日、家の地下にダンジョンができた男。桜山咲太郎。
彼は仕事を辞め、心機一転、冒険者に転職した。
冒険者になり、ダンジョンで魔物を倒すと得られる【スキル】と呼ばれる特殊な能力に望みの全てを賭けて
しかし、得たスキルは最弱クラス。
冒険者人生、お先真っ暗と落ち込んだ彼だったが……
これは、地下にできた不思議なダンジョンで自身の最弱スキルをコツコツ育て、力をつけて行く平凡男の成り上がり?ストーリー。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる