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第五章
第174話 でも結婚はできません!
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「ヨルシャミとイオリが交際……ヨルシャミとイオリが交際か……」
プライベートルームから場所を移し、古めかしい応接室のような部屋でソファに座りながらニルヴァーレはぶつぶつと呟く。それはただの独り言というよりも事実の再確認作業といった雰囲気だった。
応接室はヨルシャミの隠れ家にあったものではなく、新たにイメージし夢の中に作り出した部屋である。
その四方を意味もなくちらちらと見ながら伊織は緊張していた。
ついさっきまで状況に流され、更には混乱したまま勢いに任せてとんでもないことをしそうになっていた気がする。
いや、しそうになっていた。確実に危なかった。
そう伊織は自分の中の新たな面を見てしまった気分で、しかもそれをニルヴァーレに目撃されて気が気でない状態だったのだが――隣に座るヨルシャミは存外冷静な様子だった。むしろどこかげんなりとしている。
それは伊織に対してではなくニルヴァーレに対するものだった。
「絶対ズルいとか言うぞこの変態……」
「へ?」
ぽつりと呟いたヨルシャミの言葉に伊織はきょとんとする。
それと同時に頭の中で何らかのパズルのピースが嵌ったらしいニルヴァーレがすっくと立ち上がり、やや興奮した様子で言い放った。
「ズルいぞ! こうなったらヨルシャミ! イオリ! 僕と結婚しよう!」
「予想の更に上を行くでないわッ!」
最高に斜め上の言動を覆い隠すようにヨルシャミが叫んだが、意に介していない様子でニルヴァーレは歯を覗かせて笑う。
「大丈夫だ、恋愛的な愛とかそういうのはよくわからないが二人とも幸せにするよ!」
「ここまで何が大丈夫なのかわからないのは久しぶりです……」
ようやく言葉を発することができた伊織にニルヴァーレは首を傾げてみせた。
「二人とも僕のお気に入りだからね、気に入っているものとの絆をより強化したいと思うのは自然の摂理だろ?」
「う、うん……?」
「イオリ、こいつは本当に恋だとか情愛だとか理解せずに言っているから気にするな」
「ええー……」
ヨルシャミの忠告にニルヴァーレは「理解してないんじゃなくて物差しが違うんだよ」と付け加える。
「長い間、僕の一番は美しい自分自身とヨルシャミのみだった。……あ、これじゃ一番が二つになるな。兎にも角にも君たちが嗜む恋愛には縁遠かったわけだ、なにせ美しいと認めていないものを愛することなど出来ないからね!」
「わかってたことだけど倒錯してますね~……」
それでも家族からの愛情を心のどこかで望んでいたニルヴァーレは家族愛なら『理解』が伊織たちと似ている。
それが恋愛感情となると異なるだけだ、と本人はそう口にすると端正な顔を寄せて再び言った。
「イオリ、君は僕を仲間として心から認めてくれた。それをもう一段階引き上げる気はないかい?」
「あー、待て待て待て。ニルヴァーレよ、ズルいからという理由でそういう話を持ち掛けるのはよくない。大変よくない」
二人の間に割って入ったヨルシャミがニルヴァーレを睨みつけながら首を横に振る。
ちなみにヨルシャミはまだ元の姿を維持しているため、伊織が視界から受ける圧は中々のものだった。
「おや、必死だなヨルシャミ。嫉妬ってやつかい?」
「んなっ……そ、そそそそれはまあイオリはもう私と付っ……」
「大丈夫! イオリも美しくて大好きだが君だって昔っから大のお気に入りのままだよ!」
「嫉妬ってそっちかのことか!? イ、イオリ! 今度こやつの魔石を鍋で煮てやろう!」
「と、とりあえず二人とも落ち着きましょう!」
先ほどまで緊張し混乱していたというのに、騒ぐ二人を見ていると伊織は徐々に冷静になれた。
そのままヨルシャミとニルヴァーレを宥めながら笑みを浮かべる。
「ニルヴァーレさん、まずはあの時は助けてくれてありがとうございました」
「……ん? ああ、気にするな。君の中に入るのは心弾む経験だったよ」
「語弊!」
「何だ!? 何の話だ二人とも!?」
聞き捨てならないセリフにヨルシャミが伊織とニルヴァーレを交互に見た。
後でちゃんと説明するよと伊織はヨルシャミの背中をぽんぽんと叩き、そしてニルヴァーレを見て言う。
「た、助けてくれて嬉しかったからお礼は言います。それにあの時道を作ってくれたおかげで召喚魔法も成功しました。……沢山助けてくれたあなたのことを、僕は心から仲間だと思っています」
「――イオリが思ってるより僕は悪人だが、それでもそう思うのか?」
「ニルヴァーレさんが思ってるより僕はあなたが悪人だってわかってますよ」
それでもです、と伊織はまっすぐニルヴァーレを見る。
伊織が把握しているニルヴァーレの悪行は村人を根こそぎ拉致する際に手を貸したことくらいだが、生きた者を魔石に換える魔法を編み出していたのだ。他人の命を軽く扱い、もっと沢山の悪行を重ねてきたのだろう。
その件について伊織は許す気はないし、そもそも自分が許すものでもないだろうとも思っている。
「わかった上で仲間だって言ってくれてるわけか」
「ええ。ちなみにもし少しでも罪を償えるチャンスがあったら手伝いますよ」
「償うつもりはないんだけどなぁ……まあ考えとくよ」
ニルヴァーレの言葉に伊織はにっこりと笑った。
「僕、ニルヴァーレさんのそういうところが大好きですよ!」
「む!?」
「ぬ……!?」
「でも結婚はできません、そういう『契約』は一人だけにするって決めてるので」
隣でヨルシャミが目を見開いて口をぱくぱくさせていたが、伊織は敢えてすべて言いきった。
ニルヴァーレは律儀に断った伊織を見て肩を揺らして笑う。
「大好き同士で両想いなのに勿体ないな。いやしかし君の意見を尊重しよう! ま、結婚よりも想いの強い契約はすでに成しているからね」
「この契約、そんなにも重いものだったのか……」
ヨルシャミは指輪を見下ろしながらもごもごと言ったが、伊織は納得した。
赤土の山から落ちたあの時、ニルヴァーレは命の危険を顧みずとても当たり前の顔をして助けに来てくれたのだ。本人は自身の命を軽く扱っているようだったが、それでも並大抵のことではないだろう。
ありがとうございます、と頭を下げると、ニルヴァーレは美しいものへの投資は惜しまないよと笑った。
「そういえば……ニルヴァーレよ。お前、私が夢路魔法を使っていない間はどうしていたのだ」
ニルヴァーレが二人との結婚を諦めた後、伊織がさてワイバーンについて訊ねようかとしたところでヨルシャミが先にそう訊ねる。
ニルヴァーレは「簡単なことさ」と返した。
「この空間、というか夢の世界の維持は自力でやってたから問題ないよ。たださっきも言った通り、魔石との物理的距離があると君たちの元に駆けつけるのが遅くなるんだ」
「本当に前例のない生態をしているな……しかし、そうか、拾い食いして腹でも壊していたのかと思ったが違ったか」
「わりと酷い想像をしてるなヨルシャミ!」
「ずっと迷子だったんですね……」
「イオリ! 憐みの目を向けるんじゃない!」
ニルヴァーレは咳払いをするとソファの上で足を組み直す。
「とりあえず今後早急に会いたい時はヨルシャミかイオリ、そのどちらかの傍に魔石を置いといてくれ。逆に――そうだな、訓練や用事がある時以外に夢路魔法を使うなら少し離しとくといい。ちょっとくらいなら配慮するよ」
「訓練や用事がある時以外……」
思い当たらないのか? とニルヴァーレは首を傾げてから言い放つ。
「逢い引きとか」
歯に衣着せぬ物言いに伊織とヨルシャミがわざとらしい咳をしたのは同時だったという。
***
落ち着いた頃合いを見計らって互いの情報交換をすることになり、ニルヴァーレは伊織を助けた時のことを、ヨルシャミは記憶を失った経緯と街での魔獣事件についてを話した。
が。
「全主導権を明け渡すレベルの憑依!? 何を危ない橋を反復横跳びしてるのだイオリ!」
「回復魔法でゴリ押し勝利!? それ僕が一番好きな泥臭いイオリじゃないか! やっぱりズルいぞヨルシャミ!」
「ヨルシャミどうどう! あとニルヴァーレさんはのしかからないでー!」
――室内が再び騒々しくなったのは致し方のないことだろう。
プライベートルームから場所を移し、古めかしい応接室のような部屋でソファに座りながらニルヴァーレはぶつぶつと呟く。それはただの独り言というよりも事実の再確認作業といった雰囲気だった。
応接室はヨルシャミの隠れ家にあったものではなく、新たにイメージし夢の中に作り出した部屋である。
その四方を意味もなくちらちらと見ながら伊織は緊張していた。
ついさっきまで状況に流され、更には混乱したまま勢いに任せてとんでもないことをしそうになっていた気がする。
いや、しそうになっていた。確実に危なかった。
そう伊織は自分の中の新たな面を見てしまった気分で、しかもそれをニルヴァーレに目撃されて気が気でない状態だったのだが――隣に座るヨルシャミは存外冷静な様子だった。むしろどこかげんなりとしている。
それは伊織に対してではなくニルヴァーレに対するものだった。
「絶対ズルいとか言うぞこの変態……」
「へ?」
ぽつりと呟いたヨルシャミの言葉に伊織はきょとんとする。
それと同時に頭の中で何らかのパズルのピースが嵌ったらしいニルヴァーレがすっくと立ち上がり、やや興奮した様子で言い放った。
「ズルいぞ! こうなったらヨルシャミ! イオリ! 僕と結婚しよう!」
「予想の更に上を行くでないわッ!」
最高に斜め上の言動を覆い隠すようにヨルシャミが叫んだが、意に介していない様子でニルヴァーレは歯を覗かせて笑う。
「大丈夫だ、恋愛的な愛とかそういうのはよくわからないが二人とも幸せにするよ!」
「ここまで何が大丈夫なのかわからないのは久しぶりです……」
ようやく言葉を発することができた伊織にニルヴァーレは首を傾げてみせた。
「二人とも僕のお気に入りだからね、気に入っているものとの絆をより強化したいと思うのは自然の摂理だろ?」
「う、うん……?」
「イオリ、こいつは本当に恋だとか情愛だとか理解せずに言っているから気にするな」
「ええー……」
ヨルシャミの忠告にニルヴァーレは「理解してないんじゃなくて物差しが違うんだよ」と付け加える。
「長い間、僕の一番は美しい自分自身とヨルシャミのみだった。……あ、これじゃ一番が二つになるな。兎にも角にも君たちが嗜む恋愛には縁遠かったわけだ、なにせ美しいと認めていないものを愛することなど出来ないからね!」
「わかってたことだけど倒錯してますね~……」
それでも家族からの愛情を心のどこかで望んでいたニルヴァーレは家族愛なら『理解』が伊織たちと似ている。
それが恋愛感情となると異なるだけだ、と本人はそう口にすると端正な顔を寄せて再び言った。
「イオリ、君は僕を仲間として心から認めてくれた。それをもう一段階引き上げる気はないかい?」
「あー、待て待て待て。ニルヴァーレよ、ズルいからという理由でそういう話を持ち掛けるのはよくない。大変よくない」
二人の間に割って入ったヨルシャミがニルヴァーレを睨みつけながら首を横に振る。
ちなみにヨルシャミはまだ元の姿を維持しているため、伊織が視界から受ける圧は中々のものだった。
「おや、必死だなヨルシャミ。嫉妬ってやつかい?」
「んなっ……そ、そそそそれはまあイオリはもう私と付っ……」
「大丈夫! イオリも美しくて大好きだが君だって昔っから大のお気に入りのままだよ!」
「嫉妬ってそっちかのことか!? イ、イオリ! 今度こやつの魔石を鍋で煮てやろう!」
「と、とりあえず二人とも落ち着きましょう!」
先ほどまで緊張し混乱していたというのに、騒ぐ二人を見ていると伊織は徐々に冷静になれた。
そのままヨルシャミとニルヴァーレを宥めながら笑みを浮かべる。
「ニルヴァーレさん、まずはあの時は助けてくれてありがとうございました」
「……ん? ああ、気にするな。君の中に入るのは心弾む経験だったよ」
「語弊!」
「何だ!? 何の話だ二人とも!?」
聞き捨てならないセリフにヨルシャミが伊織とニルヴァーレを交互に見た。
後でちゃんと説明するよと伊織はヨルシャミの背中をぽんぽんと叩き、そしてニルヴァーレを見て言う。
「た、助けてくれて嬉しかったからお礼は言います。それにあの時道を作ってくれたおかげで召喚魔法も成功しました。……沢山助けてくれたあなたのことを、僕は心から仲間だと思っています」
「――イオリが思ってるより僕は悪人だが、それでもそう思うのか?」
「ニルヴァーレさんが思ってるより僕はあなたが悪人だってわかってますよ」
それでもです、と伊織はまっすぐニルヴァーレを見る。
伊織が把握しているニルヴァーレの悪行は村人を根こそぎ拉致する際に手を貸したことくらいだが、生きた者を魔石に換える魔法を編み出していたのだ。他人の命を軽く扱い、もっと沢山の悪行を重ねてきたのだろう。
その件について伊織は許す気はないし、そもそも自分が許すものでもないだろうとも思っている。
「わかった上で仲間だって言ってくれてるわけか」
「ええ。ちなみにもし少しでも罪を償えるチャンスがあったら手伝いますよ」
「償うつもりはないんだけどなぁ……まあ考えとくよ」
ニルヴァーレの言葉に伊織はにっこりと笑った。
「僕、ニルヴァーレさんのそういうところが大好きですよ!」
「む!?」
「ぬ……!?」
「でも結婚はできません、そういう『契約』は一人だけにするって決めてるので」
隣でヨルシャミが目を見開いて口をぱくぱくさせていたが、伊織は敢えてすべて言いきった。
ニルヴァーレは律儀に断った伊織を見て肩を揺らして笑う。
「大好き同士で両想いなのに勿体ないな。いやしかし君の意見を尊重しよう! ま、結婚よりも想いの強い契約はすでに成しているからね」
「この契約、そんなにも重いものだったのか……」
ヨルシャミは指輪を見下ろしながらもごもごと言ったが、伊織は納得した。
赤土の山から落ちたあの時、ニルヴァーレは命の危険を顧みずとても当たり前の顔をして助けに来てくれたのだ。本人は自身の命を軽く扱っているようだったが、それでも並大抵のことではないだろう。
ありがとうございます、と頭を下げると、ニルヴァーレは美しいものへの投資は惜しまないよと笑った。
「そういえば……ニルヴァーレよ。お前、私が夢路魔法を使っていない間はどうしていたのだ」
ニルヴァーレが二人との結婚を諦めた後、伊織がさてワイバーンについて訊ねようかとしたところでヨルシャミが先にそう訊ねる。
ニルヴァーレは「簡単なことさ」と返した。
「この空間、というか夢の世界の維持は自力でやってたから問題ないよ。たださっきも言った通り、魔石との物理的距離があると君たちの元に駆けつけるのが遅くなるんだ」
「本当に前例のない生態をしているな……しかし、そうか、拾い食いして腹でも壊していたのかと思ったが違ったか」
「わりと酷い想像をしてるなヨルシャミ!」
「ずっと迷子だったんですね……」
「イオリ! 憐みの目を向けるんじゃない!」
ニルヴァーレは咳払いをするとソファの上で足を組み直す。
「とりあえず今後早急に会いたい時はヨルシャミかイオリ、そのどちらかの傍に魔石を置いといてくれ。逆に――そうだな、訓練や用事がある時以外に夢路魔法を使うなら少し離しとくといい。ちょっとくらいなら配慮するよ」
「訓練や用事がある時以外……」
思い当たらないのか? とニルヴァーレは首を傾げてから言い放つ。
「逢い引きとか」
歯に衣着せぬ物言いに伊織とヨルシャミがわざとらしい咳をしたのは同時だったという。
***
落ち着いた頃合いを見計らって互いの情報交換をすることになり、ニルヴァーレは伊織を助けた時のことを、ヨルシャミは記憶を失った経緯と街での魔獣事件についてを話した。
が。
「全主導権を明け渡すレベルの憑依!? 何を危ない橋を反復横跳びしてるのだイオリ!」
「回復魔法でゴリ押し勝利!? それ僕が一番好きな泥臭いイオリじゃないか! やっぱりズルいぞヨルシャミ!」
「ヨルシャミどうどう! あとニルヴァーレさんはのしかからないでー!」
――室内が再び騒々しくなったのは致し方のないことだろう。
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