マッシヴ様のいうとおり

縁代まと

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第五章

第173話 僕と付き合ってほしい 【★】

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 着替えを見られているような気分だ。

 ――というのがヨルシャミが最初に感じた感想だった。
 それを正直に口に出すと伊織はなぜか照れて「じゃあ後ろを向いてようか?」と訊ねる。

「そういう態度を取られる方が小っ恥ずかしいわ! ……そのままでいい。どうせ一瞬で済むしな」

 ヨルシャミは目を伏せ過去の己の姿を思い返す。
 そう何度も鏡を見る習慣はなかったが、身嗜みを整える時はチェックしていたため自分の見た目がわからないということはない。
 それに魔力も覚えているはずだ。体内の魔力は完全にゼロにならない限り、充填した分も性質を宿主に合わせて変換する際に元々あった魔力から様々な情報を受け取る。
 加えてヨルシャミが天才であるからこそだが、肉体が覚えていればそこから参照することも可能ではある。

(私の場合は肉体はない故、魔力と脳の記憶頼りだが……なんとかなりそうだな)

 よし、と目を開き、ヨルシャミは伊織の目の前で軽く床を蹴ってくるりとその場で一回転した。
 途端に長いローブが垂れ、それを頭から羽織った長身の人物が現れる。
 それは千年前に失った『超賢者ヨルシャミ』の姿だった。

 ローブ越しに覗く肌は浅黒く、エルフノワールの名に相応しい。
 背丈は伊織より高く、もしかするとバルドやサルサムより高かった。近いのはニルヴァーレだろうか、と伊織は口を半開きにしつつ思う。
 恐る恐るといった様子でフードを外すと中から前髪ごと後ろでひっつめられた黒い長髪が現れる。一部のみ長く飛び出た房が触角にも見えた。
 髪も肌も黒い中、気怠げな瞳だけが緑色をしている。その瞳も瞳孔だけは黒い。
 エルフノワールは闇属性の魔法を得意とし、闇の神から加護を受けているとされる。ヨルシャミの外見を見た伊織は妙に納得するのを感じた。
 ヨルシャミはゆっくりと口を開く。

「……見たか? 見たな? よし、見るのは一瞬でも良いだろう! では戻――」
「ぅわストップストップ! 早いって!」

 速攻戻ろうとするヨルシャミを伊織は慌てて制止する。
「恥ずかしいのかもしれないけど、えーっと……大丈夫だって! たしかに今までとイメージは違うし男の人だけど嫌な感情は一切湧いて来ないし!」
「ほ、本当か? 言っておくが気休めの嘘などついても何の得もないぞ」
「ヨルシャミに嘘はつかないよ」
 むぐ、と妙な声を漏らしたヨルシャミは両腕を組んで視線を逸らした。

「まあ……これを見て尚、お前の気持ちが変わらぬなら、その、私も、あー……安心して受け入れよう」

 信じてもらえた、と伝わったのか伊織は嬉しそうに破顔する。
 その嬉しそうな表情を愛らしく感じてしまい、取り繕うようにヨルシャミは悔しげな声を出した。
「そうだ……思えば先走って今これを見せずとも、いつかはニルヴァーレの保管している本物の肉体を目にする機会もあっただろうに……」
 何を羞恥に耐えながら晒しているのだ、とヨルシャミはぶつぶつと呟いていたが、伊織は気にせず顔を見上げる。

「僕は今見れて良かったと思ってる。好きな人の色んな面を見れるのは嬉しいし、新しい発見もあるし」
「新しい発見?」
「中身が好きだからかそっちの姿の外見と、あと声も好きだなって」
「おおおお前! さっきから包み隠さず口にしすぎだろう!?」

 いやぁだって、と伊織は頬を掻く。
「両想いって初めてで嬉しいんだ、それに……ほら、夢の外じゃ多分そこまでオープンにできないし……」
「な、なるほど」
「僕はある程度ならいいんだけど、ヨルシャミは絶対恥ずかしいだろ?」
 団体行動だとどうしても人の目がある。耳の良い者も多い。
 それを踏まえた上でヨルシャミを気遣い外でイチャつくのは控えるよ、ということらしい。
 ヨルシャミには付き合っている者が外でどれくらいこういった会話やスキンシップを取るのか知らない。好んでデータも集めていない。
 もし伊織が望むなら応えたくはあったが、あまりにも情報がなさすぎてイメージすら浮かばない中「大丈夫だ」と言うのは憚られた。

「……ん? そもそも……」
「どうしたんだ?」
「き、気持ちは確認したが、我々は付き合っているということになるのか?」

 ヨルシャミの言葉に伊織は目をぱちくりさせる。

「たしかに明言してない?」
「してないな」
「そういう関係って、ええと、どうやったら成立するものなのかな?」
「私が知るか……!」

 ヨルシャミは魔法による契約なら多々経験があったが、こういったものは勝手がわからないのだ。
 恋愛経験の薄い男二人は揃って小さく唸り考え込み、盛大に悩んでいた。
「とりあえず友人は気がつけばなっているものだった。つまりこういう関係も同じではないのか?」
「前世でも海外ではそういうパターンもあったみたいだけど……据わりが悪いなぁ」
「据わりの問題か……?」
 うん、と答えて伊織はヨルシャミの手を取る。
 そして大きく深呼吸した。
「これからきちんと申し込むから聞いてほしい」
「う、う、うむ」
 ヨルシャミの返事はぎこちなく固いが、拒否の感情は含まれていない。それを確認し伊織は一息で伝えた。

「ヨルシャミ、どんな姿でも僕は君が好きだ。まだやることも多い旅の途中だけど、僕と付き合ってほしい」
「……いいだろう」

 ヨルシャミは頷く。
 種族も、年齢も、性別も、すべて意に介さないこの少年が「いい」と言うならもはや何も心配することはない。そんな気分になった。
 初めの頃に比べて肝が据わったものだ、としみじみとしながらヨルシャミは伊織の顔を見る。
「しかし不思議なものだな。口頭のみの契約も同然だというのに不安もないとは」
 恋仲というものになったからといって、何かが大きく変わることはないのだろうが、心境の変化はヨルシャミ自身も目を瞠るものだった。
 そんなヨルシャミを前に伊織は「そうか」と視線を返しながら言う。

「そういや契約っていえば契約だもんなこれ。……」

 突如思案顔になった伊織にヨルシャミは首を傾げた。
 伊織はちょいちょいとヨルシャミの袖を引いてしゃがむように伝える。
 なんだどうした? と無警戒に身を屈めたところで視界の一部が伊織の髪の毛に遮られ、ヨルシャミはぽかんとした顔をした。
 突然何の前触れもなく唇が重ねられたのである。
 時間にして数秒だ。
 そして恋仲になったのならばまあおかしくはないだろうが一体何が起こったのだ、とヨルシャミの頭の中に膨大な思考が一挙に押し寄せた。目を回しそうになっていると顔を離した伊織が赤い顔をして言う。

「け、契約の証ってことで」
「まっまっ魔法も使わぬ奴があるか!」
「じゃあもう一回しようか!?」
「さてはお前も混乱してるな!?」

 私にあんなツッコミを入れておいて! と叫びつつヨルシャミは前のめりになった伊織の両肩を掴んだが、現在の体勢はバランスが悪すぎた。
 尻もちをつくような形で引っ繰り返ったヨルシャミはゆるく結った黒髪を床に散らして呻く。
 しかし伊織が自分に馬乗りになっていると気づくや否や両耳を緊張させて固まった。押しのけることは簡単だが、視線が交差しただけでその簡単ができなくなる。

 交際していても即こういう状況はいいのか?

 そう心の中で問う自分に「知らん!」としか答えられず、ヨルシャミは伊織を見上げた。
 こうして見ると最初に会った頃より少し大きくなった気がする。肉体は成長期なのだと実感した。それは自分と同じ性別らしく成長しているということでもあったが――それでも想いに変わりはない、と自覚して喉からか細い音が出る。
 ああ、やはり自分だって種族も、年齢も、性別も意に介さないのだとヨルシャミは思い知る。

 そう答えに辿り着いたと同時に、伊織がヨルシャミの頬に手を伸ばし――

「やっと辿り着いた!」

 ――バンッ! と小気味良さすら感じる音をたててドアが開かれ、快活な笑みを浮かべたニルヴァーレが現れた。

「君たち僕の魔石を遠ざけて夢路魔法を使ったな? いやはや、やはり魔石がそばにないと少し道に迷っ――」

 そこまで口にし、ようやく室内の様子に気がついたニルヴァーレは言葉を止める。
 床に仰向けになって転がったヨルシャミ。なぜか昔の姿をしている。
 その上に馬乗りになり、ヨルシャミの頬に手を伸ばした伊織。びっくりするほど真っ赤になっている。
 それを交互に見たニルヴァーレは笑みを浮かべたまま一歩引き、珍しく大人しい動きでスススッとドアを閉めて言った。
「ははは……出直そう!」
 その行動に伊織とヨルシャミは見事に声を合わせて叫んだ。

「ニルヴァーレさんが常識的行動を!?」
「ニルヴァーレが常識的行動を!?」








元の姿のヨルシャミと伊織(イラスト:縁代まと)
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