マッシヴ様のいうとおり

縁代まと

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第五章

第166話 ミュゲイラの気になること

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 サルサムは疲労感を感じながら帰路についていた。
 隣を歩くミュゲイラは溌剌としているが、さすがに連日の復旧作業ともなるとそろそろ体が辛い。
 体力にはそれなりの自信があるものの、重い瓦礫を崩さないように運搬しトンネル内を補強、主要な道に水が溜まっていればそれを排出するという作業は経験がなかったためサルサムは余計に疲れていた。

(まあ、それにもようやく慣れて体力配分も上手くいくようになってきたが……)

 もうそろそろ作業も終わる。
 慣れてきた頃に終わるというのは世の常だが、今回は終わるのならば素直に嬉しい。
 もちろんやっとバルドたちと合流できるから――などというサルサム的に気色の悪い理由ではなく、重労働の終わりを喜んでいた。

「そういやぁさー、妹がなんかおかしいんだよ」
「リータさんが?」

 突然話を切り出したミュゲイラは頬を掻きながら頷く。
 今までになかった長期間の足止めだ。それに起因する経験のない悩みや体調不良に襲われているのだろうか。
 サルサムから見たリータは人に弱みを見せる前に自分で片付けてしまおうとするタイプだったが、それ故に溜め込む癖でもあったのかもしれない。
 そう口に出すとミュゲイラが「いやちょっと違うんだよ」と首を横に振った。

「違う?」
「なんかやる気に満ち満ちててイキイキしてる」
「そ、それは良いことじゃないのか」

 拍子抜けしたサルサムはそれをそのまま声音に出した。
 しかしミュゲイラは両腕を組んで唸る。
「やる気がありすぎるんだよなぁ、こう、傍で見てるといつか空回りしそうで怖いっつーか」
「ああ……なるほど、少しわかった」
「お前も妹がいるんだろ、こういう時って本人に直接聞いても大丈夫だと思うか?」
 本題はこれか、とサルサムは少し歩調を緩くして考えた。
 自由奔放な節のあるミュゲイラも妹の異変を感じ取れるくらいには姉なのだ。しかしリータは今までそういった違和感をミュゲイラに与えたことがなかった。その結果、初めての事態にミュゲイラは自分がどう動けばいいのかわからなくなったのだろう。
 サルサムは己の妹のことを思い返す。
 性格はリータとは違う。むしろ真逆に近い。
 しかし様子に違和感を感じた経験はあった。その時の妹は技術の伸びに悩んでおり、サルサムからそれとなく話を振ってそれを確かめ、先生役を買って出ることで解決したのだが。

「……リータさんなら回りくどいことをせず、直接訊ねても話してくれるんじゃないか?」

 自分で片付く問題なら片付けるだろう。
 しかしそれが無理だとわかれば、きっかけさえあれば人に頼れるのではないか。
 そんなことを思いながらサルサムは答えたが、ミュゲイラはどうにも不安が拭えない様子だった。

「あたしに話したいとか思うかなぁ。だってあたしに接する時のあいつ、どっちかといえば妹っていうより母親なんだよな……」

 身から出た錆では。
 そう出かかった言葉を呑み込み、サルサムは小さく唸る。
 悩みというものは軽く見てはならない。集団で長旅をする場合、これを放置すると仲間の間で軋轢を生み、パーティーが崩壊してしまうことがあるのだ。
 しかも今現在、リーダー格の静夏が不在である。

(解決できるなら早めにしておいた方がいい、か)

 サルサムはミュゲイラを見上げた。
 エルフ種を除けば今ここに居る中で一番年上は自分だ。疲れはあるが一肌脱ごう。そうサルサムは決断する。
「なら後で俺から訊いてみよう。もし話しにくそうにしてたらミュゲイラが心配してた、って言っとくから、必要なら向こうから話してくると思う」
「マジか! ありがとなー、今度メシ奢るぞ! ステーキとか!」
「ビール一杯でいい」
 ミュゲイラの様子になんとなくバルドを思い出しながら、サルサムは街の中へと足を進めていった。


 リータに話を聞くのはタイミングが重要だ。
 宿の一室でパンを齧りながらサルサムは考える。

 現在食事の時間はバラバラである。しかし今日は時間が遅いのもあり全員宿へ戻ってきていた。
 室内に他の仲間がいる状況で訊ねるのは下手をすれば公開処刑になりかねない。それにもし様子のおかしい原因が仲間内にあったとしたら余計に悪化してしまう可能性があるのだ。本心を喋ってくれないというパターンもある。
 それは避けたいとサルサムは考えていた。

(一対一がいいな。あとできれば自然な形で)

 明日でもいいがゆっくり話をできるのは夜しかないため、どの道同じような状況になるだろう。
 しばらく様子を窺っていると突然リータが「あ!」と言って立ち上がった。
「どうした?」
「あの、布を染めて干しておいたんです。けど回収するのを忘れてて……ちょっと取りに行ってきますね!」
「そういえば宿の主人に庭を借りてたな」
 服作りの際に探していた色合いの布がなかったため、無いなら作ろうと自分で染めたらしい。
 それをネロから聞いたサルサムは少し時間を置いてから立ち上がるとドアに手をかけた。

「ちょっと煙草吸ってくる」
「あ、はい、いってらっしゃい」

 そう伊織が見送ったが、ドアが閉まってから緩く首を傾げる。
「サルサムさんって煙草吸うんですね?」
 慎重なわりにそういうとこ杜撰だなぁ、とミュゲイラだけが密かに両耳を垂らしていたという。
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