マッシヴ様のいうとおり

縁代まと

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第五章

第164話 重なる姿

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 何の打算もなく、自己防衛の一種としてでもなく、善意を装った悪意でもなく。
 リータは真正面から何の嘘偽りもなく、自分の恋を――恐らく初恋であろうその感情を諦めることを目標に据えていた。
 しかもやる気に満ち満ちた心境で、だ。

 恋を叶えることに前向きな姿勢で挑む者は多いが、諦めることに前向きな姿勢で挑む者をネロは初めて見た。
 諦める選択肢を選んだとしたら普通はもっと湿っぽくなるのではないか。
 ネロが思わずその疑問をぶつけてみると、リータはにっこりと笑って答えた。

「私、セラアニスさん――ヨルシャミさんとイオリさんには幸せになってもらいたいんです。それも自分の気持ちがわかって更にはっきりしました。だから諦めたいけれど、そうすぐに出来るものでもないみたいなんで……」
「だからって、その」
「……後ろ向きな気持ちで諦めようとしてたら、多分二人にも伝わって心配させちゃいます。なら折角の初恋です、諦める過程も楽しみたいじゃないですか」

 リータも見た目相応の年齢の頃だったならもっと荒れていたかもしれない。
 しかし恋には不慣れでも、その他の人生経験は相応に積んできたのだ。エルフ種の感覚で積み重ねた年月のため特別長い時間生きてきた自覚はないが、それでも。
 もちろんセラアニスとヨルシャミを同一人物として扱うのはどうかと思うため、二人同時に応援するのはリータ自身も引っかかっている。
 だが二人の恋は二人のもので、決断するのは二人だ。
 そして選ぶのは伊織。
 自分はその範囲外にいるのだから、同時応援くらいは大目に見てほしいともリータは思っている。

「リータさんが良いなら俺は何も言わないけど……」

 しんどくないのかな、とネロは表情で語ったが、リータはそういう気持ちが湧くことを含めて試行錯誤するつもりだった。
 まずはこの感情のどこから諦めよう。
 そう考え始めた時――宿の外が騒がしくなり、リータとネロは窓から様子を窺った。
 人々が流れるように逃げている。ざわめく声の間から聞こえる警鐘と避難を促す声、それらは街中に魔獣が現れたことを伝えていた。

「魔獣……!?」

 リータは窓から身を乗り出して耳を澄ます。
 そして細かな情報を拾い、その断片を組み合わせ終えたかと思えば慌てて宿の外へと走り出た。
「噴水広場で誰かが魔獣を足止めしてくれてるって……変な馬に乗ってたって言ってる人がいました」
「それってイオリか!?」
「恐らく……!」
 もしそうなら伊織個人の戦闘能力は低い。
 セラアニスも回復魔法を使えないはずだ。

「私たちも向かいましょう、広場の場所ならわかります!」

 そう先行して走るリータに頷き、ネロも走る足を早めた。


 どれくらい走っただろうか。
 そう長い時間ではなかったが、逃げる人波に逆らって進むことになったため想定よりはかかってしまった。
 途中で事情を知らない門番や善意の人々に止められることを危惧し、細い裏路地から噴水広場へと抜ける。広場の周辺はひと気がなくなりがらんとしていたが、どこからともなく血生臭さが漂ってきていた。
 リータは魔法の弓を、ネロはダガーを構えて広場の中へと走り込む。

 血生臭さの正体は地面に伏した化け物――魔獣だった。

 そんな事切れた魔獣を背景に背負い歩いてくる人影がある。
 伊織が返り血かそれとも自前のものかわからない血で染まりながら、気絶したセラアニスを横抱きにして歩いていた。
 いくら軽いとはいえ人ひとりを抱え上げるのはそれなりの力が必要だ。抱えている対象が気絶しているのなら尚更。
 しかし伊織はふらつくことなくしっかりとセラアニスを抱え、一歩一歩確実に足を進めていた。
 ネロだって人を抱えることくらいはできる。伊織を背負って移動した時のように。
 だが伊織は男性ながら華奢、まだ成長途上で非力だという思い込みがあった。
 それでも。

 その歩いてくる姿を見た瞬間、二人は伊織に静夏が重なって見えたのだ。

 足を進めていた伊織はリータとネロに気がつくと笑みを見せて二人を呼んだ。
「リータさん ネロさん!」
 来てくれたんですね! という声に二人はハッとし、慌てて伊織たちに駆け寄る。
「あの魔獣、イオリが倒したのか? 他に仲間は?」
「はい、あの一体だけみたいです。倒せたのは……セラアニスさんとヨルシャミが支えてくれたからなんです。それにバイクとワイバーンも」
「ワイバーン……?」
「それにヨルシャミさんって――」

 詳しいことは道中で説明します。
 伊織はそう約束し、四人はヒルェンナのいる病院を目指して移動した。
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