163 / 276
第五章
第163話 『私』のことが好きなんですね
しおりを挟む
あれほど上手くいかなかった召喚魔法。
しかし今は体が先にやり方を理解し、それをきっかけにして脳が一気にすべてを把握したような感覚だった。
ネコウモリはニルヴァーレが伊織の体を使って呼び出したもの。それは伊織もネロから聞いている。
実際に上質な召喚魔法を行使したことにより、召喚魔法に支障が出る何らかのデメリット――回復魔法の効きと同じく、恐らく魂の力の強さ故に起こるデメリットを乗り越えるほどのコツを掴んだのだ。
(これが道ってことか)
ヨルシャミの言っていた言葉を反芻しながら伊織はワイバーンと共に空気を切る。
ワイバーンは強靭な顎で鋼鉄の毛に噛みつくとそのまま根元から毟り取った。その間にも他の毛は攻撃を加えてくるが、傷が生じた瞬間から瞬く間になくなっていく。もはや痛みすら感じているか定かではない。
ついには攻撃用の毛をすべて引き抜かれ、魔獣はワイバーンの片足に押さえつけられ地に伏した。
押さえつけるだけでなくみしりみしりと音をさせて骨を砕き、そのまま魔獣の命ごと打ち砕く。
「……母さんたちが居なくても倒せた……」
もちろん伊織一人で成せたことではない。
セラアニスが居て、バイクが居て、ワイバーンが居て――そしてヨルシャミが居たからこそだ。
伊織は様々な感情から震える手でワイバーンの背中を撫でると「ありがとう」とお礼を伝えて送還する。地面に降り立つと膝は笑っておらずホッとした。
そうだ、勝ったことを自分からしっかりと伝えなくては。
伊織はそう思いヨルシャミの方を見たが、いつの間にか――きっと恐らく伊織とワイバーンが勝利した瞬間に大規模で高出力の回復魔法は途切れ、ヨルシャミは地面に倒れ込んでいた。
「っヨルシャミ……!」
伊織は慌てて駆け寄る。
自分の膝の上に頭を寝かせるとヨルシャミは小さく呻いた。
「大丈夫か? 良いお医者さんがいるんだ、すぐ診てもらえば――」
「……イオリ、さん」
伊織は瞬きを繰り返して視線を下げ、彼女の顔を見る。
目覚めたのはヨルシャミではなくセラアニスだった。
刹那の間しか戻ってこれなかったのか、はたまた幻覚だったのか。いいや、後者はありえないと思っているとセラアニスが青白い顔のまま柔らかく笑った。
そのまま伊織の手を握って言う。
「イオリさんは『私』のことが好きなんですね」
その『私』はなぜかセラアニス自身を指しているように思えなかった。
伊織が答える前にセラアニス再び意識を手放し、全身から力が抜ける。その寸前の一秒に満たない間だけ、彼女はほんの少し伊織の手を握る力を強めた。
***
「なんだ、あの二人まだ帰ってないのか」
少し早めに仕事から戻ったネロは部屋の中を見ながら言う。今日は仕事の進みが良く、予定よりも早く帰ることができたのだ。
型紙に合わせて布をカットしていたリータはなぜか暖かな笑みを浮かべた。
「わかります、わかりますよ、大丈夫ですネロさん」
「ん? んん? わかる?」
「イオリさんのことが大好きすぎて気になって仕方ないんですね……!」
「だい、す、……ォ、え、ええっ!? どういう意味だそれ!? どうしてそうなった!?」
ついにリータの途方もない勘違いが伝わったが、それまでの経緯を欠片も知らないネロには寝耳に水だった。
その戸惑いすら照れ隠しやそれによる取り繕いに見えたのか、リータは更に言葉を重ねる。
「だってよくイオリさんに熱視線を送ってたじゃないですか」
「い、いやいやいや、まあ見てたこともあるけど、そういうことならそっちの方が見てるんじゃ!?」
「それに気にかけてる回数も多いですし、優しいですし……!」
「一番馴染みのある顔だからな、っていうかそれもそっちの方がイオリを気にかけてるし優しくしてる気がするぞ?」
「えっ!? ……それは、その、イオリさんは病み上がりですし……」
その前からに思えるんだが、とネロは半眼になった。
ネロがリータをしっかりと認識したのはトンネル前の村で勝負を仕掛けてからだが、それでもわかるほどのわかりやすさだ。彼女の姉も他の仲間もあまり気にしていなかったので何か理由があるのか、それとも元からこういった気質なのかもしれないが。
ネロはこんな話を吹っ掛けられた仕返しだ、と指摘するように言う。
「その「好き」って友愛じゃない好きのことだよな。俺から見たらリータさんの方がよっぽどイオリを好きに見えるぞ」
「……」
思わぬ反撃を受けたリータは押し黙った。
その両耳があまりにもしょぼんとしていたため、突っ込んで言いすぎたかとネロは慌ててフォローを付け足しかけ――あまりにも唐突に両耳が跳ね上がったので半歩引いた。
「やっぱりそうなんでしょうか!?」
「なんで訊く!?」
「憧れなのか判断がつかなかったんです。私、えーと……こう見えてネロさんたちより長生きしてるんですけど、恋愛のれの字とも縁がなかったので! 情報不足でして!」
「お、おう……」
「でも自覚しました、ありがとうございます。そして同時に目標も定まりました!」
イオリに告白するのか?
後輩のリア充度を上げる手伝いをしてしまったのか?
ネロがそう身構えていると、リータは自身の大きな目標を掲げて言った。
「これからの私の目標は、イオリさんを好きな気持ちを如何にして諦め納得できるか探ることです!」
「なんでそうなった!?」
恋する乙女の思考回路はまったく、本当にまったくわからない。
ネロはそう痛感しながら疑問符を山ほど浮かべたのだった。
しかし今は体が先にやり方を理解し、それをきっかけにして脳が一気にすべてを把握したような感覚だった。
ネコウモリはニルヴァーレが伊織の体を使って呼び出したもの。それは伊織もネロから聞いている。
実際に上質な召喚魔法を行使したことにより、召喚魔法に支障が出る何らかのデメリット――回復魔法の効きと同じく、恐らく魂の力の強さ故に起こるデメリットを乗り越えるほどのコツを掴んだのだ。
(これが道ってことか)
ヨルシャミの言っていた言葉を反芻しながら伊織はワイバーンと共に空気を切る。
ワイバーンは強靭な顎で鋼鉄の毛に噛みつくとそのまま根元から毟り取った。その間にも他の毛は攻撃を加えてくるが、傷が生じた瞬間から瞬く間になくなっていく。もはや痛みすら感じているか定かではない。
ついには攻撃用の毛をすべて引き抜かれ、魔獣はワイバーンの片足に押さえつけられ地に伏した。
押さえつけるだけでなくみしりみしりと音をさせて骨を砕き、そのまま魔獣の命ごと打ち砕く。
「……母さんたちが居なくても倒せた……」
もちろん伊織一人で成せたことではない。
セラアニスが居て、バイクが居て、ワイバーンが居て――そしてヨルシャミが居たからこそだ。
伊織は様々な感情から震える手でワイバーンの背中を撫でると「ありがとう」とお礼を伝えて送還する。地面に降り立つと膝は笑っておらずホッとした。
そうだ、勝ったことを自分からしっかりと伝えなくては。
伊織はそう思いヨルシャミの方を見たが、いつの間にか――きっと恐らく伊織とワイバーンが勝利した瞬間に大規模で高出力の回復魔法は途切れ、ヨルシャミは地面に倒れ込んでいた。
「っヨルシャミ……!」
伊織は慌てて駆け寄る。
自分の膝の上に頭を寝かせるとヨルシャミは小さく呻いた。
「大丈夫か? 良いお医者さんがいるんだ、すぐ診てもらえば――」
「……イオリ、さん」
伊織は瞬きを繰り返して視線を下げ、彼女の顔を見る。
目覚めたのはヨルシャミではなくセラアニスだった。
刹那の間しか戻ってこれなかったのか、はたまた幻覚だったのか。いいや、後者はありえないと思っているとセラアニスが青白い顔のまま柔らかく笑った。
そのまま伊織の手を握って言う。
「イオリさんは『私』のことが好きなんですね」
その『私』はなぜかセラアニス自身を指しているように思えなかった。
伊織が答える前にセラアニス再び意識を手放し、全身から力が抜ける。その寸前の一秒に満たない間だけ、彼女はほんの少し伊織の手を握る力を強めた。
***
「なんだ、あの二人まだ帰ってないのか」
少し早めに仕事から戻ったネロは部屋の中を見ながら言う。今日は仕事の進みが良く、予定よりも早く帰ることができたのだ。
型紙に合わせて布をカットしていたリータはなぜか暖かな笑みを浮かべた。
「わかります、わかりますよ、大丈夫ですネロさん」
「ん? んん? わかる?」
「イオリさんのことが大好きすぎて気になって仕方ないんですね……!」
「だい、す、……ォ、え、ええっ!? どういう意味だそれ!? どうしてそうなった!?」
ついにリータの途方もない勘違いが伝わったが、それまでの経緯を欠片も知らないネロには寝耳に水だった。
その戸惑いすら照れ隠しやそれによる取り繕いに見えたのか、リータは更に言葉を重ねる。
「だってよくイオリさんに熱視線を送ってたじゃないですか」
「い、いやいやいや、まあ見てたこともあるけど、そういうことならそっちの方が見てるんじゃ!?」
「それに気にかけてる回数も多いですし、優しいですし……!」
「一番馴染みのある顔だからな、っていうかそれもそっちの方がイオリを気にかけてるし優しくしてる気がするぞ?」
「えっ!? ……それは、その、イオリさんは病み上がりですし……」
その前からに思えるんだが、とネロは半眼になった。
ネロがリータをしっかりと認識したのはトンネル前の村で勝負を仕掛けてからだが、それでもわかるほどのわかりやすさだ。彼女の姉も他の仲間もあまり気にしていなかったので何か理由があるのか、それとも元からこういった気質なのかもしれないが。
ネロはこんな話を吹っ掛けられた仕返しだ、と指摘するように言う。
「その「好き」って友愛じゃない好きのことだよな。俺から見たらリータさんの方がよっぽどイオリを好きに見えるぞ」
「……」
思わぬ反撃を受けたリータは押し黙った。
その両耳があまりにもしょぼんとしていたため、突っ込んで言いすぎたかとネロは慌ててフォローを付け足しかけ――あまりにも唐突に両耳が跳ね上がったので半歩引いた。
「やっぱりそうなんでしょうか!?」
「なんで訊く!?」
「憧れなのか判断がつかなかったんです。私、えーと……こう見えてネロさんたちより長生きしてるんですけど、恋愛のれの字とも縁がなかったので! 情報不足でして!」
「お、おう……」
「でも自覚しました、ありがとうございます。そして同時に目標も定まりました!」
イオリに告白するのか?
後輩のリア充度を上げる手伝いをしてしまったのか?
ネロがそう身構えていると、リータは自身の大きな目標を掲げて言った。
「これからの私の目標は、イオリさんを好きな気持ちを如何にして諦め納得できるか探ることです!」
「なんでそうなった!?」
恋する乙女の思考回路はまったく、本当にまったくわからない。
ネロはそう痛感しながら疑問符を山ほど浮かべたのだった。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?
山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。
2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。
異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。
唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる