マッシヴ様のいうとおり

縁代まと

文字の大きさ
上 下
161 / 276
第五章

第161話 伊織の戦いとセラアニスの戦い

しおりを挟む
 回復魔法で支援し特攻紛いのことをする。
 それは奇しくも里の守り人が使った戦法と同じであり、そしてヨルシャミが静夏に使った戦法とも似通っていた。

 伊織は羊型魔獣の注意を引き付け、わざと周囲で派手な動きをしながら撹乱する。
 それでも攻撃に用いられる鋼鉄の毛は数本。それが集中するため避けきれないこともあったが、付けられた傷はセラアニスの回復魔法により瞬く間に癒されていった。

(回復魔法が効きにくい僕にもこんなに効果を発揮してる……)

 他の魔法はだめだが、回復魔法に関してだけはヨルシャミに匹敵する腕だということだ。
 これなら、と伊織は鋼鉄の毛の攻撃を掻い潜って考える。
 今の伊織に武器はない。しかし現地調達をすることはできる。加えてこの回復の潤沢さなら、多少のリスクは冒すことになるが撹乱だけでなく弱点を探すこともできるかもしれない。

 背後から支えられているような頼もしさを感じながら伊織はバイクを走らせた。

     ***

 セラアニスは全身が軋むような感覚に小さく呻く。
 一点から全身の血を吸い出されそうになっているようなゾッとする違和感。魔法を発動させているだけでそれは止むことなく、むしろどんどん悪化していた。

 それでもまだ両足で立っていられる。
 どこからか血が流れるということもない。
 ただ頭だけはどこかに打ち付けたような頭痛が常に響いていた。

「……っこれくらいで……!」

 なぜこんな状態になるのかはわからない。
 しかし伊織はセラアニスの回復魔法を信頼し、回復があることを大前提に動いている。
(だから私はそれに応え続けたい)
 彼が好きだからとか、大切だからとか、それらを抜きにしても仲間として応えたかった。

 セラアニスの視界の中で伊織は急な角度で方向転換し、その最中に果物屋の果実に刺さっていたナイフを手に取る。試食用の果物を剥くデモンストレーション用に使われていたものだ。
 伊織に刃物を武器として使う心得はなかったが、何も手にしていないよりはいい。
 セラアニスは彼が再び魔獣に向かっていくのを見て回復魔法の出力を強めた。
 伊織は魔獣に突撃する直前で跳躍し、あろうことか魔獣の真上を身一つで飛び越える。ただの一般人には難しい動きだが――バイクが背中を押したらしい。
 そのバイクは横滑りしながら魔獣の腹の下に入り込むと、反対側に突き抜けることなく腹の下で留まり魔獣の体を浮かせた。ほとんど鋼鉄の毛に埋まっていた四本の足が現れ、そこに毛は生えていないことが見て取れる。

 急所がどこかわからない魔獣。
 ならせめて足を狙って動きを抑えようと考えたのだ。

 着地には誰のサポートもなく、地面に体を打ち付けた伊織は激しくむせ込んだが、それも回復魔法がすぐに癒す。
 魔獣は体が浮き、足が地面に付かなくなったことで身動きが取れず混乱している様子だった。鋼鉄の毛による攻撃の反応速度も悪い。
 しかしこのままずっと続く状態ではないのは明白だった。
 バイクの上で上手く体重移動さえさせられれば転がって逃れることができる。数秒で魔獣もそれに気がつくだろう。
 伊織は地を蹴って魔獣に接近すると、暴れる前足の一本をナイフで切りつけた。

(浅い……!)

 それを見ていたセラアニスは動揺して一歩前に出る。
 魔獣の肉は特別硬いわけではないようだったが、一撃で腱を切るには至らなかった。そもそも果物用のナイフでは役者不足すぎる。
 それでも伊織は慌てず、自ら足にしがみつくと同じ場所を何度も切りつけた。
 体の下に現れた敵に感づいた魔獣は大きく鳴く。その声は羊よりも肉食獣に近い。
 ばちん、と腱が切れたところでついに鋼鉄の毛がうねり伸びて伊織の右手を強かに叩いた。すべてばらばらの方向に曲がった手を魔法が回復させるが、ナイフは弾け飛び遠くへ滑っていく。
 追い打ちをかけるように、そして仕返しだとでもいうように伊織のふくらはぎ目掛けて鋼鉄の毛が飛んで肉ごと骨を打つ。
 先に叫んだのはセラアニスだった。

「イオリさん……! ッ!」

 ガンガンと頭が痛む。
 回復速度が遅くなっているのではないか、という一抹の不安が過った。
 もし、もしもここで自分が倒れて回復魔法が途切れてしまったら伊織はどうなるのだろう。
 意識を無くしても継続する回復魔法もあるが、セラアニスには扱えない。
 もちろん学べば使えるだろうが、その機会も必要もなかったのだ。なにせ大抵の傷は普段通りの回復魔法で癒すことができたのだから。
 回復魔法は使用者自身の傷も癒すことができるが、今セラアニスの身を襲っている異変はそもそもが魔力により引き起こされているもののためほとんど効いていないようだった。
 歪む視界に体がふらつく。必死に耐えているといつの間にか舌を噛んでいた。

 まだ支えたい。
 死なないでほしい。

 そんな思いで耐えていると、不意に――背後に誰かが立っている、そんな気がした。
 振り返る余裕はない。
 しかしその人物は背後から腕を伸ばすと青白くなったセラアニスの手を握って言った。

『この状態でも一度くらいなら手を貸せる』

 ほら、と。
 そう言った声は、セラアニスと同じ声質をしていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

処理中です...