マッシヴ様のいうとおり

縁代まと

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第五章

第157話 リータのポンコツ予想

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 気がかりなことは山ほどある。
 しかし、しかしだ。

(流れに身を任せてしまったとはいえ明日デートってことは事実として確定しているわけで……)

 そのことで頭がいっぱいになってしまうのは致し方ないことだろう、と伊織は布団の中で頭を抱えた。
 振り返ってみれば前世でもデートの経験などない。
 幼稚園の頃に近所の女の子と駄菓子屋に出向いたことをカウントしなければだが、逆に言うとそれほど遡らなくてはならない程度には経験がないのだ。

(よ、よし……とりあえずまずは目標を決めよう。そうだな……セラアニスさんに楽しんでもらうのは確定だよな)

 すぐ眠れる気がしないので伊織はある程度のプランを練ることにした。
(楽しんでもらうには何をするべきか、か。あと僕は僕でセラアニスさんが過去の自分との差をどれくらい自覚してるのか確かめ――、……)
 それは今するべきことだろうか。
 そう伊織は布団の中で自分の手を見つめて考える。
 はっきりすれば仲間内で対応を相談しやすくなるだろう。一対一で行動するデートなら確認するにはもってこいだ。しかしそれは『セラアニスに楽しんでもらう』という目標には見合わない気がした。

「……これはナシだな」

 小さく小さく呟き、伊織は目を瞑る。
 セラアニスに楽しんでもらいたいなら、自分も楽しむべきかもしれない。
 そう思い直し、明日は何がどうなろうが楽しみきろうとプランに組み込んだ。セラアニスが現状に何を感じて何を考えているかは本人が言おうと思ったタイミングで聞けばいい。

 そうと決まったら明日に備えてしっかり眠ろう! と深呼吸する。
 寝不足でデートに挑むなど愚の骨頂だ。

 そして伊織は起きてから気がついたのだった。
 デートのプランを練ったくせに、肝心の『どこへ行くか』をまったく決めていなかったことを。

     ***

 セラアニスは真剣な目で鏡の前に立ち、何度も自分の服装を確認する。

「こ、これ、おかしくないですか? 随分派手な気がするのですが……!」
「大丈夫だって、ベージュから藤色へのグラデーションとか綺麗じゃん!」

 セラアニスはミュゲイラが述べた色合いの長袖ワンピースを身に着けていた。
 折角のデートなのだからと急遽リータが用意したものだ。胸元のボタンはミントカラーで、セラアニスの髪色と調和している。
 派手というより爽やかといったイメージだが、ずっとヨルシャミの服――比較的黒やグレーが多い服を着ていたせいで派手に見えるのかもしれなかった。もしくはセラアニスが里に居た頃もヨルシャミと似たような趣味だったのか。
 少し肌寒いため足には茶色系のタイツ。髪はミュゲイラが手慣れた様子でポニーテールにし、セラアニスの好みを聞いて葉っぱモチーフの髪飾りを着けた。

「しっかしお前とイオリがデートとはなぁ……あ~、あたしもマッシヴの姉御とデートしてぇ~!」
「頼めばしてくれるんじゃない?」
「恥ずかしいじゃん! たまたま一緒に行動するデート的なことになるのはいいけど自分から誘うのは恥ずかしいじゃん!」

 なんでそういうところだけ乙女なんだろう、とリータは妹目線から乾いた笑いを漏らす。
 セラアニスはスカートの端を摘まんで未だに不安げにしつつ、大きく息を吸ってゆっくりと吐いた。

「あのっ……お二人とも、本当にありがとうございます。たっ、楽しんできます!」
「おう、ゆっくりしてこいよ! 土産は何か美味そうなもんで!」

 そう言った直後、ミュゲイラが「お姉ちゃん!」とリータに尻を引っ叩かれたのを見てセラアニスは声を出して笑った。

     ***

 廊下で待ちながら伊織は「よし!」と決意する。
 目覚めてから行き先をまったく決めていないことに気がつき慌てたが、今からデートスポットを探しても付け焼刃だろう。そういうのはバレる。なら自分よりこの街に詳しいセラアニスの行きたい場所をまず訊ねてみよう、とようやく決めた。
 じつは起きてから準備をしている間も延々と悩んでおり、そのせいで心ここにあらずだったのだがこれでやっと集中できるわけだ。
 そうこうしている間に時間は経ち、着替えていたセラアニスが宿の部屋から出てきた。

「イオリさんすみませんっ、お待たせしました!」
「ああいや、全然待ってないから平……気……」

 見慣れない服装のヨルシャミに見えて語尾が消えそうになる。
 それを辛うじて繋ぎ止め、伊織は改めてセラアニスを見た。正直言って可愛い。余計に緊張してしまう予感がしたが、今はそれを忘れて感じたことをそのまま口に出すことにした。
「っあの、語彙力が低くて申し訳ないんですけど……すごく似合ってますね、可愛いです」
「!」
 セラアニスは目を輝かせた後、とても嬉しそうに笑みを浮かべる。
 その顔を見た伊織はきちんと口に出来てよかったと感じながら手を差し出した。
「それじゃあ行きましょうか、今日は宜しくお願いします」
「こちらこそ……!」
 セラアニスはその手をおずおずと握ると、慣れない服装と状況に浮足立ちつつも二人で外へと出ていった。


 ――それを見守る人影が二つ。

 リータはこっそりと宿の外まで見送りに出ていた。
 もちろん昨日のように後をつける気は毛頭ない。
 ミュゲイラは本日の復旧作業に出発するぎりぎりまでセラアニスを手伝っており、完了するなり走って出て行ってしまった。ちなみにサルサムは大分早めに参加するためすでに着替えの段階でいない。
 残っていたのはネロだ。
 今日の仕事が午後からのためまだ宿にいたのだが――ネロは羨ましい気持ちでいっぱいだった。

(イオリは自分はモテないとかとんでもない認識してたが……可愛い女の子と旅して! 揃いの指輪までして! しかも憎からず思ってもらえてた上に! こうしてデートまでしてる奴がそれを言っちゃダメだろ! ダメだろぉ……!)

 伊織にとっては状況が特殊なため仕方ないのかもしれないが、ネロは羨ましかった。
 とてもとても羨ましかった。
 これも伊織に色々と吐露した時にぶつけてしまえばよかったかもしれない、などと思ってしまう。もし口にしていたら雰囲気からシリアス成分が根こそぎ消し飛んだだろうが。

 加えてネロはヨルシャミの詳しいことを知らない。
 もちろん元男性だということも。

 結局のところネロから見れば伊織は「可愛い女の子から明らかに好意を向けられている」という状況に他ならないのである。
 ――本来の性別についても少なくとも今は外見も中身も少女ではあるが、この国には同性恋愛も普通に存在している。
 もちろん思春期男子としては可愛い女の子という点が大いに羨ましいポイントだが、誰かに想ってもらえるというシチュエーションそのものもネロには縁遠く高根の花であり、故に羨ましい。結局辿り着くのは羨望だった。

 つい熱い視線を送りながらそんなことを考えているネロの横顔を覗き見て、リータは密かに考える。

(やっぱりネロさんはイオリさんのことが気になってるんですね……)

 相変わらずのポンコツ予想だった。
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