マッシヴ様のいうとおり

縁代まと

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第五章

第146話 リータのおしごと

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 セラアニスの住んでいた里では薬といえば一種類か二種類ほどしかなく、それも気休め程度の効果しかないものだった。

 それは文明が低度だったわけではない。
 ベルクエルフは水と風の神から加護を受けているため、それが個人個人の属性にも影響し、回復魔法を使える者が多かったためである。一家に一人は居ただろうか、とセラアニスは思い返す。
 セラアニス本人も例に漏れず水の属性を持っていた。
 これが人間の里だったなら、いくら水属性の者が多くてもまず魔導師としての才能を持つ人間が少ないため回復魔法のバーゲンセールにはならなかっただろうが、エルフ種は魔導師の才能を持つ者が多いためこのような状態になったのだろう。
 里の外の人間からすれば特異な環境だったが、セラアニスにとってはそれが普通だった。

 ――そして、今彼女の目の前には何十種類もの調合済みの薬と、数百種類の薬草や薬効のある薬が所狭しと並んでいた。

「す、す、凄いです、なんですかこのお薬屋さん……! この国一番のお店ですか!?」
「少し大きい街なら大抵こんな感じですよ」
「えええ!?」

 目を大きく見開いてセラアニスは店のあちこちを見て回る。
 薬屋でこんなにテンションを上げている人は早々いない。リータは店員の物珍しそうな視線を遮るように立ってセラアニスに薬の説明をした。
「この黒い丸薬は眠りが浅い時に使うと効くんです、ただ二日連続で飲むと昼でも眠くなってしまうことがあるんで要注意ですね」
「その隣のも同じものですか?」
「見た目は似てるけどそっちは腹痛用ですね、ほら、よく見たら茶褐色でしょ。紛らわしいから並べて売るのはやめてほしいんですけど……名前順に並んでる店だと大抵こうなんですよ」
 店員に聞こえないようこそこそと付け足し、リータは上の棚にあった角のない三角形の錠剤入りの瓶を取る。

「これは痛み止め。サルサムさんが調合してくれたものが一番効くんですが、あれは買うと少し高いので常備薬用にこれも買っておきます」

 その都度調合できればいいのだが、元となる薬草はそうほいほいと生えているわけではない。この山が豊かだからこそだ。
 そのよく効く痛み止めは今は十分にあるが、効き目がやや劣っても大量に仕入れられる――且つ、売っている店が多い薬をこうして少しずつ買って溜めておくのは無駄にはならない。今後旅を続けていった先で薬草の生えない地域に差し掛かった時に役立つものだ。リータはそう説明した。
 セラアニスは怪訝な表情をする。

「痛み止め……」
「どうしました?」
「いえ、その、リータさん……私、回復魔法を使えるんです。けどなぜか今は上手く発動させられなくて。それにこうしてお薬を沢山用意するってことは――もしかして、記憶を無くす前も回復魔法を使えない状態だったんですか?」

 リータは答えに困って一瞬黙った。
 ヨルシャミは回復魔法を使えても体調に影響を及ぼすため控えており、基本的にここぞという場面でしか使用していない。
 そのため薬の出番が多かったのだが、セラアニスが日常的に回復魔法を使っていたのなら違和感のある状態だろう。リータは慎重に言葉を選びながら答える。

「……本調子ではなかったみたいです、その、私は魔法弓術以外はからっきしなので理由はわかりませんが」
「そうでしたか……すみません、私も回復魔法以外はあまり得手ではなかったので、唯一の取り柄が使えない状態ではさぞかし足手纏いに――」
「そんなことありませんよ!」

 思わず大きな声になりかけてリータはブレーキをかけながらも強い口調で言った。
 セラアニスは目をぱちくりとさせてリータを見る。
「私たちはお互い役に立つから一緒に旅をしているわけじゃないんです。同じ目的のため、人を助けるために旅をしています。皆どこか足りないところを持っているけれど、それを責め合ったりはしません。だから……安心してください」
「リータさん……」
 リータはセラアニスの手を引く。

「さっ、早く薬を買って次のお店に行きましょう。まだまだセラアニスさんが見たことのないものがいっぱいあると思いますよ!」
「……! はいっ」


 養蚕の街カザトユアほどではないが、生地を扱っている手芸店は一件あった。
 リータはセラアニスに好みを聞きながら布を買い、片手間に修繕用の布もひょいひょいと手慣れた様子で選び取っていく。
 その後調味料や近日中に使用する目的の食材をいくつか買ってから宿へと向かった。

 宿はヒルェンナに紹介してもらったもので、病院から近く便利な立地だった。
 ただし普段泊まる宿よりランクが上のため宿代が少し嵩む。前に魔石を売って得た資金はまだ残っているが、少し心許ないためリータは手芸店でひとつ仕事を始めていた。
「わあ、これをお洋服に仕立てるんですね?」
 セラアニスは手触りの良い布を両手で広げながら笑みを浮かべる。
 リータは手芸店の店長が隣の服屋と太いパイプを持っていると知り、手芸店の販売コーナー用に巾着などの小物類を、服屋に婦人服二着を卸す契約を交わしたのだ。
 その行動力の高さにセラアニスは目を白黒させていたが、様々なスキルを持つ旅人が多く行き来する街ではこういった飛び入りの小規模な仕事を頼み慣れている店が多いからこそ、という理由もある。

「はい。シンプルなデザインで、という依頼なんで多分一晩あればできますよ」
「洋裁が得意って凄いですね……お店の人も褒めてましたよ」

 仕事をすぐに得られたのも「今日着ている服も自作なんですよ」と実物を即見てもらえたからこそだ。
 リータは少しくすぐったい気持ちになりながら型紙を作っていく。
「えへへ……里にいる頃はお金になるものとは思ってませんでしたけどね。手芸を始めたきっかけもお姉ちゃんが三日に一度のペースで服に穴を開けて帰ってきたからですし」
「そ、それはやんちゃですね!?」
 何なら今でもよくぼろぼろにしているが、旅が旅なので仕方ないということになっていた。
 ただ子供の頃は修行だ特訓だと森を駆けずり回っていたせいなのでリータは完全にとばっちりだ。

「……でも今では完全に趣味になっちゃいました。本当はここまで稼ごうとしなくてもいいくらいの懐事情なんですよ、長い目で見たら少し心許ないなってくらいで。マッシヴ様も行く先々で散財することは経済を回すから推奨してました」

 心許ないが、それは無視してもいいくらいの心許なさだった。
 それでも仕事をしようと思ったのは――未だ目覚めない伊織への不安を掻き消したかったのと、彼が一人で働いて何かを得ようとしていたのを思い出したから。
 リータはそう針に糸を通しながら考える。

(イオリさんはお金以外にも得るものがあったみたいだったし……私もその何かを得たかったのかな)

 そうすればもっと色々と理解できることが増えるんじゃないか。
 そんなことを思っていた。

 そして――すいすいと布を縫い始めたところでセラアニスが興味津々といった様子で手元を見ているのに気がつく。
 もしかして手芸に馴染みがなかったのだろうか、と気になったリータは別の針と糸をセラアニスに差し出した。
「まだ皆さんも帰ってなくて手持無沙汰でしょうし、セラアニスさんもやりますか? 布も余ってますよ」
「えっ、でもその、お恥ずかしいことなんですが……私、裁縫がびっくりするほど下手で……」
「大丈夫ですよ、わからないところがあったら何でも聞いてください!」
 リータの言葉にセラアニスは恐る恐る針と糸を受け取り、針の穴をしげしげと眺めた。
 そして。

「や、やってみます!」

 そんな言葉と共にセラアニスが指に針を刺し、縫う前から!? とリータは裁縫音痴の底力を垣間見たのだった。
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