114 / 272
第四章
第114話 ネロの反省、伊織の精進
しおりを挟む
――足が攣った勝負の後のことだ。
なんと静夏に抱えられて自室に戻ることになったネロは形容し難い羞恥心と情けなさと悔しさに身悶えていた。
無理を承知で挑んだ勝負。
それを快諾し、更にはこちらの不備だというのに部屋まで送ってくれた伊織の母親。
(……同じ親でもここまで違うものなのか)
改めて自分の両親との差を感じてしまい、ネロは複雑な感情の上に更に名称不明の感情を上乗せしたような気分になった。正直言ってこういう気分は持て余してしまう。
どうにも落ち着かなくなり、ベッドで横になりながら枕元にもたれかからせた荷物を見遣った。
この中にはネランゼリが使っていたダガーが入っている。
あの時は何が何でも勝負をしてもらう、もう逃がさない、という気持ちから持ち出したが伊織には悪いことをしてしまったとネロは無意識に眉尻を下げる。一度チャンスを逃したからとはいえ余裕が無さすぎた。
(ちゃんと真正面から頼んでれば聞いてくれただろうな。あのイオリの仲間だもんな……あーもー、先走りすぎ!)
ネロは反省しながら更に身悶えた。
先走った理由はわかっている。早く両親を見返してやりたい、というのもあるが――ネランゼリがこのまま忘れ去られるのを待つだけなんて、そんなのあんまりだと思ったのだ。
救世主と呼ばれていても特殊な力を持つだけで世のために動かない者もいた。
そんな中でネランゼリは国を跨いで各地を渡り歩き、行く先々で魔獣を倒して人々を救ってきたのだ。
それはまさしく救世主の姿だ、とネロは思う。
(……もし自分の先祖じゃなくても俺は憧れてたと思う。ああなりたい、って)
ネランゼリは第二の故郷として定めた地で天寿を全うした。
しかしそんな彼が流れた月日に押し流され、自分の子孫にさえ蔑ろにされようとしている。
平和な時間により周囲の人々が徐々に救世主を忘れていくのは仕方ないことだと思うが、子孫があんな扱いをするのはネロには許すことができなかった。
許せないからといって何をしてもいいってわけじゃないけどな、とネロは心の中で自分に釘を刺す。
――この気持ちを打ち明けたら、聖女マッシヴ様なら何と言うだろうか。
家族という存在が信用できないネロには複雑な存在だ。若干の反発心もあるが、これは自分が未熟なせいだろうということだけはわかる。
攣ってしまった足はもう回復し痛みもないが、ぐるぐると考えていたせいで今度は頭が痛くなってきた。
考えるのはやめて、今は明日に備えよう。
そう自分に言い聞かせるように決め、ネロは腕を目の上に置いて長い息をついた。
***
「そうそう、力を抜いて……リラックスして……指先に集中するんだ」
「あの、囁くのやめてください……」
召喚術の訓練中、イメージ力が大切だからと指先をバイクのキーに見立てて召喚のトリガーにしてみようということになったのだが、ニルヴァーレにやたらと良い声で指示を囁かれるため伊織は集中力が乱れて仕方なかった。
しかしたしかにこの方法は良いかもしれない。
伊織にとって召喚とバイクはイメージが強く結びついている。
ヨルシャミやニルヴァーレくらいになるとさり気ない動きで召喚魔法を扱えるが、下級の魔導師などはトリガー用に杖をよく用いるのだという。訓練の初めにそれを持ち出さなかったのは二人とも紛うことなき天才「すぎた」からだろう。発想がそこに至らなかったのだ。
なお、その際使われる杖は特別なものではなく補助輪のような役割を果たすといっただけだが、杖そのものに特殊な力がある場合は違うらしい。ヨルシャミが愛用していたという杖もその類だ。
何はともあれ、今夜はワイバーンを呼び出してみせる。
怪我が治っているならもう何も遠慮することはない。もちろんこの世界ならシミュレーションなので練習するだけなら元々気にすることはないのだが、気持ちが違う。
腕組みをしたヨルシャミが見守る中、伊織は親指を立て人差し指だけを伸ばした――前世で言う、いわゆるピストルの形を作ると挿し込むようにして左に回した。
「っ!」
パッ、と明るい光が視界に散って目を細める。
何かを呼び出した――という感覚だけかが先に伝わってきた。
だがまだ喜ぶのは早い。この感覚は毛虫を呼び出した時にもしっかりと伝わってきたものなのだから。
「おお、やったではないかイオリ! きちんとワイバーンが出てきているぞ!」
「えっ!? 本当――」
ヨルシャミの声に伊織は笑みを見せる。
しかしその声音に笑いが含まれていることに気がついて目をぱちくりとさせた。
はっきりとしていく視界に現れた空飛ぶワイバーン。色も形もあの日伊織が上書きテイムした個体に似ていたが、しかし、手の平サイズだった。
どこからどう見ても手の平サイズだった。
記憶の中から手のリサイズのヒョウモントカゲモドキが浮かんでくる。正直言ってかわいらしいが、伊織は判断に迷ってヨルシャミとニルヴァーレを見た。
「……あのこれ……成功って言ってもいいのかな……?」
キュウンキュウンと鳴きながら伊織の頭の周りを飛び回るプチワイバーン。じつによく懐いている。
それを見て口元を押さえながらニルヴァーレは答えた。絶対に笑っていると伊織に確信させる声音で。
「半分くらいは!」
「精進します!」
伊織がそう力強く言ったと同時に、プチワイバーンは口からプチファイアーを吐いてキュウッと再び鳴いた。
なんと静夏に抱えられて自室に戻ることになったネロは形容し難い羞恥心と情けなさと悔しさに身悶えていた。
無理を承知で挑んだ勝負。
それを快諾し、更にはこちらの不備だというのに部屋まで送ってくれた伊織の母親。
(……同じ親でもここまで違うものなのか)
改めて自分の両親との差を感じてしまい、ネロは複雑な感情の上に更に名称不明の感情を上乗せしたような気分になった。正直言ってこういう気分は持て余してしまう。
どうにも落ち着かなくなり、ベッドで横になりながら枕元にもたれかからせた荷物を見遣った。
この中にはネランゼリが使っていたダガーが入っている。
あの時は何が何でも勝負をしてもらう、もう逃がさない、という気持ちから持ち出したが伊織には悪いことをしてしまったとネロは無意識に眉尻を下げる。一度チャンスを逃したからとはいえ余裕が無さすぎた。
(ちゃんと真正面から頼んでれば聞いてくれただろうな。あのイオリの仲間だもんな……あーもー、先走りすぎ!)
ネロは反省しながら更に身悶えた。
先走った理由はわかっている。早く両親を見返してやりたい、というのもあるが――ネランゼリがこのまま忘れ去られるのを待つだけなんて、そんなのあんまりだと思ったのだ。
救世主と呼ばれていても特殊な力を持つだけで世のために動かない者もいた。
そんな中でネランゼリは国を跨いで各地を渡り歩き、行く先々で魔獣を倒して人々を救ってきたのだ。
それはまさしく救世主の姿だ、とネロは思う。
(……もし自分の先祖じゃなくても俺は憧れてたと思う。ああなりたい、って)
ネランゼリは第二の故郷として定めた地で天寿を全うした。
しかしそんな彼が流れた月日に押し流され、自分の子孫にさえ蔑ろにされようとしている。
平和な時間により周囲の人々が徐々に救世主を忘れていくのは仕方ないことだと思うが、子孫があんな扱いをするのはネロには許すことができなかった。
許せないからといって何をしてもいいってわけじゃないけどな、とネロは心の中で自分に釘を刺す。
――この気持ちを打ち明けたら、聖女マッシヴ様なら何と言うだろうか。
家族という存在が信用できないネロには複雑な存在だ。若干の反発心もあるが、これは自分が未熟なせいだろうということだけはわかる。
攣ってしまった足はもう回復し痛みもないが、ぐるぐると考えていたせいで今度は頭が痛くなってきた。
考えるのはやめて、今は明日に備えよう。
そう自分に言い聞かせるように決め、ネロは腕を目の上に置いて長い息をついた。
***
「そうそう、力を抜いて……リラックスして……指先に集中するんだ」
「あの、囁くのやめてください……」
召喚術の訓練中、イメージ力が大切だからと指先をバイクのキーに見立てて召喚のトリガーにしてみようということになったのだが、ニルヴァーレにやたらと良い声で指示を囁かれるため伊織は集中力が乱れて仕方なかった。
しかしたしかにこの方法は良いかもしれない。
伊織にとって召喚とバイクはイメージが強く結びついている。
ヨルシャミやニルヴァーレくらいになるとさり気ない動きで召喚魔法を扱えるが、下級の魔導師などはトリガー用に杖をよく用いるのだという。訓練の初めにそれを持ち出さなかったのは二人とも紛うことなき天才「すぎた」からだろう。発想がそこに至らなかったのだ。
なお、その際使われる杖は特別なものではなく補助輪のような役割を果たすといっただけだが、杖そのものに特殊な力がある場合は違うらしい。ヨルシャミが愛用していたという杖もその類だ。
何はともあれ、今夜はワイバーンを呼び出してみせる。
怪我が治っているならもう何も遠慮することはない。もちろんこの世界ならシミュレーションなので練習するだけなら元々気にすることはないのだが、気持ちが違う。
腕組みをしたヨルシャミが見守る中、伊織は親指を立て人差し指だけを伸ばした――前世で言う、いわゆるピストルの形を作ると挿し込むようにして左に回した。
「っ!」
パッ、と明るい光が視界に散って目を細める。
何かを呼び出した――という感覚だけかが先に伝わってきた。
だがまだ喜ぶのは早い。この感覚は毛虫を呼び出した時にもしっかりと伝わってきたものなのだから。
「おお、やったではないかイオリ! きちんとワイバーンが出てきているぞ!」
「えっ!? 本当――」
ヨルシャミの声に伊織は笑みを見せる。
しかしその声音に笑いが含まれていることに気がついて目をぱちくりとさせた。
はっきりとしていく視界に現れた空飛ぶワイバーン。色も形もあの日伊織が上書きテイムした個体に似ていたが、しかし、手の平サイズだった。
どこからどう見ても手の平サイズだった。
記憶の中から手のリサイズのヒョウモントカゲモドキが浮かんでくる。正直言ってかわいらしいが、伊織は判断に迷ってヨルシャミとニルヴァーレを見た。
「……あのこれ……成功って言ってもいいのかな……?」
キュウンキュウンと鳴きながら伊織の頭の周りを飛び回るプチワイバーン。じつによく懐いている。
それを見て口元を押さえながらニルヴァーレは答えた。絶対に笑っていると伊織に確信させる声音で。
「半分くらいは!」
「精進します!」
伊織がそう力強く言ったと同時に、プチワイバーンは口からプチファイアーを吐いてキュウッと再び鳴いた。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】
永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。
転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。
こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり
授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。
◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。
女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません
青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。
だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。
女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。
途方に暮れる主人公たち。
だが、たった一つの救いがあった。
三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。
右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。
圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。
双方の利害が一致した。
※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる