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第四章
第112話 夢の中へ
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ネロの足が盛大に攣ったことにより、勝負の日を改めようという静夏の提案はすんなりと通った。
連日になってしまうが明日も勝負の続きをすることになっている。
伊織たち一行もそう長々と村に留まっているわけにはいかないから、というのも理由としては大きい。
伊織の怪我やヨルシャミの目は治りきっていないものの休養は取れた。不死鳥の魔獣はいつ火口から離れて暴れ始めるかわからない上、話を聞く限りそこにいるだけで噴火を誘発するため長く放置するのは得策ではない。
しかしここまで追ってきたネロの望みにも出来る限り応えたい、というのも本心だ。
幸い出立の準備は早々に整ったため、村でフリーの時間にやることといえば情報収集くらいのもの。村には残り一日ほど滞在し、明後日の朝に出ようという予定になっている。
ただし残り四人の勝負内容にもよるため全員分消化しきれるか心配なところだ。
(今日のサルサムさんとの暗算勝負みたいなことになったら時間がいくらあっても足りなさそうだけどなぁ……)
残るは伊織、ヨルシャミ、静夏、バルドの四名。
母親の勝負内容はなんとなく予想できるものの、他がどうなるか伊織にはわからなかった。
そもそも自分もどんな勝負をすればいいのか未だに決まっていない。まさかウェイターの印象が強いからとウェイター勝負を仕掛けるなどできないだろう。
ベッドを整えつつうんうん唸っていると、背後からヨルシャミに話しかけるサルサムの声が聞こえた。
「もしかしてそれが例の魔石か?」
「む? ……ああ、これか。そうだ、ニルヴァーレが転じた補助魔石だな」
どうやらヨルシャミが荷物から取り出した魔石が視界に入ったらしい。
サルサムは腕組みをしながら「補助か……」と呟く。
「未だに信じられないな、あのニルヴァーレが攻撃魔法ならともかく人のための補助になるなんて」
「不可思議であろう、まあ有益ではあるが。ちなみに魔石内でも外の会話を聞こうと思えば聞けるらしいぞ」
げ、とサルサムとバルドが短く声を出した。
「この目も手っ取り早く回復魔法で治してしまいたいところだが、ここで加減を間違えて再び昏倒しても困りもの故な……せめて使うのはトンネルを抜けてからにしよう」
「そういう風に便利だけど話聞かれるとかリスキーだなぁ、その魔法……」
「なに、あやつは今更こういった話題で外にまで影響を及ぼす気はあるまい」
サルサムはヨルシャミの手に握られた魔石を覗き込む。
「その言い方、影響を及ぼそうと思えば及ぼせるってことか?」
「未知数故な。……夢路魔法内の魔法はシミュレーションだ、夢の中で再現しているに過ぎん。しかしニルヴァーレは魔法を用いた契約をできるほど魔石となった自分に慣れた――いや、成長した。これから外へと自由に魔法を発動させることもあるかもしれない」
伊織が召喚失敗した時に出てきたアストラル生命体の場合はシミュレーションというよりも本体であったため迎撃したが、ややこしくなるためこれは一旦伏せておいた。
「……そういやヨルシャミ、なんでそれを取り出したんだ?」
「ああ、そろそろ夢路魔法を使って訓練の続きでもと思ったのだ」
その答えを聞いた伊織はぎょっとした。
回復魔法と同じく、少なくともヨルシャミの目が治るまでは安全第一で控えておくんだろうなと思っていたのだ。
伊織の表情から言いたいことを察したのか、ヨルシャミは自分の目を指でさす。
「夢路魔法内ならば視界も元通りになる。そろそろクリアな視界が懐かしいというのもあってな」
「でも安静にした方が……」
「そこまで壊れ物のように扱わなくていい。そもそもネロの勝負を受けている段階で過度な安静が不要だとわかるだろう?」
伊織は心配しつつも自分も似たような状態のため言い返せない。
それにニルヴァーレに直接あの施設であったことを報告し、気になった点を訊ねるのも早めにしておいた方がいい気がする。
悩んだ末、限界が来たらすぐに切り上げることを約束してもらい今夜は久しぶりに夢路魔法を使うことになった。
「なあなあ、その夢路魔法の中って俺たちも入ることはできねーのか?」
興味を持ったらしいバルドが訊ねる。
ヨルシャミはすぐさま首を横に振った。
「今のところ定員は二名だ。私が元の体に戻れば二十でも三十でも受け入れられるがな」
「いきなり桁がやべぇ!」
「ちなみにそれ以上は試したことがないだけで不可能というわけではないぞ?」
二十、三十までは試したことがあるのか……と伊織は言いかけたが、その時どんな状況だったのか訊くのが憚られたため言葉を飲み込んだ。
未だ興味深げなのはサルサムも同じで、じっと魔石を観察している。
延命処置がされているとはいえ生身の人間が魔石に転じたのだ、気にもなるだろう。
「――その魔石が壊れたらニルヴァーレはどうなるんだ?」
そうしてサルサムが口にした疑問は伊織も気になることだった。
ヨルシャミは考え込みつつ「さてな……」と呟く。
「前例がないから何とも言えん。しかし予想するなら……今度こそ真に『死ぬ』ことになるかもしれない。まあこればっかりは実際にそういった事態になってみなくてはわからんが」
「死ぬ……」
サルサムたちはそりゃそうかと納得していたが、伊織は少し複雑だった。もしかするとこの中で一番ニルヴァーレを人間として扱っているのは自分なのかもしれないとさえ感じる。
しかしそんなことを言うに言えず、代わりに布団へと潜り込む。
「そうとなったら今夜は早めに寝ようかな、明日に備えてきちんと休んでもおきたいし」
「おう、おやすみ」
「おやすみ。俺たちはもう少し起きておくよ」
「私は一足先に夢で待っているぞ」
ヨルシャミは寝つきがいいため伊織より先にいることが多かった。夢路魔法は入眠と共に発動するので当たり前と言えば当たり前だが。
(……それにしても)
大人の男性から「おやすみ」と言われると少しむず痒い。あまり覚えていないが子供の頃に父親から言われたのが最後だったからだろうか。
そんな気分になりながら、はにかんだ伊織は「おやすみ」と口にした。
連日になってしまうが明日も勝負の続きをすることになっている。
伊織たち一行もそう長々と村に留まっているわけにはいかないから、というのも理由としては大きい。
伊織の怪我やヨルシャミの目は治りきっていないものの休養は取れた。不死鳥の魔獣はいつ火口から離れて暴れ始めるかわからない上、話を聞く限りそこにいるだけで噴火を誘発するため長く放置するのは得策ではない。
しかしここまで追ってきたネロの望みにも出来る限り応えたい、というのも本心だ。
幸い出立の準備は早々に整ったため、村でフリーの時間にやることといえば情報収集くらいのもの。村には残り一日ほど滞在し、明後日の朝に出ようという予定になっている。
ただし残り四人の勝負内容にもよるため全員分消化しきれるか心配なところだ。
(今日のサルサムさんとの暗算勝負みたいなことになったら時間がいくらあっても足りなさそうだけどなぁ……)
残るは伊織、ヨルシャミ、静夏、バルドの四名。
母親の勝負内容はなんとなく予想できるものの、他がどうなるか伊織にはわからなかった。
そもそも自分もどんな勝負をすればいいのか未だに決まっていない。まさかウェイターの印象が強いからとウェイター勝負を仕掛けるなどできないだろう。
ベッドを整えつつうんうん唸っていると、背後からヨルシャミに話しかけるサルサムの声が聞こえた。
「もしかしてそれが例の魔石か?」
「む? ……ああ、これか。そうだ、ニルヴァーレが転じた補助魔石だな」
どうやらヨルシャミが荷物から取り出した魔石が視界に入ったらしい。
サルサムは腕組みをしながら「補助か……」と呟く。
「未だに信じられないな、あのニルヴァーレが攻撃魔法ならともかく人のための補助になるなんて」
「不可思議であろう、まあ有益ではあるが。ちなみに魔石内でも外の会話を聞こうと思えば聞けるらしいぞ」
げ、とサルサムとバルドが短く声を出した。
「この目も手っ取り早く回復魔法で治してしまいたいところだが、ここで加減を間違えて再び昏倒しても困りもの故な……せめて使うのはトンネルを抜けてからにしよう」
「そういう風に便利だけど話聞かれるとかリスキーだなぁ、その魔法……」
「なに、あやつは今更こういった話題で外にまで影響を及ぼす気はあるまい」
サルサムはヨルシャミの手に握られた魔石を覗き込む。
「その言い方、影響を及ぼそうと思えば及ぼせるってことか?」
「未知数故な。……夢路魔法内の魔法はシミュレーションだ、夢の中で再現しているに過ぎん。しかしニルヴァーレは魔法を用いた契約をできるほど魔石となった自分に慣れた――いや、成長した。これから外へと自由に魔法を発動させることもあるかもしれない」
伊織が召喚失敗した時に出てきたアストラル生命体の場合はシミュレーションというよりも本体であったため迎撃したが、ややこしくなるためこれは一旦伏せておいた。
「……そういやヨルシャミ、なんでそれを取り出したんだ?」
「ああ、そろそろ夢路魔法を使って訓練の続きでもと思ったのだ」
その答えを聞いた伊織はぎょっとした。
回復魔法と同じく、少なくともヨルシャミの目が治るまでは安全第一で控えておくんだろうなと思っていたのだ。
伊織の表情から言いたいことを察したのか、ヨルシャミは自分の目を指でさす。
「夢路魔法内ならば視界も元通りになる。そろそろクリアな視界が懐かしいというのもあってな」
「でも安静にした方が……」
「そこまで壊れ物のように扱わなくていい。そもそもネロの勝負を受けている段階で過度な安静が不要だとわかるだろう?」
伊織は心配しつつも自分も似たような状態のため言い返せない。
それにニルヴァーレに直接あの施設であったことを報告し、気になった点を訊ねるのも早めにしておいた方がいい気がする。
悩んだ末、限界が来たらすぐに切り上げることを約束してもらい今夜は久しぶりに夢路魔法を使うことになった。
「なあなあ、その夢路魔法の中って俺たちも入ることはできねーのか?」
興味を持ったらしいバルドが訊ねる。
ヨルシャミはすぐさま首を横に振った。
「今のところ定員は二名だ。私が元の体に戻れば二十でも三十でも受け入れられるがな」
「いきなり桁がやべぇ!」
「ちなみにそれ以上は試したことがないだけで不可能というわけではないぞ?」
二十、三十までは試したことがあるのか……と伊織は言いかけたが、その時どんな状況だったのか訊くのが憚られたため言葉を飲み込んだ。
未だ興味深げなのはサルサムも同じで、じっと魔石を観察している。
延命処置がされているとはいえ生身の人間が魔石に転じたのだ、気にもなるだろう。
「――その魔石が壊れたらニルヴァーレはどうなるんだ?」
そうしてサルサムが口にした疑問は伊織も気になることだった。
ヨルシャミは考え込みつつ「さてな……」と呟く。
「前例がないから何とも言えん。しかし予想するなら……今度こそ真に『死ぬ』ことになるかもしれない。まあこればっかりは実際にそういった事態になってみなくてはわからんが」
「死ぬ……」
サルサムたちはそりゃそうかと納得していたが、伊織は少し複雑だった。もしかするとこの中で一番ニルヴァーレを人間として扱っているのは自分なのかもしれないとさえ感じる。
しかしそんなことを言うに言えず、代わりに布団へと潜り込む。
「そうとなったら今夜は早めに寝ようかな、明日に備えてきちんと休んでもおきたいし」
「おう、おやすみ」
「おやすみ。俺たちはもう少し起きておくよ」
「私は一足先に夢で待っているぞ」
ヨルシャミは寝つきがいいため伊織より先にいることが多かった。夢路魔法は入眠と共に発動するので当たり前と言えば当たり前だが。
(……それにしても)
大人の男性から「おやすみ」と言われると少しむず痒い。あまり覚えていないが子供の頃に父親から言われたのが最後だったからだろうか。
そんな気分になりながら、はにかんだ伊織は「おやすみ」と口にした。
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