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第四章
第98話 仲直りと悪鬼羅刹
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この男が勝利を確信していたのは、伊織たちがすでにこの球体を13体屠っていると知らないからである。
結果だけ言うとそれが敗因だった。
よりにもよって「捕獲しろ」と言ったため、球体は殺傷能力の高いビームを撃たず捕獲用ネット等を用いる捕獲モードのまま伊織たちと対峙したのだ。
もちろん幹部でもないスタッフの言葉は絶対ではないが、攻撃モードへ移行するハードルが上がったのは確実だった。
空中を予備動作なしに動き回る球体は伊織たちの頭上高くを飛び越え、前後から挟むような形に収まる。
このままネットでも発射されれば一網打尽にされるだろう。
そう感じ取りいち早く動いたのはバルドだった。
「弱点はそこだろ!」
懐から取り出したナイフ――ではなく、鍵開けに使ったピックを投擲する。
ピックは迷いなくビームの発射口に吸い込まれた。突起が内側に引っかかったのかちょっとやそっとでは外れない。
普通にビームを撃たれればリータの矢と違ってそのまま溶けてしまうだろうが、ネットなら発射に難が出るはずだ。
その間に反対側の球体がワイヤーネットを射出したが――
「ミュゲイラさん! ヨルシャミを預かります!」
「よっし、イオリに任せた! ……ッどりゃァ!!」
――大きく跳び上がったミュゲイラが広がりきる前のネットを回し蹴りで弾き飛ばした。
弾かれたネットはそれでも展開しながら研究員の男の真横に飛んでいき、その場にあったいくつかの燭台を巻き添えにする。ピックを取ろうともがく球体もでたらめな動きをして燭台に当たり、ほぼ同時に近場の光源が二つも消えた。
それにより一気に暗くなった視界にその場にいた者たちの動きが一瞬止まる。
否、生きた者だけの動きが止まる。
明るさなど関係なしに動く球体だけは瞬時に次の行動に移った。
六名の中で一番攻撃力があると思しき個体。フォレストエルフにしては大分大きいが、脅威であることだけははっきりとしている。
危機的状況だ。仲間は最小限且つ的確な狙いで行動を阻害され、捕獲は阻まれた。だというのに相手の人数は多く、保護対象及び守護すべき魔法陣を守りきれない可能性が高い。
ならば、捕縛命令は出ているが攻撃適性の高い個体だけでも無力化しようと判断を下す。
それは球体にしては遅い判断だったが、判断を下してからは早かった。
「……っ! お姉ちゃん、危ない!」
球体の移動に音はしない。
代わりに空気の動く気配、ビーム発射時の異音とその角度から姉が狙われているといち早く察したリータが叫ぶ。
球体のいる位置は床すれすれで、暗い上にミュゲイラからは背が高い故に死角になっている場所だった。
それでも反応が遅れたのは二秒にも満たない。
だがその二秒程度の隙で球体には十分――のはずだった。
「あのな! 撃つ直前に光るんだよお前!」
バルドの投げナイフが球体の側面に当たり、狙いが反れたビームは撃ち抜くはずだったミュゲイラの足ではなく真横の窓を突き割り溶かした。
溶けた部分以外が衝撃に負けて激しく割れ、その破片が床につく前に飛び出したミュゲイラが次の発射準備に取り掛かっていた球体に向かって重厚なパンチを繰り出す。一撃では砕けない。二撃目でヒビが入り、三撃目で破片が飛び散った。
「そのままだと手ェ火傷するぜ!」
そのヒビへバルドが欠けたナイフを突き刺す。
先ほど投げて弾かれたものを僅かな光の反射だけを頼りにキャッチしたのだ。それを初めに目が慣れてきたリータは目撃していた。
ナイフにより内側のコードや基盤を破壊された球体はバスンッ! と音をさせると、徐々にビームの発射準備を止めてついには沈黙した。
それを確認し、バルドは「ふう」と額の汗を拭う。
「あんなもん撃たれたらさすがのお嬢さんでも怪我しちまうからなぁ、先に手を打ててよかったよかった」
「……あ」
「あ?」
「あり、あ、ありがとな。礼だけは言っとく」
ばつが悪そうな顔をしながらもそう言うミュゲイラに、バルドは揶揄うでも口説くでもなく「いいってことよ!」と快活に笑った。
肩を庇いつつもヨルシャミをキャッチした伊織だったが、そのまま床に尻もちをつく形になっていた。
庇っていても肩は痛むが、自分から請け負ったことだ。きちんと受け持つ、と思っていたというのに支えられないとは。やはり筋トレはもっとすべきかもしれない。
バルドとミュゲイラはどうにかわだかまりを解いたようだ。それをホッとしながら眺めていると、その視界の端に映るものがあった。
「……!」
暗闇にようやく慣れた視界の中で動くもの。
ピックの刺さったもう一体の球体だ。
ふらふらと浮遊しながらこちらに近づいてくる。何度かネットを射出しようとして内側で詰まったのか調子が悪そうだ。
しかし先ほど捕獲を優先していた球体がビームを放ったように、この球体がどう動くかわからない。
早く対処しなくちゃ、と立ち上がろうとしたところだった。
ずん!
……と凄まじい振動が施設を揺らし、今まさに混乱に乗じて逃げようとしていた研究員の男の真後ろに位置する壁が爆発四散した。
いや、爆発したのではない。岩よりも固い拳にかち割られたのである。
そのままもうもうと立つ土埃の向こうから巨体が飛び出し、皆の視線が追いつく前にピックの刺さった球体を鷲掴みにし、まるで発泡スチロール製だと勘違いするほど簡単にばきりと握り潰した。
色とりどりの液体で汚れた服。解けて普段より更にぼさぼさになった髪。両手に握り潰しただけでそうなるの? と問いたくなるほど小さくなった元球体。それが三つ。なぜか靴を履いていない。
まるで仁王立ちする悪鬼羅刹だ。足元では腰を抜かした男が震えている。
そんな状況でもなお、瞳の力強さだけは失われていない静夏は嬉しそうに微笑みながら仲間たちを振り返った。
「オバケだと騒がれおかしな玉に追われて大変だったが……やっと合流できたな!」
「オバケより怖くねぇ!?」
――伊織のツッコミは、静夏の瞳に負けないくらい力強かったという。
結果だけ言うとそれが敗因だった。
よりにもよって「捕獲しろ」と言ったため、球体は殺傷能力の高いビームを撃たず捕獲用ネット等を用いる捕獲モードのまま伊織たちと対峙したのだ。
もちろん幹部でもないスタッフの言葉は絶対ではないが、攻撃モードへ移行するハードルが上がったのは確実だった。
空中を予備動作なしに動き回る球体は伊織たちの頭上高くを飛び越え、前後から挟むような形に収まる。
このままネットでも発射されれば一網打尽にされるだろう。
そう感じ取りいち早く動いたのはバルドだった。
「弱点はそこだろ!」
懐から取り出したナイフ――ではなく、鍵開けに使ったピックを投擲する。
ピックは迷いなくビームの発射口に吸い込まれた。突起が内側に引っかかったのかちょっとやそっとでは外れない。
普通にビームを撃たれればリータの矢と違ってそのまま溶けてしまうだろうが、ネットなら発射に難が出るはずだ。
その間に反対側の球体がワイヤーネットを射出したが――
「ミュゲイラさん! ヨルシャミを預かります!」
「よっし、イオリに任せた! ……ッどりゃァ!!」
――大きく跳び上がったミュゲイラが広がりきる前のネットを回し蹴りで弾き飛ばした。
弾かれたネットはそれでも展開しながら研究員の男の真横に飛んでいき、その場にあったいくつかの燭台を巻き添えにする。ピックを取ろうともがく球体もでたらめな動きをして燭台に当たり、ほぼ同時に近場の光源が二つも消えた。
それにより一気に暗くなった視界にその場にいた者たちの動きが一瞬止まる。
否、生きた者だけの動きが止まる。
明るさなど関係なしに動く球体だけは瞬時に次の行動に移った。
六名の中で一番攻撃力があると思しき個体。フォレストエルフにしては大分大きいが、脅威であることだけははっきりとしている。
危機的状況だ。仲間は最小限且つ的確な狙いで行動を阻害され、捕獲は阻まれた。だというのに相手の人数は多く、保護対象及び守護すべき魔法陣を守りきれない可能性が高い。
ならば、捕縛命令は出ているが攻撃適性の高い個体だけでも無力化しようと判断を下す。
それは球体にしては遅い判断だったが、判断を下してからは早かった。
「……っ! お姉ちゃん、危ない!」
球体の移動に音はしない。
代わりに空気の動く気配、ビーム発射時の異音とその角度から姉が狙われているといち早く察したリータが叫ぶ。
球体のいる位置は床すれすれで、暗い上にミュゲイラからは背が高い故に死角になっている場所だった。
それでも反応が遅れたのは二秒にも満たない。
だがその二秒程度の隙で球体には十分――のはずだった。
「あのな! 撃つ直前に光るんだよお前!」
バルドの投げナイフが球体の側面に当たり、狙いが反れたビームは撃ち抜くはずだったミュゲイラの足ではなく真横の窓を突き割り溶かした。
溶けた部分以外が衝撃に負けて激しく割れ、その破片が床につく前に飛び出したミュゲイラが次の発射準備に取り掛かっていた球体に向かって重厚なパンチを繰り出す。一撃では砕けない。二撃目でヒビが入り、三撃目で破片が飛び散った。
「そのままだと手ェ火傷するぜ!」
そのヒビへバルドが欠けたナイフを突き刺す。
先ほど投げて弾かれたものを僅かな光の反射だけを頼りにキャッチしたのだ。それを初めに目が慣れてきたリータは目撃していた。
ナイフにより内側のコードや基盤を破壊された球体はバスンッ! と音をさせると、徐々にビームの発射準備を止めてついには沈黙した。
それを確認し、バルドは「ふう」と額の汗を拭う。
「あんなもん撃たれたらさすがのお嬢さんでも怪我しちまうからなぁ、先に手を打ててよかったよかった」
「……あ」
「あ?」
「あり、あ、ありがとな。礼だけは言っとく」
ばつが悪そうな顔をしながらもそう言うミュゲイラに、バルドは揶揄うでも口説くでもなく「いいってことよ!」と快活に笑った。
肩を庇いつつもヨルシャミをキャッチした伊織だったが、そのまま床に尻もちをつく形になっていた。
庇っていても肩は痛むが、自分から請け負ったことだ。きちんと受け持つ、と思っていたというのに支えられないとは。やはり筋トレはもっとすべきかもしれない。
バルドとミュゲイラはどうにかわだかまりを解いたようだ。それをホッとしながら眺めていると、その視界の端に映るものがあった。
「……!」
暗闇にようやく慣れた視界の中で動くもの。
ピックの刺さったもう一体の球体だ。
ふらふらと浮遊しながらこちらに近づいてくる。何度かネットを射出しようとして内側で詰まったのか調子が悪そうだ。
しかし先ほど捕獲を優先していた球体がビームを放ったように、この球体がどう動くかわからない。
早く対処しなくちゃ、と立ち上がろうとしたところだった。
ずん!
……と凄まじい振動が施設を揺らし、今まさに混乱に乗じて逃げようとしていた研究員の男の真後ろに位置する壁が爆発四散した。
いや、爆発したのではない。岩よりも固い拳にかち割られたのである。
そのままもうもうと立つ土埃の向こうから巨体が飛び出し、皆の視線が追いつく前にピックの刺さった球体を鷲掴みにし、まるで発泡スチロール製だと勘違いするほど簡単にばきりと握り潰した。
色とりどりの液体で汚れた服。解けて普段より更にぼさぼさになった髪。両手に握り潰しただけでそうなるの? と問いたくなるほど小さくなった元球体。それが三つ。なぜか靴を履いていない。
まるで仁王立ちする悪鬼羅刹だ。足元では腰を抜かした男が震えている。
そんな状況でもなお、瞳の力強さだけは失われていない静夏は嬉しそうに微笑みながら仲間たちを振り返った。
「オバケだと騒がれおかしな玉に追われて大変だったが……やっと合流できたな!」
「オバケより怖くねぇ!?」
――伊織のツッコミは、静夏の瞳に負けないくらい力強かったという。
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