マッシヴ様のいうとおり

縁代まと

文字の大きさ
上 下
91 / 276
第四章

第91話 マッチョの幽霊

しおりを挟む
「首だけでその端正な筋肉を感じ取らせるなんて、さっすがマッシヴの姉御!」
「そこ! 感心してる場合か!」

 怒涛の勢いで廊下を走り、食堂に逃げ込んだヨルシャミとミュゲイラは肩で息をしながら次の手を考える。
 静夏の首が見つかった瞬間、顔面を引き攣らせて叫んだ男性は痛々しい音がするほどの勢いで尻もちをついた。
 それを見た静夏が何を思ったか隠遁魔法のベールをすべて引き寄せ、男性に向かって走り始めたのである。――予定していた通りの『見つかったら撹乱する』に則った行動だったが、間髪入れない行動にヨルシャミたちも仰天した。
「え、……っひ、ひいいいっ!」
 動いたことによりベールは散り散りになり首から下も徐々に露わになったが、それが余計に恐ろしく映ったのか男性は尻もちをついたまま両手で後退した。そのスピードは覚束ない足取りで走るより早かったかもしれない。
 目は完全に真顔の静夏に釘付け。背後で座り込んだヨルシャミとミュゲイラを一瞥もしない。
 ただの侵入者と気づかれる前に自分たちは離脱したほうがいい。
 そう判断したヨルシャミは静夏の後を追いたがるミュゲイラを引っ張って食堂へと身を隠したのだった。
 男性はその個性的な移動方法で私室の並ぶ廊下まで退き、再び「マッチョの幽霊が出た!!」と情けない声で叫んでいる。

 なんだなんだとスタッフたちが部屋から出てきたのか、やおら廊下が騒がしくなった。
 眠そうな顔で私室から顔を出した壮年の男性が廊下を這う同僚を見つけて声をかける。
「おいおい、こんな時間に何騒いでるんだよ」
「幽霊! 幽霊! マッチョの! なんだあれ!?」
「なんだって、そりゃお前が夢でも見て――」
 視線を廊下の先に向ける。
 何もいない。
 ほらやっぱり見間違いだ、と言おうとしたところで燭台の光に映し出された影が歪な形をしていることに気がついた。
 恐る恐る視線を上げると、そこには四肢を伸ばして天井に張りつきこちらを見下ろすマッシヴな女性の姿。
 しかもただの女性ではない。なぜか体のところどころが透き通って見えなくなっている。
「マッチョの幽霊じゃねぇか!!」
「言っただろ!!」
 様子を窺いに廊下に出た他のスタッフも同じものを見つけて鋭く叫んだ。叫びは人の平常心を揺さぶり、冷静な判断を遅らせる。
 ――その時、奥の食堂の扉の前に四つの炎がふわふわと浮いているのに気がついた。
 よく見れば炎には人の顔が付いている。
 その炎がスタッフたちに向かって飛びついたのと、静夏がドスンッと廊下に着地するなりノータイムで走り始めたのは同時だった。

「……ふふふ、追加演出は効いたようだな!」
 うっすらと開いた食堂の扉から外を覗き、ヨルシャミは笑いを噛み殺しながら呟いた。
 殺傷能力のない鬼火を召喚し、静夏の幽霊説を強化すべくけし掛けたのだ。
 鬼火は弱いが代わりに長時間呼び出しておくことができる。ちなみに顔が浮かび上がっているのはデフォルトで、別段何か恨みがあるわけではない。そういう種族だ。
 パニックになったのか鬼火にコップの水をかけている者がいたが、あの程度で消火できるはずもない。
「ミュゲイラよ、今なら多少の物音では気付かれまい。撹乱はシズカに任せて我々も探索するぞ」
「けどさすがにここから外に出たら誰かに見られるんじゃ?」
 さっきは上手くいったが、人数が増えた後も通用するとは限らない。生身の人間やエルフだと知られれば相応の対策を取られるだろう。
 だが全員が見えない位置に逃げるのを待っている暇はない。
 そうミュゲイラが眉を下げて言うと、ヨルシャミはにやりと笑って壁に作られた蓋付きの四角い穴を指した。
「さっき虫に隙間から探らせた。あれは別の階にいる幹部が研究に没頭できるよう作られた……専用の食事用昇降機だ」
「食事用昇降機?」
「うむ、まあ今は魔力不足故に稼働はしていないようだが」
 もちろん人間が乗り降りするのではなく、食事をここに乗せて届けるためのものだ。
 幹部はひとりとは限らないため、一度に沢山運べるよう大型オーブンほどの大きさがある。これならミュゲイラでも詰まらずに穴として使えるだろう。
「……? でもこの建物、一階建てだろ?」
 研究施設は木々の中に隠すためなのか、可能な限り背が低くなるよう作られており一階しかない。
 ミュゲイラが不思議そうにしているとヨルシャミはすいっと人差し指で足元を指した。

「上ではない。下だ」
「……地下室?」
「その通り!」

 幹部が使うような大仰な設備は地下にあるのだろう、とヨルシャミは踏んでいた。
 敷地の広さ的に予想はしていたが、確信を持ったのはこの昇降機を見てからだ。
「さあミュゲイラ、蓋をこじ開けて地下へ降りるぞ。起動は私の魔力で出来るか試してみよう」
 無理そうなら昇降機の台を捥いで直接下へ飛び降りよう、などとヨルシャミはさらりと言うが、恐らくその役目はミュゲイラに任されるのだろう。
 本来なら静夏に任されるレベルの力技だ。
「……責任重大だな!」
 しかしその分やり甲斐がある。
 ミュゲイラは笑顔でそう言うと、ぴったりと閉じられた蓋に手をかけた。鍵穴が見えるため普段は施錠されているのだろう。
 音が一瞬で済むよう素早くやる。
 そう腰を低く落として両足で体を支え、固定し、両腕に力を込め――

「ふんッ! ……ん、んっ!? んぇッ!?」

 施錠されて――いなかった蓋は何の抵抗もなく真上に跳ね上がって開く。
 そのままガシャァンッ! と馬が窓に激突したような音を炸裂させて、勢いが余りに余ったミュゲイラは背中から床にひっくり返った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

処理中です...