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第四章
第91話 マッチョの幽霊
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「首だけでその端正な筋肉を感じ取らせるなんて、さっすがマッシヴの姉御!」
「そこ! 感心してる場合か!」
怒涛の勢いで廊下を走り、食堂に逃げ込んだヨルシャミとミュゲイラは肩で息をしながら次の手を考える。
静夏の首が見つかった瞬間、顔面を引き攣らせて叫んだ男性は痛々しい音がするほどの勢いで尻もちをついた。
それを見た静夏が何を思ったか隠遁魔法のベールをすべて引き寄せ、男性に向かって走り始めたのである。――予定していた通りの『見つかったら撹乱する』に則った行動だったが、間髪入れない行動にヨルシャミたちも仰天した。
「え、……っひ、ひいいいっ!」
動いたことによりベールは散り散りになり首から下も徐々に露わになったが、それが余計に恐ろしく映ったのか男性は尻もちをついたまま両手で後退した。そのスピードは覚束ない足取りで走るより早かったかもしれない。
目は完全に真顔の静夏に釘付け。背後で座り込んだヨルシャミとミュゲイラを一瞥もしない。
ただの侵入者と気づかれる前に自分たちは離脱したほうがいい。
そう判断したヨルシャミは静夏の後を追いたがるミュゲイラを引っ張って食堂へと身を隠したのだった。
男性はその個性的な移動方法で私室の並ぶ廊下まで退き、再び「マッチョの幽霊が出た!!」と情けない声で叫んでいる。
なんだなんだとスタッフたちが部屋から出てきたのか、やおら廊下が騒がしくなった。
眠そうな顔で私室から顔を出した壮年の男性が廊下を這う同僚を見つけて声をかける。
「おいおい、こんな時間に何騒いでるんだよ」
「幽霊! 幽霊! マッチョの! なんだあれ!?」
「なんだって、そりゃお前が夢でも見て――」
視線を廊下の先に向ける。
何もいない。
ほらやっぱり見間違いだ、と言おうとしたところで燭台の光に映し出された影が歪な形をしていることに気がついた。
恐る恐る視線を上げると、そこには四肢を伸ばして天井に張りつきこちらを見下ろすマッシヴな女性の姿。
しかもただの女性ではない。なぜか体のところどころが透き通って見えなくなっている。
「マッチョの幽霊じゃねぇか!!」
「言っただろ!!」
様子を窺いに廊下に出た他のスタッフも同じものを見つけて鋭く叫んだ。叫びは人の平常心を揺さぶり、冷静な判断を遅らせる。
――その時、奥の食堂の扉の前に四つの炎がふわふわと浮いているのに気がついた。
よく見れば炎には人の顔が付いている。
その炎がスタッフたちに向かって飛びついたのと、静夏がドスンッと廊下に着地するなりノータイムで走り始めたのは同時だった。
「……ふふふ、追加演出は効いたようだな!」
うっすらと開いた食堂の扉から外を覗き、ヨルシャミは笑いを噛み殺しながら呟いた。
殺傷能力のない鬼火を召喚し、静夏の幽霊説を強化すべくけし掛けたのだ。
鬼火は弱いが代わりに長時間呼び出しておくことができる。ちなみに顔が浮かび上がっているのはデフォルトで、別段何か恨みがあるわけではない。そういう種族だ。
パニックになったのか鬼火にコップの水をかけている者がいたが、あの程度で消火できるはずもない。
「ミュゲイラよ、今なら多少の物音では気付かれまい。撹乱はシズカに任せて我々も探索するぞ」
「けどさすがにここから外に出たら誰かに見られるんじゃ?」
さっきは上手くいったが、人数が増えた後も通用するとは限らない。生身の人間やエルフだと知られれば相応の対策を取られるだろう。
だが全員が見えない位置に逃げるのを待っている暇はない。
そうミュゲイラが眉を下げて言うと、ヨルシャミはにやりと笑って壁に作られた蓋付きの四角い穴を指した。
「さっき虫に隙間から探らせた。あれは別の階にいる幹部が研究に没頭できるよう作られた……専用の食事用昇降機だ」
「食事用昇降機?」
「うむ、まあ今は魔力不足故に稼働はしていないようだが」
もちろん人間が乗り降りするのではなく、食事をここに乗せて届けるためのものだ。
幹部はひとりとは限らないため、一度に沢山運べるよう大型オーブンほどの大きさがある。これならミュゲイラでも詰まらずに穴として使えるだろう。
「……? でもこの建物、一階建てだろ?」
研究施設は木々の中に隠すためなのか、可能な限り背が低くなるよう作られており一階しかない。
ミュゲイラが不思議そうにしているとヨルシャミはすいっと人差し指で足元を指した。
「上ではない。下だ」
「……地下室?」
「その通り!」
幹部が使うような大仰な設備は地下にあるのだろう、とヨルシャミは踏んでいた。
敷地の広さ的に予想はしていたが、確信を持ったのはこの昇降機を見てからだ。
「さあミュゲイラ、蓋をこじ開けて地下へ降りるぞ。起動は私の魔力で出来るか試してみよう」
無理そうなら昇降機の台を捥いで直接下へ飛び降りよう、などとヨルシャミはさらりと言うが、恐らくその役目はミュゲイラに任されるのだろう。
本来なら静夏に任されるレベルの力技だ。
「……責任重大だな!」
しかしその分やり甲斐がある。
ミュゲイラは笑顔でそう言うと、ぴったりと閉じられた蓋に手をかけた。鍵穴が見えるため普段は施錠されているのだろう。
音が一瞬で済むよう素早くやる。
そう腰を低く落として両足で体を支え、固定し、両腕に力を込め――
「ふんッ! ……ん、んっ!? んぇッ!?」
施錠されて――いなかった蓋は何の抵抗もなく真上に跳ね上がって開く。
そのままガシャァンッ! と馬が窓に激突したような音を炸裂させて、勢いが余りに余ったミュゲイラは背中から床にひっくり返った。
「そこ! 感心してる場合か!」
怒涛の勢いで廊下を走り、食堂に逃げ込んだヨルシャミとミュゲイラは肩で息をしながら次の手を考える。
静夏の首が見つかった瞬間、顔面を引き攣らせて叫んだ男性は痛々しい音がするほどの勢いで尻もちをついた。
それを見た静夏が何を思ったか隠遁魔法のベールをすべて引き寄せ、男性に向かって走り始めたのである。――予定していた通りの『見つかったら撹乱する』に則った行動だったが、間髪入れない行動にヨルシャミたちも仰天した。
「え、……っひ、ひいいいっ!」
動いたことによりベールは散り散りになり首から下も徐々に露わになったが、それが余計に恐ろしく映ったのか男性は尻もちをついたまま両手で後退した。そのスピードは覚束ない足取りで走るより早かったかもしれない。
目は完全に真顔の静夏に釘付け。背後で座り込んだヨルシャミとミュゲイラを一瞥もしない。
ただの侵入者と気づかれる前に自分たちは離脱したほうがいい。
そう判断したヨルシャミは静夏の後を追いたがるミュゲイラを引っ張って食堂へと身を隠したのだった。
男性はその個性的な移動方法で私室の並ぶ廊下まで退き、再び「マッチョの幽霊が出た!!」と情けない声で叫んでいる。
なんだなんだとスタッフたちが部屋から出てきたのか、やおら廊下が騒がしくなった。
眠そうな顔で私室から顔を出した壮年の男性が廊下を這う同僚を見つけて声をかける。
「おいおい、こんな時間に何騒いでるんだよ」
「幽霊! 幽霊! マッチョの! なんだあれ!?」
「なんだって、そりゃお前が夢でも見て――」
視線を廊下の先に向ける。
何もいない。
ほらやっぱり見間違いだ、と言おうとしたところで燭台の光に映し出された影が歪な形をしていることに気がついた。
恐る恐る視線を上げると、そこには四肢を伸ばして天井に張りつきこちらを見下ろすマッシヴな女性の姿。
しかもただの女性ではない。なぜか体のところどころが透き通って見えなくなっている。
「マッチョの幽霊じゃねぇか!!」
「言っただろ!!」
様子を窺いに廊下に出た他のスタッフも同じものを見つけて鋭く叫んだ。叫びは人の平常心を揺さぶり、冷静な判断を遅らせる。
――その時、奥の食堂の扉の前に四つの炎がふわふわと浮いているのに気がついた。
よく見れば炎には人の顔が付いている。
その炎がスタッフたちに向かって飛びついたのと、静夏がドスンッと廊下に着地するなりノータイムで走り始めたのは同時だった。
「……ふふふ、追加演出は効いたようだな!」
うっすらと開いた食堂の扉から外を覗き、ヨルシャミは笑いを噛み殺しながら呟いた。
殺傷能力のない鬼火を召喚し、静夏の幽霊説を強化すべくけし掛けたのだ。
鬼火は弱いが代わりに長時間呼び出しておくことができる。ちなみに顔が浮かび上がっているのはデフォルトで、別段何か恨みがあるわけではない。そういう種族だ。
パニックになったのか鬼火にコップの水をかけている者がいたが、あの程度で消火できるはずもない。
「ミュゲイラよ、今なら多少の物音では気付かれまい。撹乱はシズカに任せて我々も探索するぞ」
「けどさすがにここから外に出たら誰かに見られるんじゃ?」
さっきは上手くいったが、人数が増えた後も通用するとは限らない。生身の人間やエルフだと知られれば相応の対策を取られるだろう。
だが全員が見えない位置に逃げるのを待っている暇はない。
そうミュゲイラが眉を下げて言うと、ヨルシャミはにやりと笑って壁に作られた蓋付きの四角い穴を指した。
「さっき虫に隙間から探らせた。あれは別の階にいる幹部が研究に没頭できるよう作られた……専用の食事用昇降機だ」
「食事用昇降機?」
「うむ、まあ今は魔力不足故に稼働はしていないようだが」
もちろん人間が乗り降りするのではなく、食事をここに乗せて届けるためのものだ。
幹部はひとりとは限らないため、一度に沢山運べるよう大型オーブンほどの大きさがある。これならミュゲイラでも詰まらずに穴として使えるだろう。
「……? でもこの建物、一階建てだろ?」
研究施設は木々の中に隠すためなのか、可能な限り背が低くなるよう作られており一階しかない。
ミュゲイラが不思議そうにしているとヨルシャミはすいっと人差し指で足元を指した。
「上ではない。下だ」
「……地下室?」
「その通り!」
幹部が使うような大仰な設備は地下にあるのだろう、とヨルシャミは踏んでいた。
敷地の広さ的に予想はしていたが、確信を持ったのはこの昇降機を見てからだ。
「さあミュゲイラ、蓋をこじ開けて地下へ降りるぞ。起動は私の魔力で出来るか試してみよう」
無理そうなら昇降機の台を捥いで直接下へ飛び降りよう、などとヨルシャミはさらりと言うが、恐らくその役目はミュゲイラに任されるのだろう。
本来なら静夏に任されるレベルの力技だ。
「……責任重大だな!」
しかしその分やり甲斐がある。
ミュゲイラは笑顔でそう言うと、ぴったりと閉じられた蓋に手をかけた。鍵穴が見えるため普段は施錠されているのだろう。
音が一瞬で済むよう素早くやる。
そう腰を低く落として両足で体を支え、固定し、両腕に力を込め――
「ふんッ! ……ん、んっ!? んぇッ!?」
施錠されて――いなかった蓋は何の抵抗もなく真上に跳ね上がって開く。
そのままガシャァンッ! と馬が窓に激突したような音を炸裂させて、勢いが余りに余ったミュゲイラは背中から床にひっくり返った。
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