マッシヴ様のいうとおり

縁代まと

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第四章

第90話 あの子の手がかり

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 伊織たちは資料室の一室に忍び込んでいた。
 どうやら収集した知識の一部を資料として纏めて保管しているらしい。保管しているのはここだけではないようで、写しだということを示す記述が散見された。
 コピーといえども数は膨大、それぞれがジャンルごとに一室丸々使って分けられている。

「ここは実験結果の資料を保管している部屋みたいだな」

 サルサムが分厚い紙束を覗きつつ言う。
 実験の結果はナレッジメカニクスにとっても重要なもののようで、部屋の広さも他の資料室より二倍ほど大きかった。もし誰かが入ってきても本棚の間を移動して難なく逃げられそうなくらいだ。
 いくつかの資料を確認してみると――やはり人体実験がメインだったようで、胸糞の悪くなるような無機質な文字が並んでいる。

 伊織は眉間にしわを寄せると本棚の端に移動した。

「一応年代順になってるみたいです。その辺りは十年前……かな、こっちはもう少し新しい……?」

 どうやらある程度溜まったら本部に送るか処分しているのか、遡っても百年前までしか並んでいない。
 組織の性質上、前者の確率が高いだろう。
 もちろん百年前にここに居を構えた、という可能性もあるが。

 数年前の資料に辿り着いたところで伊織は手に取った資料を凝視した。
 闇に慣れた目で見る。見間違いではない。

『被験体 NО.2038340 人間/女/17/採取地:メルオット』

 ――カザトユア近くの村。

 名前は結局わからなかったが、採取地情報として付加された地図を見る限りメルオットとはあの村のことのようだ。
 恐る恐るページを捲る。
 五十八歳の男、七十一歳の女、十二歳の女、一歳の男、他にも数多の人間たち。
 それぞれ名前は抹消され、代わりに管理ナンバーを付けられ実験結果だけ保管されていた。

「イオリさん?」
「……もうあの村の人は救えないかも、って言ったのは自分だけど……」

 これは堪えるな、と下唇を噛む。
 資料には全員死亡したのち、それぞれ更に別の用途で実験に使用しデータ採取後に破棄とあった。
 伊織の手にあるものに気がついたリータが短く息を吸う。

「やっぱり全員、もう……」

 両耳を下げるリータに頷き、深呼吸した伊織は再び棚を移動していった。
 吐き気がするが、ここでドロップアウトする気はさらさらない。伊織はこの組織を相手にすると決めた。犠牲を目の当たりにしたからといって死者を憐れむことはあれど、心折れることは許されない。
 そう自身を鼓舞しながら調べてみると、どうやらここで行なわれた最新の実験は一年前で止まっているようだった。

 新旧様々な資料を見ていた伊織は一枚の紙に目を凝らす。

「……? これ、人間相手の実験じゃない……?」
「ああ、他の棚にもいくつかあったぜ。人体実験が大好きな組織みてぇだが、データとして必要なら動物や召喚獣相手の実験もしてたみたいだな」

 奥の棚から顔を覗かせたバルドが言う。
 伊織の持つ資料に書かれた採取地はミッケルバード。
 購入した地図にもない土地の名前だが、ニルヴァーレ以外の幹部も部下もしくはそれに準ずる人間に人工転移魔石を与えていたなら遠い地でもおかしくはないだろう。

「……ッ!」

 そして伊織は危うく紙束を取り落としそうになった。

 被験体の種族名、ウサウミウシ。

 伊織はカバンの中ですやすやと眠っているウサウミウシに視線を落とす。
 被験体となったウサウミウシの数は四体。
 つまり、もしこのウサウミウシがここから逃げ出した個体でも、もしくは群れの仲間だったとしても、このミッケルバードという地と関りが深いということになる。

(それよりも……)

 実験に使われたウサウミウシは無事なのだろうか?
 どうやら目的は防御に関する新しい魔法の開発に関わるものだったらしい。
 逸る気持ちで資料に目を通すと――四体のウサウミウシは持ち前の防御力をフルに活かしに活かし、煮ても焼いても切っても無傷。毒も薬も効果なし。
 そして最終的には三体が脱走、一体が本部に送られたとあった。
 強いが安堵していいのか心配していいのかわからない。

 伊織が複雑な感情を抱いていると、不意に外が騒がしくなった。
 サルサムが出入り口に足を向けて耳をそばだてる。

「なんだ……?」
「僕たちの侵入がバレたんでしょうか」
「でもこっちじゃないですよ」

 フォレストエルフは人間より耳が良いのかリータがそう言う。
 つまり静夏たちのチームが見つかってしまったということだろうか。たしかに向こうが人の多いエリアなら早い段階で見つかる可能性がある、と伊織は身構える。

「……っん?」

 と、そこでリータが怪訝な顔をした。
 どうしたんだ? とサルサムが問うと、リータは首を傾げながら口を開く。

「えっと、その……マッチョの幽霊が……出たって叫んでます……」
「マ、マッチョの幽霊!?」
「なんだそれ、聖女のことか?」
「十中八九そうだろうけど、幽霊ってなんでだろう?」

 マッチョが出た、ならわかる。

 伊織としては母親をそんなゴキブリのように言ってほしくはないが、まあこの場に不釣り合いなものではあるので混乱して叫ぶ可能性はあるだろう。
 しかし幽霊がわからない。どう考えても静夏は生気に満ち溢れているのだが。
 伊織は疑問符をいくつも頭の中に浮かべたが、こちらも気を取られている場合ではなさそうだ。

「……と、とりあえず、作戦通りにいこう。向こうが人を引き付けてる間に調べられるだけ調べるぞ!」

 伊織はそう自分にも喝を入れるように言い、ミッケルバード、という地名を覚えて資料を棚に戻した。
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