マッシヴ様のいうとおり

縁代まと

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第四章

第89話 ヨルシャミの失敗

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 ――静夏、ミュゲイラ、ヨルシャミの三人は明るい廊下を進む。

 伊織たちが侵入したエリアは暗かったが、こちらは少し進むと灯りのついたエリアに入った。
 どうやらスタッフの私室エリアらしい。
 発見される危険性が高いため、今はヨルシャミの召喚した小さな蜂を斥候にしながらゆっくりと進んでいる。

「ニルヴァーレ曰く、前回施設に行った時の人数は覚えていないが、両手の数ほどはいた気がする……だそうだ」
「大雑把だなー」
「他人に興味の薄いあやつが大雑把でも覚えていたのは奇跡だぞ」

 声を潜めながらそう言い、ヨルシャミは蜂の視界から周囲の様子を探った。
 人の気配がする個室が五つ。
 それぞれ鍵はかかっておらず、いつ出てくるかはわからない。奥に食堂らしき部屋があるが、現在は使われていないのかここからは人の気配はしなかった。

 食堂の両左右に伸びる廊下にも灯りがついている。
 どうやら灯りの源は燭台らしく、電気や火系の魔石を用いていない辺り、魔石及び魔力の枯渇具合は相当のようだ。

 ふむ、と小さく声を漏らしたのは静夏だった。

「ナレッジメカニクスの技術力は中々のものだが――随分と偏っているようだ」
「偏ってる?」
「発電方法を確立したり電気のみで動く機械を作ったり……そういう所から始めれば解決することすら、魔力不足だからと手が回らず一昔前の方法を用いている」

 蝋燭の蝋は長持ちするものが使われているようだが、ナレッジメカニクスの技術なら根本から覆すような発明もできるはずだ。
 しかしそれにしては偏りが酷い。

「まるで工夫を重ねず、ひとっ飛びで機械と魔法を合わせた技術を得たようなアンバランスさだ」
「……実際そうなのであろう。上位文明からの知識の収集が上手くいけば、一足先の技術が手に入る。だがその過程で発生した技術まで拾えるわけではない。まあ本当に上位文明があるのかどうかは私は知らんが」

 長命種から見ても古い遺跡は時折見られるが、高度な魔法が使われていることはあっても機械の類はヨルシャミが知る限りない。
 しかしすべての遺跡と、それを作った古い文明が同じだとは言いきれないのだ。
 ナレッジメカニクスはそんな古い古い文明からも知識を得ている可能性がある。

 とにもかくにも、ナレッジメカニクスの現在の技術は魔力ありきすぎた。
 それを当人たちもわかっていて新しい知識を次から次へと求めているのかもしれない。ヨルシャミは静夏を見る。

「さっき下調べをした時に裏に畑もあった。これもナレッジメカニクスの技術基準を鑑みれば一昔前のやり方なのではないか。シズカ、お前たちの故郷では、例えばあっという間に野菜を生み出したり肉を生成する機械があったのでは――」
「いや、そこまでは」
「なんだ、残念だな」
「3Dプリンターで人工肉を出力する試みは始まっていた気がするが、まだ庶民には遠い話だった」

 あるではないか! とヨルシャミは声を潜めるのも忘れてツッコミを入れかけた。
 ミュゲイラは「すりいでぃ?」と首を傾げている。
 しかしこの技術は日本のただの主婦だった静夏には本当に遠い場所での話で、一般流通する頃には自分はこの世にいないだろうとも思っていた。
 その予想は奇しくも当たり、こうして本当に手の届かない世界にまで来てしまったため実感がない。

「文明の水準はここよりも高かったかもしれないが……それでも自給自足で生活する者も多かったはずだ」
「そちらはそちらで偏っている気がするが、ふむ、まあある程度はどこの世界も似たようなものということか……。っと」

 そうこうしている間に食堂の前まできた。

 さて、左右どちらに行こうか。
 情報収集をするなら資料の置いてある場所がいいが、それは伊織たちの担当エリアにあるようだ。それは左の方角のため、自分たちは右に向かおう。
 そう決めて三人は可能な限り足音を消しながら歩いていく。

 そして曲がり角から数歩進んだ時だった。

「……!」

 背後からドアの開く音がし、続けて廊下を歩く音が聞こえてくる。誰か部屋から出てきたらしい。
 早く先へ向かおうと足を早めた三人だったが――そう、ここは私室エリア。
 つまり居住区である。
 廊下の突き当りはトイレになっており、他に道はなかった。まさかの完全な行き止まりだ。防犯のためか窓すらない。

 曲がり角の先まで蜂を進めておくべきだったとヨルシャミは後悔したが、二つの視界を確認しながら慎重に進むことは至難の業であるため、常時先行させておくのは難しかったのだ。
 ミュゲイラがあたふたしながら小声で問う。

「どっ、どうする? この時間帯に出てくるってことは用があるのはここじゃね? ぶっ飛ばすか?」
「それは最終手段だ。……三人とも、私のそばに寄れ」

 ヨルシャミは静夏とミュゲイラに挟まれるようにして突き当りの隅に座り込むと、指先から魔法でベールのようなものを出して頭の上から被った。

「隠遁魔法の一種だ。移動はできんが……私の使えるのはこれのみ故、我慢しろ」
「超賢者ならもっと色々あるんじゃないのか……!?」
「う、うるさい、逃げはするが返り討ちばかりで普段はそこまで必要性が……シッ」

 足音が近づいてくる。
 燭台の火で照らされた人物は若い男性だった。
 眠そうな顔をしているため、就寝する前に用を足そうと思ったのかもしれない。案の定ヨルシャミたちのほうへと向かってくる。

 このままじっとしていれば見つからないはず。
 ついでに隠れている間に少しだけでも周囲を観察してやろう、と視線を巡らせたヨルシャミは息をのんだ。

(シズカの頭だけはみ出ているぞ!?)

 巨体すぎて隠遁魔法の範囲から出てしまったのだ。
 内側からは境目がかりにくいため、すぐには気がつけなかった。ヨルシャミはなんともいえない表情で静夏を見つめ、ミュゲイラも気がついたのかハッとする。
 静夏はしゃがんでいる状態から三角座りになってなんとか内側へ入ろうとするが、すると今度は足が見えてしまった。毛布を三人で分け合っているような状況だ。

 基本的に単独行動だったヨルシャミにはベストなサイズだったのだが――規格外すぎる。なにもかもが規格外すぎるのだ。
 即席で範囲を広げる細工もできないことはないが、制限の多い今のヨルシャミだとそのためには一度隠遁魔法を消さなくてはならない。
 普通の魔法なら二重で発動させ、古いものの上に新しいものを置いてから古いものを消す、ということもできるが隠遁魔法は一度に一回分しか発動できないため単刀直入に言って詰んでいた。

(蜂でもけしかけて混乱させるか……!? いや、もしそれで人を呼ばれれば余計にマズい。ならばいっそ先制攻撃で――)

 他にも良い方法があるはずだったが、混乱が邪魔をして考えが上手く纏まらない。
 そうこうしている間に男性の視界内に入った。

 首の太い女性の生首が。

「……」
「……」

 生首状態の静夏と男性はしばし静謐な空間で見つめ合った。双方真顔だった。

 静夏は実際には座っているため、本来なら首があるにはあまりにも低い位置だ。
 つまり男性からすると普通の人間の首がある位置より下の方にふわふわと浮いている生首があるということになる。

 生首はたしかにそこに存在し、慈しみと強い意志の感じられる瞳でじっと見上げている。しかも見えている首は太く逞しい。
 そしてそこから推察される体格のいい体は――男性が何度確認しても、なかった。

 男性の顔から見る見るうちに血の気が引き、引き攣った呼吸音と共に口元が歪む。
 悲鳴のなりそこないである。
 そして、遭遇からたっぷり十秒後、ようやく肺の空気を上手く吐き出した男性は大声でこう叫んだ。

「――ッマ、マ、マ、マッチョの幽霊だァァァァーッ!!」
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