マッシヴ様のいうとおり

縁代まと

文字の大きさ
上 下
88 / 272
第四章

第88話 見なくていいもの

しおりを挟む
 夜の闇に乗じて施設へと近づく。

 ナレッジメカニクスの有している技術力なら監視カメラやそれに準ずるものは設置できるそうだが、ほぼ使用していない施設にそれらを回せるほど余裕はないらしい。
 伊織たちにとってはありがたいことだった。

「機械と魔法を組み合わせて実現している技術だ、恐らく魔力を消費している。そして魔力は今あいつらがやろうとしていることと延命装置に使うことに優先しているため、施設は人力で警備している……といったところだろう」

 ヨルシャミは身を潜めながら言う。
 例えるなら巨大な施設を維持するための電力が足りていないので末端から切って節約している、そんな状態なのだろう。

 目的は、まずは情報の収集。
 その後に施設を使用不可能な状況にする。

 情報収集は多数のグループに分かれて行なったほうが効率的だが、見つかった時のことを考えると少人数すぎるのも考えものだ。
 そのため伊織たちは大きく二つのチームに分かれて行動することにした。

 ひとつ目は伊織、リータ、バルド、サルサムのチーム。
 ふたつ目は静夏、ミュゲイラ、ヨルシャミのチーム。
 戦力が静夏チームに偏り気味だが、サルサムはバルドのお目付け役的な面があるため同チームに、更にミュゲイラをバルドと同チームは現段階でちょっとマズいんじゃないか、と当人たちも含めて思ったためこの形に落ち着いた。

 もしも見つかって騒動が大きくなった場合は――逆にどんどん暴れて別チームが動きやすい状況を作ろう、ということになっている。なんとも力技な作戦だった。
 だがバルドやミュゲイラとしてはこれくらい単純明快なほうがわかりやすいらしい。作戦はわかりやすさも重要視するべき要素である。

「……静まり返ってますね」

 ヨルシャミが慎重に魔法で溶かした窓から侵入し、伊織は廊下の角からその先を覗きながら呟いた。
 伊織たちが侵入したエリアは研究目的に使われている部屋が集まっているようで、部屋の名前が書かれたプレートには第四実験室だの異種族資料室だの物々しい文字が綴られている。

 ニルヴァーレには施設の位置だけでなく間取りも訊ねたが、彼は用事を終えたらさっさと帰ることが多かったため、詳しい間取りは把握していないそうだ。
 つまり虱潰しに探すしかない。

「もし研究関連のエリアと研究員の私室エリアが分かれているなら……時間的に今は私室のほうで休んでるのかもしれませんね」

 リータの言葉に伊織は頷き返す。
 打ち捨てられる寸前の施設で深夜まで作業を行なっているとは考えにくい。この時間帯なら各々私室に戻っているだろう。
 とはいえ居残っている人間がいる可能性も大いにある。巡回を行なっている者だっているだろう。
 極力足音を立てないようにしながら伊織たちは進んでいった。

(それにしても凄いなサルサムさん……足音どころか衣擦れの音すら聞こえないぞ)

 伊織はちらりと後方を見た。
 サルサムは自然な身のこなしでついてくるものの、そのナチュラルさに反して音がしない。そういえば森の中でも突然現れて驚いたな、と伊織は思い出す。
 ロストーネッドでの様子を見る限り常に音を出さないようにしているのではなく、音のオンオフを自分の意思でコントロールできるようだった。

 道中、伊織はサルサムがこれまで家族への仕送りのために様々な仕事をしてきたと聞いている。
 詮索するのは不躾だが、仕事をこなす過程で身についた技術なのかもしれないなと伊織は感じた。そしてきっとこれは一朝一夕で習得したものではないのだろう。

(僕も見習いたいなぁ……)

 家族のために動ける人間には親近感が湧く。
 そしてそれが一人前の大人だったなら、憧れや敬愛の気持ちも湧くというものだ。
 伊織はそう思いながら先ほど見かけた第四実験室の扉に手をかけた。
 扉は施錠されているようだ。しかし施錠されているということは中に人がいない確率が高い。

「鍵はどこかで一括管理されてるんですかね……?」

 そう呟くリータにバルドが「チッチッチッ」と人差し指を振りながら言った。

「鍵なんてあって無いようなもんだぜ、お嬢ちゃん」
「あって……無いようなもの?」

 バルドは不思議そうにする伊織とリータの目の前でポケットから数本のピッキングツールを取り出す。
 それをまず一本挿し込み、角度をつけて固定した後にもう一本を挿入した。
 そのままカチカチと動かすと――かちり、と音がしてあっという間に鍵が開いた。

「あ、開いた……!?」
「よーし、入るぞ」

 学ぶためにもサルサムの過去は気になる。
 だがバルドの過去は気にしてはならない気がする。
 伊織はそんな予感を振り払えないまま、室内へと足を踏み入れた。

 室内は廊下と同じく暗い。加えてどこかひんやりとした空気が流れていた。
 だが灯りをつけなくても闇に慣れた目である程度のものはシルエットとして見える。近づけば細部の観察もできそうだ。
 サルサムが目を細めながら呟く。

「テーブルの向こうにあるのはなんだ?」
「……研究用の機械類ですかね。あと、……うわ、顕微鏡まである!」

 小声で驚きつつ伊織はテーブルの上に並んだものを見た。
 顕微鏡にシャーレ、フラスコ。まさかこの世界でお目に掛かれるとは思わなかった、と伊織は目を瞬かせる。

 それにしてもそっくりだ。
 ナレッジメカニクスの魔法と科学技術、そして機械技術を以ってすればここまで前世の装置に近い品を作れるものなのだろうか?

 テーブルの向こうには遠心分離機のような機械もあったが、土台になにかをはめ込むスペースが空いている。
 これは前世でも見たことがない。
 そうまじまじと見つめる伊織にリータが言った。

「延命装置も魔石で動いてましたし、これも動力源は魔石なんじゃ?」
「あ、なるほど。それをはめ込むためのスペースってことか……」

 不思議な技術進化の仕方を目の当たりにした気分だった。

「こっちにある箱はなんかの保存庫みたいだな。――お。中はやけに冷てぇけど氷でも入ってんのか? ……」

 冷凍庫と思しき四角い箱を開いたバルドは無言になった。
 伊織が恐る恐る覗き込むと――保管されていたのは、恐らく魔法で冷凍された血液サンプルと小分けされている様々な臓器たち。予想はしていたが早速グロテスクなものを目にして口を半開きにしたところで、伊織の目をバルドが手で覆った。
 おぞましく冷たい光景が温かな手の平に遮られ、沈みかけていた気分が霧散する。

 バルドは落ち着いた声で言った。

「必要な情報じゃないなら、こういうモンは凝視しなくていい」
「あ……う、うん」

 暗く覆われた視界が開けた時、すでに冷凍庫は閉じられていた。
 バルドなりに気遣っての行動らしい。子供っぽい行動が目立つ人物だが、これでも大人として接してくれているんだなと伊織は実感した。
 そして閉められた冷蔵庫をもう一度だけちらりと見る。

 この先も見たくないものが沢山出てきそうだ。
 改めて心の準備をし直し、伊織は他の機材を調べ始めた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

Fairy Song

時雨青葉
ファンタジー
妖精たちが飛び交う世界。 ここでは皆、運命石と呼ばれる石を持って生まれてくる。 この運命石は、名のとおり自分の運命の相手へと繋がっているのだという。 皆いずれ旅立つ。 対になる運命石を持つ、運命の相手を捜して。 ―――しかし、そんなロマンチックな伝承に夢を見れない者がここに一人。 自分は生まれながらの欠陥品。 だからどうせ、運命の相手なんて…… 生まれ持った体質ゆえに、周囲との価値観の差に壁を感じずにいられないシュルク。 そんな彼に、とある夜の出会いが波乱を巻き起こす。 「恨むなら、ルルーシェを恨みなさい。」 唐突に振り上げられる刃は、退屈でも平和だった日常を打ち砕く。 運命石を中心に繰り広げられる、妖精世界の冒険譚!! 運命の出会いを、あなたは信じますか…?

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

炎輪の姫巫女 〜教科書の片隅に載っていた少女の生まれ変わりだったようです〜

平田加津実
ファンタジー
昏睡状態に陥っていった幼馴染のコウが目覚めた。ようやく以前のような毎日を取り戻したかに思えたルイカだったが、そんな彼女に得体のしれない力が襲いかかる。そして、彼女の危機を救ったコウの顔には、風に吹かれた砂のような文様が浮かび上がっていた。 コウの身体に乗り移っていたのはツクスナと名乗る男。彼は女王卑弥呼の後継者である壱与の魂を追って、この時代に来たと言うのだが……。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香
ファンタジー
魔女は災いを呼ぶ。 魔女は澱みから生まれし魔物を操り、更なる混沌を招く。そうして、魔物等の王が生まれる。 魔物の王が現れし時、勇者は選ばれ、勇者は魔物の王を打ち倒す事で世界から混沌を浄化し、救世へと導く。 それがこの世界で繰り返されてきた摂理だった。 そして、またも魔物の王は生まれ、勇者は魔物の王へと挑む。 勇者を選びし聖女と聖女の侍従、剣の達人である剣聖、そして、一人の魔女を仲間に迎えて。 これは、勇者が魔物の王を倒すまでの苦難と波乱に満ちた物語・・・ではなく、魔物の王を倒した後、勇者にパーティから外された魔女の物語です。 ※衝動発射の為、着地点未定。一応完結させるつもりはありますが、不定期気紛れ更新なうえ、展開に悩めば強制終了もありえます。ご了承下さい。

仮想戦記:蒼穹のレブナント ~ 如何にして空襲を免れるか

サクラ近衛将監
ファンタジー
 レブナントとは、フランス語で「帰る」、「戻る」、「再び来る」という意味のレヴニール(Revenir)に由来し、ここでは「死から戻って来たりし者」のこと。  昭和11年、広島市内で瀬戸物店を営む中年のオヤジが、唐突に転生者の記憶を呼び覚ます。  記憶のひとつは、百年も未来の科学者であり、無謀な者が引き起こした自動車事故により唐突に三十代の半ばで死んだ男の記憶だが、今ひとつは、その未来の男が異世界屈指の錬金術師に転生して百有余年を生きた記憶だった。  二つの記憶は、中年男の中で覚醒し、自分の住む日本が、この町が、空襲に遭って焦土に変わる未来を知っってしまった。  男はその未来を変えるべく立ち上がる。  この物語は、戦前に生きたオヤジが自ら持つ知識と能力を最大限に駆使して、焦土と化す未来を変えようとする物語である。  この物語は飽くまで仮想戦記であり、登場する人物や団体・組織によく似た人物や団体が過去にあったにしても、当該実在の人物もしくは団体とは関りが無いことをご承知おきください。    投稿は不定期ですが、一応毎週火曜日午後8時を予定しており、「アルファポリス」様、「カクヨム」様、「小説を読もう」様に同時投稿します。

処理中です...