マッシヴ様のいうとおり

縁代まと

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第三章

第86話 今更の夢を。

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「――聖女たち、行っちゃったみたいだな」

 病院から牢――新たな部屋へ移る準備をしながらジェスがぽつりと呟いた。
 それを耳にしたホーキンは一瞬手を止めたが、すぐに聞こえなかったふりをして準備の続きに取り掛かる。

「ホーキンさんだけでも見送りに行けばよかったんじゃないか? きっと許可も下りたと思うけど」
「そんな暇はない」

 折角の聞こえなかったふりを台無しにされ、やや不機嫌になったホーキンは言い捨てるようにそう言った。
 なぜこんなにも不機嫌になるのか自分でもわからない。
 イライラしながらホーキンがそう思っていると、リリアナがにやりと笑った。

「今まで先導してくれてた人がいなくなって、ちゃんとやっていけるか不安とか?」
「うるさいな! ……お前ら、本当にここで普通の生活ができると思ってるのか。真っ当な人間になれると思ってるのか?」

 ホーキンからここまで突っ込んだことを訊ねるのは初めてのことだった。
 双子は顔を見合わせ、年齢より大人びた笑みを浮かべる。

「私たちは根っからの犯罪者」
「僕たちの血は昔から罪人の血筋に連なってる」
「けれど夢だったの。普通の人間みたいに普通に働いて普通に暮らしていくことが。……だって誰からも奪わなくて済むんでしょ?」

 それに、と言葉を継いだのはリバートだった。
 リバートは無口だ。魔法の才能もなく、集落にいた頃は酷く直接的な方法での略奪を強いられてきた。それを強制されていると思うことすらできないでいた。
 そんな彼にすら夢を抱かせたものがある。

「あの人を通して街とその住民を見て、こんな暮らしをしてみたいと思ったんだ」

 聖女マッシヴ様。
 底抜けに純粋で、そのくせ強引で、汚さに寛容で、真っ直ぐすぎて直視し難い。
 そんな彼女と行動するうち、彼女の視点から普通の世界を覗き見た。
 それはリバートが今まで感じていた世界とはまったく違うもので――そんな世界にとてもとても心惹かれたのだ。

 戯れる女子供を見て強奪しやすそうだ、と思っていた光景は微笑ましいものに。
 ひとりでおつかいを済ませる子供は誘拐の対象ではなく見守るべきものに。
 夜の帳は身を潜めるためのものではなく、脅威のない住処へ帰る時間を知らせるものに。

 他にも数多とあるその差異を、きっとこれから聖女が傍にいなくなってもリバートは気がついていく。
 それが夢を抱かせるのだ。
 自分も普通に生きてみたい、と。

 ホーキンは口を真一文字に引き結んだ。
 ただの不機嫌な顔に見えるが、これは彼が自分と同じ、もしくは近い意見が故に反論できない時の顔であると家族同然に育ってきた三人はわかっていた。
 反論の代わりにホーキンは言う。

「……今更ガキみたいな夢持ちやがって」

 それは真正面からただの負け惜しみで、双子は自分たちは子供だから、リバートはホーキンよりは大人だと言いながら大いに笑った。

     ***

「……窃盗犯の人たち、見送りに来ませんでしたね」

 街から出た後、門を振り返りながらリータが言った。
 犯人たちは聖女マッシヴ様が同行していることで毎朝体操に出てから様々な活動をすることを許されていたものの、静夏がいなくなっても誰かしらお目付け役さえいれば出歩ける状態だったはずだ。
 治療中であり正式な刑罰がまだ決まっていない内は尚のこと。

 可能ではあるが立場上憚られたのだろうか。
 でもちょっとくらい……とリータは自分を襲った相手だというのに思わずにはいられなかった。
 静夏は足を進めながら口の端を持ち上げる。

「彼らは今日で治療が完了し、牢に入れられるらしい」

 それでも見送りくらいなら許されただろう。
 街の誰もが四人がマッシヴ様に恩があると知っている。

 四人の待遇は可能な限り良いものだった。静夏の計らいによるものだ。
 日中は基本的に今までのように慈善活動、牢も石牢などの環境の悪いものではなく見た目は普通の部屋の一室らしい。静夏が街の人々に四人の更生の意思を伝えると存外協力的な意見が多かったのが大きいだろう。

 それでも見送りに来ないのは――罪人の自覚が当人にあるからこそかもしれない。
 自覚があるなら償える。そう静夏は考えていた。
 それに対してロトウタは反省の意思が見られず、今もまだ勾留中だそうだ。

「……ロトウタにも何度か会いに行ったが、自己保身の言い訳しか聞くことができなかった。いつか自分の意思で償ってくれるといいが……」

 聖女なら刑罰を軽くするよう口添えできるだろう。
 環境が悪かった。
 むしろ自分は被害者だ。

 そう本気で言いながら縋ってきた姿を静夏は思い返す。
 半ば強引に更生させようかとも思ったが、むしろ自分の存在はロトウタにとって毒になる。ノーリスクで縋れる先、利用できる対象は今はないほうがいい。静夏はそう考えて街の者に任せてきた。
 それが良いことだったのかどうか今は判断がつかないが、いつかホーキンたちのように新しい道を見つけてほしい。静夏はそう願っている。

「あいつら、ちゃんと街に馴染めるといいなぁ」
「……きっと大丈夫ですよ」

 ホーキンらの姿を思い返して呟くミュゲイラにそう言い、伊織もマッスル体操をしていた彼らのことを思い出す。
 もちろんあれだけで問題が解決したわけではない。問題ならまだまだ山積みだ。
 しかしそれは当人が自分の手で解決すべきもの。
 静夏はその手伝いをしただけである。

 ――もしもまたロストーネッドを訪れることがあったら、四人の『その後』も見てみたい。
 そう思いながら伊織は風にざわめく草原に挟まれた道を歩いていった。
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