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第三章
第85話 後輩の正体
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見送りに祭りを開く風習はロストーネッド周辺の地域にもあった。
しかし大きな街になるほど規模が大きくなってしまう。
そのため、さてどう断ろうか……と静夏は思案していたが、どうやら風習は残っているものの重要度は高くないらしい。こういう風習には地域差があるのだろう。
そのため簡易的な見送りとして協会の食事会に招かれ、それを朝食としてから出発することになった。
「っは~、やっぱロスウサギ肉は美味かったな~!」
「でもこれで食べ納めだと思うと少し寂しくなっちゃうね……」
食事会からの帰り道、そう溢すミュゲイラとリータ姉妹に伊織が笑いかける。
「旅が終わったらまた来ましょうよ」
「……! ふふ、そうですね」
救世の旅はまだ続くが、ロストーネッドに永遠に来れなくなるわけではない。
伊織も再びここへ訪れてブルーバレルの面々に挨拶をしたいと思っていた。きっとネロは旅立った後で、その場にはいないだろうという点だけ残念だったが。
伊織がブルーバレルのことを考えているのが表情から読み取れたのだろうか、静夏がそっと訊ねた。
「伊織は仕事先に挨拶していかなくていいのか?」
「うん、昨日上がる前に挨拶してきたからさ」
送別会でも色々と声をかけてもらった。
この送別会も見送りの祭りの代わりに近い。ベタ村やミストガルドでは規模が大きすぎてピンとこなかったが――なるほど、ご馳走を振舞って人を見送るというのはこういうことか、と日本でもよくあった送別会という規模になってやっと実感できた。
ちなみにカザトユアではお礼の品まで貰ったことと街が復興に忙しかったこと、農村では養生のため立ち寄っただけで大ごとにしたくないことを理由に静夏が断っていたらしい。
たしかにあの状況で飲めや歌えやの宴を開くのは難しかっただろう。
(それに……)
じつは出発前にブルーバレルの店長と待ち合わせをしている。
伊織は初日の給料でクロケットを買ったが、もっと良いものを買ってみんなに振舞いたいと思っていた。
そこで仕入れに協力してもらったのが店長だ。サプライズにしておこう、とみんなには伏せておくつもりなので、最後にこっそりと受け取る予定だった。
(最後の最後にまた世話になっちゃったなぁ……)
今度来る時はなにかお土産を持ってこよう、と伊織は口元に笑みを浮かべた。
***
ロストーネッドの南門へ向かう途中、別途見送りに来た数人の人間と静夏が話している間に、伊織は「ちょっと知り合いがいたから待っててください」とリータたちに伝えて路地へと駆け込んだ。
そこで待っていたブルーバレルの店長が片手を振って出迎える。
「頼まれてたものはこれでいい?」
「はい、ありがとうございます!」
店長から紙袋を受け取った伊織は笑顔で頭を下げた。
紙袋はひんやりとしており、なんだそれは? というようにカバンの隙間からウサウミウシが顔を覗かせる。
「魔石から生成した氷を使ってるから長持ちするはずよ」
「……! そこまでしてくれたんですか……!?」
「厨房で使ってるものだから気にしないで。お母さんたち、喜んでくれるといいね」
応援するような笑みを浮かべる店長に伊織は嬉しそうに頷く。
その時、路地の向こうから駆けてくる目立つ赤い髪が視界に入った。
汗をかきながら全力疾走してくる少年。ブルーバレルの制服を着たままのネロだ。
「店長! なんかグルメレポータージョアンナ・ジョンソンのレポートを見たって客が押し寄せてて大変――イオリ!?」
店長の向こう側に伊織がいるのを見つけてネロは仰天した。
頼まれた物を休憩時間に渡していたの、と店長が説明し、ネロは納得したのかなるほどと頷く。
「てっきり給料でも渡し忘れたのかと……」
「あら、そんなこと言われるとネロ君の給料を渡し忘れちゃいそうだわ」
慌てるネロに店長はくすくすと笑い、そして伊織に再び手を振って背を向けた。
「お店が大変みたいだからそろそろ行くね。イオリ君、もしまたロストーネッドに訪れることがあったらいつでも来てちょうだい」
「はい、喜んで!」
店長の後を追ってネロも走りかけ、そして足を止めて伊織を振り返る。
そして一瞬言い淀んだものの、もう時間がないことをわかっているネロは喉から押し出すようにして言った。
「……お、俺も契約期間が過ぎたら旅に出る。もしかすると行く先でイオリとまた出会うかもしれない。そ、その時は仲間になるか……?」
「仲間?」
「そう。――お前は後輩として見所があるからな、つまり仲間としても見所があるってことだ!」
納得できるようなできないようなことを言いながらネロは力説したが、照れ隠しなのはバレバレだった。
伊織は頬を掻いて笑う。
「前にも話しましたけど……すでに仲間と旅をしてるんです」
逆にネロに同行してもらえたら同年代の友人として頼もしいが、自分たちの旅はどんなリスクがあるかわからないため気軽には誘えない。
やはりここでお別れなのだろうと思うと、伊織は少し寂しかった。
ネロは明らかに肩を落としたが、答えに関しては予想していた様子だった。
「だよなー……」
「……わかってて訊きました?」
「一度は言っとかないと自分が納得できないと思ってさ」
そう言ってネロは八重歯を覗かせ、ニッと笑う。
「見所のある後輩だけど、まだまだ世話のかかる後輩でもあるからさ。このまま行かせるのがちょっと不安だっただけだよ」
「そ、そこまで頼りなかったですか……!?」
「ドジ踏んだ俺の次くらいには」
ふたりで視線を合わせて笑ったところで伊織の後ろから声がかかる。
どうやら静夏が挨拶を終え、そろそろ出発しようということになったらしい。
行ってこいよ、と言うネロの言葉に背中を押され、伊織は大通りの門へと急いだ。
「……あの! ネロさんの言う通り、また会える日が来るかもしれません。その時は宜しくお願いします!」
そして最後にそう言い残し、仲間たちの元へと走っていった。
***
ネロは後輩を見送るために片手を軽く振ろうとして、視界に入った人物に動きを止めた。
筋肉に祝福されているとしか思えないほど恵まれた体躯の女性。
結った髪は伊織と似たツンツンとした雰囲気を持ち、眼差しは暖かなもの。
そしてなにより、彼女を囲う人々の表情がどんなものよりもはっきりとした証拠だった。
「――聖女……マッシヴ様……?」
そんな、まさか、と何度も目を瞬く。
彼女に駆け寄った伊織は親しげに会話し、そしてあの日ブルーバレルにやってきた緑髪の少女とも言葉を交わしていた。他にも仲間が数人おり、中には負けず劣らずの筋肉を持つエルフもいたが、静夏とは雰囲気が異なる。
外見の共通点と事前に知っていた『伊織は母親と旅をしている』という情報から、ネロは自分の後輩こそ探していた聖女マッシヴ様の息子だと知った。
まさか、の次はしまった、という感情が瞬時に湧く。
ロストーネッドでは旅費を稼ぐことに集中しようと思い、日夜仕事に明け暮れ宿に帰ればすぐに眠っていたのだ。
ここに来るまでは集落に着くたび日課のように行なっていた聞き込みも控えていた。それが、その数日間だけの方向転換があだになった。
「待っ……」
「ネロ君! ほら早く!」
曲がり角から店長が呼んでいる。
ネロは逡巡したが――ここで仕事を放り出して伊織たちを、聖女を追うことはネロの目標に反することだった。
先祖に泥を塗るようなことはできない。
それが例え、自分の先祖のことなど知らない人間相手だとしても。
「っ……、す、すみません!」
そう言ってネロも伊織と反対方向に走り始める。
南門ということは、道に沿って歩くならまっすぐ南のはず。
敷かれた道から外れるなら行き先の予想は難しくなるが、仕事が終わればネロも出発できる。見たところ伊織たちは馬を持っていないようなので、全力で走れば追いつけるかもしれない。
とにかく南だ。方角がわかっただけでもありがたい。
ネロはそう記憶に刻み、三つ編みを揺らして店長の元へと向かい――最後の最後に振り返った先で、伊織が『母親』と並んで歩いていくのを一瞥すると下唇を浅く噛んだ。
しかし大きな街になるほど規模が大きくなってしまう。
そのため、さてどう断ろうか……と静夏は思案していたが、どうやら風習は残っているものの重要度は高くないらしい。こういう風習には地域差があるのだろう。
そのため簡易的な見送りとして協会の食事会に招かれ、それを朝食としてから出発することになった。
「っは~、やっぱロスウサギ肉は美味かったな~!」
「でもこれで食べ納めだと思うと少し寂しくなっちゃうね……」
食事会からの帰り道、そう溢すミュゲイラとリータ姉妹に伊織が笑いかける。
「旅が終わったらまた来ましょうよ」
「……! ふふ、そうですね」
救世の旅はまだ続くが、ロストーネッドに永遠に来れなくなるわけではない。
伊織も再びここへ訪れてブルーバレルの面々に挨拶をしたいと思っていた。きっとネロは旅立った後で、その場にはいないだろうという点だけ残念だったが。
伊織がブルーバレルのことを考えているのが表情から読み取れたのだろうか、静夏がそっと訊ねた。
「伊織は仕事先に挨拶していかなくていいのか?」
「うん、昨日上がる前に挨拶してきたからさ」
送別会でも色々と声をかけてもらった。
この送別会も見送りの祭りの代わりに近い。ベタ村やミストガルドでは規模が大きすぎてピンとこなかったが――なるほど、ご馳走を振舞って人を見送るというのはこういうことか、と日本でもよくあった送別会という規模になってやっと実感できた。
ちなみにカザトユアではお礼の品まで貰ったことと街が復興に忙しかったこと、農村では養生のため立ち寄っただけで大ごとにしたくないことを理由に静夏が断っていたらしい。
たしかにあの状況で飲めや歌えやの宴を開くのは難しかっただろう。
(それに……)
じつは出発前にブルーバレルの店長と待ち合わせをしている。
伊織は初日の給料でクロケットを買ったが、もっと良いものを買ってみんなに振舞いたいと思っていた。
そこで仕入れに協力してもらったのが店長だ。サプライズにしておこう、とみんなには伏せておくつもりなので、最後にこっそりと受け取る予定だった。
(最後の最後にまた世話になっちゃったなぁ……)
今度来る時はなにかお土産を持ってこよう、と伊織は口元に笑みを浮かべた。
***
ロストーネッドの南門へ向かう途中、別途見送りに来た数人の人間と静夏が話している間に、伊織は「ちょっと知り合いがいたから待っててください」とリータたちに伝えて路地へと駆け込んだ。
そこで待っていたブルーバレルの店長が片手を振って出迎える。
「頼まれてたものはこれでいい?」
「はい、ありがとうございます!」
店長から紙袋を受け取った伊織は笑顔で頭を下げた。
紙袋はひんやりとしており、なんだそれは? というようにカバンの隙間からウサウミウシが顔を覗かせる。
「魔石から生成した氷を使ってるから長持ちするはずよ」
「……! そこまでしてくれたんですか……!?」
「厨房で使ってるものだから気にしないで。お母さんたち、喜んでくれるといいね」
応援するような笑みを浮かべる店長に伊織は嬉しそうに頷く。
その時、路地の向こうから駆けてくる目立つ赤い髪が視界に入った。
汗をかきながら全力疾走してくる少年。ブルーバレルの制服を着たままのネロだ。
「店長! なんかグルメレポータージョアンナ・ジョンソンのレポートを見たって客が押し寄せてて大変――イオリ!?」
店長の向こう側に伊織がいるのを見つけてネロは仰天した。
頼まれた物を休憩時間に渡していたの、と店長が説明し、ネロは納得したのかなるほどと頷く。
「てっきり給料でも渡し忘れたのかと……」
「あら、そんなこと言われるとネロ君の給料を渡し忘れちゃいそうだわ」
慌てるネロに店長はくすくすと笑い、そして伊織に再び手を振って背を向けた。
「お店が大変みたいだからそろそろ行くね。イオリ君、もしまたロストーネッドに訪れることがあったらいつでも来てちょうだい」
「はい、喜んで!」
店長の後を追ってネロも走りかけ、そして足を止めて伊織を振り返る。
そして一瞬言い淀んだものの、もう時間がないことをわかっているネロは喉から押し出すようにして言った。
「……お、俺も契約期間が過ぎたら旅に出る。もしかすると行く先でイオリとまた出会うかもしれない。そ、その時は仲間になるか……?」
「仲間?」
「そう。――お前は後輩として見所があるからな、つまり仲間としても見所があるってことだ!」
納得できるようなできないようなことを言いながらネロは力説したが、照れ隠しなのはバレバレだった。
伊織は頬を掻いて笑う。
「前にも話しましたけど……すでに仲間と旅をしてるんです」
逆にネロに同行してもらえたら同年代の友人として頼もしいが、自分たちの旅はどんなリスクがあるかわからないため気軽には誘えない。
やはりここでお別れなのだろうと思うと、伊織は少し寂しかった。
ネロは明らかに肩を落としたが、答えに関しては予想していた様子だった。
「だよなー……」
「……わかってて訊きました?」
「一度は言っとかないと自分が納得できないと思ってさ」
そう言ってネロは八重歯を覗かせ、ニッと笑う。
「見所のある後輩だけど、まだまだ世話のかかる後輩でもあるからさ。このまま行かせるのがちょっと不安だっただけだよ」
「そ、そこまで頼りなかったですか……!?」
「ドジ踏んだ俺の次くらいには」
ふたりで視線を合わせて笑ったところで伊織の後ろから声がかかる。
どうやら静夏が挨拶を終え、そろそろ出発しようということになったらしい。
行ってこいよ、と言うネロの言葉に背中を押され、伊織は大通りの門へと急いだ。
「……あの! ネロさんの言う通り、また会える日が来るかもしれません。その時は宜しくお願いします!」
そして最後にそう言い残し、仲間たちの元へと走っていった。
***
ネロは後輩を見送るために片手を軽く振ろうとして、視界に入った人物に動きを止めた。
筋肉に祝福されているとしか思えないほど恵まれた体躯の女性。
結った髪は伊織と似たツンツンとした雰囲気を持ち、眼差しは暖かなもの。
そしてなにより、彼女を囲う人々の表情がどんなものよりもはっきりとした証拠だった。
「――聖女……マッシヴ様……?」
そんな、まさか、と何度も目を瞬く。
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外見の共通点と事前に知っていた『伊織は母親と旅をしている』という情報から、ネロは自分の後輩こそ探していた聖女マッシヴ様の息子だと知った。
まさか、の次はしまった、という感情が瞬時に湧く。
ロストーネッドでは旅費を稼ぐことに集中しようと思い、日夜仕事に明け暮れ宿に帰ればすぐに眠っていたのだ。
ここに来るまでは集落に着くたび日課のように行なっていた聞き込みも控えていた。それが、その数日間だけの方向転換があだになった。
「待っ……」
「ネロ君! ほら早く!」
曲がり角から店長が呼んでいる。
ネロは逡巡したが――ここで仕事を放り出して伊織たちを、聖女を追うことはネロの目標に反することだった。
先祖に泥を塗るようなことはできない。
それが例え、自分の先祖のことなど知らない人間相手だとしても。
「っ……、す、すみません!」
そう言ってネロも伊織と反対方向に走り始める。
南門ということは、道に沿って歩くならまっすぐ南のはず。
敷かれた道から外れるなら行き先の予想は難しくなるが、仕事が終わればネロも出発できる。見たところ伊織たちは馬を持っていないようなので、全力で走れば追いつけるかもしれない。
とにかく南だ。方角がわかっただけでもありがたい。
ネロはそう記憶に刻み、三つ編みを揺らして店長の元へと向かい――最後の最後に振り返った先で、伊織が『母親』と並んで歩いていくのを一瞥すると下唇を浅く噛んだ。
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