マッシヴ様のいうとおり

縁代まと

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第三章

第70話 働き学ぶその先で 【★】

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 滞在期間の上限は一週間。

 そのため短期の仕事になるが、ロストーネッドは短期の仕事も多く募集されており、選択するだけなら選り取り見取りだった。
 その中でも一番募集が多いのが飲食店での仕事だ。

 ロスウサギの肉を扱った店が街の観光名所でもあるため、毎日景気良く忙しくしている飲食店が多いのである。
 静夏に快諾してもらった伊織は早速仕事先を探すことにした。

 初めに一日限定の皿洗いとして雇われたのは、回転率を売りにした肉料理店。

 特に客の多い日の助っ人として洗い場に入った伊織は、他の同僚と八時間食器を洗い続けた。単純作業のみだが、それ故に食器洗い機にでもなった気分だった。
 夜遅くに帰宅しそのまま即ベッドへ。
 今日は訓練は勘弁してやろう、というヨルシャミの取り計らいにより朝までぐっすりと眠れたが、その影響でニルヴァーレに例の伝言を伝えることができず、それを悔やんでいるとヨルシャミが腕を組みつつ呆れ声で言った。

「イオリよ、その二人組もまだこの街に滞在するのであろう? 急を要する伝言ではないのなら、そう急かずに次に奴らに会う時までに伝えておけばよいではないか」
「それはそうなんだけど、ずっと気になってたことみたいだし早く知らせてあげたいっていうか……」
「年上の男にまで甘いのか、お前は」

 厳密に言えばヨルシャミも年上どころではない男なのだが、本人もややこしくなるので一旦目を瞑っているらしい。
 とりあえず、とヨルシャミは伊織の背中を軽く叩いた。

「今日も仕事を探すのだろう、シャンとしろ」
「わっ……わかった! あ、でも今日の勤め先はもう決まってるんだ」
「む? 早いな、いつ探しに行った……?」

 伊織が皿洗いをした店は一日限定の助っ人しか募集していなかったが、伊織が引き続き仕事を探していると知った店長が知り合いの店を紹介してくれたのである。
 店の名前はブルーバレル。
 香草とロスウサギの肉を使った料理が売りの店だった。
 ロスバルのような人気店ではないが、広い店内と沢山の常連により常にウェイター不足なのだという。

「ほう、今度はウェイターか!」
「接客なら前世でもバイトしたことがあるから、その経験を活かせないかなって」

 こちらの世界では接客の常識も違ってくるかもしれないが、それを含めて学んでみたいと伊織は考えていた。
 そもそも『この世界で自分の力だけで働いてみたい』と思ったのは世界のことを働くことで学びたいと思ったからだ。

 ベタ村で知識としてはある程度学んだが、やはりそれは実体験を伴わないもの。
 旅を続けて様々な場所へ赴くことで『実際に体験して学べるもの』の大切さを知ったが、肝心の旅を続けているとなかなか働いて学ぶということができない。
 なにせ街や村に着けばすぐに物資調達などの準備と、魔獣の情報集めに時間を取られるからだ。
 更には街に入る目的に体を休めることも含まれているため、そこで働いては元も子もないなと――伊織は一人考えて今まで断念していたが、きっとどのタイミングで申し出ても静夏は頷いていただろう。

「今回は出発予定の最終日まで雇ってくれるところなんだ」
「ふむ、融通が利くのはいいことであるな。……今のところ魔獣もあの巨鳥以外はいないようだ。他の準備は我々に任せておけ、なにせ滞在期間が延びて私も暇しているからな! 時間を潰すのにもってこいだ!」

 出発準備はリータとミュゲイラが、情報収集はヨルシャミが行なっていた。
 今回は時間も多く取れるため皆マイペースに進めているが、リータたちは伊織より早起きして街に繰り出している。
 静夏は捕まった犯人グループの意思確認、及び今後の道の説明に向かっていた。
 あの四人が即答すれば次なる課題、住民の不安を取り除く対策に向かえるが――きっと簡単には進まないだろう。

 自分も頑張らないと、とそんな気分で伊織は微笑んだ。

「うん、ありがとうヨルシャミ」
「……」

 至極素直にお礼を言われたヨルシャミはごほんと咳払いする。

「ま、まあ、タダではないぞ! 初の給料が出たら我々に貢ぐのだ。なぁに、気持ちさえ籠っていれば薄給で買えるものでも構わ……」
「そうそう! 昨日の仕事の給料、今日貰えるらしいから帰りになにか買ってくるよ! ヨルシャミはどんなものがいい?」
「……」

 再び咳払いをしたヨルシャミは「あー」だの「うー」だの唸った末、しばらくして小さな声で「……クロケット」と呟いた。

     ***

 ブルーバレルの店長は青い髪のすらりとした女性だった。
 店内は天井が高く開放的で、壁にブルーバレルを作った初代店長の似顔絵が掛けられている。
 その似顔絵は写実的ではあったが――初代店長はデフォルメの利いたタルのような体型の青い髪をしたおじさんだった。

(なるほど……ブルーでバレルだ……)
「イオリ君、そっちに更衣室があるから制服に着替えてきて」
「あっ、はいっ!」

 伊織は店長に指示された通り更衣室で制服に着替える。
 制服は黒のエプロンとズボンに白いシャツ。金具にはウサギのモチーフがあしらわれていた。ズボンは年齢で長ズボンと短パンに分かれているようで、伊織は短パンである。

 なんか気恥ずかしいな、と思いながら伊織が足を通していると壁にメニュー表が貼ってあった。
 バックヤードに引っ込んでもチェックできるようにしてあるようで、優先して覚えるべき新商品には花丸――もとい、樽に丸を描いた樽丸がしてある。
 伊織はメニュー表の一番上に陣取る『アツアツ! ロスウサギのハヤシライス!』をじっと見つめた。

(こういうのって一番似てるものに単語が翻訳されてるんだろうなぁ……)

 言語に関して苦労したことはない。
 それは記憶を持ち越したまま行なう転生の支障を減らすため、神様が配慮してくれたからだと伊織は静夏から聞いていた。余計なことで救世に集中できなければ本末転倒である。

 もし何にも似ていないものが現れたらどうなるのだろうか。
 伊織はそれが少し気になったが、その時はただの新しい単語として学ぶだけだ。
 更衣室から出ると店長が手招きして伊織を呼び寄せた。

「今日はウェイター長がお休みでね、ベテランの手も少ないから……悪いけど今日だけこの子と組んで色々教えてもらって?」

 店長が『この子』と紹介したのは、伊織と同年代か少し上くらいの少年だった。

 同じ制服に身を包み、堂々たる立ち姿だったが――聞けば空腹で行き倒れているところを店長に見つけられて期間限定で雇われたらしい。それが数日の前のことだ。
 数日間だけ早い先輩とはいえ仕事の覚えが良く、今ではこうして短期の新人に初歩的な基礎を教える役割りを貰っているそうだ。

「私は調理で忙しいから教えられなくてごめんなさいね」
「いえ、頑張ります……!」

 伊織は店長にそう言うと、少年に向き直って片手を差し出した。

「僕は伊織っていいます。短期ですがこれから宜しくお願いします!」
「イオリか。俺の名前は――」

 少年は伊織の手を握り返し、八重歯を覗かせながら言う。
 その拍子にサイドヘアーを編み込んだ片側のみの三つ編みが揺れ、それを目で追った伊織は三つ編みの隣にある瞳が銀色をしていることに気がついた。
 銀色の目を細めて彼は笑う。

「ネロだ」








ネロ(イラスト:縁代まと)
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