マッシヴ様のいうとおり

縁代まと

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第三章

第62話 攫われたロスウサギ事件

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 朝を迎え目覚めた後。
 バルドに対する今後の対応について静夏たちに話し終えた伊織は、次なる謎『攫われたロスウサギ事件』について畜産農家から直接話を聞くべく、草原近くの各施設に赴いていた。

 ロスウサギの飼育施設は放牧の関係から街の外周沿いに建っていることが多い。
 そのうちの一軒に目星をつけ、人はいないかと中を覗き込む。
 藁を敷かれた個室のようなものがいくつも見えた。ロスウサギ専用の厩舎のような場所なのだろう。
 見える範囲に人影はないが、静夏は念のためきょろきょろと視線を動かす。

「ここを管理しているのは昨日話した盗難事件の被害者のひとりらしい。この時間ならまだ放牧せず中にいそうだが――」
「あっ、マッシヴ様、あそこで藁を運んでる人じゃないですか?」

 リータが指した先にいたのは、ロスウサギの寝床用と思しき藁を押し車で運んでいる五十代前後の男性だった。

 静夏たちは早速男性に声をかけ、事の次第を説明して話を聞く。
 初めは不信感を露わにしていた男性だったが、静夏が噂に聞く聖女マッシヴ様であること、そして事件を解決すべく動いていることを知り喜んで協力してくれた。

 なんでも白昼堂々ロスウサギを攫っていく何者かがいるのだという。
 それはいくら自分の目で見張っていようが一瞬目を離した隙に行なわれ、そして確実に一羽いなくなる。
 そんなことがここのところ四件連続で起こっているらしい。

「鳥型の魔獣のせいではないだろうか、という話も聞いたが」
「よそはわからねぇけどオレんとこの被害は違うな、羽ばたきの音も聞いてねぇし……何よりそんな魔獣が近づいたら、どんだけ素早く攫っても周りにいる他のロスウサギがパニックを起こすからなぁ」

 なんでも群れの仲間は驚いた様子もなくいつも通り振舞っていたのだという。
 肉食系の獣の臭いも残っておらず、羽根の類も落ちていない。
 そのことから男性は鳥型魔獣の仕業ではないと踏んでいた。
 普通のフクロウですら羽ばたく音はほとんどしないため、そういった特性を持った魔獣である可能性も残っていたが、それでも影すら見当たらないのはおかしいだろう。

 そこで男性が声を潜める。

「それにな……」
「それに?」
「変な跡が残ってんだよ。今はもう消えちまったが……ありゃあこれだな」

 男性は押し車の車輪を指さした。

「何かの車輪の跡だ。いつついたのかわからねぇし、オレたちもこうやって車押して行き来すっからあってもおかしくはねぇんだが……あんなとこ通ったっけかなぁとずっと思っててな」
「なるほど、人間の仕業である可能性もあるということか」

 しかし姿は見えず、しかも巨大なロスウサギを連れていなくなっている。
 そんなことがもし可能だとするなら――

「……魔導師の仕業?」

 ――そんな想像と共に伊織が呟くと、ヨルシャミが「そうかもしれないな」と頷いた。
 魔導師はそうぽんぽんと存在するわけではない。王都から遠い街なら尚更だ。
 ただし人間以外の異種族なら全員が魔法を使える種族も多く存在している。
 もちろん一般人でも使用可能な魔石なら高価なものの流通しているが、姿を消す魔石は高価どころではないという。

「魔石は普通なら火を出したり水を出したり、そういう単純なことしかできないんです。それ以外の効果を持つものは稀少で高価だし……。ヨルシャミさんみたいな魔導師はそこからアレンジできますけれど、多分そういう人はそもそも自力でなんとかできるんじゃないかなと」

 リータの言葉に伊織はなるほどと手を叩いた。

 姿を消すなどという属性を応用した魔法は技術力も揃ってできるものであり、魔石単体でその魔法を使える場合はレアリティが高いのだ。だからこそヨルシャミもニルヴァーレの補助魔石を見た時にあんな反応になったのだろう。
 ヨルシャミも頷きつつ口を開く。

「魔力の節約目的や相性の悪い魔法を使う際に魔石を用いることはあるがな。とにかくそんな高価な魔石を持っている者がわざわざロスウサギを盗むなどおかしい。金が目的であれば、だが」

 つまり才能に恵まれたというのに落ちぶれた魔導師か、遠路はるばるロストーネッドまでやってきてロスウサギを攫っている異種族か、価値もわからず稀少な魔石を使っている愚者が犯人である確率が高いということになる。
 
 なんらかの理由で盗人に身を堕としている魔導師が存在しないわけではない。
 異種族全員が善人であるわけではない。
 価値を理解している者の手にだけ価値のあるものが渡るわけではない。

 魔導師にも異種族にも善なる存在もその逆も存在している。
 ただの人間と同じように。

「……とにかく、まずは現場を見に行ってみよう」

 静夏がそう言って男性に案内を頼むと、男性は二つ返事で頷いた。

 ――爽やかな風の吹く草原。
 青い空でゆっくりと流れる雲が見下ろす中、揺れる草を眺めながら伊織たちはロスウサギが消えたという場所を訪れていた。
 街から少し離れているが出入口から視認できないほどではない。

「その日は日課が早く終わったから、草食ってるウサギを犬と一緒に見張ってたんだ。最近物騒っちゅうのは前から知ってたからな」

 男性はここだ、と草原の一部を指した。
 なんの変哲もない草原の一部だ。ここが消えたロスウサギを最後に見た場所だという。目を離すまでずっと視界内にいたそうだ。
 しかし犬も反応していないからと気が緩み、目を逸らした瞬間いなくなった。
 ロスウサギは健脚で、本気を出せばかなり早く走れるため「まさかな」と思ったが、念のため放牧している羽数を数えてみたところ一羽足りなかった、という流れらしい。

「ふむ、やはりすでに車輪の跡は確認できないが……」

 ヨルシャミはきょろきょろと辺りを見回し、ふんと鼻を鳴らした。

「なにかわかったのか?」
「たしかに最近魔法を使った痕跡がある。普通ここまで痕跡は残らないものなのだが……いや、見えぬ痕跡を残す代わりに、五感で感知される可能性が限りなくゼロに近づく魔法かもしれないな。敢えてデメリットを作ることで効果を強化する方法はあるにはある」

 しかしなんだか雑だな、とヨルシャミは首を傾げた。
 伊織には痕跡などまったく見えないが、常日頃から目にしているヨルシャミが違和感を感じるほど雑らしい。

「わざわざそこまでして強化しているくせに、なぜか粗雑に使っている印象がある……ううむ」

 どうにもはっきりしないようだが、痕跡を見ただけでそこまで分析できるのは素直に凄いなと伊織は感心した。
 ヨルシャミはあれだけ強かったニルヴァーレよりも魔法に関わるものを見る目が良い。魔導師の才能というものは単純な攻撃力だけではないのだ。

「僕もヨルシャミみたいに分析できたらなぁ」
「存外貪欲だな、イオリ」

 ヨルシャミはにやりと笑う。

「しかし魔導師は貪欲であってこそ、だ。サモンテイマーも魔導師の枠内のもの、ならばその気質は大切にするといい。……が」

 そのままヨルシャミは先ほどとは別種の笑みを浮かべて自身の顎に手をやった。
 悪巧みをしている悪役のような顔だ。太陽の光で顔に影が落ち、風により髪がなびいたことで拍車がかかる。
 凄みを感じた伊織は半歩下がったが、それと同時にヨルシャミが言う。

「その力で盗みなどという下劣な行為をするなど以ての外。この犯人には――この偉大なる魔導師、超賢者ヨルシャミの力を嫌というほど味わわせてやろうではないか!」
「あー……会った時と似たノリがここで……」

 根っからのものなのか尊大なのは今も変わっていないらしい。
 分析能力だけでなくその自信も見習いたいな、と伊織は苦笑しつつも密かに思った。
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