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第二章
第53話 超賢者の訓練
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「イオリ、お前の訓練を考えている」
ウサウミウシにより『はちゃめちゃ』にされた食材を片付けた後、改めて準備したスープを口に運びながらヨルシャミが言う。
なお、人間が食べられなくなった食材は無駄にすることなくウサウミウシの胃に収めてもらった。
通常の食事の三倍はあったが難なく入ってしまったのだから恐ろしい。
訓練? と伊織はスプーンを宙に浮かせたまま首を傾げる。
「召喚魔法の、だ。先ほどのテイムの強さを見て感じたことだが、やはりお前が直接召喚を行なえるようになれば役に立つ。イオリとしても覚えたいところだろう?」
「それはもちろん……!」
だが旅をしながらだとなかなか時間が取れない。
それ加えて召喚魔法は学術的な面もあり、近道は指南書のような本を読み、基礎知識をつけてから実際に覚えたことを実行して試行錯誤を繰り返すことらしいが――その読むべき本の量が半端ないのだという。
「とてもじゃないが旅をしながら持ち運びできるものではない。……まあ重量に関してはシズカやミュゲイラならば難なく持ち運べるだろうが、単純に嵩張るからな」
「なるほど、この世界にも電子書籍があればいいのになぁ」
「デンシショセキ? 電子……ああ、ナレッジメカニクスならそういう技術もあるだろうが一般的ではない。諦めろ」
「な、なくもないのがつらい……!」
「そこで、だ!」
ヨルシャミはニルヴァーレが転じた補助魔石に光を反射させて言った。
「早速これを活用し、夢の中で訓練及び学習を行なう!」
「夢の中……ゆ、夢路魔法ってやつか? ヨルシャミが助けを求める時に使った?」
突然現れたヨルシャミに、リカオリ山の麓の森に助けに来いと言われた夢。
随分前のことのように感じるが実際にはそこまで時間は経っていない。伊織がその時のことを思い返しながら訊ねるとヨルシャミは「そうだ」と頷いた。
「瀕死でなくともあれを今の体で長時間維持するのは難しい。しかし補助があれば二、三日に一晩程度なら可能だ。短時間でいいなら毎日でも」
「毎日!? 凄いじゃないかヨルシャミ、これなら旅をしながらでも召喚魔法を使えるようになるかも……!」
「ふふふ、凄いだろう! まぁイオリはすでに一度夢を繋げたことがあるから道ができている、というのもあるが。それに今なら微調整も効く」
なんでも夢の中の経過時間を弄ったり、ロケーションやその他細々とした設定を意のままにできるという。
これなら勉強に適した空間も作り出せるだろう。
もしかして、と話を聞いていたリータが言う。
「夢の中ならヨルシャミさんの知識を本の形にして見せられるんじゃ?」
「うむ、可能であろうな。口頭で教えるつもりだったが……ふむ、初心者なら慣れ親しんでいる本の形を優先したほうがいいか……」
ヨルシャミはすでに何をどう教えようか脳内でシミュレーションしているらしい。
伊織はどきどきと高鳴る胸を密かに押さえた。
召喚魔法を覚えればきっと仲間の役に立てるし、助けを求める人を救うこともできる。世界の穴を塞ぐという目標にも一歩近づけるだろう。
自分だって救世主の端くれだ、どうにかしてこの学べるチャンスを活かしたい。
伊織はチャンスを前に強くそう思っていた。
(還したワイバーンもまた呼び出せるようになれば力強い味方になるはずだし……)
他人の相棒を掠め取ってしまったような気がするが、ニルヴァーレからワイバーンへの愛着は感じられなかったため、伊織は極力気にしないことにした。
しかし、もし次にワイバーンと会えたならテイムに関係なく「もし嫌なら従わなくていいよ」と伝えようと心に決めている。
テイムの力で無理やり従わせるのは伊織の理念に反していた。
そこへミュゲイラがわくわくとした視線を向けながら問い掛ける。
「なあなあヨルシャミ、あたしも夢の中で筋トレできないかな?」
「物理的に肉体を鍛えるのは……いや、無理とは言い切れないが……筋肉を刺激する故、現実世界でも体が勝手に動くかもしれない」
「ね、寝相みたいに?」
「うむ。恐らく起きている間に意識して鍛えたほうが効率がいいぞ?」
ヨルシャミはそう答える。
加えて眠っていては水分補給ができないため、意識のないまま夢の中で体を鍛えるのは危険かもしれない、という結論に達した。あくまで『かもしれない』なのは今まで夢の中で筋トレしようという者がいなかったためだ。
「それ以前に、現実から夢の中に連れ込めるのは今だとひとりまでだな。ミュゲイラは、その、あれだ、シズカに稽古をつけてもらったほうがいいのではないか?」
「マッシヴの姉御にはたまに稽古してもらってるんだ。けど毎日相手してもらうのは負担になりそうだし――」
「そんなことはないぞ」
静夏の声にミュゲイラが持っていたスープごと跳ねる。
宙を舞ったスープはそのまま器の中に落下した。
「ミュゲ、お前が望むなら毎回マッスル体操の後に稽古を行なおう」
「ほ、本当っすか姉御! な、な、ならお願いしちゃおうかな……いや、お願いします!!」
ミュゲイラにとっては思わぬ収穫だったようだ。仄かに頬を上気させてほくほくとしている。
その隣でヨルシャミが傍目から見てもわかるほど怪訝な顔をしていた。
「……マ、マッスル……体操?」
伊織は古くから伝わる体操だと聞いていたが、ヨルシャミは知らないらしい。
前にリータに聞いたところによるとエルフ種は筋肉信仰が薄いらしく、地域差はあるものの千年の隔絶がなくとも知らない可能性は高かった。
魔法が絡んでいればヨルシャミなら把握していたかもしれないが、マッスル体操には魔法のまの字も関りがない。
ヨルシャミは珍しくおずおずといった様子で視線を向ける。
「その珍妙な体操を毎朝やっているのか? 私が寝ている間も? まさか……お前たちもか、イオリ、リータ」
「……」
「……」
毎朝ではない。
毎朝ではないが、過去に静夏とミュゲイラの誘いを断り切れなかったことを思い出し――伊織とリータはそれぞれ別の方向を向いて、きゅっと口を引き結んだ。
ウサウミウシにより『はちゃめちゃ』にされた食材を片付けた後、改めて準備したスープを口に運びながらヨルシャミが言う。
なお、人間が食べられなくなった食材は無駄にすることなくウサウミウシの胃に収めてもらった。
通常の食事の三倍はあったが難なく入ってしまったのだから恐ろしい。
訓練? と伊織はスプーンを宙に浮かせたまま首を傾げる。
「召喚魔法の、だ。先ほどのテイムの強さを見て感じたことだが、やはりお前が直接召喚を行なえるようになれば役に立つ。イオリとしても覚えたいところだろう?」
「それはもちろん……!」
だが旅をしながらだとなかなか時間が取れない。
それ加えて召喚魔法は学術的な面もあり、近道は指南書のような本を読み、基礎知識をつけてから実際に覚えたことを実行して試行錯誤を繰り返すことらしいが――その読むべき本の量が半端ないのだという。
「とてもじゃないが旅をしながら持ち運びできるものではない。……まあ重量に関してはシズカやミュゲイラならば難なく持ち運べるだろうが、単純に嵩張るからな」
「なるほど、この世界にも電子書籍があればいいのになぁ」
「デンシショセキ? 電子……ああ、ナレッジメカニクスならそういう技術もあるだろうが一般的ではない。諦めろ」
「な、なくもないのがつらい……!」
「そこで、だ!」
ヨルシャミはニルヴァーレが転じた補助魔石に光を反射させて言った。
「早速これを活用し、夢の中で訓練及び学習を行なう!」
「夢の中……ゆ、夢路魔法ってやつか? ヨルシャミが助けを求める時に使った?」
突然現れたヨルシャミに、リカオリ山の麓の森に助けに来いと言われた夢。
随分前のことのように感じるが実際にはそこまで時間は経っていない。伊織がその時のことを思い返しながら訊ねるとヨルシャミは「そうだ」と頷いた。
「瀕死でなくともあれを今の体で長時間維持するのは難しい。しかし補助があれば二、三日に一晩程度なら可能だ。短時間でいいなら毎日でも」
「毎日!? 凄いじゃないかヨルシャミ、これなら旅をしながらでも召喚魔法を使えるようになるかも……!」
「ふふふ、凄いだろう! まぁイオリはすでに一度夢を繋げたことがあるから道ができている、というのもあるが。それに今なら微調整も効く」
なんでも夢の中の経過時間を弄ったり、ロケーションやその他細々とした設定を意のままにできるという。
これなら勉強に適した空間も作り出せるだろう。
もしかして、と話を聞いていたリータが言う。
「夢の中ならヨルシャミさんの知識を本の形にして見せられるんじゃ?」
「うむ、可能であろうな。口頭で教えるつもりだったが……ふむ、初心者なら慣れ親しんでいる本の形を優先したほうがいいか……」
ヨルシャミはすでに何をどう教えようか脳内でシミュレーションしているらしい。
伊織はどきどきと高鳴る胸を密かに押さえた。
召喚魔法を覚えればきっと仲間の役に立てるし、助けを求める人を救うこともできる。世界の穴を塞ぐという目標にも一歩近づけるだろう。
自分だって救世主の端くれだ、どうにかしてこの学べるチャンスを活かしたい。
伊織はチャンスを前に強くそう思っていた。
(還したワイバーンもまた呼び出せるようになれば力強い味方になるはずだし……)
他人の相棒を掠め取ってしまったような気がするが、ニルヴァーレからワイバーンへの愛着は感じられなかったため、伊織は極力気にしないことにした。
しかし、もし次にワイバーンと会えたならテイムに関係なく「もし嫌なら従わなくていいよ」と伝えようと心に決めている。
テイムの力で無理やり従わせるのは伊織の理念に反していた。
そこへミュゲイラがわくわくとした視線を向けながら問い掛ける。
「なあなあヨルシャミ、あたしも夢の中で筋トレできないかな?」
「物理的に肉体を鍛えるのは……いや、無理とは言い切れないが……筋肉を刺激する故、現実世界でも体が勝手に動くかもしれない」
「ね、寝相みたいに?」
「うむ。恐らく起きている間に意識して鍛えたほうが効率がいいぞ?」
ヨルシャミはそう答える。
加えて眠っていては水分補給ができないため、意識のないまま夢の中で体を鍛えるのは危険かもしれない、という結論に達した。あくまで『かもしれない』なのは今まで夢の中で筋トレしようという者がいなかったためだ。
「それ以前に、現実から夢の中に連れ込めるのは今だとひとりまでだな。ミュゲイラは、その、あれだ、シズカに稽古をつけてもらったほうがいいのではないか?」
「マッシヴの姉御にはたまに稽古してもらってるんだ。けど毎日相手してもらうのは負担になりそうだし――」
「そんなことはないぞ」
静夏の声にミュゲイラが持っていたスープごと跳ねる。
宙を舞ったスープはそのまま器の中に落下した。
「ミュゲ、お前が望むなら毎回マッスル体操の後に稽古を行なおう」
「ほ、本当っすか姉御! な、な、ならお願いしちゃおうかな……いや、お願いします!!」
ミュゲイラにとっては思わぬ収穫だったようだ。仄かに頬を上気させてほくほくとしている。
その隣でヨルシャミが傍目から見てもわかるほど怪訝な顔をしていた。
「……マ、マッスル……体操?」
伊織は古くから伝わる体操だと聞いていたが、ヨルシャミは知らないらしい。
前にリータに聞いたところによるとエルフ種は筋肉信仰が薄いらしく、地域差はあるものの千年の隔絶がなくとも知らない可能性は高かった。
魔法が絡んでいればヨルシャミなら把握していたかもしれないが、マッスル体操には魔法のまの字も関りがない。
ヨルシャミは珍しくおずおずといった様子で視線を向ける。
「その珍妙な体操を毎朝やっているのか? 私が寝ている間も? まさか……お前たちもか、イオリ、リータ」
「……」
「……」
毎朝ではない。
毎朝ではないが、過去に静夏とミュゲイラの誘いを断り切れなかったことを思い出し――伊織とリータはそれぞれ別の方向を向いて、きゅっと口を引き結んだ。
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