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第二章
第49話 泥くさく美しいもの
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――ワイバーンが上書きテイムされた。
ニルヴァーレはその一部始終を目撃していた。
信じられない光景を見たという様子で目を見開く。戦いの最中だというのに、まじまじと凝視してしまうほど。
「なんだ、一体……あれは何者だ?」
「私の息子だ」
静夏はニルヴァーレと拳を合わせながらどこか誇らしげに言った。
そうか、聖女の息子なら不思議な力を持っていてもおかしくはない。
いくらサモンテイマーでもあそこまで強力なテイムは今までに例がないレベルだ。
ニルヴァーレがそう思っていると、何を考えているのか察したらしい静夏が口を開いてはっきりと言った。
「あれは息子の……伊織自身の力だろう。私が特別だから息子も特別なのではない。息子は息子でこの上なく特別だ」
「随分と溺愛しているじゃないか。親に愛されて羨ましい限りだよ」
そう吐き捨てるように言いながら、ニルヴァーレはワイバーンをテイムした瞬間の伊織の姿を思い返す。
伊織は静夏のように鋼じみた肉体を持っているわけではない。身体能力は人並みだ。
そんな普通の身ひとつで挑むにはあまりにも無謀。力任せすぎて滑稽にさえ見える。だというのに、目的を成し遂げてしまうのは目の前の聖女によく似ており――
「……」
――ワイバーンの頭を撫でる伊織は逆光で際立ち、それが妙に美しく見えた。
自分が求めている美しさとはまた違った美しさ。
ニルヴァーレはそれを認めてはならないと思う反面、目が慣れることなく美しく眩しく見えるのが羨ましかった。
美しさの定義と同じくヨルシャミへの執着ともまた別種だが『手元に置きたい』とすら思う。
(手元に置きたい?)
静夏の容赦ない重い一撃をクロスさせた両腕で止め、しかし削げなかった勢いで後方へと飛ばされつつニルヴァーレは違和感を感じた。
これは手元に置きたいというよりも。
仲間にしたい。仲間になりたい。そういった類の気持ちだった。
「ッぬ……!」
その考えに至った瞬間、生じた隙を突かれて静夏に背後を取られたニルヴァーレは振り向きざまに風で勢いの増した蹴りを放った。
静夏はその足首を掴んで止め、初めの一撃の意趣返しだとでもいうように半円を描いて放り投げる。
地面に手をつき受け身をとったニルヴァーレは静夏の追撃が地面を抉る前にその場から飛び退いた。
「ああ――君たちに千年早く出会いたかったな。磨けば更に光る原石、それを間近で見続けたかった。……ヨルシャミの時のように」
心底残念そうに言ったと同時に、ニルヴァーレは真っ黒な塊が突進してくるのが気配でわかった。
伊織にテイムされ寝返ったワイバーンだ。
ニルヴァーレはつい先ほどまで自分が何十年も使役していたもの相手とは思えないほど躊躇いなく風で作られた龍をけしかけ、ワイバーンの胴や四肢を血塗れにする。
その様子に静夏が眉を顰めていると、ニルヴァーレは胸を押さえてよろめいた。
時間にして数秒だが、今まで血を流しても表情ひとつ動かさなかったニルヴァーレのそんな様子に静夏は構えを解く。
「ニルヴァーレよ、何か隠しているのではないか」
「手を汚す覚悟をしておいてそこで構えを解いちゃうなんて、本当に甘ちゃんだね。絆す隙をいつでも見逃さんとしている目ざとい善人だ。……嫌いじゃないよ、でも」
ニルヴァーレは静夏を見て構え直す。
ワイバーンは発動時に未テイムだった影響かヨルシャミのサポートの対象となっていない。しかし傷を負いながらも戦意は喪失しておらず、血の粒を鱗の隙間から滴らせながら風の龍を食い殺さんと飛び回っていた。
その動きを常に警戒する様子は戦闘継続を意味するもの。
ニルヴァーレは静かに宣言する。
「僕はやめるつもりは毛頭ない」
***
遠目ながらニルヴァーレの様子を見ていたヨルシャミが色の白くなった唇を開いて言う。
「あやつ……私と同じだな。何らかの理由で負荷が上限を越えている。魔力の流れもおかしい」
「魔力の流れなんて見えるんですか?」
「先ほどまでは上手く隠蔽されていた故わからなかったが、今は……ニルヴァーレもそこまでの余裕がないようだ」
ヨルシャミは目を細める。
時折白く翳る視界で見た彼の胸元に魔力の塊のようなものが見て取れた。
脈打ちもしないくせに心臓のように振舞うそれを見つめ、ヨルシャミはハッとする。
「まさかあれが延命装置か?」
「延命……!?」
「ニルヴァーレは長命種ではない。イオリたちと同じ人間だ。魔法と科学、両方を極めるナレッジメカニクスに所属し今も存命している理由は延命処置を施されているからであろう。それを司る装置があれだとすると――動力源は魔力……ならば装置に溜めておくシステムがあるか……?」
想定以上の強さ。
何らかの理由で負っている負荷。
魔力を溜め込める装置。
伊織はニルヴァーレの執着を間接的に感じ取って冷や汗を流しながら口を開く。
「動力源が魔力、ってもしかしてニルヴァーレはその装置に必要な魔力まで戦闘に回してるんじゃ」
そうかもしれない、とヨルシャミは伊織に頷いた。
美しさのためにナレッジメカニクスに入ったニルヴァーレが、それを投げ捨てかねないリスクまで負ってヨルシャミを我が手にせんと戦うだろうか。
そこまでの執着だっただろうか。
ヨルシャミはそう考えを巡らせたが、彼と過ごした時間はそう長くはなかった。
訳あって幼少期から共に過ごしていたが、年齢と比較して共にいた時間は少ないため、ヨルシャミはニルヴァーレを理解しきっていない。
千年の間に彼が何を思いどう生きてきたか。
その時間に行動の答えがあるように思えたが――ヨルシャミには上澄みを掬うような想像しかできなかった。
ニルヴァーレはその一部始終を目撃していた。
信じられない光景を見たという様子で目を見開く。戦いの最中だというのに、まじまじと凝視してしまうほど。
「なんだ、一体……あれは何者だ?」
「私の息子だ」
静夏はニルヴァーレと拳を合わせながらどこか誇らしげに言った。
そうか、聖女の息子なら不思議な力を持っていてもおかしくはない。
いくらサモンテイマーでもあそこまで強力なテイムは今までに例がないレベルだ。
ニルヴァーレがそう思っていると、何を考えているのか察したらしい静夏が口を開いてはっきりと言った。
「あれは息子の……伊織自身の力だろう。私が特別だから息子も特別なのではない。息子は息子でこの上なく特別だ」
「随分と溺愛しているじゃないか。親に愛されて羨ましい限りだよ」
そう吐き捨てるように言いながら、ニルヴァーレはワイバーンをテイムした瞬間の伊織の姿を思い返す。
伊織は静夏のように鋼じみた肉体を持っているわけではない。身体能力は人並みだ。
そんな普通の身ひとつで挑むにはあまりにも無謀。力任せすぎて滑稽にさえ見える。だというのに、目的を成し遂げてしまうのは目の前の聖女によく似ており――
「……」
――ワイバーンの頭を撫でる伊織は逆光で際立ち、それが妙に美しく見えた。
自分が求めている美しさとはまた違った美しさ。
ニルヴァーレはそれを認めてはならないと思う反面、目が慣れることなく美しく眩しく見えるのが羨ましかった。
美しさの定義と同じくヨルシャミへの執着ともまた別種だが『手元に置きたい』とすら思う。
(手元に置きたい?)
静夏の容赦ない重い一撃をクロスさせた両腕で止め、しかし削げなかった勢いで後方へと飛ばされつつニルヴァーレは違和感を感じた。
これは手元に置きたいというよりも。
仲間にしたい。仲間になりたい。そういった類の気持ちだった。
「ッぬ……!」
その考えに至った瞬間、生じた隙を突かれて静夏に背後を取られたニルヴァーレは振り向きざまに風で勢いの増した蹴りを放った。
静夏はその足首を掴んで止め、初めの一撃の意趣返しだとでもいうように半円を描いて放り投げる。
地面に手をつき受け身をとったニルヴァーレは静夏の追撃が地面を抉る前にその場から飛び退いた。
「ああ――君たちに千年早く出会いたかったな。磨けば更に光る原石、それを間近で見続けたかった。……ヨルシャミの時のように」
心底残念そうに言ったと同時に、ニルヴァーレは真っ黒な塊が突進してくるのが気配でわかった。
伊織にテイムされ寝返ったワイバーンだ。
ニルヴァーレはつい先ほどまで自分が何十年も使役していたもの相手とは思えないほど躊躇いなく風で作られた龍をけしかけ、ワイバーンの胴や四肢を血塗れにする。
その様子に静夏が眉を顰めていると、ニルヴァーレは胸を押さえてよろめいた。
時間にして数秒だが、今まで血を流しても表情ひとつ動かさなかったニルヴァーレのそんな様子に静夏は構えを解く。
「ニルヴァーレよ、何か隠しているのではないか」
「手を汚す覚悟をしておいてそこで構えを解いちゃうなんて、本当に甘ちゃんだね。絆す隙をいつでも見逃さんとしている目ざとい善人だ。……嫌いじゃないよ、でも」
ニルヴァーレは静夏を見て構え直す。
ワイバーンは発動時に未テイムだった影響かヨルシャミのサポートの対象となっていない。しかし傷を負いながらも戦意は喪失しておらず、血の粒を鱗の隙間から滴らせながら風の龍を食い殺さんと飛び回っていた。
その動きを常に警戒する様子は戦闘継続を意味するもの。
ニルヴァーレは静かに宣言する。
「僕はやめるつもりは毛頭ない」
***
遠目ながらニルヴァーレの様子を見ていたヨルシャミが色の白くなった唇を開いて言う。
「あやつ……私と同じだな。何らかの理由で負荷が上限を越えている。魔力の流れもおかしい」
「魔力の流れなんて見えるんですか?」
「先ほどまでは上手く隠蔽されていた故わからなかったが、今は……ニルヴァーレもそこまでの余裕がないようだ」
ヨルシャミは目を細める。
時折白く翳る視界で見た彼の胸元に魔力の塊のようなものが見て取れた。
脈打ちもしないくせに心臓のように振舞うそれを見つめ、ヨルシャミはハッとする。
「まさかあれが延命装置か?」
「延命……!?」
「ニルヴァーレは長命種ではない。イオリたちと同じ人間だ。魔法と科学、両方を極めるナレッジメカニクスに所属し今も存命している理由は延命処置を施されているからであろう。それを司る装置があれだとすると――動力源は魔力……ならば装置に溜めておくシステムがあるか……?」
想定以上の強さ。
何らかの理由で負っている負荷。
魔力を溜め込める装置。
伊織はニルヴァーレの執着を間接的に感じ取って冷や汗を流しながら口を開く。
「動力源が魔力、ってもしかしてニルヴァーレはその装置に必要な魔力まで戦闘に回してるんじゃ」
そうかもしれない、とヨルシャミは伊織に頷いた。
美しさのためにナレッジメカニクスに入ったニルヴァーレが、それを投げ捨てかねないリスクまで負ってヨルシャミを我が手にせんと戦うだろうか。
そこまでの執着だっただろうか。
ヨルシャミはそう考えを巡らせたが、彼と過ごした時間はそう長くはなかった。
訳あって幼少期から共に過ごしていたが、年齢と比較して共にいた時間は少ないため、ヨルシャミはニルヴァーレを理解しきっていない。
千年の間に彼が何を思いどう生きてきたか。
その時間に行動の答えがあるように思えたが――ヨルシャミには上澄みを掬うような想像しかできなかった。
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