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第二章
第31話 着るものに着られる着る者
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子供の冒険心をそのまま形にしたような冒険家風の服。
マリン服のような可愛らしさを持つ服。
革製の鎧のような服――これは服と言っていいのかわからないが、便宜上服ということにしておく。
様々な服を着せられ脱がされまた着せられ、そのたびスケッチとメモの書き込みが終わるまで静止させられた伊織とヨルシャミはぐったりとしていた。
延々とじっとしているというのも体力を使うのだ。
こうなってくるともう他人から着せ替えられるのも慣れたもので、むしろこちらから協力した方が早く終わるからと自ら袖を通したりもしている。
伊織はなんだかひと月分の服を着た気分だった。
「あの、人を待たせているのでもうそろそろ……」
「あら安心して、あと一着でおしまいよ」
ロアーナのその言葉を聞いて伊織もヨルシャミもしばらくぶりに笑顔を見せた。
疲れたが結果的に誰かの役に立ったならそれでいい。
ヨルシャミも約束を守った上で望みのものを手に入れられたのなら万々歳だろう。
伊織はそう思ったが、クリスたちが持ってきた次の服を見て言葉を失った。
「そ、それ……」
「良いワンピースでしょ? ボタンは東の国から取り寄せた伝統的なものなの。この辺ではあまり見ないから民族的なものとの和合にチャレンジして――」
「り、両方ともワンピースじゃないですか!?」
赤いチャイナボタンと黒の布地、金色で縁取りされた袖と裾に紅色の刺繍が施されたチャイナワンピース。
緑のチャイナボタンと紺の布地、銀色で縁取りされた袖と裾に金色の刺繍が施されたチャイナワンピース。
そう、どちらもワンピースなのだ。
絞られた腰元と綺麗に広がった裾は可愛らしいが、ワンピースなのだ。
つまり伊織がどちらか片方着ることになる。これまで様々な服を着てきたが、女物を勧められるのは初めてだった。
「ぼっぼぼぼ僕これでも男なんで! 男性が女物を着ることは否定しませんけど、ご期待には答えられないと思うので! だからあのっ……!」
「性別くらいわかってるわよ。これは双子コーデを想定して作ったものなの、同じモデルに一着ずつ着てもらう方式でもいいのだけれど、できれば同時に並んでほしくて……やっぱりだめかしら?」
ロアーナは申し訳なさげに問い掛ける。
店員たちのファッションを見てもわかる通り、この店には『男は男物を、女は女物を着るべし』という決まりはない。
しかしそれは当人が着たいものを着た結果であり、他人に強要するものではないと彼女らもしっかりと理解していた。
「その……」
「……わかったわ、無理強いはしないから安心して。それじゃあ片方でもいいからヨルシャミさん、着ていただけるかしら?」
伊織はおろおろとしながらワンピースを見る。
これがラストだ。できれば最後まで協力してあげたい。
幸いにも店内には先ほどから自分たち以外の客はおらず、外からも見られにくい位置にいる。今までの経験上、袖を通してから十五分ほどで自由の身になるはず。
それなら――と、伊織は震える手をゆっくりと上げて言った。
「や……やり、ます」
***
衝立の向こうから衣擦れの音がする。
伊織とヨルシャミが着替える際はこの衝立で互いの姿を遮っていた。
あちらにはクリスが、こちらにはメロネがついて着替えを進めている。
「――イオリ、お前やはり超が付くほどお人好しだな」
衝立越しにヨルシャミの呆れているのか感心しているのかわからない声が聞こえてきた。
伊織は力なく笑う。
「そこまでじゃないよ。本当に嫌なら謝り倒して逃げてるだろうし」
「どうだか。身寄りのない小さな子供にあなたが死ねばお金がもらえるので死んでください! って言われれば笑顔で快諾しかねんぞ」
「具体的すぎないかそれ!?」
さすがにそこまでお人好しではない。
再び命を失うのは母親を悲しませてしまうため真っ平御免だ。
伊織がそう考えていると、ロアーナが小箱を持って近づいてきた。
「まあ、思った通りお似合いですわ!」
「あ、ありがとうございます……それは?」
「ボタンを仕入れた商人から聞いたのだけれど、その人の国ではこういった服によく似合う頭飾りがあるらしいの。シニヨンキャップに似ているのだけれど……こちらで服に合わせた刺繍を入れてリボンも付けてみたわ。それがこれよ」
箱の中に保管されていたのは、いわゆるチャイナガールのお団子頭のような髪飾りだった。
漫画で見たことある、と伊織はほんの少し遠くを見る。
可愛いし服に似合うだろうが、着けるのは自分だ。
ああ、ウサウミウシはどうしているだろうか。暇だからと勝手にカバンから出てきたら魔獣扱いされるかもしれないぞ。そうカバンを見ると鼻ちょうちんの端だけ見えた。また爆睡しているらしい。
現実逃避がてら現状とは関係のないことを考えてみるも、髪飾りはあっという間に伊織の頭に装着されてしまった。
地毛が短くても固定できるよう改良したのよとロアーナが嬉しげに説明している。
「あとは薄化粧も――いえ、少し目元は険しいけれど元が良いから必要ないわね」
ロアーナ自ら服のしわを正してぶつぶつと呟いている。すでにチェックが始まっているらしい。
伊織は自分の足を見るように視線を下げる。
ワンピースはなんだか足元の風通しがよくて落ち着かなかった。
下着は自分のものを死守したが、それでも心許ないものは心許ない。
(そういえば東の国って言ってたけど、この世界にも東洋っぽい国があるんだな……探せば日本みたいなところもあるんだろうか)
再び現実逃避をしているとそのことが少し気になった。
デザイン的にロアーナたちが指す『東の国』は中国圏に近い文化のようだ。
その周辺に日本に似た国がある可能性もしっかりと存在している。
転生したからと割り切ったものの、郷愁が完全にないかと問われれば答えはNOだ。伊織も故郷と似た光景があれば見てみたい。
このまま旅を続けていればいつかはお目にかかることもあるかも、と口元を緩めていると「さあ完璧よ!」というロアーナの声が聞こえた。
「ささ、並んでちょうだい」
伊織は恐る恐る歩いてみる。やはり風通しがいい。
その横を衝立の向こうから出てきたヨルシャミが颯爽と横切った。
中身が男性とはいえ、スカートやそれに近い形状のものを穿くことに抵抗がないせいかとても堂々としている。伊織はなんだかそれがとても羨ましくなった。
「情けないぞイオリ、自分でやると言ったのだからもっと背筋を伸ば……」
「それ仕返しか? でも慣れないうちは仕方ない……って、な、なに?」
ヨルシャミが目を見開いたかと思えば伊織をまじまじと見ている。
やはり似合わなかったのだろうか。足はそこそこ隠れるとはいえ多少は、そう、静夏ほどではないとはいえ多少は筋肉がついているし、肩幅だって女の子よりはある。
伊織が複雑な気分になっているとヨルシャミが「ふむ」と言ってから周囲に聞こえないよう小さく呟いた。
「男目線で言うが、有り寄りの有りではないか?」
「今その目線での感想はやめてくれない!?」
居た堪れなくなって顔を覆うも、正解は顔ではなく耳を覆うべきだった。
ヨルシャミがしきりに「私ほどではないが似合っているではないか」だの「恥じらう方が余計にそそるというのを知らんのか若造め」だの言っているのが聞こえてくる。
「……!」
伊織はハッとした。これも助けなかった自分への仕返しなのではないか、と。
なら堂々としてやろうじゃないかと手をどけた瞬間。
「そこ、いちゃついてないで早くこっちに来なさいな」
そんなロアーナの声が飛び、今度はヨルシャミが真っ赤になった。
あれだけこっちが赤面するようなことを言っておきながらなぜ照れるのか。仕返しではなく超天然の発言だったのか。
伊織が判断に困っている中、ヨルシャミは爆ぜるような勢いで――
「いっいいいっいっいちゃついてなどおらぬわ!!」
――と、力強く主張したのだった。
マリン服のような可愛らしさを持つ服。
革製の鎧のような服――これは服と言っていいのかわからないが、便宜上服ということにしておく。
様々な服を着せられ脱がされまた着せられ、そのたびスケッチとメモの書き込みが終わるまで静止させられた伊織とヨルシャミはぐったりとしていた。
延々とじっとしているというのも体力を使うのだ。
こうなってくるともう他人から着せ替えられるのも慣れたもので、むしろこちらから協力した方が早く終わるからと自ら袖を通したりもしている。
伊織はなんだかひと月分の服を着た気分だった。
「あの、人を待たせているのでもうそろそろ……」
「あら安心して、あと一着でおしまいよ」
ロアーナのその言葉を聞いて伊織もヨルシャミもしばらくぶりに笑顔を見せた。
疲れたが結果的に誰かの役に立ったならそれでいい。
ヨルシャミも約束を守った上で望みのものを手に入れられたのなら万々歳だろう。
伊織はそう思ったが、クリスたちが持ってきた次の服を見て言葉を失った。
「そ、それ……」
「良いワンピースでしょ? ボタンは東の国から取り寄せた伝統的なものなの。この辺ではあまり見ないから民族的なものとの和合にチャレンジして――」
「り、両方ともワンピースじゃないですか!?」
赤いチャイナボタンと黒の布地、金色で縁取りされた袖と裾に紅色の刺繍が施されたチャイナワンピース。
緑のチャイナボタンと紺の布地、銀色で縁取りされた袖と裾に金色の刺繍が施されたチャイナワンピース。
そう、どちらもワンピースなのだ。
絞られた腰元と綺麗に広がった裾は可愛らしいが、ワンピースなのだ。
つまり伊織がどちらか片方着ることになる。これまで様々な服を着てきたが、女物を勧められるのは初めてだった。
「ぼっぼぼぼ僕これでも男なんで! 男性が女物を着ることは否定しませんけど、ご期待には答えられないと思うので! だからあのっ……!」
「性別くらいわかってるわよ。これは双子コーデを想定して作ったものなの、同じモデルに一着ずつ着てもらう方式でもいいのだけれど、できれば同時に並んでほしくて……やっぱりだめかしら?」
ロアーナは申し訳なさげに問い掛ける。
店員たちのファッションを見てもわかる通り、この店には『男は男物を、女は女物を着るべし』という決まりはない。
しかしそれは当人が着たいものを着た結果であり、他人に強要するものではないと彼女らもしっかりと理解していた。
「その……」
「……わかったわ、無理強いはしないから安心して。それじゃあ片方でもいいからヨルシャミさん、着ていただけるかしら?」
伊織はおろおろとしながらワンピースを見る。
これがラストだ。できれば最後まで協力してあげたい。
幸いにも店内には先ほどから自分たち以外の客はおらず、外からも見られにくい位置にいる。今までの経験上、袖を通してから十五分ほどで自由の身になるはず。
それなら――と、伊織は震える手をゆっくりと上げて言った。
「や……やり、ます」
***
衝立の向こうから衣擦れの音がする。
伊織とヨルシャミが着替える際はこの衝立で互いの姿を遮っていた。
あちらにはクリスが、こちらにはメロネがついて着替えを進めている。
「――イオリ、お前やはり超が付くほどお人好しだな」
衝立越しにヨルシャミの呆れているのか感心しているのかわからない声が聞こえてきた。
伊織は力なく笑う。
「そこまでじゃないよ。本当に嫌なら謝り倒して逃げてるだろうし」
「どうだか。身寄りのない小さな子供にあなたが死ねばお金がもらえるので死んでください! って言われれば笑顔で快諾しかねんぞ」
「具体的すぎないかそれ!?」
さすがにそこまでお人好しではない。
再び命を失うのは母親を悲しませてしまうため真っ平御免だ。
伊織がそう考えていると、ロアーナが小箱を持って近づいてきた。
「まあ、思った通りお似合いですわ!」
「あ、ありがとうございます……それは?」
「ボタンを仕入れた商人から聞いたのだけれど、その人の国ではこういった服によく似合う頭飾りがあるらしいの。シニヨンキャップに似ているのだけれど……こちらで服に合わせた刺繍を入れてリボンも付けてみたわ。それがこれよ」
箱の中に保管されていたのは、いわゆるチャイナガールのお団子頭のような髪飾りだった。
漫画で見たことある、と伊織はほんの少し遠くを見る。
可愛いし服に似合うだろうが、着けるのは自分だ。
ああ、ウサウミウシはどうしているだろうか。暇だからと勝手にカバンから出てきたら魔獣扱いされるかもしれないぞ。そうカバンを見ると鼻ちょうちんの端だけ見えた。また爆睡しているらしい。
現実逃避がてら現状とは関係のないことを考えてみるも、髪飾りはあっという間に伊織の頭に装着されてしまった。
地毛が短くても固定できるよう改良したのよとロアーナが嬉しげに説明している。
「あとは薄化粧も――いえ、少し目元は険しいけれど元が良いから必要ないわね」
ロアーナ自ら服のしわを正してぶつぶつと呟いている。すでにチェックが始まっているらしい。
伊織は自分の足を見るように視線を下げる。
ワンピースはなんだか足元の風通しがよくて落ち着かなかった。
下着は自分のものを死守したが、それでも心許ないものは心許ない。
(そういえば東の国って言ってたけど、この世界にも東洋っぽい国があるんだな……探せば日本みたいなところもあるんだろうか)
再び現実逃避をしているとそのことが少し気になった。
デザイン的にロアーナたちが指す『東の国』は中国圏に近い文化のようだ。
その周辺に日本に似た国がある可能性もしっかりと存在している。
転生したからと割り切ったものの、郷愁が完全にないかと問われれば答えはNOだ。伊織も故郷と似た光景があれば見てみたい。
このまま旅を続けていればいつかはお目にかかることもあるかも、と口元を緩めていると「さあ完璧よ!」というロアーナの声が聞こえた。
「ささ、並んでちょうだい」
伊織は恐る恐る歩いてみる。やはり風通しがいい。
その横を衝立の向こうから出てきたヨルシャミが颯爽と横切った。
中身が男性とはいえ、スカートやそれに近い形状のものを穿くことに抵抗がないせいかとても堂々としている。伊織はなんだかそれがとても羨ましくなった。
「情けないぞイオリ、自分でやると言ったのだからもっと背筋を伸ば……」
「それ仕返しか? でも慣れないうちは仕方ない……って、な、なに?」
ヨルシャミが目を見開いたかと思えば伊織をまじまじと見ている。
やはり似合わなかったのだろうか。足はそこそこ隠れるとはいえ多少は、そう、静夏ほどではないとはいえ多少は筋肉がついているし、肩幅だって女の子よりはある。
伊織が複雑な気分になっているとヨルシャミが「ふむ」と言ってから周囲に聞こえないよう小さく呟いた。
「男目線で言うが、有り寄りの有りではないか?」
「今その目線での感想はやめてくれない!?」
居た堪れなくなって顔を覆うも、正解は顔ではなく耳を覆うべきだった。
ヨルシャミがしきりに「私ほどではないが似合っているではないか」だの「恥じらう方が余計にそそるというのを知らんのか若造め」だの言っているのが聞こえてくる。
「……!」
伊織はハッとした。これも助けなかった自分への仕返しなのではないか、と。
なら堂々としてやろうじゃないかと手をどけた瞬間。
「そこ、いちゃついてないで早くこっちに来なさいな」
そんなロアーナの声が飛び、今度はヨルシャミが真っ赤になった。
あれだけこっちが赤面するようなことを言っておきながらなぜ照れるのか。仕返しではなく超天然の発言だったのか。
伊織が判断に困っている中、ヨルシャミは爆ぜるような勢いで――
「いっいいいっいっいちゃついてなどおらぬわ!!」
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