マッシヴ様のいうとおり

縁代まと

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第一章

第19話 超賢者は二度昏倒する

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 狩猟小屋を見つけた後、結局それ以外の小屋は見つけられないまま時は過ぎた。
 ――その翌日、ヨルシャミとの約束の日。

 伊織は朝から小屋を見張りながら呼吸を整える。
 ここへ逃げ込むヨルシャミがこれから来るかもしれないから、とミュゲイラとリータも小屋の周囲を警戒していた。早く見つけられるならそれに越したことはない。
 伊織は小屋の中で待機し、静夏は出入り口の前に立っている。

 伊織も外で見張りたかったが、また獣が現れたら下手をするとこちらが助けられる立場になってしまう。それは情けないことこの上ない。
 仕方なく室内で待機している間、伊織は再び部屋のあちこちを見た。

(狩猟、っていってもやっぱり銃はないのか……)

 飛び道具では弓矢がポピュラーなものだという。
 魔法を用いた銃のようなものならあるのでは? と伊織は思ったが、どうやらそこまで技術力の高い代物はまだ存在していないようだ。少なくとも現地人であるリータたちの目の届く範囲には。

 そのため、魔法で作り出すとしても魔法弓術のように弓矢の形状になる。
 そもそも故意に弓矢の形に固定しているのはコントロールをしやすくするために編み出された方法らしい。
 魔法弓術士は魔導師の一種だが、世間一般で魔導師と呼ばれる者のように多種多様な魔法を使えるわけではないそうだ。

 可能性があるとすれば魔法の扱いに適した高位の魔導師だが、そう呼べる存在は人間だけでなく魔導師の才能に恵まれた異種族にも少ないと伊織は聞いている。
 そんな母数が限られた中で、わざわざ遠距離系魔法を銃のような形にする者は――よほどの偶然が重ならなくては現れないだろう。

(普通の飛び道具を使う人でも魔導師でも、銃を使う可能性は低い。この世界で銃を見る機会は一生ないかも。……ヨルシャミは魔導師なのかな?)

 ヨルシャミも自称『超賢者』などという突飛な自己紹介をしていたが、やはり魔導師なのだろう。
 夢路と呼んでいたあの場所に現れ、伊織に契約魔法を使ったくらいなのだから。

 伊織は力が強いからと彼女から魔導師に間違えられたことを思い出す。
 ――本当に自分が魔導師だったらどれだけ嬉しかったか。
 もしそうなら母親とは違うアピールで人助けができる。

 しかし実際には精神――魂の力が強いだけ。

 物理以外で攻撃された時にようやく力を発揮することができる受け身な力だ。
 使い方をもっとよく知って応用ができればいいんだけれど、と伊織は頬を掻く。
 師となる者がいない以上、それを学ぶには独学になってしまうため手探り状態はまだまだ続きそうだ。

(みんなをサポートする魔法だけでも使えたらいいのに。……あ、魔石って僕でも使えるのか後で聞いてみよう。もし使えるなら暗い夜道を照らしたり目眩ましに使えるかも。そうそう、例えばああいう光みたいな――へっ!?)

 部屋の中央に突如現れた眩い光を見て伊織はぎょっとした。
 ついさっきまでこんなものはなかった。
 本当に瞬きをひとつしている間に現れたのだ。

 光の中は真っ白だったが、その白にぱきりっとヒビが走り、そのヒビがあっという間に広がっていく。
 これが一体何なのかわからず伊織は呆然としたまま見つめていた。
 静夏たちに急いで声をかけるのが得策だというのはわかっているのだが、つい先ほどの経験から目を離した瞬間に再び変化しそうで判断が遅れてしまう。

「あっ……」

 広がったヒビが左右に割れる。
 そこから緑色の髪の毛をした女の子が転がり出てきたのを見て、伊織は慌てて両腕を伸ばして飛び出した。
 見事ぼすんっとキャッチしたものの、踏ん張るのに適した体勢ではない。
 伊織はそのままたたらを踏んで尻もちをつく。

 その音に気がついたのか静夏が「どうした!」と小屋に駆け込んできた。

「その子は……」

 伊織の腕の中で気絶している少女。
 その顔は、伊織が夢で会ったヨルシャミそのものだった。

     ***

 こんな小屋では埃っぽくて落ち着けない。
 そこで一行は意識の戻らないヨルシャミを連れて村まで引き返し、寝起きするために整えた廃屋に体を横たえた。ここも掃除しきれていないが小屋よりはましだろう。

 ヨルシャミは青い顔をしており呼吸も浅かった。
 四肢も驚くほど冷たく、廃屋に戻るなりミュゲイラが火を起して暖める。そのおかげか一時間も経つ頃には顔色もだいぶ良くなっていた。
 だが依然として意識はないままだ。

 ちゃんと目覚めるのか、医者を呼んできたほうがいいだろうか。
 そうしばらく四人で話し合ったが、その結論が出る前にヨルシャミが髪と同じ緑の睫毛に縁取られた瞼を薄く開いて唸った。

「ここは……」
「あ、えっと、大丈夫? もし飲めるなら水とか――」

 ゆっくりと上半身を起こしたヨルシャミは目を丸く見開き、ややあって伊織を指さして叫んだ。

「フジイシイオリ……イオリか! 約束を守れたようだな、でかした!!」
「一瞬前まで気絶してたとは思えないくらい声がでかい!」
「適当に服を頂戴して転移魔法で脱出したのはいいが、予想以上に魔力が体と馴染まなくてな、暴発して気を失っていたのだ。あのまま小屋に放置されていたら衰弱して命を落としていただろう」

 そんなにも絶妙なタイミングだったことに驚きと安堵を同時に感じつつ、伊織は彼女を受け止めた時のことを頭の中で反芻する。

 意識のない人間があの位置から落下すれば、打ち所が悪ければそれだけで命を落とす可能性があった。そして怪我をしなくても寒い小屋に放置されていれば死んでいたかもしれない。
 今は持ち直しているが、あの時のヨルシャミはそれほどか弱い印象が強かった。

「うん、なんとか君が穴から出てきた瞬間に受け止められてよかった」

 出てきた瞬間? とヨルシャミは怪訝そうな顔をした。

「お前、私を受け止めた後に床に置いたか?」
「へ?」
「予知では床に転がっている私が見えた。そして現に行き先も無茶苦茶に転移したというのに、予知の通りの小屋に出た。それは予知の結果が回避不可能故だ」

 そこまで言ってヨルシャミは伊織をじっと見る。
 真っ直ぐに射抜かれるような視線に伊織は体を強張らせた。

「しかし――イオリ、お前は私を受け止めたという。もしそのあと床に寝かせていないのなら、予知で見た光景が覆ったことになるのだ」

 これはおかしい、とヨルシャミは首を傾げる。
 かと思えば唐突に立ち上がり、気合を入れるように拳を振り上げた。

「不可思議なことを追求するのは燃えるから好きだ! この気持ちを鼓舞とし、状況を打開するためにも早速調……べ……ぐえ」
「うわっ!?」

 途端に顔色が真っ青になったヨルシャミは風に吹かれて倒れる棒きれのようによろめいた。
 伊織が慌ててそれを支えた頃にはヨルシャミの意識は再びなくなっており、ゆっくりと体を寝かせながら伊織は苦笑いする。
 それを覗き込んだリータも同じ表情をしていた。

「なんというか、想像以上にパワフルな子ですね」
「でしょう……」
「一晩放っておかれただけで死に至るくらい弱ってる、って自分でもわかってるっぽかったのにこれだもんなぁ。自覚なく無茶するタイプの奴か?」

 伊織はミュゲイラに頷く。
 病み上がりに高テンションで立ち上がって叫んだようなものだ。
 もし次に目覚めてもしばらくは安静にしているように伝えよう、そう伊織は心に決めた。

(でも……予知が不完全だったのは何故なんだろう?)

 安静にしていてほしいが気にはなる。
 体調を見ながらゆっくりと質問していけばいいかもしれない。もちろんヨルシャミの体は動かさずに。
 まずは回復が優先だ、と伊織はヨルシャミに自分の上着を優しく掛けた。
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