マッシヴ様のいうとおり

縁代まと

文字の大きさ
上 下
18 / 276
第一章

第18話 森の小屋にて

しおりを挟む
 ヨルシャミとの約束の日まで残り一日。

 このまま見つからなければ倒れたヨルシャミがどうなるかわからない。
 わざわざ助けを求めてきたくらいなのだからきっと良い方向には転ばないだろう。

 伊織は草の根を掻き分けてでも探す心持ちで森の中を歩いていた。
 今日は伊織とリータ、静夏とミュゲイラでチームを組んで森を探索している。
 昨日よりも奥深くに潜るため、各自伊織たちより森に詳しいフォレストエルフのふたりがついている形だ。

 そうして探索を始めて半日。やっぱりこの辺りにも小屋らしきものは見当たらないか――と踵を返しかけたところで、伊織たちは出会ってしまった。
 魔獣でもなんでもない、しかし生身で対峙するには危険な動物。
 立派な牙を生やしたオスのイノシシである。

「えっと、かなり興奮してるみたいだから穏便……には帰してもらえない、かなぁ」
「矢で射貫きましょうか? あ、でも一撃では無理かもしれないから、もしそうなったら余計に興奮させちゃうかも……」

 イノシシの頭蓋骨は固く、しかも動き回るだけでなく的としては小さいため一撃必殺を狙うのは現実的ではない。少なくともリータは己の腕前と秤にかけてそう判断したらしい。
 しばらく膠着状態が続いた後、リータは「そうだ」とイノシシから目を離さずに言った。

「テイマーの才能を信じて慣らせるか試すのはどうでしょうか」
「試すにはちょっと危険すぎる気がするんですが……!」

 でももしかすると上手くいくかも、とリータはそわそわと伊織を見る。
 もっと小さな動物から試したほうがいいのだろうが、背に腹は代えられない。

(でも慣らすっていってもどうすればいいんだ!?)

 ウサウミウシの時は撫でただけだ。
 それ以外に特に目立ったことはしていない。伊織は興奮しているのはわかるが、細かな感情はまったく読み取れない顔をしているイノシシをじっと見つめる。

 あれを撫でろと?
 鼻息荒く今にも飛び掛かってきそうなあれを?

(無理……!)

 撫でる前に牙が太腿に刺さっておしまいだ。驚くほど明瞭に想像できる。
 しかしそうこうしている間に襲われるかもしれないという焦燥感に背中を押され、伊織はじりじりとイノシシに自ら近づいた。

「よ、よしよし……カッコいい牙だね、こ、この森のヌシかな?」

 人間の言葉は通じないとわかっているが、恐怖心から無意味に褒め殺しながら手を差し伸べる。
 イノシシは大きく鳴いた。
 ブタの鳴き声を二倍汚くしたような声に伊織は仰天する。
 直後にまさに猪突猛進、飛び掛かってきたイノシシを見て思わず背中から転倒して藪に突っ込んだ。

「おわああああっ!?」

 視界がぐるりと回転する直前、そんなイノシシの片目にリータの魔法製の矢が突き立ったのが見えたものの、伊織は喜べないまま斜面を転がり落ちる。

「やった! 近づいてきたし、柔らかいところならもしかして、って思っ……わああ! イオリさんっ!? 大丈夫ですか!?」
「い、生きてます~……」

 よかった、と安堵したリータが引っ繰り返っている伊織のもとへ降りてきた。
 どうやら藪の向こうは斜面になっていたらしい。
 強制的にでんぐり返りを繰り返した伊織は落ち葉まみれ土まみれになっていたが、幸いにも擦り傷程度で大きな怪我はなかった。

 目に矢を受けたイノシシは即死はしていなかったようで、そのままどこかへ走り去ってしまったらしい。獣臭さだけが周囲に残っていた。

「うーん、撫でることすらできなかった……」

 よろよろと立ち上がりつつ、ついさっきまで撫でようと伸ばしていた手を見る。
 派手に失敗したため心が後ろ向きになったのか、無事に撫でられたところでテイムなどできなかっただろうという気がしてしまった。
 やはりテイマーの才能などなく、あのウサウミウシが人懐っこい個体なだけだったのでは? と思い、伊織は少し落胆する。
 なにかしら才能があれば人助けに活かせると思ったのだが、上手くいかないものだ。

 そこでリータが元気づけるように言った。

「まだ早計ですよ、ウサウミウシってそんなに人には慣れないんです」
「そうなんですか……?」
「昔は餌がある間だけ集まってくる感じでした。だから私も才能があるのかもって思ったんですから」

 今のところ、あのウサウミウシは伊織以外に自分から触れようとしない。
 伊織がいるからなんとか他人から触れられるのは許している、というように見えないこともないだろう。本人から話を訊けないので予想するしかないが。

 なら、まだ試してみる価値はあるのかもしれない。
 そう考えているとリータが伊織の背後を指さして「あ」と一音だけ発した。
 伊織はまたイノシシでも出たのだろうかと冷や汗をかきながら振り返る。

「……あ」

 そしてリータと同じ一音を発した。
 そこに建っていたのは、落ち葉を被ったコケだらけの小さな小屋だった。

     ***

 ふたりだけで中を確かめることは控え、まず静夏とミュゲイラたちと合流してから四人で小屋へと向かう。

 見つけた小屋はとても古く、使われている木も手入れがされておらずだいぶ腐食が進んでいた。壁など軽く押しただけでふわふわと動くくらいだ。
 ドアはなんとか開く。四人でそうっと中へと入ると――どうやら昔は狩猟小屋として使われていたようだった。

「村が設置したっつーより個人で構えたように見えるな」
「わかるものなんですか?」
「小屋に残ってるのは私物っぽいし、随分朽ちてるけどひとり分の生活感もあるしさ。村との中継地点や一時的な宿っつーより、ここで狩りをしながら暮らしてた奴でもいたんじゃないか?」

 この世界にも厭世家のような暮らしを好む人間が存在していたようだ。
 その家主も今はいない。村人のように忽然と姿を消している。

 木製の固そうなベッドには布団代わりの黒い熊の毛皮が掛けられ、立てた樽には用途がわからない棒や網が挿してあった。
 小さな簡易暖炉は錆に覆われ煙突がところどころ欠けている。
 その四方の壁には様々な道具が掛かっていた。木で編んだ涙型のザルのようなものは魚捕りにでも使うのだろう。
 そして、リータのような魔法で作られたものではない弓矢が壊れた状態で床に散らばっている。その破片を摘まみ上げて静夏は「ふむ」と小さく言った。

「戦おうと手に取ったところで押し入られたのかもしれないな……床にもやはり村と同じような足跡がある」
「つまり人間の仕業……?」

 少なくとも人間のように二足歩行で靴を履いている集団に襲われたのだろう。
 こんな森の奥に住んでいても狙われるとは、一体どんな理由で襲われたのかますます気になる。

「わからないことだらけだけど、とりあえず小屋は見つけた。念のためここ以外にも小屋がないかチェックして、見つからなかったら明日はこの小屋を重点的にマークしてよう」
「そうですね。もしかしたらここへ逃げ込んでくる前に助けてあげられるかもしれませんし……」
「よっしゃ、もう一仕事といくか! ……ところで気になってたんだけどさ」

 ミュゲイラはじっと伊織を見る。

「なんでそんなボロッボロなんだ?」
「あー……えっと、それは」

 あの失敗を自分の口から語るのは少し恥ずかしいものがある。
 伊織がそう口籠っているとリータが助け舟を出してくれた。

「……お姉ちゃん、イオリさんの雄姿は後で話すから今は見なかったことにして」

 その助け舟は助け舟でちょっと辛いものがあります。
 伊織は心の中でそう呟きながら遠くを見遣り、壁に飾られたイノシシの剥製と目が合って小さく唸った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

どうぞお好きに

音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。 王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

処理中です...