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第一章
第15話 リカオリ山の探索
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――リカオリ山へ続く道を進むこと数日。
やはり馬がないとなかなか進まなかったが、約束の日の二日前には山を視認できる場所まで辿り着くことができた。
道中に通った森の中で迷ったり、ウサウミウシが魚を食べたがって川を探したりと時間を食ったこともあったが、伊織はやっと肩の荷が下りた気分になる。
(いや、でもまだ安心するには早い。ここから麓にある小屋を探さないと)
そこでヨルシャミを助けて初めて目標を達成したことになるのだ。
随分と偉そうな態度が目につく少女だったが、困っているなら助けてあげたい。
助けを求めた上に倒れていると表現していたくらいだ、もしかすると命の危険のある一大事なのかもしれなかった。
そう決意を新たに山の麓へと向かう。
山から少し離れたところに小さな村があり、小屋はその村の人間が薪を切り出しに来る際に使っているものなのでは? という予想がリータにより立てられた。
「ということは山の奥深くにある可能性は低い……?」
「予想が当たっていればですけれどね。どうしましょうか、森はそれなりに広いですし、先に村の方に聞き込みへ行ってみます?」
リータの問いに伊織は自分の顎をさする。
「うーん……もし小屋の用途の予想が当たってるなら周囲を見て回るだけでも見つかるかもしれないし、切り株の多い場所とか目印にして探せるかもしれないんで――えっと、母さん」
「なんだ?」
「村への聞き込み組と探索組にわかれるのが良いと思うんだけど、その聞き込み組に母さんとリータさんを指名してもいいかな?」
この中で一番交渉術に長けているのはリータだ。
しかし見ず知らずの人ばかりが住む村に女の子ひとりで向かわせるのは心配である。ベタ村には単独で来たとはいえ、あの時は『聖女マッシヴ様』という善性のものがいるとわかっている村だったのだから条件が違う。
そのため、護衛の意味も込めて静夏に同行してもらいたかったのだ。
「それに、この辺りにも聖女マッシヴ様の噂が届いてればスムーズに話を進められるかもしれないだろ。筋肉を印籠として使うみたいでアレだけど」
「ふむ、しかし伊織は――」
「僕は大丈夫、ほら、ミュゲイラさんもいるし!」
伊織の口から突然名前を出されたミュゲイラは自身を指した後、にっと笑って「任しとけ!」と力こぶを作る。
本当は『僕は非力だし、ウサウミウシを村人がどう見るかわからない』という不安要素と、ミュゲイラが突飛な行動をして村人に警戒されてしまうのではないかという不安要素からの消去法でもあったが――ここは言わぬが仏である。
そういうことならば、と静夏とリータも頷き、四人は小屋を探すために二手に分かれることと相成った。
***
山には木々が生い茂り、ところどころ蔦が長く伸びて木と木を繋いでいた。
これだけ鬱蒼としていると気分まで暗くなってくる。適度に手入れされ人々の生活と融和していたミストガルデとは大違いだ。
浅く森に入り、外周を歩きながら伊織たちは小屋らしき建物を探す。
ミュゲイラは頭の後ろで両手を組みつつ落ち葉を踏み鳴らしながら言った。
「しっかし、なんでこんな森の小屋でぶっ倒れてるんだろうな。村も近いしそっちに助けを求めりゃいいのにさ」
ヨルシャミのことである。
ヨルシャミは伊織に「助けろ」と言っていたが、普通は現地かそれに近い場所にいる者に助けを求めるのではないだろうか、ということだ。
ミュゲイラのもっともな疑問に伊織は頷く。
「たしかに……でも『自動予知』って言ってたから、いつ予知が来るかわからなかったり、他にも予知で見える範囲を変えることができないのかも……?」
もしかするとヨルシャミは自分が倒れる予定の小屋や山のことはわかっていても、その周囲のことは知らなかったのかもしれない。
山はこれだけ特徴的な形をしていれば、その特徴を知っている者なら一目見ただけで把握できるだろう。
しかしその山の周囲の細かなことは知らなかったのでは、と。
近くに村があることを知らなければ助けを求めに行くことはしない。
伊織はそう思ったのだがミュゲイラは首を傾げた。
「でもこの山がリカオリ山だ、ってわかってるなら村の存在もわかるはずだぞ、あたしたちでさえ知ってたくらいだし」
訪れたことはないが、そこにあるのはわかる。
移動に数日かかるほど離れた里に住むミュゲイラたちでさえ村の存在を知っていた。たしかに気になる部分ではある。
結果的には伊織は魔導師ではなかったものの、ヨルシャミはわざわざ魔導師を選んで助けを求めていた辺り、他にも理由があるのかもしれなかった。
「なんか考えるほど小さな謎が増えてくんですけど……」
「やっぱ早く直接会って確かめないとな! ところで」
すっ、と真剣な顔になったミュゲイラに伊織は目を瞬かせる。
真面目な表情をしているとリータと似ていた。彼女がこんな表情をするくらいだ、もしかするとかなりシリアスな話かもしれない。
無意識に背筋を伸ばしながら伊織は「なんです?」と聞き返す。
ミュゲイラはずいっと顔を寄せ、真摯なまなざしで問いかけた。
「マ、マッシヴの姉御ってどんな食べ物が好きなんだ?」
「……」
「息子なら知ってるだろ? な? ヒントだけでもいいから教えてくれよぉ……!」
「……カ……」
「カ?」
「カレー……」
伸ばした背筋をばきばきに折りつつ伊織はそう答える。
前世の静夏は刺激物を満足に食べられない体だったが、カレーの風味は好きなようだった。若い頃はもっと口にする機会が多かったらしい。
カレーという名称を聞いたミュゲイラは元気よく首を傾げた。
「カレーってなんだ?」
そうか、この世界――少なくともこの地域にはカレーはないのか。
ということは母親に好物を食べさせてあげることができないんだな、と伊織は理解したが、覚悟を持って耳を傾けて得られた情報がこれだと思うと脱力が止められない。
そして、伊織は再び背筋を折って「今度機会があったら教えます」と小声で付け足したのだった。
やはり馬がないとなかなか進まなかったが、約束の日の二日前には山を視認できる場所まで辿り着くことができた。
道中に通った森の中で迷ったり、ウサウミウシが魚を食べたがって川を探したりと時間を食ったこともあったが、伊織はやっと肩の荷が下りた気分になる。
(いや、でもまだ安心するには早い。ここから麓にある小屋を探さないと)
そこでヨルシャミを助けて初めて目標を達成したことになるのだ。
随分と偉そうな態度が目につく少女だったが、困っているなら助けてあげたい。
助けを求めた上に倒れていると表現していたくらいだ、もしかすると命の危険のある一大事なのかもしれなかった。
そう決意を新たに山の麓へと向かう。
山から少し離れたところに小さな村があり、小屋はその村の人間が薪を切り出しに来る際に使っているものなのでは? という予想がリータにより立てられた。
「ということは山の奥深くにある可能性は低い……?」
「予想が当たっていればですけれどね。どうしましょうか、森はそれなりに広いですし、先に村の方に聞き込みへ行ってみます?」
リータの問いに伊織は自分の顎をさする。
「うーん……もし小屋の用途の予想が当たってるなら周囲を見て回るだけでも見つかるかもしれないし、切り株の多い場所とか目印にして探せるかもしれないんで――えっと、母さん」
「なんだ?」
「村への聞き込み組と探索組にわかれるのが良いと思うんだけど、その聞き込み組に母さんとリータさんを指名してもいいかな?」
この中で一番交渉術に長けているのはリータだ。
しかし見ず知らずの人ばかりが住む村に女の子ひとりで向かわせるのは心配である。ベタ村には単独で来たとはいえ、あの時は『聖女マッシヴ様』という善性のものがいるとわかっている村だったのだから条件が違う。
そのため、護衛の意味も込めて静夏に同行してもらいたかったのだ。
「それに、この辺りにも聖女マッシヴ様の噂が届いてればスムーズに話を進められるかもしれないだろ。筋肉を印籠として使うみたいでアレだけど」
「ふむ、しかし伊織は――」
「僕は大丈夫、ほら、ミュゲイラさんもいるし!」
伊織の口から突然名前を出されたミュゲイラは自身を指した後、にっと笑って「任しとけ!」と力こぶを作る。
本当は『僕は非力だし、ウサウミウシを村人がどう見るかわからない』という不安要素と、ミュゲイラが突飛な行動をして村人に警戒されてしまうのではないかという不安要素からの消去法でもあったが――ここは言わぬが仏である。
そういうことならば、と静夏とリータも頷き、四人は小屋を探すために二手に分かれることと相成った。
***
山には木々が生い茂り、ところどころ蔦が長く伸びて木と木を繋いでいた。
これだけ鬱蒼としていると気分まで暗くなってくる。適度に手入れされ人々の生活と融和していたミストガルデとは大違いだ。
浅く森に入り、外周を歩きながら伊織たちは小屋らしき建物を探す。
ミュゲイラは頭の後ろで両手を組みつつ落ち葉を踏み鳴らしながら言った。
「しっかし、なんでこんな森の小屋でぶっ倒れてるんだろうな。村も近いしそっちに助けを求めりゃいいのにさ」
ヨルシャミのことである。
ヨルシャミは伊織に「助けろ」と言っていたが、普通は現地かそれに近い場所にいる者に助けを求めるのではないだろうか、ということだ。
ミュゲイラのもっともな疑問に伊織は頷く。
「たしかに……でも『自動予知』って言ってたから、いつ予知が来るかわからなかったり、他にも予知で見える範囲を変えることができないのかも……?」
もしかするとヨルシャミは自分が倒れる予定の小屋や山のことはわかっていても、その周囲のことは知らなかったのかもしれない。
山はこれだけ特徴的な形をしていれば、その特徴を知っている者なら一目見ただけで把握できるだろう。
しかしその山の周囲の細かなことは知らなかったのでは、と。
近くに村があることを知らなければ助けを求めに行くことはしない。
伊織はそう思ったのだがミュゲイラは首を傾げた。
「でもこの山がリカオリ山だ、ってわかってるなら村の存在もわかるはずだぞ、あたしたちでさえ知ってたくらいだし」
訪れたことはないが、そこにあるのはわかる。
移動に数日かかるほど離れた里に住むミュゲイラたちでさえ村の存在を知っていた。たしかに気になる部分ではある。
結果的には伊織は魔導師ではなかったものの、ヨルシャミはわざわざ魔導師を選んで助けを求めていた辺り、他にも理由があるのかもしれなかった。
「なんか考えるほど小さな謎が増えてくんですけど……」
「やっぱ早く直接会って確かめないとな! ところで」
すっ、と真剣な顔になったミュゲイラに伊織は目を瞬かせる。
真面目な表情をしているとリータと似ていた。彼女がこんな表情をするくらいだ、もしかするとかなりシリアスな話かもしれない。
無意識に背筋を伸ばしながら伊織は「なんです?」と聞き返す。
ミュゲイラはずいっと顔を寄せ、真摯なまなざしで問いかけた。
「マ、マッシヴの姉御ってどんな食べ物が好きなんだ?」
「……」
「息子なら知ってるだろ? な? ヒントだけでもいいから教えてくれよぉ……!」
「……カ……」
「カ?」
「カレー……」
伸ばした背筋をばきばきに折りつつ伊織はそう答える。
前世の静夏は刺激物を満足に食べられない体だったが、カレーの風味は好きなようだった。若い頃はもっと口にする機会が多かったらしい。
カレーという名称を聞いたミュゲイラは元気よく首を傾げた。
「カレーってなんだ?」
そうか、この世界――少なくともこの地域にはカレーはないのか。
ということは母親に好物を食べさせてあげることができないんだな、と伊織は理解したが、覚悟を持って耳を傾けて得られた情報がこれだと思うと脱力が止められない。
そして、伊織は再び背筋を折って「今度機会があったら教えます」と小声で付け足したのだった。
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