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お祖父様攻略編
第44話 観光旅行作戦、開始!
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子供の頃より大きくなった手が頭を撫でる。
髪の感触を確かめるように、そして慈しむように撫でる手はペットを愛玩するもののようにも感じられたけれど、今はヘラの姿はしていない。
優しい手つきからは好意しか感じられず、不快感は欠片もなかった。
――とても良い目覚めだった。
それを自覚して、私は天井を見つめたまま小さく唸る。
わかりやすく言うとレネに撫でられる夢を見た。
そしてこれは夢の中だけの出来事じゃない。あの話し合いの後にレネは有言実行し、これでもかと私の頭を撫でたのである。
こんな夢を見たのはそのせいだわ!
今日で三度目なのは私もどうかと思うけれど!
今はお祖父様の件に集中しなくちゃならないのに由々しき事態だわ。
二度目に見た時点で寝る前に色々な本を読んで情報を詰め込んでみたけれど効果はなかったみたい。なんとかして別の手を考えるしかないわね。
こんな状態で出発するのは少し心許なかったけれど――今日はついに、観光旅行作戦の開始日だ。
***
アルンバルト・エーデルトールの故郷はアルバボロスの領地にあるエペトという小さな村だった。
特に観光名所は無いものの、周囲に山が多く道が整備される前は閉鎖的になりがちな土地だったため、独特な技術で作られた織物や刺繍が有名らしい。
観光旅行とはいえ私は未成年、許可を得るにはお母様たちに大雑把なスケジュールの提出が必要だったので「この刺繍の入ったリボンが欲しい」という理由でしれっと紛れ込ませておいた。
幸い山向こうとはいえ隣にそこそこ大きな街があり、そこには観光名所である温泉があるのでそちらを主目的としてカモフラージュすれば「エペトは田舎だけど少し頑張って足を伸ばしてみた」と言えそうな位置だ。
計画としてはとても順調。
――けれど問題点がひとつ。
この観光旅行にはメリッサお母様も同行するのだ。
さすがに親友の息子が一緒とはいえ、私ひとりを送り出すのは難しいだろうと予想はしていたから驚きはないけれど、エペトに着いた後は少し慎重に行動する必要がありそうね。
これについては後からレネと話し合う手筈になってるわ。
迎えに来てくれたレネの馬車に揺られながら、少しずつ見知らぬ様子に変わっていく景色を眺める。
心なしか空気の香りまで違う気がする、と思っているとレネが口を開いた。
「アロウズ卿とお姉さんは怒ってなかった?」
「お父様は心配そうだったけれど……お母様も同行することになってからは少し落ち着いたみたい。お姉様は、その」
アルバボロスの三男には気をつけなさいよ、という念押しを何回もされた。
そして出来ることならお姉様も同行したかったようだけれど、どうしても外せない習い事があるため留守番という形になったのだ。先生が怖い人らしい。
けれどお父様と一緒に留守番できること自体はお姉様にとってはご褒美のようで、機嫌自体は悪くなかったように思う。
つい声を潜めてそれを伝えるとレネは「それはよかった」と肩を揺らして笑った。
そこへ隣に座ったお母様の笑い声が重なる。
「ふふ、本当に仲が良いわ。私までお邪魔しちゃってごめんなさいね」
「いえ、母も会えるのを楽しみにしています」
「まずお屋敷に向かうのよね、でもお仕事が忙しいんじゃない? 今年は全体的に魔法の適性検査を受ける年代の子が多かったはずだから」
さらりと検査を受ける年代の子供の数を把握ている辺り、さすがはお母様ね。
レネは「大丈夫ですよ」と微笑むと握りこぶしを作ってみせた。
「メリッサが到着するまでに何としてでも終わらせるわ!! ……って父を巻き込んで意気込んでいたので」
「あら、ロジェッタそっくり! でもそれなら大丈夫ね、やる気になったロジェッタは凄いもの」
……優雅にお茶会をしている姿しか知らないけれど、思っていたより豪快な人物だったのね、レネのお母さんって。
そう思いながらしばらく馬車に揺られ、お尻が痛くなったところで一旦休憩を挟んで食事をとった。
その後、再び出発し――どれほど経っただろう。ある時レネが窓の外を指さして言った。
「そろそろだよ」
「本当? けど真っ暗で何も見えな……、あっ!」
道が曲がって馬車の角度が変わる。
すると遠くに灯りが見えた。
貴族は魔石を用いたランプを使うことが多いけれど、平民は通常のランプや蝋燭なので日が落ちると弱々しい灯りの中で生活することになる。
それでも寄り集まれば遠目からでもわかるんだな、と私は改めてそう感じた。
ヘラの姿で夜空を飛んでいる時は高速だし、前ばかり見ていたからこうしてゆっくりと街の灯りを見るのは新鮮だわ。
「今走っているところは少しなだらかな丘になっているから、こうして上から見下ろすことができるんだ。昼間に見るともっとはっきりしてるよ」
「へえ、帰りに見えるかしら?」
「タイミングが良ければね。……さて、街に入らなくてもここはすでに領地内だから、言っても間違いにはならないかな」
レネは馬車の窓から見える景色を背景に私たちに微笑みかけ、そして言った。
「ようこそ、僕の故郷……アルバボロス領の街、アルトフットへ!」
髪の感触を確かめるように、そして慈しむように撫でる手はペットを愛玩するもののようにも感じられたけれど、今はヘラの姿はしていない。
優しい手つきからは好意しか感じられず、不快感は欠片もなかった。
――とても良い目覚めだった。
それを自覚して、私は天井を見つめたまま小さく唸る。
わかりやすく言うとレネに撫でられる夢を見た。
そしてこれは夢の中だけの出来事じゃない。あの話し合いの後にレネは有言実行し、これでもかと私の頭を撫でたのである。
こんな夢を見たのはそのせいだわ!
今日で三度目なのは私もどうかと思うけれど!
今はお祖父様の件に集中しなくちゃならないのに由々しき事態だわ。
二度目に見た時点で寝る前に色々な本を読んで情報を詰め込んでみたけれど効果はなかったみたい。なんとかして別の手を考えるしかないわね。
こんな状態で出発するのは少し心許なかったけれど――今日はついに、観光旅行作戦の開始日だ。
***
アルンバルト・エーデルトールの故郷はアルバボロスの領地にあるエペトという小さな村だった。
特に観光名所は無いものの、周囲に山が多く道が整備される前は閉鎖的になりがちな土地だったため、独特な技術で作られた織物や刺繍が有名らしい。
観光旅行とはいえ私は未成年、許可を得るにはお母様たちに大雑把なスケジュールの提出が必要だったので「この刺繍の入ったリボンが欲しい」という理由でしれっと紛れ込ませておいた。
幸い山向こうとはいえ隣にそこそこ大きな街があり、そこには観光名所である温泉があるのでそちらを主目的としてカモフラージュすれば「エペトは田舎だけど少し頑張って足を伸ばしてみた」と言えそうな位置だ。
計画としてはとても順調。
――けれど問題点がひとつ。
この観光旅行にはメリッサお母様も同行するのだ。
さすがに親友の息子が一緒とはいえ、私ひとりを送り出すのは難しいだろうと予想はしていたから驚きはないけれど、エペトに着いた後は少し慎重に行動する必要がありそうね。
これについては後からレネと話し合う手筈になってるわ。
迎えに来てくれたレネの馬車に揺られながら、少しずつ見知らぬ様子に変わっていく景色を眺める。
心なしか空気の香りまで違う気がする、と思っているとレネが口を開いた。
「アロウズ卿とお姉さんは怒ってなかった?」
「お父様は心配そうだったけれど……お母様も同行することになってからは少し落ち着いたみたい。お姉様は、その」
アルバボロスの三男には気をつけなさいよ、という念押しを何回もされた。
そして出来ることならお姉様も同行したかったようだけれど、どうしても外せない習い事があるため留守番という形になったのだ。先生が怖い人らしい。
けれどお父様と一緒に留守番できること自体はお姉様にとってはご褒美のようで、機嫌自体は悪くなかったように思う。
つい声を潜めてそれを伝えるとレネは「それはよかった」と肩を揺らして笑った。
そこへ隣に座ったお母様の笑い声が重なる。
「ふふ、本当に仲が良いわ。私までお邪魔しちゃってごめんなさいね」
「いえ、母も会えるのを楽しみにしています」
「まずお屋敷に向かうのよね、でもお仕事が忙しいんじゃない? 今年は全体的に魔法の適性検査を受ける年代の子が多かったはずだから」
さらりと検査を受ける年代の子供の数を把握ている辺り、さすがはお母様ね。
レネは「大丈夫ですよ」と微笑むと握りこぶしを作ってみせた。
「メリッサが到着するまでに何としてでも終わらせるわ!! ……って父を巻き込んで意気込んでいたので」
「あら、ロジェッタそっくり! でもそれなら大丈夫ね、やる気になったロジェッタは凄いもの」
……優雅にお茶会をしている姿しか知らないけれど、思っていたより豪快な人物だったのね、レネのお母さんって。
そう思いながらしばらく馬車に揺られ、お尻が痛くなったところで一旦休憩を挟んで食事をとった。
その後、再び出発し――どれほど経っただろう。ある時レネが窓の外を指さして言った。
「そろそろだよ」
「本当? けど真っ暗で何も見えな……、あっ!」
道が曲がって馬車の角度が変わる。
すると遠くに灯りが見えた。
貴族は魔石を用いたランプを使うことが多いけれど、平民は通常のランプや蝋燭なので日が落ちると弱々しい灯りの中で生活することになる。
それでも寄り集まれば遠目からでもわかるんだな、と私は改めてそう感じた。
ヘラの姿で夜空を飛んでいる時は高速だし、前ばかり見ていたからこうしてゆっくりと街の灯りを見るのは新鮮だわ。
「今走っているところは少しなだらかな丘になっているから、こうして上から見下ろすことができるんだ。昼間に見るともっとはっきりしてるよ」
「へえ、帰りに見えるかしら?」
「タイミングが良ければね。……さて、街に入らなくてもここはすでに領地内だから、言っても間違いにはならないかな」
レネは馬車の窓から見える景色を背景に私たちに微笑みかけ、そして言った。
「ようこそ、僕の故郷……アルバボロス領の街、アルトフットへ!」
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