44 / 60
お祖父様攻略編
第44話 観光旅行作戦、開始!
しおりを挟む
子供の頃より大きくなった手が頭を撫でる。
髪の感触を確かめるように、そして慈しむように撫でる手はペットを愛玩するもののようにも感じられたけれど、今はヘラの姿はしていない。
優しい手つきからは好意しか感じられず、不快感は欠片もなかった。
――とても良い目覚めだった。
それを自覚して、私は天井を見つめたまま小さく唸る。
わかりやすく言うとレネに撫でられる夢を見た。
そしてこれは夢の中だけの出来事じゃない。あの話し合いの後にレネは有言実行し、これでもかと私の頭を撫でたのよ。夢の中そのままの手つきで。
こんな夢を見たのはそのせいだわ!
今日で三度目なのは私もどうかと思うけれど!
今はお祖父様の件に集中しなくちゃならないのに由々しき事態だわ。
二度目に見た時点で寝る前に色々な本を読んで情報を詰め込んでみたけれど効果はなかったみたい。なんとかして別の手を考えるしかないわね。
こんな状態で出発するのは少し心許なかったけれど――今日はついに、観光旅行作戦の開始日だ。
***
アルンバルト・エーデルトールの故郷はアルバボロスの領地にあるエペトという小さな村だった。
特に観光名所は無い。
ただ村の周囲には山が多く、道が整備される前は閉鎖的になりがちな土地だったため、独特な技術で作られた織物や刺繍が有名らしい。
しかし観光旅行とはいえ私は未成年。
許可を得るにはお母様たちに大雑把なスケジュールの提出が必要だったので「エペト名物の刺繍の入ったリボンが欲しいんです!」という理由でしれっと紛れ込ませておいた。
幸いなことに山向こうとはいえ隣にそこそこ大きな街があり、そこには観光名所である温泉があるので、そちらを主目的としてカモフラージュすれば「エペトは田舎だけど少し頑張って足を伸ばしてみた」と言えそうな位置だ。
計画としてはとても順調。
――けれど問題点がひとつ。
この観光旅行にはメリッサお母様も同行するのよ。
さすがに親友の息子が一緒とはいえ、私ひとりを送り出すのは難しいだろうと予想はしていたから驚きはないけれど、エペトに着いた後は少し慎重に行動する必要がありそうね。
これについては後からレネと話し合う手筈になってるわ。
迎えに来てくれたレネの馬車に揺られながら、少しずつ見知らぬ様子に変わっていく景色を眺める。
心なしか空気の香りまで違う気がする、と思っているとレネが口を開いた。
「アロウズ様とお姉さんは怒ってなかった?」
「お父様は心配そうだったけれど……お母様も同行することになってからは少し落ち着いたみたい。お姉様は、その」
アルバボロスの三男には気をつけなさいよ、という念押しを何回もされた。
そして出来ることならお姉様も同行したかったようだけれど、どうしても外せない習い事があるため留守番という形になったのよね。先生が怖い人らしくって。
けれどお父様と一緒に留守番できること自体はお姉様にとってはご褒美のようで、機嫌自体は悪くなかったように思う。
つい声を潜めてそれを伝えるとレネは「それはよかった」と肩を揺らして笑った。
そこへ隣に座ったお母様の笑い声が重なる。
「ふふ、本当に仲が良いわ。私までお邪魔しちゃってごめんなさいね」
「いえ、母も会えるのを楽しみにしています」
「まずお屋敷に向かうのよね、でもお仕事が忙しいんじゃない? 今年は魔法の適性検査を受ける年代の子が多かったはずだから」
さらりと検査を受ける年代の子供の数を把握ている辺り、さすがはお母様ね。
レネは「大丈夫ですよ」と微笑むと握りこぶしを作ってみせた。
「メリッサが到着するまでに何としてでも終わらせるわ!! ……って父を巻き込んで意気込んでいたので」
「あら、ロジェッタそっくり! でもそれなら大丈夫ね、やる気になったロジェッタは凄いもの」
……優雅にお茶会をしている姿しか知らないけれど、思っていたより豪快な人物だったのね、レネのお母さんって。
そう思いながらしばらく馬車に揺られ、お尻が痛くなったところで一旦休憩を挟んで食事をとった。
メイドたちが持たせてくれたお弁当よ。ちょっとピクニックみたいね。
その後、再び出発し――どれくらい経ったかしら。
ある時レネが窓の外を指さして言った。
「そろそろだよ」
「本当? けど真っ暗で何も見えな……、あっ!」
道が曲がって馬車の角度が変わる。
すると遠くに灯りが見えた。
貴族は魔石を用いたランプを使うことが多いけれど、平民は通常のランプや蝋燭なので日が落ちると弱々しい灯りの中で生活することになる。
それでも寄り集まれば遠目からでもわかるんだな、と私は改めてそう感じた。
ヘラの姿で夜空を飛んでいる時は高速だし、前ばかり見ていたからこうしてゆっくりと街の灯りを見るのは新鮮だわ。
「今走っているところは少しなだらかな丘になっているから、こうして上から見下ろすことができるんだ。昼間に見ると街がもっとはっきり見えるよ」
「へえ、帰りに見れるかしら?」
「あはは、タイミングが良ければ。……さて、街に入らなくてもここはすでに領地内だから、言っても間違いにはならないかな」
レネは馬車の窓から見える景色を背景に私たちに微笑みかけ、そして言った。
「ようこそ、僕の故郷……アルバボロス領の街、アルトフットへ!」
髪の感触を確かめるように、そして慈しむように撫でる手はペットを愛玩するもののようにも感じられたけれど、今はヘラの姿はしていない。
優しい手つきからは好意しか感じられず、不快感は欠片もなかった。
――とても良い目覚めだった。
それを自覚して、私は天井を見つめたまま小さく唸る。
わかりやすく言うとレネに撫でられる夢を見た。
そしてこれは夢の中だけの出来事じゃない。あの話し合いの後にレネは有言実行し、これでもかと私の頭を撫でたのよ。夢の中そのままの手つきで。
こんな夢を見たのはそのせいだわ!
今日で三度目なのは私もどうかと思うけれど!
今はお祖父様の件に集中しなくちゃならないのに由々しき事態だわ。
二度目に見た時点で寝る前に色々な本を読んで情報を詰め込んでみたけれど効果はなかったみたい。なんとかして別の手を考えるしかないわね。
こんな状態で出発するのは少し心許なかったけれど――今日はついに、観光旅行作戦の開始日だ。
***
アルンバルト・エーデルトールの故郷はアルバボロスの領地にあるエペトという小さな村だった。
特に観光名所は無い。
ただ村の周囲には山が多く、道が整備される前は閉鎖的になりがちな土地だったため、独特な技術で作られた織物や刺繍が有名らしい。
しかし観光旅行とはいえ私は未成年。
許可を得るにはお母様たちに大雑把なスケジュールの提出が必要だったので「エペト名物の刺繍の入ったリボンが欲しいんです!」という理由でしれっと紛れ込ませておいた。
幸いなことに山向こうとはいえ隣にそこそこ大きな街があり、そこには観光名所である温泉があるので、そちらを主目的としてカモフラージュすれば「エペトは田舎だけど少し頑張って足を伸ばしてみた」と言えそうな位置だ。
計画としてはとても順調。
――けれど問題点がひとつ。
この観光旅行にはメリッサお母様も同行するのよ。
さすがに親友の息子が一緒とはいえ、私ひとりを送り出すのは難しいだろうと予想はしていたから驚きはないけれど、エペトに着いた後は少し慎重に行動する必要がありそうね。
これについては後からレネと話し合う手筈になってるわ。
迎えに来てくれたレネの馬車に揺られながら、少しずつ見知らぬ様子に変わっていく景色を眺める。
心なしか空気の香りまで違う気がする、と思っているとレネが口を開いた。
「アロウズ様とお姉さんは怒ってなかった?」
「お父様は心配そうだったけれど……お母様も同行することになってからは少し落ち着いたみたい。お姉様は、その」
アルバボロスの三男には気をつけなさいよ、という念押しを何回もされた。
そして出来ることならお姉様も同行したかったようだけれど、どうしても外せない習い事があるため留守番という形になったのよね。先生が怖い人らしくって。
けれどお父様と一緒に留守番できること自体はお姉様にとってはご褒美のようで、機嫌自体は悪くなかったように思う。
つい声を潜めてそれを伝えるとレネは「それはよかった」と肩を揺らして笑った。
そこへ隣に座ったお母様の笑い声が重なる。
「ふふ、本当に仲が良いわ。私までお邪魔しちゃってごめんなさいね」
「いえ、母も会えるのを楽しみにしています」
「まずお屋敷に向かうのよね、でもお仕事が忙しいんじゃない? 今年は魔法の適性検査を受ける年代の子が多かったはずだから」
さらりと検査を受ける年代の子供の数を把握ている辺り、さすがはお母様ね。
レネは「大丈夫ですよ」と微笑むと握りこぶしを作ってみせた。
「メリッサが到着するまでに何としてでも終わらせるわ!! ……って父を巻き込んで意気込んでいたので」
「あら、ロジェッタそっくり! でもそれなら大丈夫ね、やる気になったロジェッタは凄いもの」
……優雅にお茶会をしている姿しか知らないけれど、思っていたより豪快な人物だったのね、レネのお母さんって。
そう思いながらしばらく馬車に揺られ、お尻が痛くなったところで一旦休憩を挟んで食事をとった。
メイドたちが持たせてくれたお弁当よ。ちょっとピクニックみたいね。
その後、再び出発し――どれくらい経ったかしら。
ある時レネが窓の外を指さして言った。
「そろそろだよ」
「本当? けど真っ暗で何も見えな……、あっ!」
道が曲がって馬車の角度が変わる。
すると遠くに灯りが見えた。
貴族は魔石を用いたランプを使うことが多いけれど、平民は通常のランプや蝋燭なので日が落ちると弱々しい灯りの中で生活することになる。
それでも寄り集まれば遠目からでもわかるんだな、と私は改めてそう感じた。
ヘラの姿で夜空を飛んでいる時は高速だし、前ばかり見ていたからこうしてゆっくりと街の灯りを見るのは新鮮だわ。
「今走っているところは少しなだらかな丘になっているから、こうして上から見下ろすことができるんだ。昼間に見ると街がもっとはっきり見えるよ」
「へえ、帰りに見れるかしら?」
「あはは、タイミングが良ければ。……さて、街に入らなくてもここはすでに領地内だから、言っても間違いにはならないかな」
レネは馬車の窓から見える景色を背景に私たちに微笑みかけ、そして言った。
「ようこそ、僕の故郷……アルバボロス領の街、アルトフットへ!」
2
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
悪役令嬢に転生したので、すべて無視することにしたのですが……?
りーさん
恋愛
気がついたら、生まれ変わっていた。自分が死んだ記憶もない。どうやら、悪役令嬢に生まれ変わったみたい。しかも、生まれ変わったタイミングが、学園の入学式の前日で、攻略対象からも嫌われまくってる!?
こうなったら、破滅回避は諦めよう。だって、悪役令嬢は、悪口しか言ってなかったんだから。それだけで、公の場で断罪するような婚約者など、こっちから願い下げだ。
他の攻略対象も、別にお前らは関係ないだろ!って感じなのに、一緒に断罪に参加するんだから!そんな奴らのご機嫌をとるだけ無駄なのよ。
もう攻略対象もヒロインもシナリオも全部無視!やりたいことをやらせてもらうわ!
そうやって無視していたら、なんでか攻略対象がこっちに来るんだけど……?
※恋愛はのんびりになります。タグにあるように、主人公が恋をし出すのは後半です。
1/31 タイトル変更 破滅寸前→ゲーム開始直前
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる