ヘーゼロッテ・ファミリア! ~公爵令嬢は家族3人から命を狙われている~

縁代まと

文字の大きさ
上 下
37 / 60
お祖父様攻略編

第37話 忌み子の呪い

しおりを挟む
 たしかに手紙は学園に届いていた。
 届いていたものの――勉学に集中するため、この学園では届いてから専用の部屋で一時保管され、週に一度各人に配布されるシステムだったらしい。

 レネからの返信速度はまちまちで、長く返ってこなくても勉強が忙しいんだなと自分で納得していたので一度も気になったことがなかった。催促したこともない。
 それにこの世界の郵便は遅くなって当たり前な認識なので違和感はなかった。

 ――それがまさかこんな出来事に繋がるとは思わなかったけれど!

 ひとまず私が後ろを向いてレネに着替えの続きをしてもらい、その間に事情を説明する。ラフな部屋着になったレネはベッドに腰かけて私を枕の上に乗せた。

「なるほど、いやぁしかし……それにしたって驚いたよ」
「ご、ごめんなさい、べつに覗くつもりはなくて――」
「ヘラの体で喋れるようになってるとは思わなかった。さすがヘルガだね!」
「あっ、そっち!? え、ええ、長い間特訓と調整を重ねた賜物よ。声も似てるでしょう?」

 取り繕うようにそう問うとレネは「うん、でも少し大人っぽくなったかな」とにこやかに言う。成長を褒められるのは素直に嬉しい。
 しかし特に言及してこない辺り、レネは半裸を私に見られたことを気にしていないみたいね。
 私だけ引きずっているのも変に気まずくなりそうだから、ここはこちらも気にしないようにしましょうか。

 そう考えているとレネが「あとタイミングも良かったね」と笑った。

「タイミング?」
「うん、さっきのアートゥとは最近仲良くなったんだけれど、彼から良い情報が手に入ったんだ」
「それって……もしかしてヘーゼロッテ家に関係したこと?」

 そうだよ、と頷いたレネは先ほどのアートゥという人物について説明してくれた。
 アートゥ・カルベトス。年はレネと同じ十七歳。
 彼は代々続く衛兵の家系で、アシュガルドに存在する様々な領主に雇われていた。
 その歴史はアルバボロスが情報の管理を任されるようになったのより長いという。

 衛兵として重宝されているのは優秀なこともあるけれど、血筋を大切にする貴族は伝統も大切にする傾向がある。
 それも大きいだろうね、とレネは言った。

 あとは私の予想だけれど、アシュガルドは内紛の少ない豊かな国だからっていうのもありそうね。
 でないと色んな領地で同じ一族が警備を担当するってリスクが大きそうだもの。

「彼の父は隣の領地の領主が雇っている衛兵だ。そしてその従兄弟の大叔父がヘーゼロッテ家の領地で衛兵をしていたことがあるそうなんだ」

 ちょっと続柄がややこしかったけど、つまりアートゥの親戚がうちの領地で衛兵をやってたってことね。
 昔のヘーゼロッテ家を知っている上、事件が起これば直接関わることになる衛兵だ。その筋からの情報なら期待できそう。
 緊張しながら耳を傾けているとレネは声をひそめて続けた。

「その大叔父が衛兵として勤めていた時、ヘルガのお祖父様……イベイタス様の妹が事故で亡くなったらしい」
「お祖父様の妹? えっ、でも妹がいたなんて話は――」

 いや、お祖父様から直接は聞いていないけれど、スラムの路地裏でお父様から聞いたわ。

 かつてイベイタスお祖父様は妹を失い、それを知っていたお父様の一族が復讐に利用するために姉妹の妹である私を狙った。
 けれどお祖父様は私を忌み子と嫌っていることは知らなかったから、もし私を見せしめに殺せても失敗に終わっていた作戦よ。

 お祖父様が私を嫌う理由と、妹を失った件が繋がっているかはわからないけれど、お祖父様という人物を知る助けにはなりそう。
 それに、そう、衛兵として勤めていた時に起こったことなら当時の様子を事細かに見ていた可能性があるわ。
 そわそわしながら先を促すとレネは私の頭をぽんと撫でた。

 ……ヘラの姿をしているから鳥と錯覚してるのかしら。

「元々イベイタス様の妹は心を病んでいたそうでね。表向きは病弱ということにしていたけれど、警備に関わる一部の衛兵には伝えられていたそうだ」
「……それって機密事項とかそういうのじゃ……」
「ふふ、アートゥの一族は衛兵として重宝されているけれど、一族すべてが優良で同じ質ってわけじゃないってことだよ。アルバボロス家の僕みたいにね」

 レネには助けられてるからそういう自虐はやめてほしいところだけど、とりあえずアートゥもその親戚も口が軽い方らしい。
 でも一族の積み重ねてきた信用があるから、大ごとでもない限りは問題にならないのね。
 レネは仕切り直して話の続きを始める。

 曰く、イベイタスお祖父様の妹は名前をイレーナといい、お祖父様より二歳年下だった。
 そしてそんなイレーナはよく眠れなくなったり情緒不安定になる女性で、異性に恋を繰り返しては依存して更に病んでしまうタイプだったという。
 家族になにか難があったわけではなく、生まれつきの性質が悪い方へ転んでしまった結果らしい。

 もし最初はそこまで重くなかったとしても――現代日本ならまだ相談先はあるかもしれないけれど、この世界じゃどこにもないし余計に拗らせたのかもしれないわね。

「イレーナはその夏もたまたま仕事に来ていた庭師に一目惚れ、何度か会話した後にわざわざ雨の日に森に呼び出して愛情を試したそうだ。恋仲じゃなかったそうだけれど」
「叔祖母《おおおば》のエピソードだと思うとしんどいものがあるわね……」
「そして森で雨宿りしていたところに雷が落ちて、亡くなってしまった」

 ぎょっとした私にレネは「同じ頃に落ちた雷でヘーゼロッテ家の屋敷の一部も燃えたらしい」と付け加える。

「ヘルガ、これが重要なところなんだけど」
「え、ええ」
「当時その事件についてヘーゼロッテ家の人間……イベイタス様の父親が話していた言葉が『忌み子の呪い』だったんだ」

 忌み子。
 ここでその単語が出てきたことにより、やはりヘーゼロッテ家の過去を調べることが解決の糸口だったと悟った。
 そこでレネはほんの少し申し訳なさそうな顔をする。

「忌み子の呪いがなにを指すかまではまだわかっていないんだ、ごめんね。ただこの情報を元にまた別のツテから調べられると思うから、ガッカリはしないでほしいな」
「ガッカリなんてするはずないわ、私なんてお祖父様の動向すら上手く把握できてないのに……!」

 色々と理由を付けて別館の間取り図は入手したものの、影の羽虫で調べてもほとんど動きがないから活かせる日が来るか怪しいわ。
 そう伝えるとレネは「でも魔法の特訓をしてるじゃないか」と笑った。

「情報を集めることだけが対策じゃない。ヘルガはやれることをやってるんだから大丈夫だよ」
「……ならレネも大丈夫ね?」

 レネはきょとんとすると「ありがとう」ともう一度私の頭を撫でる。
 やっぱりこれってわざとなのかしら。
 よし、今度直接会ったらヘラを撫でさせてあげましょう。影で出来てても手触りは私のお墨付きよ。

「そうだ、あともうひとつ重要な情報があるんだ」
「もうひとつ? イレーナに関すること?」
「うん。……ヘルガ、ヘーゼロッテ家の外見の特徴は知っているね?」

 ヘーゼロッテ家の本家筋、つまりお祖父様の血筋は赤い髪にオレンジの瞳をしている。
 これはお姉様とお母様にありありと出ているわ。
 遺伝しやすいのか生まれる子も大抵がこの色で、もし違っていてもどちらか片方は受け継いでいるのが普通らしい。誕生日パーティーで会う親戚もそんな感じだった。

 ただ私はお父様と同じ髪色と目の色をしていて、それがお姉様ともめる原因のひとつにもなっていた。
 レネは一旦目を伏せ、再び薄紫色の瞳を見せると同時に言う。

「――イレーナもヘーゼロッテ家の特徴をひとつも継いでいなかったそうなんだ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

悪役令嬢に転生したので、すべて無視することにしたのですが……?

りーさん
恋愛
 気がついたら、生まれ変わっていた。自分が死んだ記憶もない。どうやら、悪役令嬢に生まれ変わったみたい。しかも、生まれ変わったタイミングが、学園の入学式の前日で、攻略対象からも嫌われまくってる!?  こうなったら、破滅回避は諦めよう。だって、悪役令嬢は、悪口しか言ってなかったんだから。それだけで、公の場で断罪するような婚約者など、こっちから願い下げだ。  他の攻略対象も、別にお前らは関係ないだろ!って感じなのに、一緒に断罪に参加するんだから!そんな奴らのご機嫌をとるだけ無駄なのよ。 もう攻略対象もヒロインもシナリオも全部無視!やりたいことをやらせてもらうわ!  そうやって無視していたら、なんでか攻略対象がこっちに来るんだけど……? ※恋愛はのんびりになります。タグにあるように、主人公が恋をし出すのは後半です。 1/31 タイトル変更 破滅寸前→ゲーム開始直前

君を愛することは無いと言うのならさっさと離婚して頂けますか

砂礫レキ
恋愛
十九歳のマリアンは、かなり年上だが美男子のフェリクスに一目惚れをした。 そして公爵である父に頼み伯爵の彼と去年結婚したのだ。 しかし彼は妻を愛することは無いと毎日宣言し、マリアンは泣きながら暮らしていた。 ある日転んだことが切っ掛けでマリアンは自分が二十五歳の日本人女性だった記憶を取り戻す。 そして三十歳になるフェリクスが今まで独身だったことも含め、彼を地雷男だと認識した。 「君を愛することはない」「いちいち言わなくて結構ですよ、それより離婚して頂けます?」 別人のように冷たくなった新妻にフェリクスは呆然とする。別人のように冷たくなった新妻にフェリクスは呆然とする。 そして離婚について動くマリアンに何故かフェリクスの弟のラウルが接近してきた。 

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

魅了魔法の正しい使い方

章槻雅希
ファンタジー
公爵令嬢のジュリエンヌは年の離れた妹を見て、自分との扱いの差に愕然とした。家族との交流も薄く、厳しい教育を課される自分。一方妹は我が儘を許され常に母の傍にいて甘やかされている。自分は愛されていないのではないか。そう不安に思うジュリエンヌ。そして、妹が溺愛されるのはもしかしたら魅了魔法が関係しているのではと思いついたジュリエンヌは筆頭魔術師に相談する。すると──。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

処理中です...