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お父様攻略編
第26話 コウモリに意識を乗せて
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今度は上手く作ってみせる。
ただの言葉のあやかもしれないけれど、わざわざそう言ったってことはお父様は次の食事――昼食までは私を殺す気はないということだわ。
そして長居できないってことは、しばらくはここへ来ないということでもある。
私は寝心地の悪いベッドに再び横になると、今の状態に最適な生き物を想像した。
さっき考えた虫と爬虫類でもいいけれど、ここがもし遠い場所ならある程度の移動速度は欲しいと思い直す。
あの隙間を通れる小鳥は小さすぎるし、なら……コウモリはどうかしら?
(お父様へ手紙を届けるのにも使われていたし、万一見つかってもその人の影の動物かなって思ってもらえるかもしれないわよね)
もちろんすぐにバレるだろうけれど、一瞬の隙さえできればそれでいい。
あとは――同時に影の動物を作ると片方は簡易なことしかできない問題点だ。
でもこれは打開策がある。前はヘラをメインにしてヤモリを監視用に使ったけれど、今回はヘラの機能を削げばいいのよ。
メインとサブを入れ替える感じね。
幸いヘラは連絡用のためだけに連れていかれたみたいだから、いつものように本物の生き物っぽく振る舞うクオリティは必要ない。
止まり木で静かにしながら時々羽繕いをする、それだけ指示しておきましょう。
「さて……私はまだ諦めていないから、知らせるとしたらレネね。ただ……この状況を見てどう動くかは彼に任せましょう」
私が諦めていなくても、レネにとってはあまりにも危険な状況だ。
それに私の知らないところで何かが起こっていて、レネが最善だと思える手があるならそちらを優先してほしい。
(いくら頼れる仲間でも……レネはまだ子供なのに、私、ほんとに頼ってばかりね)
今も顔を思い出しただけで彼と会話をしたくなってしまった。
心細いとはいえ情けなさすぎる。
まったくお返しにはならないけれど、無事に生きて帰れたらなんでも我儘を聞いてあげよう。
そう決め、私は影のコウモリを作り出すと足に自分の金髪を括りつけた。
コウモリは声を発せないので、これを見せて本人確認をしてもらい、あとは身振り手振りで頑張るつもりだ。
察しの良いレネだからある程度はわかってくれそうだけれど……まず彼を見つけることが最難関ね。
なにはともあれ時間は限られている。何事もトライあるのみだわ。
私は早速眠りに落ちるように影のコウモリに意識を移した。
飛び方がヘラと異なるので少しだけ手間取ったけれど、すぐに慣れて通気口へと到達する。
なんと廊下は真っ暗だった。
下からじゃよく見えなかったし、お父様もすぐドアを閉めてしまったからわからなかったけれど、さっきも暗いままだったのかしら?
私をここに捕らえてるって知られたくない、そんな気持ちがよく伝わってくる。
(よし、上へ繋がる扉には鉄格子になってる部分があるわね)
階段を上った先に待ち構えていた重々しい扉は鍵がかかっている様子だったけれど、中を覗くためのものなのか小窓があった。
そこに鉄格子が嵌っている。でも今の体なら難なく通り抜けられるわ。
鉄格子の隙間から外へ出ると再び廊下が続き、突き当りでまたさっきと同じような扉を抜けた。
(ここって酒場……?)
しかもかなりグレードが低く、治安の悪い酒場だ。
普段あの部屋はアウトローな人たちが良からぬことに使っていたのかもしれない。
(でも、こんな場所にお父様という存在が似合わなさすぎるわ……)
悪目立ちしなかったのかしら。
そう思ったけれど、その辺はお金次第でどうとでもなる可能性がある。
そんなことを考えながら視線で出口を探していると、カウンター席にまだお父様がいるのに気がついてぎょっとした。
さっきと違って薄汚れたフード付きのローブを着ていたからすぐに気づけなかったみたい。
その状態で帯刀しているせいか、ただならぬ雰囲気を纏っていた。
けれどこれならこの場所と似合わなくても馴染んでる。気絶する前のお忍びのお出掛けよりよっぽど身分を隠せているわ。これが本気の変装なのかも。
ヘラはそんなお父様の胸に抱かれた状態でローブの内側にいるみたいだった。
お父様は店長にコインを手渡しながら言う。
「いいか、次に僕がここへ来るまで絶対に誰も通すな」
「こうしてチップも弾んでくれンだ、それくらいお安い御用……と言いてェところだが、アロウズ、こっちのタマまで取られそうになったら即逃げるからな?」
「その時は逃げる前に知らせのひとつくらい寄越せ」
「オウオウ、逃げた先でお前に殺されたくねェからそれくらいはオマケしとくよ」
店長は丸いサングラスを押し上げながら辟易とした顔をした。
ず、随分物騒ね。それにお父様もまるで別人だわ。
思わず聞き耳を立ててしまったけれど、話し込んでいる今のうちに後ろを通り抜けてしまったほうがいいかもしれない。
店内を飛ぶと目立つので、私はなるべくお客さんたちの足元をこそこそと移動しながら先ほど見つけた出口へ向かう。
と、その時。
(……ッひぇ!)
目の前に店員のハイヒールが現れて心臓が止まるかと思った。
踏み潰されても私本人が死ぬわけじゃないし、影のコウモリもその場で修復可能だけどビックリするものはビックリする。
そうして足止めを食らっていると再びお父様たちの声が聞こえてきた。
「しっかし久しぶりに現れた時ゃビビったぜ、旧友との再会ってもっと懐かしいなァ変わってねェなァとか言えるモンだろ? なのにお前、完全に良家のご当主様だったぞ。どちらさまですか? って言うしかないだろあんなん」
「無駄話が続くならもう戻るぞ」
「ハハハッ! けどやっぱり根っ子はこの有り様、ベンダロスの狂犬は健在ってェこと――」
「その名前で呼ぶな」
苛ついた低い声でそう言いながら、お父様は懐から短刀を引き抜いて店長の喉元に押し当てた。その動作に二秒もかかっていない。
店長は特に怯えるでもなく「お前、昔ッから短気だよな」と肩を竦めた。
や、やっぱり物騒だわ。突然別世界に来た気分。
その時、人々の隙間に出口まで一気に抜けられそうな道筋ができた。
お父様と店長の会話は気になったものの、私は再びハイヒールに邪魔をされる前に外へと飛び出す。――といっても、コウモリの歩行速度は遅いのだけれど。
代わりに目立たず外へ出ることができた。
しかも外は外で薄汚れており、お父様の言葉を信じるなら朝なのに薄暗い。
(おかげで小さなコウモリがウロウロしててもそんなに悪目立ちしないわね)
私は粗雑な壁によじ登ると飛び立った。
上空から見えたのは見知らぬ通り。
そう、そればかりだった。
(本当にどこもかしこも知らない場所だわ……それに治安が悪いのはあの酒場だけじゃなかったみたいね、……)
一晩で着ける位置にあり、治安が悪い場所。
それは比較的落ち着いた領地内であってもどうしてもできてしまい、そして一度できるとなかなか消し去れない貧民窟――スラムだった。
ヘーゼロッテ家の治める領地のスラムは比較的小さく、治安もそこまで悪くはないはずだけれど……私はそう話に聞いただけで直接見たわけじゃない。
それに私が生まれる前、隣国で戦争があった際にアシュガルドへ避難してきた人々がいたらしく、ほとんどは領地民として馴染んだものの……その一部はあぶれ者になってスラムに定着したそうだ。
宗教の違いや文化の違いが大きかったんだろう、とドロテーアの授業で聞いた。
それ以来、この領地のスラムも大分雰囲気が変わってしまったらしい。
お母様が孤児院を作ったり働き口を斡旋する施設を作ったり色々と対策していたけれど、まだまだ数が少なくてそう簡単にはいかなかったようだ。
――ここはそのスラムみたいね。
空気まで違って感じるけれど、我が家と同じ領地内にある場所。
道なんてちっともわからない。
でも同じ場所にあるってだけで力が湧いてくる。
なんとしてでもレネのもとへ辿り着くわ。
心の中で気合を入れ、私はコウモリの皮膜を必死に動かしてスラムの空を飛んでいった。
ただの言葉のあやかもしれないけれど、わざわざそう言ったってことはお父様は次の食事――昼食までは私を殺す気はないということだわ。
そして長居できないってことは、しばらくはここへ来ないということでもある。
私は寝心地の悪いベッドに再び横になると、今の状態に最適な生き物を想像した。
さっき考えた虫と爬虫類でもいいけれど、ここがもし遠い場所ならある程度の移動速度は欲しいと思い直す。
あの隙間を通れる小鳥は小さすぎるし、なら……コウモリはどうかしら?
(お父様へ手紙を届けるのにも使われていたし、万一見つかってもその人の影の動物かなって思ってもらえるかもしれないわよね)
もちろんすぐにバレるだろうけれど、一瞬の隙さえできればそれでいい。
あとは――同時に影の動物を作ると片方は簡易なことしかできない問題点だ。
でもこれは打開策がある。前はヘラをメインにしてヤモリを監視用に使ったけれど、今回はヘラの機能を削げばいいのよ。
メインとサブを入れ替える感じね。
幸いヘラは連絡用のためだけに連れていかれたみたいだから、いつものように本物の生き物っぽく振る舞うクオリティは必要ない。
止まり木で静かにしながら時々羽繕いをする、それだけ指示しておきましょう。
「さて……私はまだ諦めていないから、知らせるとしたらレネね。ただ……この状況を見てどう動くかは彼に任せましょう」
私が諦めていなくても、レネにとってはあまりにも危険な状況だ。
それに私の知らないところで何かが起こっていて、レネが最善だと思える手があるならそちらを優先してほしい。
(いくら頼れる仲間でも……レネはまだ子供なのに、私、ほんとに頼ってばかりね)
今も顔を思い出しただけで彼と会話をしたくなってしまった。
心細いとはいえ情けなさすぎる。
まったくお返しにはならないけれど、無事に生きて帰れたらなんでも我儘を聞いてあげよう。
そう決め、私は影のコウモリを作り出すと足に自分の金髪を括りつけた。
コウモリは声を発せないので、これを見せて本人確認をしてもらい、あとは身振り手振りで頑張るつもりだ。
察しの良いレネだからある程度はわかってくれそうだけれど……まず彼を見つけることが最難関ね。
なにはともあれ時間は限られている。何事もトライあるのみだわ。
私は早速眠りに落ちるように影のコウモリに意識を移した。
飛び方がヘラと異なるので少しだけ手間取ったけれど、すぐに慣れて通気口へと到達する。
なんと廊下は真っ暗だった。
下からじゃよく見えなかったし、お父様もすぐドアを閉めてしまったからわからなかったけれど、さっきも暗いままだったのかしら?
私をここに捕らえてるって知られたくない、そんな気持ちがよく伝わってくる。
(よし、上へ繋がる扉には鉄格子になってる部分があるわね)
階段を上った先に待ち構えていた重々しい扉は鍵がかかっている様子だったけれど、中を覗くためのものなのか小窓があった。
そこに鉄格子が嵌っている。でも今の体なら難なく通り抜けられるわ。
鉄格子の隙間から外へ出ると再び廊下が続き、突き当りでまたさっきと同じような扉を抜けた。
(ここって酒場……?)
しかもかなりグレードが低く、治安の悪い酒場だ。
普段あの部屋はアウトローな人たちが良からぬことに使っていたのかもしれない。
(でも、こんな場所にお父様という存在が似合わなさすぎるわ……)
悪目立ちしなかったのかしら。
そう思ったけれど、その辺はお金次第でどうとでもなる可能性がある。
そんなことを考えながら視線で出口を探していると、カウンター席にまだお父様がいるのに気がついてぎょっとした。
さっきと違って薄汚れたフード付きのローブを着ていたからすぐに気づけなかったみたい。
その状態で帯刀しているせいか、ただならぬ雰囲気を纏っていた。
けれどこれならこの場所と似合わなくても馴染んでる。気絶する前のお忍びのお出掛けよりよっぽど身分を隠せているわ。これが本気の変装なのかも。
ヘラはそんなお父様の胸に抱かれた状態でローブの内側にいるみたいだった。
お父様は店長にコインを手渡しながら言う。
「いいか、次に僕がここへ来るまで絶対に誰も通すな」
「こうしてチップも弾んでくれンだ、それくらいお安い御用……と言いてェところだが、アロウズ、こっちのタマまで取られそうになったら即逃げるからな?」
「その時は逃げる前に知らせのひとつくらい寄越せ」
「オウオウ、逃げた先でお前に殺されたくねェからそれくらいはオマケしとくよ」
店長は丸いサングラスを押し上げながら辟易とした顔をした。
ず、随分物騒ね。それにお父様もまるで別人だわ。
思わず聞き耳を立ててしまったけれど、話し込んでいる今のうちに後ろを通り抜けてしまったほうがいいかもしれない。
店内を飛ぶと目立つので、私はなるべくお客さんたちの足元をこそこそと移動しながら先ほど見つけた出口へ向かう。
と、その時。
(……ッひぇ!)
目の前に店員のハイヒールが現れて心臓が止まるかと思った。
踏み潰されても私本人が死ぬわけじゃないし、影のコウモリもその場で修復可能だけどビックリするものはビックリする。
そうして足止めを食らっていると再びお父様たちの声が聞こえてきた。
「しっかし久しぶりに現れた時ゃビビったぜ、旧友との再会ってもっと懐かしいなァ変わってねェなァとか言えるモンだろ? なのにお前、完全に良家のご当主様だったぞ。どちらさまですか? って言うしかないだろあんなん」
「無駄話が続くならもう戻るぞ」
「ハハハッ! けどやっぱり根っ子はこの有り様、ベンダロスの狂犬は健在ってェこと――」
「その名前で呼ぶな」
苛ついた低い声でそう言いながら、お父様は懐から短刀を引き抜いて店長の喉元に押し当てた。その動作に二秒もかかっていない。
店長は特に怯えるでもなく「お前、昔ッから短気だよな」と肩を竦めた。
や、やっぱり物騒だわ。突然別世界に来た気分。
その時、人々の隙間に出口まで一気に抜けられそうな道筋ができた。
お父様と店長の会話は気になったものの、私は再びハイヒールに邪魔をされる前に外へと飛び出す。――といっても、コウモリの歩行速度は遅いのだけれど。
代わりに目立たず外へ出ることができた。
しかも外は外で薄汚れており、お父様の言葉を信じるなら朝なのに薄暗い。
(おかげで小さなコウモリがウロウロしててもそんなに悪目立ちしないわね)
私は粗雑な壁によじ登ると飛び立った。
上空から見えたのは見知らぬ通り。
そう、そればかりだった。
(本当にどこもかしこも知らない場所だわ……それに治安が悪いのはあの酒場だけじゃなかったみたいね、……)
一晩で着ける位置にあり、治安が悪い場所。
それは比較的落ち着いた領地内であってもどうしてもできてしまい、そして一度できるとなかなか消し去れない貧民窟――スラムだった。
ヘーゼロッテ家の治める領地のスラムは比較的小さく、治安もそこまで悪くはないはずだけれど……私はそう話に聞いただけで直接見たわけじゃない。
それに私が生まれる前、隣国で戦争があった際にアシュガルドへ避難してきた人々がいたらしく、ほとんどは領地民として馴染んだものの……その一部はあぶれ者になってスラムに定着したそうだ。
宗教の違いや文化の違いが大きかったんだろう、とドロテーアの授業で聞いた。
それ以来、この領地のスラムも大分雰囲気が変わってしまったらしい。
お母様が孤児院を作ったり働き口を斡旋する施設を作ったり色々と対策していたけれど、まだまだ数が少なくてそう簡単にはいかなかったようだ。
――ここはそのスラムみたいね。
空気まで違って感じるけれど、我が家と同じ領地内にある場所。
道なんてちっともわからない。
でも同じ場所にあるってだけで力が湧いてくる。
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