ヘーゼロッテ・ファミリア! ~公爵令嬢は家族3人から命を狙われている~

縁代まと

文字の大きさ
上 下
19 / 56
お父様攻略編

第19話 ヤモリの見たもの

しおりを挟む
 ヤモリの目を通して怪しい動きを確認できたのは一週間が経った頃だった。

 初めの頃はさすがに二十四時間ずっと見張っているわけにはいかないので、視界を共有するのは『お父様が自室に居る時』に限定してたわ。

 手紙を窓際に置いていくという手段もあるけれど、これはうっかり誰かに見つかる可能性があると思うの。周辺は手入れされているからメイドや庭師が出入りしているだろうし、それはお父様もわかっているだろうから。
 だから自分の手で確実に受け取れるタイミングにするはず、と予想してのことよ。
 もし予想が外れてもお父様が手紙を回収するところは見れるはず。

 ただし、自分の睡眠時間は確保しなくてはならない。

 意識を移している間、私の肉体は眠ったような状態になるけれど、べつに睡眠をとれているわけではないから夜通しそのままだと寝不足になるのよ。……前に一度試したわ。翌日はもの凄く寝不足だった。
 これも二十四時間見張っていられない理由のひとつね。
 マクベスの件もあるし、怪しまれる要素はなるべく少なくしないと。

 その代わり監視が手薄になるのが気掛かりだったけれど、三日目くらいにあることに気がついた。
 意識をリンクしていなかった期間中に影の動物が見たものを、次回のリンク時に記憶として見返すことができたのだ。
 お父様にまだ習っていないことだったから少し不安だったけれど、それはつまりお父様も私がこんな使い方をできると早々には予想できないということ。
 なら活かす他ないわよね。

 見返せる記憶は肉眼で見た時より劣化していて完璧なものではなかった。録画したものを見ているような感覚と言うべきかしら。
 けれど――幸いにもその記憶の中に、真っ黒なコウモリが手紙を持って窓に寄っていく光景が残っていた。

 お父様は念には念を入れて夜中に受け渡しをしていたらしい。
 力の新しい使い方に気づけてよかった……と安堵しつつ続きを見ていると、窓際に現れたお父様がコウモリから手紙を受け取った。
 そのまますぐに窓を閉める。
 コウモリも用は終わったと言わんばかりの様子でその場で掻き消えた。
 ……やっぱり影の動物だわ。

(そして今、お父様の手元には一番新しい手紙がある。……内容は予想がつくけど、レネに知らせて確認したいところね)

 でも、その前にもうひとつやるべきことがある。
 お父様の自室の不在時間はこの期間中に大体わかった。
 時期によって少し異なるけれど、注視し始めたのが最近なので新鮮な情報しか手元にないのは願ったり叶ったりだ。

 この季節、お父様は昼の休憩時間に中庭で剣の素振りをやっているらしい。
 アシュガルドの王様は剣技がお好きで、城で催しをする際は参加した貴族にもなにかしら披露するように言うらしい。
 もちろん見せ物程度のものだけれど、あまりにも酷いものを披露するとそれはそれでメンツが潰れるので、大抵の貴族は多少は鍛えているそうだ。

 ……と、メイドが言っていた。
 使用人の耳、侮るなかれだ。

(この情報を活かしてひきだしの鍵の場所を特定しないと)

 鍵を見つけることができれば、お父様のうっかりを待つことなくいつでも中身を確認することができるわ。
 もし持ち歩いていたらそこまでだけれど、それは部屋の中で見つからなかった時に確かめましょう。

(まず下調べは影の動物でやって、実際に探すのは自分の手でやろうかしら)

 見つかりにくいサイズの影の動物だと、潜り込むのは簡単でも鍵が目視できない場所にあった場合はなかなか探すことができない。
 例えば今回作ったヤモリで『中に物を入れられるよう細工がされた本』みたいなものがないか探るのは難しい、そんな感じだ。

 だからといって探すのに適した影の動物を使うのは見つかった時が大変だ。
 仮にお父様の部屋に影の猿がいたら――犯人は確実に私ってことになるじゃない?
 それなら私本人が忍び込んでいたほうがまだマシだ。「お父様の部屋にいたずらしようと思って……」とか少し苦しいものの言い訳ができる。

 だから初めから詳しく調べるのは後回しにして、下調べだけに力を注ぐわ。

(危ないけど……レネにはもっと危ない橋を渡ってもらってる。私も頑張らないと)

 一歩前進したことを喜びつつ、巻き込んだ人のことを考えて気合いを入れ直す。
 ――ここでもし失敗しても、その原因が油断だったなんてことには絶対にしたくなかった。

     ***

 まず鍵の場所を探るために送り込む影の動物について決める。

 ヤモリをそのまま使ってもいいけれど、見つかった場合は屋外とは比にならないほど目立ってしまうと思う。
 公爵家邸は掃除が行き届いており、お父様の部屋も例外ではない。
 恐らくお父様の部屋も掃除に入っている担当者がいるのだろうけど、さすがに使用人はひきだしの鍵がかかっていないからといって中の手紙を見たりしないのか、今まで騒ぎにはなっていなかった。

 ……そう思うと興味本位とはいえ覗いちゃった私の前世の育ちの悪さが見えるわね。おかげで危機を察知できたのだけれど。
 まあそれはそれとして。

(たしか前に爬虫類が苦手で大騒ぎしていたメイドがいたから、ヤモリはやめておいたほうが良いかも)

 壁や天井に張りつくことができて探しやすいものの、デメリットを考えて今回は別の子にすることにした。
 屋内にいても疑われにくく、コストが低く、機動性に優れ、少なくとも目がある生き物。
 採用するならこの辺りだ。

 結果、私は小さな羽虫を影で作り出すことにした。
 こんな小さなものに意識を移して大丈夫なのか心底心配だったけれど、部屋で練習してみた感じでは慣れればなんとかなりそうだ。
 動物って言葉は脊柱動物に意識が向きがちだけど、昆虫や貝なんかも含むから問題ないわよね。

 練習中を除いて窓の監視も続けていた。
 お父様が手紙を受け取るところは見たけど、返事を送るところは見ていなかったからだ。
 一応確かめておこうって程度のつもりだったものの――私の予想とはいえいつもはすぐに返事を返しているようだったのに、今回はその気配がない。

 でも見れていなかった時間やなにか別の方法で送った可能性もあるし、もしかすると返事のいらない内容だったのかも。
 とにかく想像しかできないので、今は一番新しい手紙の内容を確かめてから議題に上げた方が良さそうだ。


 そして昼前、お父様の部屋の前まで足を進めた私は立ち止まって深呼吸をした。
 ノックをして深呼吸する。

「お父様、いらっしゃいますか?」

 返事はない。しかしもう一度同じように繰り返すと、慌てた様子で「あ、ああ、ヘルガかい?」と返答があった。
 そのまま入るよう促されてドアを開ける。
 そうして私はお父様の部屋に足を踏み入れた。

「ランチの準備ができたと聞いたので呼びにきちゃいました。今日はお父様の好物のイチジクパンですよ!」

 服の裾に隠した、影の羽虫を伴って。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に転生したので、すべて無視することにしたのですが……?

りーさん
恋愛
 気がついたら、生まれ変わっていた。自分が死んだ記憶もない。どうやら、悪役令嬢に生まれ変わったみたい。しかも、生まれ変わったタイミングが、学園の入学式の前日で、攻略対象からも嫌われまくってる!?  こうなったら、破滅回避は諦めよう。だって、悪役令嬢は、悪口しか言ってなかったんだから。それだけで、公の場で断罪するような婚約者など、こっちから願い下げだ。  他の攻略対象も、別にお前らは関係ないだろ!って感じなのに、一緒に断罪に参加するんだから!そんな奴らのご機嫌をとるだけ無駄なのよ。 もう攻略対象もヒロインもシナリオも全部無視!やりたいことをやらせてもらうわ!  そうやって無視していたら、なんでか攻略対象がこっちに来るんだけど……? ※恋愛はのんびりになります。タグにあるように、主人公が恋をし出すのは後半です。 1/31 タイトル変更 破滅寸前→ゲーム開始直前

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...