7 / 48
お姉様攻略編
第7話 温かい手(メラリァ視点)
しおりを挟む
妹が生まれるまでは私がこの家のお姫様だった。
けれどそれは数年で上書きされ、大好きなお父様も私だけのものではなくなった。
その時の悔しさは今でも昨日のことのように思い出せる。
悲しくて、けれどお父様たちにそんなことを言えば嫌われてしまいそうで、私は次第に隠れて妹を貶して遠ざけるようになった。
妹もそれをわかっているはずだったけれど、なぜか最近おかしい。
妹は、ヘルガは私のことが大好きだという。
嘘だと思っていた。
媚びを売っているだけだとも思った。
けれど毎日毎日臆面もなくそれを伝えてくる。
これだけ言ったら嘘も本当になっちゃうんじゃないの、と思ってからは前よりは少し、ほんの少しだけ妹のことが嫌じゃなくなった。
でも私は子供でも頭が良いから知っているの。
いくら今の気持ちが変わっても、それまでに私があの子にしたことは無くなったりしないって。
だからこれは罰なんだろうと思った。
誰も私を罰しないから、代わりに神様が罰したに違いない。
「ミカリエラ、ミカリエラ! ちゃんと起きてる?」
崖の下に声をかけると返事があった。
――あの日、森へ遊びに出た私は珍しい蝶を見つけて夢中で追ったの。
ミカリエラは止めたけど、こんな機会は滅多にないと思ってどんどん森の奥へ進んでいった。
けれど蝶と共に道も見失って、来た道を戻っていたつもりなのに更に奥に迷い込んで、今ではいったい森のどこにいるのかさえわからない。
それでもミカリエラは私を励ましてくれたのに、途中で崖から足を踏み外して怪我をしてしまった。
崖の下に行く方法がわからず、かといってお父様たちを呼びに行くこともできなくて、私はこうして時々ミカリエラに声をかけるだけでこの場から動けずにいる。
……私ひとりでも助けを呼びに行くべきなのかもしれない。
けれど怖くてここから離れられない。
それにミカリエラをひとりぼっちにしたら森の獣に食べられてしまう気がして、それも怖くて堪らなかった。
「お嬢様、すみません。私がこんなところに落ちなければ今頃……」
「な、なに言ってるのよ。あなた優秀なメイドでしょ、謝るところはちゃんと見極めなさいよ」
つい憎まれ口を叩いてしまい、後悔しながら私は近くの大木に近寄る。
大きな木の根のくぼみが隠れるのに丁度良くて、休憩をする時はここに腰を下ろしていた。
変な物音がした時や夜中もここに収まっている。
こうしていると――なんとなく、今よりもっと小さな頃に迷子になったことを思い出した。
あの時もどこかの木の根に隠れていたのだけれど、お父様が迎えにきてくれたの。
差し出された手はすごく温かかった。
今の私の手は冷たい。
お父様の手が恋しい。
鼻を啜っていると黒い影が頭上を横切り、思わず小さな声を上げてしまう。
――ただの鳥だったみたい。
肉食の獣じゃなくて良かったけれど、心細かった私は立ち上がるのすら怖くなってしまった。なにか行動を起こすたび怖いことが起こる気がしてしまう。
自然と息を潜めたけれど、これくらいで恐怖を拭い去ることはできなかった。
やっぱりこれは罰なんだ。
自分のやったことを償わずに勝手にやり直そうとしたから神様が怒ってる。
だって私、妹を邪険にしただけじゃなくて……
(あの子を、ヘルガを殺そうとした)
……もちろん今すぐじゃないし、それだけ軽く考えていたけれど、大きくなったら凄い暗殺者に依頼して消えてもらうわ、とあの時は感情に任せて本気で考えていた。
ヘルガがいなくなればお父様たちは悲しむかもしれないけど、私がいるんだから大丈夫だなんて思いながら。
謝ったら許してくれるだろうか。
あの暖かい家に帰してもらえるだろうか。
ミカリエラを助けてもらえるだろうか。
ごめんなさい、と小さく呟いても神様はなにも言ってくれず、時間だけが過ぎていく。もうしません、許してくださいと言っても結果は同じだった。
もう喉がカラカラで、これ以上大きな声は出ないのだけれど、もっと叫ぶように言えば届くだろうか。
そんなことを考えていると――足音がした。
獣が地面を踏み締める音じゃない。
けれど何か恐ろしいものなんじゃないかと私は怖くなって身を縮めていた。
外からは見えづらいはずなのに、その足音は一直線にこちらへ走ってくる。
そうして相手が息遣いが聞こえる距離まで近づいた時、視界に現れたのは柔らかい金色の髪だった。
お父様と同じ色。
なのに、真っ先に頭に浮かんだのは妹だった。
「お姉様!」
「ヘ……ルガ……?」
明るい緑色の瞳がこちらを見ている。幻覚じゃない。
ヘルガは私に手を差し伸べると、あのやけに眩しい笑顔で言った。
「お姉様、見つけましたよ。さぁ、一緒に帰りましょう!」
それは昔、私を探しにきてくれたお父様と同じ光景だった。
その時より何倍も小さな手の平を見つめているうちに、視界がぐにゃぐにゃになってよく見えなくなる。水分なんてとうの昔になくなったと思っていたのに。
ヘルガの後ろにはお父様たちもいたけれど、今の私には目の前にあるヘルガの手しか見えなかった。
神様は許してくれたんだろうか。
その答えはわからない。
もし許してくれていても許されていなくても、屋敷に帰ったら――この子に自分の口で謝ろう。
そんな思いで握った小さな手は、心の底に届くくらい温かかった。
けれどそれは数年で上書きされ、大好きなお父様も私だけのものではなくなった。
その時の悔しさは今でも昨日のことのように思い出せる。
悲しくて、けれどお父様たちにそんなことを言えば嫌われてしまいそうで、私は次第に隠れて妹を貶して遠ざけるようになった。
妹もそれをわかっているはずだったけれど、なぜか最近おかしい。
妹は、ヘルガは私のことが大好きだという。
嘘だと思っていた。
媚びを売っているだけだとも思った。
けれど毎日毎日臆面もなくそれを伝えてくる。
これだけ言ったら嘘も本当になっちゃうんじゃないの、と思ってからは前よりは少し、ほんの少しだけ妹のことが嫌じゃなくなった。
でも私は子供でも頭が良いから知っているの。
いくら今の気持ちが変わっても、それまでに私があの子にしたことは無くなったりしないって。
だからこれは罰なんだろうと思った。
誰も私を罰しないから、代わりに神様が罰したに違いない。
「ミカリエラ、ミカリエラ! ちゃんと起きてる?」
崖の下に声をかけると返事があった。
――あの日、森へ遊びに出た私は珍しい蝶を見つけて夢中で追ったの。
ミカリエラは止めたけど、こんな機会は滅多にないと思ってどんどん森の奥へ進んでいった。
けれど蝶と共に道も見失って、来た道を戻っていたつもりなのに更に奥に迷い込んで、今ではいったい森のどこにいるのかさえわからない。
それでもミカリエラは私を励ましてくれたのに、途中で崖から足を踏み外して怪我をしてしまった。
崖の下に行く方法がわからず、かといってお父様たちを呼びに行くこともできなくて、私はこうして時々ミカリエラに声をかけるだけでこの場から動けずにいる。
……私ひとりでも助けを呼びに行くべきなのかもしれない。
けれど怖くてここから離れられない。
それにミカリエラをひとりぼっちにしたら森の獣に食べられてしまう気がして、それも怖くて堪らなかった。
「お嬢様、すみません。私がこんなところに落ちなければ今頃……」
「な、なに言ってるのよ。あなた優秀なメイドでしょ、謝るところはちゃんと見極めなさいよ」
つい憎まれ口を叩いてしまい、後悔しながら私は近くの大木に近寄る。
大きな木の根のくぼみが隠れるのに丁度良くて、休憩をする時はここに腰を下ろしていた。
変な物音がした時や夜中もここに収まっている。
こうしていると――なんとなく、今よりもっと小さな頃に迷子になったことを思い出した。
あの時もどこかの木の根に隠れていたのだけれど、お父様が迎えにきてくれたの。
差し出された手はすごく温かかった。
今の私の手は冷たい。
お父様の手が恋しい。
鼻を啜っていると黒い影が頭上を横切り、思わず小さな声を上げてしまう。
――ただの鳥だったみたい。
肉食の獣じゃなくて良かったけれど、心細かった私は立ち上がるのすら怖くなってしまった。なにか行動を起こすたび怖いことが起こる気がしてしまう。
自然と息を潜めたけれど、これくらいで恐怖を拭い去ることはできなかった。
やっぱりこれは罰なんだ。
自分のやったことを償わずに勝手にやり直そうとしたから神様が怒ってる。
だって私、妹を邪険にしただけじゃなくて……
(あの子を、ヘルガを殺そうとした)
……もちろん今すぐじゃないし、それだけ軽く考えていたけれど、大きくなったら凄い暗殺者に依頼して消えてもらうわ、とあの時は感情に任せて本気で考えていた。
ヘルガがいなくなればお父様たちは悲しむかもしれないけど、私がいるんだから大丈夫だなんて思いながら。
謝ったら許してくれるだろうか。
あの暖かい家に帰してもらえるだろうか。
ミカリエラを助けてもらえるだろうか。
ごめんなさい、と小さく呟いても神様はなにも言ってくれず、時間だけが過ぎていく。もうしません、許してくださいと言っても結果は同じだった。
もう喉がカラカラで、これ以上大きな声は出ないのだけれど、もっと叫ぶように言えば届くだろうか。
そんなことを考えていると――足音がした。
獣が地面を踏み締める音じゃない。
けれど何か恐ろしいものなんじゃないかと私は怖くなって身を縮めていた。
外からは見えづらいはずなのに、その足音は一直線にこちらへ走ってくる。
そうして相手が息遣いが聞こえる距離まで近づいた時、視界に現れたのは柔らかい金色の髪だった。
お父様と同じ色。
なのに、真っ先に頭に浮かんだのは妹だった。
「お姉様!」
「ヘ……ルガ……?」
明るい緑色の瞳がこちらを見ている。幻覚じゃない。
ヘルガは私に手を差し伸べると、あのやけに眩しい笑顔で言った。
「お姉様、見つけましたよ。さぁ、一緒に帰りましょう!」
それは昔、私を探しにきてくれたお父様と同じ光景だった。
その時より何倍も小さな手の平を見つめているうちに、視界がぐにゃぐにゃになってよく見えなくなる。水分なんてとうの昔になくなったと思っていたのに。
ヘルガの後ろにはお父様たちもいたけれど、今の私には目の前にあるヘルガの手しか見えなかった。
神様は許してくれたんだろうか。
その答えはわからない。
もし許してくれていても許されていなくても、屋敷に帰ったら――この子に自分の口で謝ろう。
そんな思いで握った小さな手は、心の底に届くくらい温かかった。
11
お気に入りに追加
47
あなたにおすすめの小説
愛しのお姉様(悪役令嬢)を守る為、ぽっちゃり双子は暗躍する
清澄 セイ
ファンタジー
エトワナ公爵家に生を受けたぽっちゃり双子のケイティベルとルシフォードは、八つ歳の離れた姉・リリアンナのことが大嫌い、というよりも怖くて仕方がなかった。悪役令嬢と言われ、両親からも周囲からも愛情をもらえず、彼女は常にひとりぼっち。溢れんばかりの愛情に包まれて育った双子とは、天と地の差があった。
たった十歳でその生を終えることとなった二人は、死の直前リリアンナが自分達を助けようと命を投げ出した瞬間を目にする。
神の気まぐれにより時を逆行した二人は、今度は姉を好きになり協力して三人で生き残ろうと決意する。
悪役令嬢で嫌われ者のリリアンナを人気者にすべく、愛らしいぽっちゃりボディを武器に、二人で力を合わせて暗躍するのだった。
私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!
りーさん
ファンタジー
ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。
でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。
こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね!
のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!
悪役令嬢に転生したので、すべて無視することにしたのですが……?
りーさん
恋愛
気がついたら、生まれ変わっていた。自分が死んだ記憶もない。どうやら、悪役令嬢に生まれ変わったみたい。しかも、生まれ変わったタイミングが、学園の入学式の前日で、攻略対象からも嫌われまくってる!?
こうなったら、破滅回避は諦めよう。だって、悪役令嬢は、悪口しか言ってなかったんだから。それだけで、公の場で断罪するような婚約者など、こっちから願い下げだ。
他の攻略対象も、別にお前らは関係ないだろ!って感じなのに、一緒に断罪に参加するんだから!そんな奴らのご機嫌をとるだけ無駄なのよ。
もう攻略対象もヒロインもシナリオも全部無視!やりたいことをやらせてもらうわ!
そうやって無視していたら、なんでか攻略対象がこっちに来るんだけど……?
※恋愛はのんびりになります。タグにあるように、主人公が恋をし出すのは後半です。
1/31 タイトル変更 破滅寸前→ゲーム開始直前
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
S級冒険者の子どもが進む道
干支猫
ファンタジー
【12/26完結】
とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。
父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。
そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。
その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。
魔王とはいったい?
※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる