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お姉様攻略編
第2話 メラリァお姉様の攻略開始
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三人が予定通りに動くとしたら計画決行日が一番近いのはお姉様だ。
アシュガルドの成人年齢は二十歳だから、お姉様が成人するのは十年後。
ただ婚姻可能な年齢はもう少し早くて男女共に十六歳とされているから、成人までにこの屋敷から出ていく可能性もあった。
まあ、あのお姉様がお父様以外の男性を好いている図は想像できないけれど……。
もちろん恋愛結婚以外も横行している世の中だから、お姉様が望んでいなくてもどこかに嫁いでこの屋敷を去るかもしれない。
けれど、あの性格のお姉様が相手のもとで大人しくしているかというと疑問だ。
もしお姉様が家を出た後も諦めなかったら、私から見えない場所で黙々と計画を進めるかもしれない。
つまり進行状況がわかる状態のほうが、手が打てる分まだマシなはず。
……多分。心労は酷いものだけれど。
というわけで、お姉様のタイムリミットは婚姻可能になる十六歳までの約六年間。
お相手と縁がなければ十年間まで延長される。
お祖父様の言っていた社交界デビューは十六歳から二十歳ですることになる。
これはぎりぎりまで先延ばしにできるようトライしてみる予定だけれど、基本的に家長がタイミングを決めるので、抵抗虚しくデビューさせられることになるかもしれない。
できる対策を取りつつ神に祈ることになるわ。
ただお祖父様に関しては曖昧なのが問題なのよね……社交界デビュー『前』だから。極端な話、条件が揃えば今すぐ殺されてもおかしくない。
だからタイムリミットは最短九年間、最長十三年間。
しかし早まる可能性有り、といったところ。
お父様は私が二十歳になったらと決めているようだったから、今のところ三人の中では一番変更される危険性が低い。
こちらは簡単に延長されることもないだろうから、タイムリミットは私が二十歳になるまでの十三年間ってことになる。
――どれも十年前後だと思うと長いようで短い。
私は溜息が出そうになるのを堪えて侍女に貰ったホットミルクを啜った。色々と考えることが多いせいか最近胃が痛いのよね。
齢七歳にして胃痛持ち。我ながら可哀想だわ。
(協力者が欲しいところだけれど、これだけ色々あるといったい誰が信頼できるのかわからないのが難点だわ……)
お母様は信頼できる気がする。
でもラブラブな旦那さんがじつは復讐者で、長女はファザコンを拗らせて妹を殺そうとしていて、実の父親も孫を嫌っていて殺すつもり、なんて知ったらパニックを起こすかもしれないし、まず母にのしかかるであろう心労が心配だ。
それに最悪「どういうことですか!」と三人に直接訊ねに行って、私が計画に気がついていることが相手に伝わってしまうかもしれない。
とにかく焦って打ち明けるのは禁物だった。
それに……家族の関係を修復することが一番の目的だから、大ごとにはしたくないの。だから一番望ましいのは私とお父様、私とお姉様、私とお祖父様、と表には出さずに一対一で解決していくこと。
つまり、それぞれ第三者が別の理由で私を狙っていると知られないように立ち回る必要がある。
お祖父様だけはお姉様の思惑を知っているけれど、お姉様は『自分の計画を打ち明けて止められなかっただけ』だからお祖父様の思惑は知らないかもしれない。
お父様も手紙にふたりのことは書いてなかったから気がついていない可能性が高いはず。……本当、なんでこれだけ隠せてるのに肝心の私にはバレるのよ。
正直先の見えない計画だけれど、すべて解決すれば今度こそ順風満帆な人生を歩めるはず。
頑張れ私、と心の中で自分を鼓舞し、私はホットミルクを飲み終えた。
***
まずはメラリァお姉様について纏めたい。
お姉様は頭が良くて早熟、というのが周りからの認識だった。
魔法の才能はなかったけれど勉学や習い事については大人顔負け。
そのおかげで私が年齢のわりに大人びた発言をしてしまった時も「さすがメラリァ様の妹だ」と違和感を持たれなかった。
けれど人格面はかなり背伸びしていると思う。
私が妹だからわがまま言いたい放題、取り繕う必要もなし……というせいかもしれないけれど、妹目線から見たお姉様は自分より格下からの扱いが悪いと途端に沸点が低くなる小さな子供のようだった。
ここに関しては精神年齢が十歳より低年齢に思える。
今までもお姉様のわがままや独占欲の高さで私が割を食ったことはあったけれど、あまり恨みはない。
前世では子供の頃に「妹が欲しい!」とずっと憧れていたのよね。
それはただ可愛がる対象が欲しかっただけではなくて、その頃に愛読していた漫画に出てきたわがまま妹キャラがとても可愛く思えたからだった。
友達はこぞってそのキャラを嫌っていたけれど。
私も妹にわがままを言われたい!
これでもかと甘やかしたい!!
そんな周りとは少し違う理由で、悪い面も含めた『妹』を欲しがっていた。
(今は姉だけれど、私から見たお姉様ってとっても可愛いのよね。前世から見たら大分年下だからかしら――いや! それを抜きにしても可愛いわ!)
許されるなら構い倒して可愛がりたかったけれど、わりと本気で嫌がられている場合は身を引くしかない。それが現状だ。
お姉様がそんなにも私を嫌っている原因は明白。でも。
「……何をどう嫌っているのか、もう一度きちんと洗い直してみるべきね」
これは規模の大きな仲直りのようなもの。
ならまずは私から歩み寄って、きちんと話を聞いて把握しないと。
だからといって即お姉様本人から話を訊くのは無理だろうから、周囲の近しい人たちに訊ねてみよう。
そう決めた私は部屋を出てメイドたちのもとへと向かった。
私たちの住む屋敷は正門から広大な庭園を挟んだ先にあり、屋敷そのものは回の字のような形をしている。その中央を中庭と呼んでいた。
離れとして使われている建物や、庭以外にも開けた土地が広がっているけれど、私はまだすべてを回りきったことはない。
中庭は主にお祖父様の趣味――薔薇の育成に使われているので、メイドたちが洗濯物を干すのはもっと奥にある裏庭だった。
少し離れてはいるものの裏庭は森が近いため、虫が寄ってくると年若いメイドが愚痴っているのを聞いたことがある。
裏庭には井戸があり、洗濯そのものもここで行なわれる。
葡萄酒を作る季節になるとここで葡萄を踏むのが風物詩だ。
普通なら公爵家のメイドがすることではないらしいけれど、アシュガルドはワイン好きな国民性なので許されている……というよりむしろ推奨されている。
たださすがにお母様が参加しようとした時は止められていた。
さすがに葡萄踏みは平民のメイドならさておき、貴族やその侍女や従者が行なうのは不適切らしい。
私もやってみたかったから惜しいわ。
裏庭で洗濯をしているメイド数人を見つけた私は物陰からこっそりと様子を窺う。
メイドたちは基本的に私たち家族の前では礼儀正しいけれど、こうしてメイドしかいない場所では年相応の女性の集まりといった雰囲気で雑談していることが多かった。
駆け寄ろうとしたところでその会話が聞こえてくる。
それは不穏な話題でも陰口でもなく――
「今日のヘルガ様のリボン見た!? 瞳と同じグリーンの布に薄青い控えめフリル、あれをヘルガ様にチョイスした子は天才よ!」
「ウフフ……じつはそれ、アタシなの」
「天才が目の前にいたわ……!」
「それならメラリァ様も素敵だったわよ、胸元の紐リボンはシンプルに見えてアルアガンタ地方の絹糸で作ったものでしょう? 赤い御髪に白が映えて最高だったわ……たしかカリンナはアルアガンタ地方の出身よね?」
「えへ、えへへ、あの絹糸で作ったリボンをお勧めしたの、わたしなんです」
「天才がここにもいたわ……!」
――なんというか、とても楽しそうだった。
五、六人できゃあきゃあと話しながら、それでも手は俊敏に動いて仕事をしているのだから凄い。
個人個人に仕えている侍女より使用人に近いメイドは下に見られがちだけど、私に言わせれば全員プロだった。
(うちのメイドって私たち姉妹だけでなく、家族全員のファンみたいな雰囲気なのよね。こういうのを箱推しっていうのかしら)
私としてはとても嬉しいことだ。
……この人たちに私が家族に殺されるなんて悲劇は見せたくない。
そう改めて思いながら、私は少し間を置いてから偶然を装って彼女たちの前へと走っていって声をかけた。
もちろん、とびきりの笑顔で。
アシュガルドの成人年齢は二十歳だから、お姉様が成人するのは十年後。
ただ婚姻可能な年齢はもう少し早くて男女共に十六歳とされているから、成人までにこの屋敷から出ていく可能性もあった。
まあ、あのお姉様がお父様以外の男性を好いている図は想像できないけれど……。
もちろん恋愛結婚以外も横行している世の中だから、お姉様が望んでいなくてもどこかに嫁いでこの屋敷を去るかもしれない。
けれど、あの性格のお姉様が相手のもとで大人しくしているかというと疑問だ。
もしお姉様が家を出た後も諦めなかったら、私から見えない場所で黙々と計画を進めるかもしれない。
つまり進行状況がわかる状態のほうが、手が打てる分まだマシなはず。
……多分。心労は酷いものだけれど。
というわけで、お姉様のタイムリミットは婚姻可能になる十六歳までの約六年間。
お相手と縁がなければ十年間まで延長される。
お祖父様の言っていた社交界デビューは十六歳から二十歳ですることになる。
これはぎりぎりまで先延ばしにできるようトライしてみる予定だけれど、基本的に家長がタイミングを決めるので、抵抗虚しくデビューさせられることになるかもしれない。
できる対策を取りつつ神に祈ることになるわ。
ただお祖父様に関しては曖昧なのが問題なのよね……社交界デビュー『前』だから。極端な話、条件が揃えば今すぐ殺されてもおかしくない。
だからタイムリミットは最短九年間、最長十三年間。
しかし早まる可能性有り、といったところ。
お父様は私が二十歳になったらと決めているようだったから、今のところ三人の中では一番変更される危険性が低い。
こちらは簡単に延長されることもないだろうから、タイムリミットは私が二十歳になるまでの十三年間ってことになる。
――どれも十年前後だと思うと長いようで短い。
私は溜息が出そうになるのを堪えて侍女に貰ったホットミルクを啜った。色々と考えることが多いせいか最近胃が痛いのよね。
齢七歳にして胃痛持ち。我ながら可哀想だわ。
(協力者が欲しいところだけれど、これだけ色々あるといったい誰が信頼できるのかわからないのが難点だわ……)
お母様は信頼できる気がする。
でもラブラブな旦那さんがじつは復讐者で、長女はファザコンを拗らせて妹を殺そうとしていて、実の父親も孫を嫌っていて殺すつもり、なんて知ったらパニックを起こすかもしれないし、まず母にのしかかるであろう心労が心配だ。
それに最悪「どういうことですか!」と三人に直接訊ねに行って、私が計画に気がついていることが相手に伝わってしまうかもしれない。
とにかく焦って打ち明けるのは禁物だった。
それに……家族の関係を修復することが一番の目的だから、大ごとにはしたくないの。だから一番望ましいのは私とお父様、私とお姉様、私とお祖父様、と表には出さずに一対一で解決していくこと。
つまり、それぞれ第三者が別の理由で私を狙っていると知られないように立ち回る必要がある。
お祖父様だけはお姉様の思惑を知っているけれど、お姉様は『自分の計画を打ち明けて止められなかっただけ』だからお祖父様の思惑は知らないかもしれない。
お父様も手紙にふたりのことは書いてなかったから気がついていない可能性が高いはず。……本当、なんでこれだけ隠せてるのに肝心の私にはバレるのよ。
正直先の見えない計画だけれど、すべて解決すれば今度こそ順風満帆な人生を歩めるはず。
頑張れ私、と心の中で自分を鼓舞し、私はホットミルクを飲み終えた。
***
まずはメラリァお姉様について纏めたい。
お姉様は頭が良くて早熟、というのが周りからの認識だった。
魔法の才能はなかったけれど勉学や習い事については大人顔負け。
そのおかげで私が年齢のわりに大人びた発言をしてしまった時も「さすがメラリァ様の妹だ」と違和感を持たれなかった。
けれど人格面はかなり背伸びしていると思う。
私が妹だからわがまま言いたい放題、取り繕う必要もなし……というせいかもしれないけれど、妹目線から見たお姉様は自分より格下からの扱いが悪いと途端に沸点が低くなる小さな子供のようだった。
ここに関しては精神年齢が十歳より低年齢に思える。
今までもお姉様のわがままや独占欲の高さで私が割を食ったことはあったけれど、あまり恨みはない。
前世では子供の頃に「妹が欲しい!」とずっと憧れていたのよね。
それはただ可愛がる対象が欲しかっただけではなくて、その頃に愛読していた漫画に出てきたわがまま妹キャラがとても可愛く思えたからだった。
友達はこぞってそのキャラを嫌っていたけれど。
私も妹にわがままを言われたい!
これでもかと甘やかしたい!!
そんな周りとは少し違う理由で、悪い面も含めた『妹』を欲しがっていた。
(今は姉だけれど、私から見たお姉様ってとっても可愛いのよね。前世から見たら大分年下だからかしら――いや! それを抜きにしても可愛いわ!)
許されるなら構い倒して可愛がりたかったけれど、わりと本気で嫌がられている場合は身を引くしかない。それが現状だ。
お姉様がそんなにも私を嫌っている原因は明白。でも。
「……何をどう嫌っているのか、もう一度きちんと洗い直してみるべきね」
これは規模の大きな仲直りのようなもの。
ならまずは私から歩み寄って、きちんと話を聞いて把握しないと。
だからといって即お姉様本人から話を訊くのは無理だろうから、周囲の近しい人たちに訊ねてみよう。
そう決めた私は部屋を出てメイドたちのもとへと向かった。
私たちの住む屋敷は正門から広大な庭園を挟んだ先にあり、屋敷そのものは回の字のような形をしている。その中央を中庭と呼んでいた。
離れとして使われている建物や、庭以外にも開けた土地が広がっているけれど、私はまだすべてを回りきったことはない。
中庭は主にお祖父様の趣味――薔薇の育成に使われているので、メイドたちが洗濯物を干すのはもっと奥にある裏庭だった。
少し離れてはいるものの裏庭は森が近いため、虫が寄ってくると年若いメイドが愚痴っているのを聞いたことがある。
裏庭には井戸があり、洗濯そのものもここで行なわれる。
葡萄酒を作る季節になるとここで葡萄を踏むのが風物詩だ。
普通なら公爵家のメイドがすることではないらしいけれど、アシュガルドはワイン好きな国民性なので許されている……というよりむしろ推奨されている。
たださすがにお母様が参加しようとした時は止められていた。
さすがに葡萄踏みは平民のメイドならさておき、貴族やその侍女や従者が行なうのは不適切らしい。
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メイドたちは基本的に私たち家族の前では礼儀正しいけれど、こうしてメイドしかいない場所では年相応の女性の集まりといった雰囲気で雑談していることが多かった。
駆け寄ろうとしたところでその会話が聞こえてくる。
それは不穏な話題でも陰口でもなく――
「今日のヘルガ様のリボン見た!? 瞳と同じグリーンの布に薄青い控えめフリル、あれをヘルガ様にチョイスした子は天才よ!」
「ウフフ……じつはそれ、アタシなの」
「天才が目の前にいたわ……!」
「それならメラリァ様も素敵だったわよ、胸元の紐リボンはシンプルに見えてアルアガンタ地方の絹糸で作ったものでしょう? 赤い御髪に白が映えて最高だったわ……たしかカリンナはアルアガンタ地方の出身よね?」
「えへ、えへへ、あの絹糸で作ったリボンをお勧めしたの、わたしなんです」
「天才がここにもいたわ……!」
――なんというか、とても楽しそうだった。
五、六人できゃあきゃあと話しながら、それでも手は俊敏に動いて仕事をしているのだから凄い。
個人個人に仕えている侍女より使用人に近いメイドは下に見られがちだけど、私に言わせれば全員プロだった。
(うちのメイドって私たち姉妹だけでなく、家族全員のファンみたいな雰囲気なのよね。こういうのを箱推しっていうのかしら)
私としてはとても嬉しいことだ。
……この人たちに私が家族に殺されるなんて悲劇は見せたくない。
そう改めて思いながら、私は少し間を置いてから偶然を装って彼女たちの前へと走っていって声をかけた。
もちろん、とびきりの笑顔で。
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