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第三章 天界と食事の神編

第82話 ニッケの『対価』

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 何時間も同じポーズをしていると腹が減って、下手をするとこれで堕ちる可能性もあるんじゃないか……と少しばかり心配したものの、話を聞いたコムギが合間合間に食べさせてくれたので事なきを得た。

 もちろん食べさせてくれている時もポーズは取ったままだ。

 ちょっとアンニュイな芸術的ポーズのまま好きな子からのあーんイベントが発生したのは、うん、さすがの俺でもちょっと泣きそうになった。
 まあその時食べたチーズくるみパンは美味しかったから、落ち込むのは一日だけにしよう。

 そんなこんなでニッケに『対価』を払った俺たちは改めて話を聞くことにした。
 自らの作品を満足げに眺めていたニッケはそれを鞄に仕舞い、イスの上で長い足を組んで話し始める。

「……で、転生者だと言う神とその友の話を聞きたいんだったか」
「ああ」
「あれはどれほど前だったろうか、まぁとりあえずレイトが生まれ落ちるよりうんと昔の話だ。オレ様はちょっと変わったモデルが欲しくてな、そんな時、自らを転生者だと名乗る神の噂を聞いたのだ」

 しかしその頃にはすでに役目を終えて消え去っていた。
 ここまではレイトからすでに聞いた話だ。ニッケはその続きを思い出しながらゆっくりと話す。

「転生者だと名乗っていた神はベイカー。料理の神だ」
「料理の神……!?」
「今は空席だが、かなり高位の神であるな。食事の神からすれば真下に位置する」

 そういう神もいたんだなと驚く俺にレイトが補足する。なんでもベイカーの後に生まれた料理の神は数年前に役目を終えてしまったらしい。
 次代の料理の神を待っている空白期間が『今』なのだそうだ。
 ――神々が派閥に分かれて騒がしくしてるのも、最高位とそれに近い神が同時期に天界にいなかったから、っていうのが理由としては大きいかもしれないな。

 ベイカーは眼鏡をかけた小柄な男神で、一目見てわかるくらい如何にも喧嘩の弱そうな雰囲気だったそうだ。
 ちなみにこの世界で言う『喧嘩』はフードファイトのことだ。
 まあ想像できるイメージに差はあんまりないだろう。

 そんな情報を与えてくれたのが、ベイカーの友であり鍛冶の神でもあるソルテラだった、とニッケは言った。

「凛々しくも美しい曲線を持つ女神だ。少しばかり偏屈……気難しい神だったが、話を聞かせてもらうために二年間毎日通ったら折れたぞ!」
「俺、今初めて名前を聞いた人に対して同情してる」
「ふふふ、ついでに話を聞きながらスケッチさせてもらった。そのスケッチは今手元にはないが……」

 ニッケはスケッチブックにさらさらとペンを走らせる。
 そしてものの三分もかからずに完成した人物画を俺たちに見せた。

 モノクロのため髪色などはわからないが、凛とした顔つきの女性だった。
 高い位置で結った髪が印象的だ。前世のものを引き合いに出すなら運動部のリーダーを担っているタイプに見える。

 ニッケは「これがソルテラだ」と指先で示した。
 この場で記憶から描き起こしたらしい。
 そういえば一度見たものは忘れないって言ってたな、さすが芸術の神だ。

「住処も以前と変わっていないと思うが、行きたいか?」
「……! ああ、俺たちも直接話を聞いてみたいんだ。それに勧誘もしたい」
「ふむ、しかし難しいと思うぞ」

 それは偏屈だからだろうか。
 そう思っているとニッケは肩を竦めた。

「お前たちは夜の女神の派閥とは友好的な関係のようだが――ソルテラはな、管理の神の派閥に属する神なのだ」

 管理の神、バージル。
 スイハの屋敷にいる時にハンナベリーとパーシモンが注意喚起として名前を出した神だ。話を聞く限りでは狡猾なタイプで、なにを目的としているのかはわからないが、いち早く動いて大きな派閥を作り上げた神である。
 スイハはそれを危ぶんで自分の派閥を作ったらしい。

 つまり、天界が二分された最初のきっかけはバージルによるものだ。

 俺たちの勢力が大きくなって安定したら直接話を聞きに行こうと考えていた。
 スイハは胡散臭いしちょっと迷惑なところもあるが、べつに信用してないわけじゃない。けれど片方の話だけを聞いて善悪を決めつけるのはフェアじゃないからな。
 フライデル辺りには危ない橋を渡るなと叱られそうだが、いつか実行しようと思っていたところだ。

「……なるほど。それならもし勧誘を断られても、ソルテラからバージルに取り次いでもらうのもアリなわけか……」
「おっと。思っていたより強かだな、今代の食事の神は! ならばソルテラのいる場所を地図に描いてやろう。オレ様のサインもばっちり入れてな!」

 芸術の神のサイン入り地図ってめちゃくちゃ付加価値ありそうだな。
 ありがたくお願いしたところでハッとしたレイトが「あ!」と声を上げた。

「僕ちょっと用事があってな、そろそろお暇するわ! じゃっ!」
「あ、ああ、付き合わせて悪い、ありが――早いな!?」

 それは凄まじいダッシュだった。
 入れ違いでお茶を持ってきてくれたコムギが目を白黒させていたくらいだ。

 一体どんな用事なんだ?
 そう思っているとニッケが「じゃあ地図代を貰おうか」と言い放つ。

「……」
「丁度いい、そこの旧食事の神の巫女も加わってくれ! ふふふ、次はなにがいいだろうか、横になってその茶をヘソの上にのせたポーズとかか?」
「……」
「そうだ、新参のチューリップの神やパンジーの神がいただろう、あの者たちに協力を仰いで新鮮な花で彩ってもらうのもいいな! もちろんヘソに茶をのせて!」
「……」

 レイトはニッケとそこそこ長い付き合いだから、これを察知して逃げたんだな。
 うん、やっと理解した。
 情報をくれた上に一緒に対価を払ってくれたんだから、これで恨むとかそういう気持ちはないが、どうせなら一緒に連れて逃げてほしかったと思うのは致し方のないことだろう。

 だが地図は必要なもの。
 俺は深呼吸してから――

「……へ、ヘソに茶だけは勘弁してくれ」

 ――そう声を絞り出し、暗にヘソの上に茶以外は受け入れることを示した。
 巻き込んだコムギにお詫びとしてビスケットスコーンでも焼こうと考えながら。
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