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第二章 王都レイザァゴ編

第34話 侵入者とコムギとアメリアと○○○

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 このお屋敷に来てから、夜中に騒音で目覚めるというのは初めてのことだった。
 賊でも入ったんだろうか?
 城の敷地内でそんな大それたことをする人間は少ないけれど、いないわけじゃない。先月もビズタリート殿下のハーレムに忍び込もうとした人がいた。

 私は自室からそうっと抜け出すと辺りの様子を確認しながら廊下を進む。

(コムギさんもびっくりしてるかも……それにもし本当に賊なら一緒にいた方が安全なはず)

 外部に情報が漏れないようにするためか、世話係を命じられてから私はコムギさんと同じ建物で寝起きしていた。今もすぐにコムギさんの部屋まで辿り着ける位置にいる。
 そろりそろりと足を進めている最中、どうやら屋敷の中を兵士が走り回っているらしいというのがわかった。口々に何か言っている。

(侵入者……ひとりだけ? たったひとりならやっぱりハーレムを覗きにきた人が目的地を間違ったのかな?)

 落ち着くためにもわざと楽観的な方向に考えつつ、コムギさんの部屋に辿り着いた私はドアをノックした。

「コムギさん、アメリアです。起きてらっしゃいますか……?」
「アメリア、さん?」

 騒がしい中の突然のノックに怯えていたのかコムギさんの声は震えていたが、私だとわかると安堵して招き入れてくれた。
 私もそうだけど無防備な寝間着姿だ。
 怖かっただろうな、と思いながらしっかりとドアを閉める。

「どうやら侵入者がいたみたいで兵士さんが沢山探し回って……追い回して? いるみたいです」
「侵入者……」
「大丈夫、侵入者っていってもたったひとりだけみたいなんで、すぐに捕まりますよ! よくビズタリート殿下のハーレムを覗きにくる人がいるんで、それかもしれませんね」

 それに元から配備されている見回り兵より多い人数がいるように思う。
 きっと増援があったんだろう。なら侵入者がいくらすばしっこくてもそのうち追い詰められるはず。
 勇気づけるためにそう言ったものの、コムギさんは途端に真剣な顔になった。

「……あの」
「どうしました?」
「その人はどんな見た目でしたか?」

 私は首を傾げた。
 なんでそんなことが気になるんだろう?

「ええと……すみません、そこまでは――ええっ!? コムギさんっ!?」

 どうしても気になるのかドアを開けて廊下に顔を出したコムギさんに私は仰天した。
 部屋の中にいれば安全だろうけれど、廊下に出て鉢合わせたらどうなるかわからない。私たちは野生動物じゃないんだから危害は加えられないだろうけど、相手が死に物狂いで逃げていたら事故でぶつかって怪我をするってこともありえる。
 それに、そういった怪我以外にも困ったことになる場合もあるのだ。
 なにも警戒すべきは事故やフードファイトに持ち込まれることだけじゃない。女なら尚のこと。

 慌てて引き戻そうとすると、コムギさんはそのタイミングでびくりと肩を跳ねさせて外へと飛び出してしまった。

「コ、コムギさん! 危ないですよ、戻りましょう!」
「今……シロさんの声が聞こえたんです!」
「え? ええと」

 たまにコムギさんとの会話に出てきた人だろうか。
 声が聞こえたなんて私にはわからなかったけれど、それが表情に出ていたのかコムギさんは振り返って笑った。

「私、森での狩りは得意だったんです。耳も良いんですよ」

 そう言った表情はつい先ほどまでとまったく違うもので、私は思わず言葉を失ってしまった。
 なんでそんなに嬉しそうにしているんだろう……?
 答えが見つからないまま、ついに玄関ホールまで駆け抜けた私たちは階下に兵士たちが集まっているのに気がついた。廊下の向こうに侵入者がいるらしい。
 もしかして捕まったのかも。

(でもまだ危険なことに違いはないし――)

 コムギさんを止めなきゃ、と思うのになかなか追いつけなかった。
 びっくりするほど足が早い。
 そうこうしている間に階段に差し掛かったコムギさんに兵士たちも気がついたのか、ざわめき始める。

 女の子ふたり、しかも寝間着姿。

 侵入者の仲間ではなく屋敷の住人だ、ってことは兵士たちにも一目でわかっただろうけど、そのせいでどう対応すべきか迷っているみたいだった。
 たしかに『守る対象』なのに、その対象が自分から危険に近づいてくればどうすればいいか狼狽するものだ。私もそうだからわかる。
 それでも判断の早かった兵士がやんわりと止めようとするも、コムギさんはそれを無視した。

 そのまま走っていると――廊下の向こうから、白い髪の男の子が手を縛られた状態で歩いてくるのが見えた。

(あれが犯人? 私たちと同じくらいの年頃じゃない……!)

 それでも捕まったことに安堵する。
 あとはコムギさんさえ止めればいい、と思ったところで白髪の少年が叫び――

「……っコムギ!?」
「シロさん!」

 ――あろうことか、両手を拘束していたロープを噛み千切った。

     ***

 この世界のロープは天然素材で作られているようだった。
 合成繊維だったらどうなっていたかわからないが、噛みついた瞬間『神の俺なら消化可能』だと体が本能的に感じ取る。食べられるものなら噛み千切ることができるということも同時に理解した。そうでないと食べられないからだ。

 ただロープが食べ物ではないのは百も承知だ。
 俺はそれを噛み千切るなり床に吐き捨ててダッシュした。

「コムギ! やっぱりここにいたのか!」

 追い縋る手から逃れ、俺はコムギのもとへと駆け寄る。
 コムギは階段を降りるのすらもどかしかったようで、途中で寝間着の裾をはためかせてジャンプした。
 俺はそれを両腕でキャッチする。

「シロさん、助けに来てくれたんですね!」
「ああ、時間がかかってごめん。しかもこんな強引な手になっちゃって……」
「それでも嬉しいです!」

 思いきり抱きつくコムギにどぎまぎしつつ、視線で逃げるルートを探っていると先ほどの黒いコートに仮面をつけた男がロープを持って近寄ってくるのが見えた。
 動きに全く迷いがない。
 さっきもそうだったけれど、彼は隠密を重視するより堂々と近づくことで隙を作るタイプらしい。

 俺はコムギの手を取って「逃げよう!」と引く。
 すると声を上げたのはまだ階段の途中にいた金髪の女の子だった。

「コ、コムギさん! ついてっちゃダメですってば――きゃっ!?」

 もしかして一緒に捕まっていた子がいたのだろうか。
 そんなことを考えている目の前で、金髪の女の子は焦ったのか階段を踏み外した。
 ぎょっとした俺とコムギは床に落ちるロープの音にも驚く。
 そちらを向くと仮面の男がロープを捨てて走り出したところだった。

 しまった、隙を突かれた。そう思ったが男は俺たちをスルーすると階下に落ちそうになった女の子に駆け寄り、両腕で抱き留める。
 しかしさっきの俺たちとは違ってあまりにも無理な体勢だ。
 そのままふたりでごろごろと床に転がり、衝撃で仮面が吹き飛んだ。

 同時に捲れたフードの下から現れたのは外側にハネた金髪。
 仮面の下にあったのは赤い瞳と、泣きぼくろに下睫毛が特徴的な顔。
 俺は一瞬逃げるのを忘れてきょとんとし、そして金髪の女の子とほぼ同時に叫んだ。

「――ッタ、タージュさん!?」
「アメリオお兄ちゃん!」
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