11 / 119
第一章 食事処デリシア編
第11話 決戦はバラの庭園
しおりを挟む
「このボクに……フードファイト?」
ビズタリートは半眼で俺に視線を送ってくる。明らかに見下した様子だ。
勝負などする必要はないと断られるかもしれなかったが、もしそうなったら別の方法でコムギを守ってやる。
そう考えていたものの、幸いにもビズタリートは勝負に乗ってきた。
「いいだろう、すぐに吠え面をかかせてやる。ただーし!」
「ただし……?」
「勝負の場はボクが指定する。いいな?」
コムギの不安げな気配が隣から伝わってきた。
これだけ自己中心的な権力者だ、もしかすると罠が仕掛けられているかもしれない。しかしここで頷かなくては勝負まで漕ぎつけないだろう。
「わかった、そっちに任せる。ただ俺が勝ったらコムギには手出ししない、そう約束してくれ」
「いいだろう。では準備が整い次第使いを送ろう。それまでによく効く胃薬でも探しておくんだな!」
そう言ってビズタリートは床板を踏み鳴らして店から出ていった。
最後の捨て台詞ってこちらの世界版の「首を洗って待っていろ」なんだろうか……。
窓の外を横切っていく騒がしいマッシュルームカットを見送り、俺がふうと息をついているとコムギが泣きそうな声を出した。
「す、すみません、私のせいでこんな……」
「コムギは何も悪くないだろ、あの変な王子が……、っと」
そういえばついうっかり熱くなりすぎて口調が砕けすぎていた。
心の中ならともかく、声に出して何回呼び捨てにしてしまっただろうか。慌てて呼び方を直そうとするとコムギは俺の手の甲に揃えた両手でそっと触れ、首を横に振る。
「そっ……そのままで、いいです」
「え、あ……」
「コムギって呼んでください。……私はシロさんって呼びますけど」
今はまだ、と付け加えてコムギは照れたように笑った。
――この笑顔を守るためにも頑張ってみせよう。
***
帰宅したミールに事の次第を説明し、俺はいつでも勝負を受けられるように備え続けた。
とはいえもし朝食後だろうが何だろうが食べようと思えば食べられるので、備えるといっても呼び出されたらすぐに反応できるようにしておくってことくらいだが。
ビズタリートがちゃっかり勝負を放棄し、コムギが無理やり連れ去られる可能性も無くもないため、ひとりになりがちな作業はなるべく俺やミールが同行することになった。
コムギにとってもストレスだろうが今だけ我慢してほしい。
そして二日後の昼下がり。
店の外で地面を啄んでいた鳥が飛んで逃げたかと思うと、店の戸を開いて入ってきたのは先日ビズタリートの後ろで絨毯を片付けていた付き人の片割れだった。
「勝負の準備が整いましたのでお迎えに上がりました」
「その勝負、結局どこでやることになったんだ?」
「村を出てすぐのバラの庭園の中です」
バラの庭園? と俺はデリシア父子と顔を見合わせる。
この村の近くにそんなものはなかったはずだ。森に行けば野バラくらいはあるかもしれないが、庭園だなんて嘘でも言えない。
それでも付き人は案内するという。
「よくわからないが……わかった、今から向かう」
「シロさん、お力になれず申し訳ないですが我々も応援しに行きます」
「ありがとうございますミールさん、……絶対に勝ちます」
力強く言ってみせたが、それでもミールはどこか不安げだった。
それだけこの国の王子を相手にするというのは恐ろしいことなんだろう。
付き人に案内されて移動していると、道中で会う人会う人みんな「今日なのかい?」「応援しに行くぞ!」「頑張んな!」と声をかけてくれた。
聞けばビズタリートが村の中まで来たのは今回が初で、この村に留まっていた二日間のあいだに各所で偉そうな振る舞いをして大層嫌われたらしい。
そりゃあれじゃ嫌われるよなぁ……。
そんな感想を抱いていると付き人の足がぴたりと止まった。
「ここです」
「こ、これは……」
本当にバラの庭園だ。
バラの庭園が突如現れていた。
赤、黄色、白など様々なバラが咲き乱れている。しかも丁寧に整えられた、人の手が入った庭園だ。そこだけ村の敷地ではなく金持ちの庭に見える。
呆然とする俺の鼻先をバラの香りがふわりと掠めた。
「ようこそ我が庭園へ! 見事なものだろ、二日で作らせたんだ」
そのバラの陰から現れた金色のマッシュルーム――もとい、ビズタリートが自慢気な口調でそう言う。
この二日間は警戒から不要不急の外出を控え、必要な場所にパパッと行ってパパッと戻ってくるだけにしていたから気がつかなかった。
許可を得てるんだろうか、これ。
「っていうか、わざわざ庭園を……?」
「このボクのフードファイトだぞ、最低でもこれくらいの舞台でないと許されん」
金持ちの金銭感覚は狂ってると思ってたが、ここまで狂うのか?
そう現実を目の当たりにして言葉を失ったところではっとする。これはフードファイトの前に威圧しようっていうビズタリートの策じゃないか?
もしそうでないとしても勝負の前にすでに気圧されているなんて格好がつかない。
俺は深呼吸してビズタリートと向き合う。
「フードファイトの前にひとつ言っておくが――この勝負を仕掛けたのは俺個人の意思だ、だから村の人に連帯責任は取らせないでくれ」
「そんな心配をしていたのか? お人好しここに極まれり! 気にせずともフードファイトは対戦者のみの勝負よ、物理的に手でも出さぬ限りは周囲に波及することはない」
真剣勝負をしようじゃないか、と。
そう言ってビズタリートは薄い唇でにやりと笑った。
ビズタリートは半眼で俺に視線を送ってくる。明らかに見下した様子だ。
勝負などする必要はないと断られるかもしれなかったが、もしそうなったら別の方法でコムギを守ってやる。
そう考えていたものの、幸いにもビズタリートは勝負に乗ってきた。
「いいだろう、すぐに吠え面をかかせてやる。ただーし!」
「ただし……?」
「勝負の場はボクが指定する。いいな?」
コムギの不安げな気配が隣から伝わってきた。
これだけ自己中心的な権力者だ、もしかすると罠が仕掛けられているかもしれない。しかしここで頷かなくては勝負まで漕ぎつけないだろう。
「わかった、そっちに任せる。ただ俺が勝ったらコムギには手出ししない、そう約束してくれ」
「いいだろう。では準備が整い次第使いを送ろう。それまでによく効く胃薬でも探しておくんだな!」
そう言ってビズタリートは床板を踏み鳴らして店から出ていった。
最後の捨て台詞ってこちらの世界版の「首を洗って待っていろ」なんだろうか……。
窓の外を横切っていく騒がしいマッシュルームカットを見送り、俺がふうと息をついているとコムギが泣きそうな声を出した。
「す、すみません、私のせいでこんな……」
「コムギは何も悪くないだろ、あの変な王子が……、っと」
そういえばついうっかり熱くなりすぎて口調が砕けすぎていた。
心の中ならともかく、声に出して何回呼び捨てにしてしまっただろうか。慌てて呼び方を直そうとするとコムギは俺の手の甲に揃えた両手でそっと触れ、首を横に振る。
「そっ……そのままで、いいです」
「え、あ……」
「コムギって呼んでください。……私はシロさんって呼びますけど」
今はまだ、と付け加えてコムギは照れたように笑った。
――この笑顔を守るためにも頑張ってみせよう。
***
帰宅したミールに事の次第を説明し、俺はいつでも勝負を受けられるように備え続けた。
とはいえもし朝食後だろうが何だろうが食べようと思えば食べられるので、備えるといっても呼び出されたらすぐに反応できるようにしておくってことくらいだが。
ビズタリートがちゃっかり勝負を放棄し、コムギが無理やり連れ去られる可能性も無くもないため、ひとりになりがちな作業はなるべく俺やミールが同行することになった。
コムギにとってもストレスだろうが今だけ我慢してほしい。
そして二日後の昼下がり。
店の外で地面を啄んでいた鳥が飛んで逃げたかと思うと、店の戸を開いて入ってきたのは先日ビズタリートの後ろで絨毯を片付けていた付き人の片割れだった。
「勝負の準備が整いましたのでお迎えに上がりました」
「その勝負、結局どこでやることになったんだ?」
「村を出てすぐのバラの庭園の中です」
バラの庭園? と俺はデリシア父子と顔を見合わせる。
この村の近くにそんなものはなかったはずだ。森に行けば野バラくらいはあるかもしれないが、庭園だなんて嘘でも言えない。
それでも付き人は案内するという。
「よくわからないが……わかった、今から向かう」
「シロさん、お力になれず申し訳ないですが我々も応援しに行きます」
「ありがとうございますミールさん、……絶対に勝ちます」
力強く言ってみせたが、それでもミールはどこか不安げだった。
それだけこの国の王子を相手にするというのは恐ろしいことなんだろう。
付き人に案内されて移動していると、道中で会う人会う人みんな「今日なのかい?」「応援しに行くぞ!」「頑張んな!」と声をかけてくれた。
聞けばビズタリートが村の中まで来たのは今回が初で、この村に留まっていた二日間のあいだに各所で偉そうな振る舞いをして大層嫌われたらしい。
そりゃあれじゃ嫌われるよなぁ……。
そんな感想を抱いていると付き人の足がぴたりと止まった。
「ここです」
「こ、これは……」
本当にバラの庭園だ。
バラの庭園が突如現れていた。
赤、黄色、白など様々なバラが咲き乱れている。しかも丁寧に整えられた、人の手が入った庭園だ。そこだけ村の敷地ではなく金持ちの庭に見える。
呆然とする俺の鼻先をバラの香りがふわりと掠めた。
「ようこそ我が庭園へ! 見事なものだろ、二日で作らせたんだ」
そのバラの陰から現れた金色のマッシュルーム――もとい、ビズタリートが自慢気な口調でそう言う。
この二日間は警戒から不要不急の外出を控え、必要な場所にパパッと行ってパパッと戻ってくるだけにしていたから気がつかなかった。
許可を得てるんだろうか、これ。
「っていうか、わざわざ庭園を……?」
「このボクのフードファイトだぞ、最低でもこれくらいの舞台でないと許されん」
金持ちの金銭感覚は狂ってると思ってたが、ここまで狂うのか?
そう現実を目の当たりにして言葉を失ったところではっとする。これはフードファイトの前に威圧しようっていうビズタリートの策じゃないか?
もしそうでないとしても勝負の前にすでに気圧されているなんて格好がつかない。
俺は深呼吸してビズタリートと向き合う。
「フードファイトの前にひとつ言っておくが――この勝負を仕掛けたのは俺個人の意思だ、だから村の人に連帯責任は取らせないでくれ」
「そんな心配をしていたのか? お人好しここに極まれり! 気にせずともフードファイトは対戦者のみの勝負よ、物理的に手でも出さぬ限りは周囲に波及することはない」
真剣勝負をしようじゃないか、と。
そう言ってビズタリートは薄い唇でにやりと笑った。
0
お気に入りに追加
113
あなたにおすすめの小説
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
辺境の最強魔導師 ~魔術大学を13歳で首席卒業した私が辺境に6年引きこもっていたら最強になってた~
日の丸
ファンタジー
ウィーラ大陸にある大国アクセリア帝国は大陸の約4割の国土を持つ大国である。
アクセリア帝国の帝都アクセリアにある魔術大学セルストーレ・・・・そこは魔術師を目指す誰もが憧れそして目指す大学・・・・その大学に13歳で首席をとるほどの天才がいた。
その天才がセレストーレを卒業する時から物語が始まる。
「要らない」と言われた花嫁は、王宮を変える黒幕になるそうです
昼から山猫
ファンタジー
伯爵令嬢ロザリンは、幼少期から王子の花嫁候補として育てられたが、いざ婚約が決まった矢先に「飽きた」という理由で破棄される。怒りと悲しみで半狂乱になりかけたが、周囲の冷淡な態度を見て気づく。自分はただ「王子の飾り」として利用されていただけで、真に味方と呼べる人はほとんどいない、と。
ならば、表向きは大人しく消えたフリをして、裏で思う存分やり返してやろう――。ロザリンは一念発起し、ずっと見下されてきたことで培った洞察力を駆使して、王宮内の不正や腐敗をひそかに洗い出す作業を開始。彼女は膨大な資料や使用人の噂話をまとめ、政治の流れを自在に動かせるような裏ルートを開拓していく。そして、無能と呼ばれたはずの令嬢が、実は王宮の暗部を握る最重要人物となるのだ。
王子は新たな恋人を得た気分で浮かれているが、政局は彼の知らぬところで動き始める。ロザリンは静かに微笑み、彼女を切り捨てた一族や王子をじわじわと追い詰める算段を練えていく。表舞台から姿を消したはずの“元・婚約者”が、どうやって復讐を果たすのか――やがて、王子は震えることになる。
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる