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第一章 食事処デリシア編

第11話 決戦はバラの庭園

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「このボクに……フードファイト?」

 ビズタリートは半眼で俺に視線を送ってくる。明らかに見下した様子だ。
 勝負などする必要はないと断られるかもしれなかったが、もしそうなったら別の方法でコムギを守ってやる。
 そう考えていたものの、幸いにもビズタリートは勝負に乗ってきた。

「いいだろう、すぐに吠え面をかかせてやる。ただーし!」
「ただし……?」
「勝負の場はボクが指定する。いいな?」

 コムギの不安げな気配が隣から伝わってきた。
 これだけ自己中心的な権力者だ、もしかすると罠が仕掛けられているかもしれない。しかしここで頷かなくては勝負まで漕ぎつけないだろう。

「わかった、そっちに任せる。ただ俺が勝ったらコムギには手出ししない、そう約束してくれ」
「いいだろう。では準備が整い次第使いを送ろう。それまでによく効く胃薬でも探しておくんだな!」

 そう言ってビズタリートは床板を踏み鳴らして店から出ていった。
 最後の捨て台詞ってこちらの世界版の「首を洗って待っていろ」なんだろうか……。
 窓の外を横切っていく騒がしいマッシュルームカットを見送り、俺がふうと息をついているとコムギが泣きそうな声を出した。

「す、すみません、私のせいでこんな……」
「コムギは何も悪くないだろ、あの変な王子が……、っと」

 そういえばついうっかり熱くなりすぎて口調が砕けすぎていた。
 心の中ならともかく、声に出して何回呼び捨てにしてしまっただろうか。慌てて呼び方を直そうとするとコムギは俺の手の甲に揃えた両手でそっと触れ、首を横に振る。

「そっ……そのままで、いいです」
「え、あ……」
「コムギって呼んでください。……私はシロさんって呼びますけど」

 今はまだ、と付け加えてコムギは照れたように笑った。
 ――この笑顔を守るためにも頑張ってみせよう。

     ***

 帰宅したミールに事の次第を説明し、俺はいつでも勝負を受けられるように備え続けた。
 とはいえもし朝食後だろうが何だろうが食べようと思えば食べられるので、備えるといっても呼び出されたらすぐに反応できるようにしておくってことくらいだが。
 ビズタリートがちゃっかり勝負を放棄し、コムギが無理やり連れ去られる可能性も無くもないため、ひとりになりがちな作業はなるべく俺やミールが同行することになった。
 コムギにとってもストレスだろうが今だけ我慢してほしい。

 そして二日後の昼下がり。
 店の外で地面を啄んでいた鳥が飛んで逃げたかと思うと、店の戸を開いて入ってきたのは先日ビズタリートの後ろで絨毯を片付けていた付き人の片割れだった。

「勝負の準備が整いましたのでお迎えに上がりました」
「その勝負、結局どこでやることになったんだ?」
「村を出てすぐのバラの庭園の中です」

 バラの庭園? と俺はデリシア父子と顔を見合わせる。
 この村の近くにそんなものはなかったはずだ。森に行けば野バラくらいはあるかもしれないが、庭園だなんて嘘でも言えない。
 それでも付き人は案内するという。

「よくわからないが……わかった、今から向かう」
「シロさん、お力になれず申し訳ないですが我々も応援しに行きます」
「ありがとうございますミールさん、……絶対に勝ちます」

 力強く言ってみせたが、それでもミールはどこか不安げだった。
 それだけこの国の王子を相手にするというのは恐ろしいことなんだろう。

 付き人に案内されて移動していると、道中で会う人会う人みんな「今日なのかい?」「応援しに行くぞ!」「頑張んな!」と声をかけてくれた。
 聞けばビズタリートが村の中まで来たのは今回が初で、この村に留まっていた二日間のあいだに各所で偉そうな振る舞いをして大層嫌われたらしい。
 そりゃあれじゃ嫌われるよなぁ……。
 そんな感想を抱いていると付き人の足がぴたりと止まった。

「ここです」
「こ、これは……」

 本当にバラの庭園だ。
 バラの庭園が突如現れていた。

 赤、黄色、白など様々なバラが咲き乱れている。しかも丁寧に整えられた、人の手が入った庭園だ。そこだけ村の敷地ではなく金持ちの庭に見える。
 呆然とする俺の鼻先をバラの香りがふわりと掠めた。

「ようこそ我が庭園へ! 見事なものだろ、二日で作らせたんだ」

 そのバラの陰から現れた金色のマッシュルーム――もとい、ビズタリートが自慢気な口調でそう言う。
 この二日間は警戒から不要不急の外出を控え、必要な場所にパパッと行ってパパッと戻ってくるだけにしていたから気がつかなかった。
 許可を得てるんだろうか、これ。

「っていうか、わざわざ庭園を……?」
「このボクのフードファイトだぞ、最低でもこれくらいの舞台でないと許されん」

 金持ちの金銭感覚は狂ってると思ってたが、ここまで狂うのか?
 そう現実を目の当たりにして言葉を失ったところではっとする。これはフードファイトの前に威圧しようっていうビズタリートの策じゃないか?
 もしそうでないとしても勝負の前にすでに気圧されているなんて格好がつかない。
 俺は深呼吸してビズタリートと向き合う。

「フードファイトの前にひとつ言っておくが――この勝負を仕掛けたのは俺個人の意思だ、だから村の人に連帯責任は取らせないでくれ」
「そんな心配をしていたのか? お人好しここに極まれり! 気にせずともフードファイトは対戦者のみの勝負よ、物理的に手でも出さぬ限りは周囲に波及することはない」

 真剣勝負をしようじゃないか、と。
 そう言ってビズタリートは薄い唇でにやりと笑った。
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