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第10話 抗らがえない宿命
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フッ・・・・
マルギットは重い瞼を開けた。
暗闇の中に赤黒い光がポツンと見えた。
「ここは・・・・?」
マルギットは赤黒い光の方へ吸い寄せられる様に歩き出した。
一歩踏み出す度にフワフワと足元が揺れる。
「ここは?どこ?・・・・足元がおぼつかない・・・・」
ポツリ、ポツリと呟きながら赤黒い光へ近づく。
赤黒い光の姿が徐々に鮮明になってくる。どうやら人が佇んでいる様だ。
臙脂色の身体に沿う様なスラリとしたドレスを身に纏った女性のようだ。
更に近づくと腰まである赤い髪が目に入った。
ギクリッ!!!
マルギットは何故かこれ以上近づいては行けない気がした。
引き寄せられる様に進む足を止めようとするが、己の意思で止めることができない。
「なっ!なぜ?なぜ止まらぬのだ」
尚も静かに近づくと赤黒い光を発し、臙脂色のドレスを纏った赤い髪の女性が振り向いた。
ドキリッ!!!
振りむいた女性は鏡に映るマルギットそのものだった。
「あっ・・・・あっ・・・・ここは・・・」
マルギットは己の意思で動かすことができず進む足を何とか止めようと太腿を押えた。
ニヤリッ・・・・
振りむいたマルギットに顔立ちがそっくりの女性がニヤリと笑った。
『ふっ・・・・ふふっ・・・・待ちかねたぞ、マルギット!』
その声は5年前にポルデュラが鎮めたマルギットの中にいるもう一人のマルギットの憎しみの黒の影のものだった。
『どうしたのだ?黒い影でないことに驚いたのか?ふふふ・・・・そなたの子が我の糧になってくれた。この姿があるのはそなたの子のお陰だ』
「なっ、何を言っているの?」
『解らぬ訳がなかろう?その様に己を偽るのも終わりだ。全て、そなたが望んだ事だ。小さき頃から堪えに堪えたそなたの憎しみ、怒り、苦しみ、全てを晴らす刻がきたのだ。ようやく、ここまでこれたのだぞ。少しは喜べ』
臙脂色のドレスを着たマルギットはニヤリと笑い口元に左手を添えた。
『準備は整ったのだ。5年前に風の魔導士ポルデュラにそなたの泉深くに鎮められたがな・・・・ふふふ・・・・それも我の思い描いた通りだ。お陰で力を蓄えられた。あぁ、案ずることはないぞ。泉深くに鎮められた事でそなたの・・・・』
臙脂色のドレスのマルギットが身動きが取れず佇むマルギットを睨む。
『そなたの心の迷いだな・・・・あの不甲斐ないと申していた夫を愛するなど、子らと共に穏やかな日々が幸せだなどと、その様なそなたが思う偽りの日々で湧く感情を受けずに済んだからな。我が闇、黒魔術は相反する光に弱い。そなたが思った偽りの感情は光だ。その光を直接に浴びれば我の力は損なわれる。光に満たされれば我は消滅するからな。ポルデュラに礼を言わねばならんな・・・・ふっふふふっ・・・・はははっ!!!わっはっはっはっ!!!』
突然に臙脂色のドレスを着たマルギットが高らかに笑った。
マルギットは呆然とその姿を見つめていた。
「なにが・・・・その様におかしいのですか?私は、ハイノを心から愛しています。今の暮らしが私の求める安らぎです。偽りなどでは、決して偽りなどではないっ!」
マルギットは己を説得するように大きな声を上げた。
『ふっふふふ・・・・どうした?その様に取り乱すことはなかろう?それが本心であれば、そなたが心底願ったことであれば、今、なぜここにいる?なぜ?ここに来たのだ?解っているのであろう?本心なのではないのだ。偽りを本心と思わなければ己の弱さを拭う事ができなかっただけだ。己を責めずともよい。そなたのあり様は変わらぬのだ。我と同じなのだ。憎かろう?クリソプ男爵が、あやつの言葉に怒りがこみ上げたであろう?黒魔女と罵られたことが、殺してやりたいと願ったであろう?そなたを苦しめ続けたあの男をっ!』
スッ・・・・
フワリッ・・・・
臙脂色のドレスを着たマルギットはマルギットに近づくと左頬を触った。
ヒヤリッ・・・・
ビクッ!!!
左頬に触れた手のあまりの冷たさにマルギットの身体は強張った。
「身体が動くっ!」
マルギットは一歩後づ去った。
バッ!!
ガシッ!!!
勢いよく腰を掴まれると引き寄せられた。
己と同じ緋色の瞳でぎっと睨まれる。
『無駄だ。ここから逃げることはもはやできぬはっ!そなたが己自身でそなたの泉奥深く潜ってきたのだ。我に会う為にな。そして、我を復活される為になっ!そなたが殺したいほど憎んでいるあの男はどうだ?よい働きをしてくれただろう?あやつがそなたを疎んでいることを利用した。黒の影を植え付けたのだ。ふふふ・・・・復活する前では黒魔術は使えぬがな、黒の影を植え付ける位は容易い事だ。後はあやつ自身が育ててくれた。ふふふ・・・・これで、我は復活する』
「そなたがどう動こうと何を考えていようとそなたの思う通りにはさせぬっ!私はハイノと共に王国のため、私と同じマデュラの印を持ち生まれた子のため、100有余年前の憂いを晴らすと決めた。そなたの思う通りにはさせぬっ!いや、決してそなたの思う通りにはならぬっ!」
マルギットは懇親の力を振り絞り、臙脂色のドレスを着たマルギットに抗いの言葉をぶつけた。
『よいぞ、マルギット!その調子だ。その調子で怒りを増幅させればよい。憎しみを膨らませればよい。苦しくなるであろう?本心を偽れば苦しさが増す。取り除きたいであろう?取り除きたいのであれば抗らがうことをやめればよいだけだ。我の声に従え。我に従うことだけがそなたの本心を満足させられるのだ』
ピタリッ!
臙脂色のドレスを着たマルギットがピタリとマルギットの頬に己の頬を寄せた。
『どうだ?冷たかろう?そなたの泉は冷たいのだ。このように冷たく、赤黒く、まるで血のようであろう?さぁ、マルギット!我を真に目覚めさせよ。そなたの夫を贄にするのだ。これはそなたの宿命なのだ。宿命を受け入れよ。我を真に復活させることこそがそなたの宿命なのだっ!』
ドンッ!!!
「やめてっ!ハイノを贄になどしないっ!私の本心は変わらぬっ!ハイノと共にっ!生涯ハイノと共にいるっ!宿命なのではないっ!宿命などではないっ!」
マルギットは臙脂のドレスを着たマルギットを突き飛ばし大声を上げた。
『ふっ・・・・そうか、残念だな。どうしても我を目覚めさせぬというのか。そうか・・・・ふっふふふ・・・・よかろう。では、我は別の手を使うとしよう。そなた、よいのだな。そなたの手で我を真に目覚めさせねば、そなたが大切に思う者達に何が起こるかは解らぬぞ。そなたを嫌う、マデュラの印を忌み嫌うあの男の思うつぼとなるぞ。忠告はした。せいぜい後悔をせぬことだなっ!!あっはっはっはっ!!!』
フワリッ!!!
突然に足元がぐらりと揺れると身体がフワリと宙に浮いた。
グンッ!!!
背中が何かに引っ張られる。
「なっ、なんだ!?」
グンッ!!!
更に強く背中が引っ張られた。胸が締め付けられる様に痛む。
「うっ・・・・ぐっ!」
マルギットは痛みに堪えられず胸に手を当てるとぐっと瞼を閉じた。
すぅと胸の痛みが軽くなるのを感じた。
『・・・・何だろう?暖かい・・・・』
フワリと清々しい香りが身体を包み込んでいるようだ。
『・・・・これは?ヒソップの香?・・・・』
5年前に死産で子を亡くした時にポルデュラがヒソップの精油を炊いてくれていた時の事を思い出した。
うっすらと目を開けた。
「気が付いたか?丁度、都城に来ていたのでな。エステールのハインリヒ殿にそなたに回復術をと頼まれたのじゃ」
ポルデュラが部屋にヒソップの精油を炊き、回復術を施してくれていた。
当主会談の最中に気を失ったマルギットは都城の控えの間で休まされていた。
「ポルデュラ様・・・・お久しゅうございます・・・・」
ホロリッ・・・・
ポルデュラの姿を目にすると涙がこぼれた。
「そうじゃな。久しいの。マルギット殿」
ポルデュラはマルギットの胸の辺りで円を描く様に銀色の風の珠で回復術を施しながら優しく語りかけた。
「ポルデュラ様・・・・私は、己の中にいるもう一人の私に先程また会いました」
天井を見つめマルギットは告白した。
「・・・・ハイノを贄に復活を黒魔術を復活させることが私の宿命だと言われました」
ホロリッ・・・・
ホロリッ・・・・
涙が眼尻から次から次へと溢れ出る。
「そうか。その様に言われたのか。して、どうすると答えのじゃ?」
ポルデュラがマルギットへ訊ねる。
「断りました。私は生涯ハイノと共にいると、贄になどしないと、強く答えました」
「そうか、よくぞ申したな」
ポルデュラの声がいつになく暖かく感じる。
マルギットはふと不安を覚えた。
ポルデュラはマルギットの言葉に相槌を打つだけでいつもの様にマルギットが己で対処できうる方策へ導びく言葉が出てこなかったからだ。
マルギットは天井へ向けていた視線をポルデュラへ向けた。
ポルデュラは今まで見たことがない哀し気な眼でマルギットに微笑みを向けていた。
マルギットはポルデュラの表情が全てを物語っていると悟った。
「宿命・・・・なのですね。もう一人の私が口にした言葉は真実なのですね・・・・」
ブワッ・・・・
マルギットの目から涙が溢れ出た。ポルデュラの姿が歪む。
「・・・・うぅ・・・・うっうう・・・・」
マルギットは両手を額に乗せると声を殺して涙を流し続けた。
ポルデュはがマルギットの額に乗る両手を取ると強く握った。
スッ・・・・
マルギットの額に口づけをする。
「マルギット殿、気休めじゃ。銀の風の珠を額に授けた。どうなろうともそなたの意志は貫けるじゃろう。だがな・・・・逃れられぬこともある。全ては受け入れるより他ないのじゃよ。事が起きた時、そなたがそなたであろう様に私にできる事はここまでじゃ」
フルフルと震え、声を殺し涙を流すマルギットの額にポルデュラはもう一つ口づけをした。
「・・・・はい、ポルデュラ様・・・・」
ドカッドカッドカッ!!!
マルギットがポルデュラへ呼応しようとした時廊大きな足音が控えの間に近づいてきた。
バンアンッ!!!
扉を叩くことなくその大きな足音が扉を勢いよくあけた。
ポルデュラとマルギットは扉へ視線を向ける。
近衛師団の騎士だった。
「失礼を致しますっ!火急の言伝でございますっ!ポルデュラ様っ!至急、訓練施設へお戻り下さいっ!訓練施設にてマデュラ子爵家ルシウス様が訓練中に最上階回路から落下されましたっ!至急、訓練施設へお戻りくださいっ!」
「!!!なに?!」
ガバッ!!!
マルギットは近衛師団の騎士の言葉に飛び起きた。
「今、何と申されましたか!マデュラのルシウスと申されましたかっ!」
近衛師団の騎士はマルギットだと認識すると一瞬驚きを見せた。
「左様にございます。マデュラ子爵家、ルシウス様がっ!」
「あっ・・・・あぁぁぁ・・・・この・・・事でしたか・・・・あぁぁぁ・・・・」
ズルリッ・・・・
マルギットはベッドと上から滑り落ちた。
スッ!!
ポルデュラがマルギットを支える。
顔を近衛師団の騎士の方に向けると状況を確認する。
「ルシウス様はご無事なのか?ルシウス様付従士のガウナはいかがしたっ!」
近衛師団の騎士はマルギットの様子を慮る様に口を濁した。
ポルデュラは察した様にマルギットの両腕を掴むとベッドで横になる様に諭す。
「マルギット殿、私は急ぎ訓練施設に戻る。
マルギット殿はここで休んでおれ。状況が解り次第、使い魔で知らせる。このままここに留まっておれ」
ポルデュラは近衛師団の騎士に騎士団総長付きの女官を一人マルギットへ付き添わせてくれるよう騎士団総長への伝言を頼むとすぐさま部屋を後にした。
マルギットの頭の中に先程の冷たい声が響く。
『そなた、よいのだな。そなたの手で我を真に目覚めさせねば、そなたが大切に思う者達に何が起こるかは解らぬぞ』
「ハイノ・・・・ハイノっ!助けて・・・・」
マルギットはポルデュラの後を追い、訓練施設へ駆けつけたい思いを必死に堪えるのであった。
マルギットは重い瞼を開けた。
暗闇の中に赤黒い光がポツンと見えた。
「ここは・・・・?」
マルギットは赤黒い光の方へ吸い寄せられる様に歩き出した。
一歩踏み出す度にフワフワと足元が揺れる。
「ここは?どこ?・・・・足元がおぼつかない・・・・」
ポツリ、ポツリと呟きながら赤黒い光へ近づく。
赤黒い光の姿が徐々に鮮明になってくる。どうやら人が佇んでいる様だ。
臙脂色の身体に沿う様なスラリとしたドレスを身に纏った女性のようだ。
更に近づくと腰まである赤い髪が目に入った。
ギクリッ!!!
マルギットは何故かこれ以上近づいては行けない気がした。
引き寄せられる様に進む足を止めようとするが、己の意思で止めることができない。
「なっ!なぜ?なぜ止まらぬのだ」
尚も静かに近づくと赤黒い光を発し、臙脂色のドレスを纏った赤い髪の女性が振り向いた。
ドキリッ!!!
振りむいた女性は鏡に映るマルギットそのものだった。
「あっ・・・・あっ・・・・ここは・・・」
マルギットは己の意思で動かすことができず進む足を何とか止めようと太腿を押えた。
ニヤリッ・・・・
振りむいたマルギットに顔立ちがそっくりの女性がニヤリと笑った。
『ふっ・・・・ふふっ・・・・待ちかねたぞ、マルギット!』
その声は5年前にポルデュラが鎮めたマルギットの中にいるもう一人のマルギットの憎しみの黒の影のものだった。
『どうしたのだ?黒い影でないことに驚いたのか?ふふふ・・・・そなたの子が我の糧になってくれた。この姿があるのはそなたの子のお陰だ』
「なっ、何を言っているの?」
『解らぬ訳がなかろう?その様に己を偽るのも終わりだ。全て、そなたが望んだ事だ。小さき頃から堪えに堪えたそなたの憎しみ、怒り、苦しみ、全てを晴らす刻がきたのだ。ようやく、ここまでこれたのだぞ。少しは喜べ』
臙脂色のドレスを着たマルギットはニヤリと笑い口元に左手を添えた。
『準備は整ったのだ。5年前に風の魔導士ポルデュラにそなたの泉深くに鎮められたがな・・・・ふふふ・・・・それも我の思い描いた通りだ。お陰で力を蓄えられた。あぁ、案ずることはないぞ。泉深くに鎮められた事でそなたの・・・・』
臙脂色のドレスのマルギットが身動きが取れず佇むマルギットを睨む。
『そなたの心の迷いだな・・・・あの不甲斐ないと申していた夫を愛するなど、子らと共に穏やかな日々が幸せだなどと、その様なそなたが思う偽りの日々で湧く感情を受けずに済んだからな。我が闇、黒魔術は相反する光に弱い。そなたが思った偽りの感情は光だ。その光を直接に浴びれば我の力は損なわれる。光に満たされれば我は消滅するからな。ポルデュラに礼を言わねばならんな・・・・ふっふふふっ・・・・はははっ!!!わっはっはっはっ!!!』
突然に臙脂色のドレスを着たマルギットが高らかに笑った。
マルギットは呆然とその姿を見つめていた。
「なにが・・・・その様におかしいのですか?私は、ハイノを心から愛しています。今の暮らしが私の求める安らぎです。偽りなどでは、決して偽りなどではないっ!」
マルギットは己を説得するように大きな声を上げた。
『ふっふふふ・・・・どうした?その様に取り乱すことはなかろう?それが本心であれば、そなたが心底願ったことであれば、今、なぜここにいる?なぜ?ここに来たのだ?解っているのであろう?本心なのではないのだ。偽りを本心と思わなければ己の弱さを拭う事ができなかっただけだ。己を責めずともよい。そなたのあり様は変わらぬのだ。我と同じなのだ。憎かろう?クリソプ男爵が、あやつの言葉に怒りがこみ上げたであろう?黒魔女と罵られたことが、殺してやりたいと願ったであろう?そなたを苦しめ続けたあの男をっ!』
スッ・・・・
フワリッ・・・・
臙脂色のドレスを着たマルギットはマルギットに近づくと左頬を触った。
ヒヤリッ・・・・
ビクッ!!!
左頬に触れた手のあまりの冷たさにマルギットの身体は強張った。
「身体が動くっ!」
マルギットは一歩後づ去った。
バッ!!
ガシッ!!!
勢いよく腰を掴まれると引き寄せられた。
己と同じ緋色の瞳でぎっと睨まれる。
『無駄だ。ここから逃げることはもはやできぬはっ!そなたが己自身でそなたの泉奥深く潜ってきたのだ。我に会う為にな。そして、我を復活される為になっ!そなたが殺したいほど憎んでいるあの男はどうだ?よい働きをしてくれただろう?あやつがそなたを疎んでいることを利用した。黒の影を植え付けたのだ。ふふふ・・・・復活する前では黒魔術は使えぬがな、黒の影を植え付ける位は容易い事だ。後はあやつ自身が育ててくれた。ふふふ・・・・これで、我は復活する』
「そなたがどう動こうと何を考えていようとそなたの思う通りにはさせぬっ!私はハイノと共に王国のため、私と同じマデュラの印を持ち生まれた子のため、100有余年前の憂いを晴らすと決めた。そなたの思う通りにはさせぬっ!いや、決してそなたの思う通りにはならぬっ!」
マルギットは懇親の力を振り絞り、臙脂色のドレスを着たマルギットに抗いの言葉をぶつけた。
『よいぞ、マルギット!その調子だ。その調子で怒りを増幅させればよい。憎しみを膨らませればよい。苦しくなるであろう?本心を偽れば苦しさが増す。取り除きたいであろう?取り除きたいのであれば抗らがうことをやめればよいだけだ。我の声に従え。我に従うことだけがそなたの本心を満足させられるのだ』
ピタリッ!
臙脂色のドレスを着たマルギットがピタリとマルギットの頬に己の頬を寄せた。
『どうだ?冷たかろう?そなたの泉は冷たいのだ。このように冷たく、赤黒く、まるで血のようであろう?さぁ、マルギット!我を真に目覚めさせよ。そなたの夫を贄にするのだ。これはそなたの宿命なのだ。宿命を受け入れよ。我を真に復活させることこそがそなたの宿命なのだっ!』
ドンッ!!!
「やめてっ!ハイノを贄になどしないっ!私の本心は変わらぬっ!ハイノと共にっ!生涯ハイノと共にいるっ!宿命なのではないっ!宿命などではないっ!」
マルギットは臙脂のドレスを着たマルギットを突き飛ばし大声を上げた。
『ふっ・・・・そうか、残念だな。どうしても我を目覚めさせぬというのか。そうか・・・・ふっふふふ・・・・よかろう。では、我は別の手を使うとしよう。そなた、よいのだな。そなたの手で我を真に目覚めさせねば、そなたが大切に思う者達に何が起こるかは解らぬぞ。そなたを嫌う、マデュラの印を忌み嫌うあの男の思うつぼとなるぞ。忠告はした。せいぜい後悔をせぬことだなっ!!あっはっはっはっ!!!』
フワリッ!!!
突然に足元がぐらりと揺れると身体がフワリと宙に浮いた。
グンッ!!!
背中が何かに引っ張られる。
「なっ、なんだ!?」
グンッ!!!
更に強く背中が引っ張られた。胸が締め付けられる様に痛む。
「うっ・・・・ぐっ!」
マルギットは痛みに堪えられず胸に手を当てるとぐっと瞼を閉じた。
すぅと胸の痛みが軽くなるのを感じた。
『・・・・何だろう?暖かい・・・・』
フワリと清々しい香りが身体を包み込んでいるようだ。
『・・・・これは?ヒソップの香?・・・・』
5年前に死産で子を亡くした時にポルデュラがヒソップの精油を炊いてくれていた時の事を思い出した。
うっすらと目を開けた。
「気が付いたか?丁度、都城に来ていたのでな。エステールのハインリヒ殿にそなたに回復術をと頼まれたのじゃ」
ポルデュラが部屋にヒソップの精油を炊き、回復術を施してくれていた。
当主会談の最中に気を失ったマルギットは都城の控えの間で休まされていた。
「ポルデュラ様・・・・お久しゅうございます・・・・」
ホロリッ・・・・
ポルデュラの姿を目にすると涙がこぼれた。
「そうじゃな。久しいの。マルギット殿」
ポルデュラはマルギットの胸の辺りで円を描く様に銀色の風の珠で回復術を施しながら優しく語りかけた。
「ポルデュラ様・・・・私は、己の中にいるもう一人の私に先程また会いました」
天井を見つめマルギットは告白した。
「・・・・ハイノを贄に復活を黒魔術を復活させることが私の宿命だと言われました」
ホロリッ・・・・
ホロリッ・・・・
涙が眼尻から次から次へと溢れ出る。
「そうか。その様に言われたのか。して、どうすると答えのじゃ?」
ポルデュラがマルギットへ訊ねる。
「断りました。私は生涯ハイノと共にいると、贄になどしないと、強く答えました」
「そうか、よくぞ申したな」
ポルデュラの声がいつになく暖かく感じる。
マルギットはふと不安を覚えた。
ポルデュラはマルギットの言葉に相槌を打つだけでいつもの様にマルギットが己で対処できうる方策へ導びく言葉が出てこなかったからだ。
マルギットは天井へ向けていた視線をポルデュラへ向けた。
ポルデュラは今まで見たことがない哀し気な眼でマルギットに微笑みを向けていた。
マルギットはポルデュラの表情が全てを物語っていると悟った。
「宿命・・・・なのですね。もう一人の私が口にした言葉は真実なのですね・・・・」
ブワッ・・・・
マルギットの目から涙が溢れ出た。ポルデュラの姿が歪む。
「・・・・うぅ・・・・うっうう・・・・」
マルギットは両手を額に乗せると声を殺して涙を流し続けた。
ポルデュはがマルギットの額に乗る両手を取ると強く握った。
スッ・・・・
マルギットの額に口づけをする。
「マルギット殿、気休めじゃ。銀の風の珠を額に授けた。どうなろうともそなたの意志は貫けるじゃろう。だがな・・・・逃れられぬこともある。全ては受け入れるより他ないのじゃよ。事が起きた時、そなたがそなたであろう様に私にできる事はここまでじゃ」
フルフルと震え、声を殺し涙を流すマルギットの額にポルデュラはもう一つ口づけをした。
「・・・・はい、ポルデュラ様・・・・」
ドカッドカッドカッ!!!
マルギットがポルデュラへ呼応しようとした時廊大きな足音が控えの間に近づいてきた。
バンアンッ!!!
扉を叩くことなくその大きな足音が扉を勢いよくあけた。
ポルデュラとマルギットは扉へ視線を向ける。
近衛師団の騎士だった。
「失礼を致しますっ!火急の言伝でございますっ!ポルデュラ様っ!至急、訓練施設へお戻り下さいっ!訓練施設にてマデュラ子爵家ルシウス様が訓練中に最上階回路から落下されましたっ!至急、訓練施設へお戻りくださいっ!」
「!!!なに?!」
ガバッ!!!
マルギットは近衛師団の騎士の言葉に飛び起きた。
「今、何と申されましたか!マデュラのルシウスと申されましたかっ!」
近衛師団の騎士はマルギットだと認識すると一瞬驚きを見せた。
「左様にございます。マデュラ子爵家、ルシウス様がっ!」
「あっ・・・・あぁぁぁ・・・・この・・・事でしたか・・・・あぁぁぁ・・・・」
ズルリッ・・・・
マルギットはベッドと上から滑り落ちた。
スッ!!
ポルデュラがマルギットを支える。
顔を近衛師団の騎士の方に向けると状況を確認する。
「ルシウス様はご無事なのか?ルシウス様付従士のガウナはいかがしたっ!」
近衛師団の騎士はマルギットの様子を慮る様に口を濁した。
ポルデュラは察した様にマルギットの両腕を掴むとベッドで横になる様に諭す。
「マルギット殿、私は急ぎ訓練施設に戻る。
マルギット殿はここで休んでおれ。状況が解り次第、使い魔で知らせる。このままここに留まっておれ」
ポルデュラは近衛師団の騎士に騎士団総長付きの女官を一人マルギットへ付き添わせてくれるよう騎士団総長への伝言を頼むとすぐさま部屋を後にした。
マルギットの頭の中に先程の冷たい声が響く。
『そなた、よいのだな。そなたの手で我を真に目覚めさせねば、そなたが大切に思う者達に何が起こるかは解らぬぞ』
「ハイノ・・・・ハイノっ!助けて・・・・」
マルギットはポルデュラの後を追い、訓練施設へ駆けつけたい思いを必死に堪えるのであった。
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