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第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~
第148話 疑念の行方
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セルジオを抱えたバルドがラルフ商会商館西側の建物に入るのを見届けるとルイーザは筋向いの平屋建ての食堂に向かった。
今日の昼食メニューは団員や人夫達が楽しみにしているエフェラル帝国の料理ラザニアで、どの店も同じものを提供している。
食堂に入ると香ばしい香りが充満していた。
昼食の時間帯には少し早く店内はちらほら客がいる程度で、食事の提供までにはまだ時間が掛かりそうだった。
ルイーザはラルフ商会商館の出入口が見える通りに面した窓近くの4人席に腰かけ暫く往来を眺めていた。
「いらっしゃい。ルイーザ様、お久しぶりじゃないですか」
20分程そうしていると女給のアンナが出来立てのラザニアを運んできた。
給仕をしつつアンナはルイーザの顔をまじまじと見つめる。
「体調が悪い様ではないんですね。安心しましたよ」
この食堂はルイーザ達従士が贔屓にしている店だった。
「ああ、客人の世話係を仰せつかっているからな。館に張り付きだ」
ルイーザは軽く呼応しフォークに手をかけた。
「お客人ですか?お客人って、もしや例のセルジオ騎士団からの使いとか何とかですか?」
ルイーザは口に運ぼうとしたフォークを握る手をピタリと止めた。
「何の話だ?」
ルイーザはアンナの顔を見上げた。
「違うので?ここの所、騎士の方々が来る度、話をされていましてね。何でも身の危険を感じた客人が滞在部屋から外に一歩も出ずに籠っていて、やることなす事マデュラの流儀を辱めているって。それはそれは不愉快そうに話しているものだから、気になっていたんですよ」
ルイーザはアンナの話に目を見開いた。
「アンナ、その話、詳しく・・・・」
「よう、ルイーザ」
ルイーザが噂話の詳細を尋ねようとした所にどかどかと大勢のマデュラ騎士団従士が入ってきた。
「いらっしゃい。ルイーザ様、ごめんなさいね。これから忙しくなるからまた今度」
そう言うとアンナは給仕に戻っていった。
ルイーザのテーブルを挟んだ対面に声を掛けた従士がドカッと腰かける。
「お前、何でここにいるんだ?滞在部屋の護衛はどうした?」
ニソニソ笑いを浮かべ従士は横柄にルイーザに言った。
「大方、客人に頼まれごとでもしたんだろうよ。いい気なもんだよな、セルジオ騎士団団長の名代だかなんだか知らないが、俺たちをこき使いやがって。ブレン様もブレン様だ。自らあいつらの案内役をされるなど益々マデュラの名が廃れるってもんだろう?ルイーザもそう思わないか?お前も難儀だよな、ここ一週間、館に張り付きだろう?俺たちを信じられなければさっさと帰れってんだ。それとも何か?もう、死んだか?体裁が悪いから隠しているのか?あはははははっ!!俺たちを辱めた罰が下ったってことだろ!いい気味だっ!」
ガタンッ!!!!
従士の言葉にルイーザは立ち上がり胸倉を掴んだ。
「お前っ!まさか、その口ぶりで方々に言って回っているのかっ!おいっ!!」
ガタンッ!!!
「放せっ!!!!」
従士は胸倉を掴んだルイーザの手を力任せに振り払った。
ガタンッガタンッ!!!!
ルイーザは唖然とする従士に詰め寄り、両手で胸倉を掴む。
「おいっ!!答えろっ!!お前、今の話を吹聴して回っているのかっ!!!」
ルイーザは従士を睨み、詰め寄りテーブルに激しく身体を打ち付けた。
「その軽はずみな言動がっ!これまで我らが築いてきたものがっ!ブレン様のご苦労がっ!無駄になると・・・・」
ルイーザが大声で従士の言動を諫ていると突然に店の前通りが騒がしくなった。
通りへ目をやるとマデュラの騎士と従士が血相を変えて船着き場方面へ走っていくのが見えた。
商船の到着を報せる鐘の音が鳴らされたでもないのに昼食もそこそこに騎士と従士が船着き場に向かうなどあるはずがない。
ルイーザが外の様子を窺おうと胸倉を掴む力を弱めると従士はルイーザの両手を払った。
「ゴホッ!!!お前・・・・ゴホッ!!!俺に喧嘩を売る気かっ!!!」
騎士団団員同士の争いは厳罰に処せられる。それを解っていても抑えらない程、激昂した従士がルイーザに掴みかかった。
「大変だっ!!!ブレン様が食堂でっ!!」
船着き場方面から通りを逆走してきた従士が食堂に駆け込んできた。
取っ組み合いになる寸での所でルイーザと従士はお互い我に返った。
食堂に駆け込んできた従士は「はぁはぁ」と息を乱し、身体を小刻みに震わせている。
「どうしたっ!!」
ルイーザは駆け込んできた従士に駆け寄り身体を支えた。
「ブッ、ブレン様が・・・・はぁ、はぁ、ブレン様がっ!皆に問い詰められているっ!!」
従士はどうしていいか分らず、とにかく皆にこの事態を知らせねばと行きつけの食堂に駆け込んだと告げた。
ルイーザと言い争いをしていた従士は顔を見合わせると一目散に船着き場方面へ駆け出した。
船着き場近くのブレン行きつけの三階建ての食堂が見えてくると既に店の前に騎士と従士が大勢集まり、我先に店内に入ろうと出入口から人が溢れている状態だった。
「・・・・これは・・・・何が起こっているのだ・・・・」
第一隊長コーエンと第二隊長エデルが謹慎している今、起こった事態を収拾させる術を持ち合わせている者はマデュラ騎士団にはいない。
ルイーザの頭に最悪の情景が浮かんだ。
暫くすれば王都から商船が3艘入港する。人夫はともかく入港後の統制を執る騎士と従士がいなければ荷受けすらままならないだろう。
いるはずの騎士と従士が荷受け場にいないとなれば商船船員は不審に思うはずだ。まして船員達がこの状況を目にしたならマデュラ騎士団がいよいよ王国に反旗を翻したとたちまち粛清の対象となるに違いない。
強い血香を全身に纏う騎士と従士を目の前にルイーザは途方に暮れた。
わぁわぁと店内から漏れ聞こえる声にルイーザはハッとする。
(コーエン様とエデル様を何としてでもお連れせねばっ・・・・)
ルイーザは思い至り踵を返そうと振り向いた。
「ルイーザ、大事ないぞ。起こるべくして起こった事だ。我らに任せておけ」
目の前にコーエンとエデルの姿があった。
「コーエン様っ!エデル様っ!!」
ルイーザは2人に安堵の表情を向ける。
「そなたはバルド殿をお連れしろっ!セルジオ様もご一緒にだ」
「なぜ?それを・・・・私がお2人をラルフ商会へ・・・・」
ルイーザは謹慎中の2人が己とバルドの行動を把握していた事に驚きを隠せなかった。
「ははは。なに、我らは謹慎していろと言われただけで役目を果たさずともよいと言われた訳ではないからな。セルジオ様ご一行の案内役は陰ながら続行している」
エデルはルイーザを安心させようと肩をポンポンと2度叩いた。
「さっ、ルイーザ早く行けっ!時がないぞっ!王都からの商船が入港する前に普段の通りとならねばマデュラのこの先はなくなるっ!早く行けっ!」
コーエンはルイーザに念を押した。
「よいな。セルジオ様を何としても皆の前にお連れしろ。バルド殿に我らの命に代えてもお守りすると伝えてくれっ!よいなっ!」
「はっ!!!」
ルイーザは力強く呼応するとラルフ商会商館へ向け駆け出した。
騒ぎを聞きつけた野次馬がぞろぞろと船着き場方面へ向かっている。
ルイーザは人混みを掻き分け、ラルフ商会商館へ急いだ。
商館の門扉が見える所まで来るとルイーザは一旦立ち止まり呼吸を整えた。
門番が船着き場方面を気にしている様子が見て取れる。
大きく息を吸い門番に事の次第を伝える言葉を思い浮かべているとセルジオを抱えたバルドが商館から出てきた。
「あっ!!!バルド様っ!!!」
ルイーザは大声でバルドの名を呼び駆け寄った。
「ルイーザ殿、そのように慌てて、いかがなさいましたか?」
バルドは平静を崩さずルイーザに呼応した。
ルイーザがバルドに抱えられるセルジオへ目を向けると一回り小さくはなっているがしっかりとした目線を向けている。
「!!!セルジオ様っ!!目覚められたのですか!!!」
ルイーザは大声を上げその場に跪いた。
セルジオはルイーザを見下ろし静かに呼応する。
「はい、ご心配をお掛け致しました。もう、大事ございません」
穏やかではあるが一言一言に力がこもっている。
ルイーザは安堵のあまり大きく息を吐いた。
「よかった・・・・本当によかった・・・・これで・・・・あっ!!!こうしてはおられぬのですっ!」
ルイーザは立ち上がった。
「セルジオ様がお目覚めになられて大変嬉しゅうございます。お目覚め早々に不躾な事は重々承知しておりますっ!!!」
ルイーザは左手を胸にあて跪いた。
「我がマデュラ騎士団はただ今窮地にあり、セルジオ様、バルド様にお力添え頂きたくっ!どうか、同道願えませんでしょうかっ!!!」
ルイーザの鬼気迫る様子にセルジオはバルドにコクンと一つ頷いた。
「ルイーザ殿、何が起こっていますのかお話し下さいますか?」
バルドがなだめる様な口調でルイーザに状況の確認をするが、慌てふためくルイーザは居ても立っても居られない様子だ。
「はっ!!!ただ、時がございませんっ!道々かいつまんでお話ししますっ!」
ルイーザはすっくと立ち上がり船着き場方面を指し示すと急ぎ足で歩きはじめた。
バルドはルイーザの横に並び歩調を合わせる。
ルイーザは逸る気持ちを必死に抑えバルドとセルジオに事の次第を伝えた。そして己の思いを吐露する。
「万が一、ブレン様が騎士と従士を抑えられなければ、その時は我ら騎士団は粛清の対象となりますっ!ここまで、やっとの思いで皆が積み上げてきた事が一瞬の内に水泡と消えるっ!
その様な事があってはならぬのですっ!我らマデュラの不始末に甚だ身勝手なお願いだと解っていますっ!ですがっ!今のブレン様をお救いするにはセルジオ様にお力添えを頂く他、手立てがありませんっ!
どうか、どうか、セルジオ様にお力添えを頂きたくっ!!お願い申しますっ!コーエン様とエデル様からも言伝を預かっておりますっ!皆様のお命は我らが命に代えてお守りするっ!私も同じ思いですっ!!!何卒っ!お力添えをっ!」
歩調を緩める事なくセルジオとバルドに懇願するルイーザの訴えをセルジオは黙って聴いていた。
ルイーザは己の思いの丈を伝えると歩調を早めた。
「角を曲がった先にブレン様行きつけの食堂が・・・・・なっ!!!」
船着き場へ向けて南に角を曲がると三階建ての食堂前は騎士と従士、野次馬でごった返していた。
(これは粛清の対象となると思われて致し方あるまい)
バルドは影部隊アジトで騒ぎの一報を伝えたアルナが慌てていた様に納得する。
ルイーザは呆然と人混みを眺めていた。
「なぜ・・・・なぜだ・・・・このままでは本当に・・・・なぜだっ!!!」
ルイーザがマデュラ騎士団のこの先を憂いた叫びを気に留める者は一人もいなかった。
時既に遅しと、うな垂れるルイーザの横をセルジオを抱えたバルドが一歩踏み出した。
「我が名はセルジオ・ド・エステール、当代の青き血が流れるコマンドールです。青と赤の因縁の終わりの始まりをブレン様と共に宣誓するため参じました。皆さま、道をお開けいただけませんか?」
ザザッ!!!
セルジオの声に人だかりの視線が一気に集中し、食堂の出入口までの人垣が左右にパカリと割れた。
「感謝もうします」
セルジオが軽く頭を下げながら礼を述べると
バルドはスッと出入口へ歩みを進めた。
うな垂れていたルイーザは慌てて2人の後を追う。
食堂の出入口まで歩みを進めると食堂の中は騎士と従士でひしめき合っていた。
つい先ほどまで漏れ聞こえていたブレンの声は途絶え、食堂内は水を打ったように静まり返っている。
バルドは食堂内から血香が醸し出されていない事を確認するとセルジオにそっと耳打ちした。
「セルジオ様、今が最善と心得ます」
セルジオはバルドの深い紫色の瞳をじっと見つめ静かに呼応した。
「承知した」
目を閉じ呼吸を整えセルジオは大きく息を吸った。
「皆様、道をお開け頂けませんか?」
バッ!!!
食堂内の視線が一気にセルジオに集中した。
ルイーザはすかさずセルジオを抱えるバルドの前に出て2人を守護する態勢を取り、コーエンとエデルの姿を探した。
食堂内の中央にいる2人の姿を捉えたルイーザはバルドとセルジオを背にその場で跪いた。
「当代の青き血が流れるコマンドール、セルジオ・ド・エステール様にご同道頂きましたっ!」
コーエンとエデルはルイーザの声に大きく頷いた。
「皆っ!道を開けよっ!」
ザッ!!!
コーエンの号令に騎士と従士は中二階へ通じる階段までの道を開け一斉に跪いた。
コツッコツッコツッ・・・・
騎士と従士が跪いた中をバルドに抱えられ進むセルジオの姿は痩せて一回り小さく感じるものの醸し出される精気はブレンを凌ぐ程、強く大きなものだった。
食堂内の騎士と従士はびりびりと雷に打たれた様な衝撃を全身に受ける。
ルイーザが跪いたままエデルへ視線を向けるとエデルは無言で「よくやった」と目配せをした。
コツッコツッコツッ・・・・
静寂を保つ食堂内にバルドの靴音だけが響いていた。
階段を上り中二階に佇むブレンに一歩一歩近づいていく。
セルジオはテーブルと一体化するように気配を消し、この状況を静観しているエリオスとオスカーを目端に捉えると「大事ない」と口元だけ動かし伝えた。
ブレンの脇までくるとバルドはセルジオを床に下ろす。
バルドに背中を支えられ、ようやく立っているセルジオに目を向けたブレンは膝を折り、セルジオの左手を両手でそっと包みこんだ。
「セルジオ殿、お目覚めになられたのですね。ようございました。この度の事、全てブレン・ド・マデュラの不徳の致す所、お詫び申し上げます。責めは私一身にて受ける所存にて騎士と従士の事、何卒ご容赦の程お願い申します」
バッ!!!
ブレンの言葉に騎士と従士は顔を上げ、セルジオの返答を固唾を飲んで見守った。
ブレンはセルジオの青く深い瞳をじっと見つめる。己が命と引き換えにこの場を収めようとしているブレンにセルジオは緩やかな微笑みを向けた。
「ブレン様、ご心配をお掛けいたしました。この通り、食中りもすっかりよくなりました」
セルジオは毒混入を食中りにすり替え、毒気に当てられていたことなどなかった事にしたのだ。
ブレンはセルジオの言葉に目を見開いた。
「団の皆様にも多大なご迷惑をお掛けしましたこと、改めてお詫び申します」
セルジオが頭を下げるといつの間にかセルジオの後ろで控えるエリオスとオスカーも跪き頭を下げた。
セルジオはブレンと瞳をしっかりと合わせ話を続ける。
「我らは古から伝わる因縁の言葉に惑わされていた様に思えてなりません。ブレン様と私はこの度初めて顔を合わせたというのに、まるで遥か昔から見知った者同士、相容れてはならぬ者同士かの様に目に見えぬ壁を作っていたのではないかと思うのです。
今を生きる我らに過去の出来事を拭う事はできません。しかし、これからを築いていくことはできると思うのです。今この時、こうして顔を合わせる事が叶う者同士が手を取り、この先を共に歩むと誓うならば過去から続く禍を招く言葉も意味をなさぬものにでき得ると私は確信しています」
セルジオはここでブレンの顔をじっと見つめた。
「ブレン様はいかがですか?我らを最初に受け入れて下さったのはブレン様とブレン様率いるマデュラ騎士団団員の皆様、そして、マデュラ騎士団城塞に身を置く方々です。ここに集う皆様と共にこれからを共に築いくことはできませんか?青と赤の因縁の言葉など誰も口にすることがなくなる様に」
ブレンの団長としての意志と行動を尊重する為には宣誓はブレンから発する必要があるとセルジオはアロイスから諭されていた。
セルジオはブレンの背中を押す様に己の左手を支えるブレンの右手をぎゅっと握った。
「ブレン様」
セルジオが握る右手に目を落としたブレンは思い至った様にセルジオを強く見返した。
「セルジオ殿、いや、当代の青き血が流れるコマンドールに感謝を」
そう言って頭を下げるとブレンはセルジオを抱き抱え立ち上がった。
食堂中二階から眼下に集うマデュラ騎士団騎士と従士を見回す。
「皆の者っ!!」
ブレンの声が食堂の外にまで響き渡った。
【春華のひとり言】
今日もお読み頂きありがとうございます。
まず、お詫びを!先週、日曜日の更新ができずにごめんなさい!
一周遅れとなりましたが、第148話疑念の行方の回でした。
マデュラ騎士団団員がセルジオ達一行に抱いていた疑念、セルジオ達がマデュラ騎士団へ抱いていた疑念、それぞれの疑念が解消され、お互いのわだかまりが解けていきました。
思いや行動だけでは伝わらない、相手の思い。言葉にすることの大切さを改めて感じます。
とある騎士の遠い記憶も残りわずかで閉幕となります。
ここで訂正をさせて頂きます。
前回、後2話+エピローグとお伝えしておりましたが、今回から後2話(第150話まで)+エピローグで閉幕となります。
最後までお付き合い頂けますと嬉しいです。
次回もよろしくお願い致します。
今日の昼食メニューは団員や人夫達が楽しみにしているエフェラル帝国の料理ラザニアで、どの店も同じものを提供している。
食堂に入ると香ばしい香りが充満していた。
昼食の時間帯には少し早く店内はちらほら客がいる程度で、食事の提供までにはまだ時間が掛かりそうだった。
ルイーザはラルフ商会商館の出入口が見える通りに面した窓近くの4人席に腰かけ暫く往来を眺めていた。
「いらっしゃい。ルイーザ様、お久しぶりじゃないですか」
20分程そうしていると女給のアンナが出来立てのラザニアを運んできた。
給仕をしつつアンナはルイーザの顔をまじまじと見つめる。
「体調が悪い様ではないんですね。安心しましたよ」
この食堂はルイーザ達従士が贔屓にしている店だった。
「ああ、客人の世話係を仰せつかっているからな。館に張り付きだ」
ルイーザは軽く呼応しフォークに手をかけた。
「お客人ですか?お客人って、もしや例のセルジオ騎士団からの使いとか何とかですか?」
ルイーザは口に運ぼうとしたフォークを握る手をピタリと止めた。
「何の話だ?」
ルイーザはアンナの顔を見上げた。
「違うので?ここの所、騎士の方々が来る度、話をされていましてね。何でも身の危険を感じた客人が滞在部屋から外に一歩も出ずに籠っていて、やることなす事マデュラの流儀を辱めているって。それはそれは不愉快そうに話しているものだから、気になっていたんですよ」
ルイーザはアンナの話に目を見開いた。
「アンナ、その話、詳しく・・・・」
「よう、ルイーザ」
ルイーザが噂話の詳細を尋ねようとした所にどかどかと大勢のマデュラ騎士団従士が入ってきた。
「いらっしゃい。ルイーザ様、ごめんなさいね。これから忙しくなるからまた今度」
そう言うとアンナは給仕に戻っていった。
ルイーザのテーブルを挟んだ対面に声を掛けた従士がドカッと腰かける。
「お前、何でここにいるんだ?滞在部屋の護衛はどうした?」
ニソニソ笑いを浮かべ従士は横柄にルイーザに言った。
「大方、客人に頼まれごとでもしたんだろうよ。いい気なもんだよな、セルジオ騎士団団長の名代だかなんだか知らないが、俺たちをこき使いやがって。ブレン様もブレン様だ。自らあいつらの案内役をされるなど益々マデュラの名が廃れるってもんだろう?ルイーザもそう思わないか?お前も難儀だよな、ここ一週間、館に張り付きだろう?俺たちを信じられなければさっさと帰れってんだ。それとも何か?もう、死んだか?体裁が悪いから隠しているのか?あはははははっ!!俺たちを辱めた罰が下ったってことだろ!いい気味だっ!」
ガタンッ!!!!
従士の言葉にルイーザは立ち上がり胸倉を掴んだ。
「お前っ!まさか、その口ぶりで方々に言って回っているのかっ!おいっ!!」
ガタンッ!!!
「放せっ!!!!」
従士は胸倉を掴んだルイーザの手を力任せに振り払った。
ガタンッガタンッ!!!!
ルイーザは唖然とする従士に詰め寄り、両手で胸倉を掴む。
「おいっ!!答えろっ!!お前、今の話を吹聴して回っているのかっ!!!」
ルイーザは従士を睨み、詰め寄りテーブルに激しく身体を打ち付けた。
「その軽はずみな言動がっ!これまで我らが築いてきたものがっ!ブレン様のご苦労がっ!無駄になると・・・・」
ルイーザが大声で従士の言動を諫ていると突然に店の前通りが騒がしくなった。
通りへ目をやるとマデュラの騎士と従士が血相を変えて船着き場方面へ走っていくのが見えた。
商船の到着を報せる鐘の音が鳴らされたでもないのに昼食もそこそこに騎士と従士が船着き場に向かうなどあるはずがない。
ルイーザが外の様子を窺おうと胸倉を掴む力を弱めると従士はルイーザの両手を払った。
「ゴホッ!!!お前・・・・ゴホッ!!!俺に喧嘩を売る気かっ!!!」
騎士団団員同士の争いは厳罰に処せられる。それを解っていても抑えらない程、激昂した従士がルイーザに掴みかかった。
「大変だっ!!!ブレン様が食堂でっ!!」
船着き場方面から通りを逆走してきた従士が食堂に駆け込んできた。
取っ組み合いになる寸での所でルイーザと従士はお互い我に返った。
食堂に駆け込んできた従士は「はぁはぁ」と息を乱し、身体を小刻みに震わせている。
「どうしたっ!!」
ルイーザは駆け込んできた従士に駆け寄り身体を支えた。
「ブッ、ブレン様が・・・・はぁ、はぁ、ブレン様がっ!皆に問い詰められているっ!!」
従士はどうしていいか分らず、とにかく皆にこの事態を知らせねばと行きつけの食堂に駆け込んだと告げた。
ルイーザと言い争いをしていた従士は顔を見合わせると一目散に船着き場方面へ駆け出した。
船着き場近くのブレン行きつけの三階建ての食堂が見えてくると既に店の前に騎士と従士が大勢集まり、我先に店内に入ろうと出入口から人が溢れている状態だった。
「・・・・これは・・・・何が起こっているのだ・・・・」
第一隊長コーエンと第二隊長エデルが謹慎している今、起こった事態を収拾させる術を持ち合わせている者はマデュラ騎士団にはいない。
ルイーザの頭に最悪の情景が浮かんだ。
暫くすれば王都から商船が3艘入港する。人夫はともかく入港後の統制を執る騎士と従士がいなければ荷受けすらままならないだろう。
いるはずの騎士と従士が荷受け場にいないとなれば商船船員は不審に思うはずだ。まして船員達がこの状況を目にしたならマデュラ騎士団がいよいよ王国に反旗を翻したとたちまち粛清の対象となるに違いない。
強い血香を全身に纏う騎士と従士を目の前にルイーザは途方に暮れた。
わぁわぁと店内から漏れ聞こえる声にルイーザはハッとする。
(コーエン様とエデル様を何としてでもお連れせねばっ・・・・)
ルイーザは思い至り踵を返そうと振り向いた。
「ルイーザ、大事ないぞ。起こるべくして起こった事だ。我らに任せておけ」
目の前にコーエンとエデルの姿があった。
「コーエン様っ!エデル様っ!!」
ルイーザは2人に安堵の表情を向ける。
「そなたはバルド殿をお連れしろっ!セルジオ様もご一緒にだ」
「なぜ?それを・・・・私がお2人をラルフ商会へ・・・・」
ルイーザは謹慎中の2人が己とバルドの行動を把握していた事に驚きを隠せなかった。
「ははは。なに、我らは謹慎していろと言われただけで役目を果たさずともよいと言われた訳ではないからな。セルジオ様ご一行の案内役は陰ながら続行している」
エデルはルイーザを安心させようと肩をポンポンと2度叩いた。
「さっ、ルイーザ早く行けっ!時がないぞっ!王都からの商船が入港する前に普段の通りとならねばマデュラのこの先はなくなるっ!早く行けっ!」
コーエンはルイーザに念を押した。
「よいな。セルジオ様を何としても皆の前にお連れしろ。バルド殿に我らの命に代えてもお守りすると伝えてくれっ!よいなっ!」
「はっ!!!」
ルイーザは力強く呼応するとラルフ商会商館へ向け駆け出した。
騒ぎを聞きつけた野次馬がぞろぞろと船着き場方面へ向かっている。
ルイーザは人混みを掻き分け、ラルフ商会商館へ急いだ。
商館の門扉が見える所まで来るとルイーザは一旦立ち止まり呼吸を整えた。
門番が船着き場方面を気にしている様子が見て取れる。
大きく息を吸い門番に事の次第を伝える言葉を思い浮かべているとセルジオを抱えたバルドが商館から出てきた。
「あっ!!!バルド様っ!!!」
ルイーザは大声でバルドの名を呼び駆け寄った。
「ルイーザ殿、そのように慌てて、いかがなさいましたか?」
バルドは平静を崩さずルイーザに呼応した。
ルイーザがバルドに抱えられるセルジオへ目を向けると一回り小さくはなっているがしっかりとした目線を向けている。
「!!!セルジオ様っ!!目覚められたのですか!!!」
ルイーザは大声を上げその場に跪いた。
セルジオはルイーザを見下ろし静かに呼応する。
「はい、ご心配をお掛け致しました。もう、大事ございません」
穏やかではあるが一言一言に力がこもっている。
ルイーザは安堵のあまり大きく息を吐いた。
「よかった・・・・本当によかった・・・・これで・・・・あっ!!!こうしてはおられぬのですっ!」
ルイーザは立ち上がった。
「セルジオ様がお目覚めになられて大変嬉しゅうございます。お目覚め早々に不躾な事は重々承知しておりますっ!!!」
ルイーザは左手を胸にあて跪いた。
「我がマデュラ騎士団はただ今窮地にあり、セルジオ様、バルド様にお力添え頂きたくっ!どうか、同道願えませんでしょうかっ!!!」
ルイーザの鬼気迫る様子にセルジオはバルドにコクンと一つ頷いた。
「ルイーザ殿、何が起こっていますのかお話し下さいますか?」
バルドがなだめる様な口調でルイーザに状況の確認をするが、慌てふためくルイーザは居ても立っても居られない様子だ。
「はっ!!!ただ、時がございませんっ!道々かいつまんでお話ししますっ!」
ルイーザはすっくと立ち上がり船着き場方面を指し示すと急ぎ足で歩きはじめた。
バルドはルイーザの横に並び歩調を合わせる。
ルイーザは逸る気持ちを必死に抑えバルドとセルジオに事の次第を伝えた。そして己の思いを吐露する。
「万が一、ブレン様が騎士と従士を抑えられなければ、その時は我ら騎士団は粛清の対象となりますっ!ここまで、やっとの思いで皆が積み上げてきた事が一瞬の内に水泡と消えるっ!
その様な事があってはならぬのですっ!我らマデュラの不始末に甚だ身勝手なお願いだと解っていますっ!ですがっ!今のブレン様をお救いするにはセルジオ様にお力添えを頂く他、手立てがありませんっ!
どうか、どうか、セルジオ様にお力添えを頂きたくっ!!お願い申しますっ!コーエン様とエデル様からも言伝を預かっておりますっ!皆様のお命は我らが命に代えてお守りするっ!私も同じ思いですっ!!!何卒っ!お力添えをっ!」
歩調を緩める事なくセルジオとバルドに懇願するルイーザの訴えをセルジオは黙って聴いていた。
ルイーザは己の思いの丈を伝えると歩調を早めた。
「角を曲がった先にブレン様行きつけの食堂が・・・・・なっ!!!」
船着き場へ向けて南に角を曲がると三階建ての食堂前は騎士と従士、野次馬でごった返していた。
(これは粛清の対象となると思われて致し方あるまい)
バルドは影部隊アジトで騒ぎの一報を伝えたアルナが慌てていた様に納得する。
ルイーザは呆然と人混みを眺めていた。
「なぜ・・・・なぜだ・・・・このままでは本当に・・・・なぜだっ!!!」
ルイーザがマデュラ騎士団のこの先を憂いた叫びを気に留める者は一人もいなかった。
時既に遅しと、うな垂れるルイーザの横をセルジオを抱えたバルドが一歩踏み出した。
「我が名はセルジオ・ド・エステール、当代の青き血が流れるコマンドールです。青と赤の因縁の終わりの始まりをブレン様と共に宣誓するため参じました。皆さま、道をお開けいただけませんか?」
ザザッ!!!
セルジオの声に人だかりの視線が一気に集中し、食堂の出入口までの人垣が左右にパカリと割れた。
「感謝もうします」
セルジオが軽く頭を下げながら礼を述べると
バルドはスッと出入口へ歩みを進めた。
うな垂れていたルイーザは慌てて2人の後を追う。
食堂の出入口まで歩みを進めると食堂の中は騎士と従士でひしめき合っていた。
つい先ほどまで漏れ聞こえていたブレンの声は途絶え、食堂内は水を打ったように静まり返っている。
バルドは食堂内から血香が醸し出されていない事を確認するとセルジオにそっと耳打ちした。
「セルジオ様、今が最善と心得ます」
セルジオはバルドの深い紫色の瞳をじっと見つめ静かに呼応した。
「承知した」
目を閉じ呼吸を整えセルジオは大きく息を吸った。
「皆様、道をお開け頂けませんか?」
バッ!!!
食堂内の視線が一気にセルジオに集中した。
ルイーザはすかさずセルジオを抱えるバルドの前に出て2人を守護する態勢を取り、コーエンとエデルの姿を探した。
食堂内の中央にいる2人の姿を捉えたルイーザはバルドとセルジオを背にその場で跪いた。
「当代の青き血が流れるコマンドール、セルジオ・ド・エステール様にご同道頂きましたっ!」
コーエンとエデルはルイーザの声に大きく頷いた。
「皆っ!道を開けよっ!」
ザッ!!!
コーエンの号令に騎士と従士は中二階へ通じる階段までの道を開け一斉に跪いた。
コツッコツッコツッ・・・・
騎士と従士が跪いた中をバルドに抱えられ進むセルジオの姿は痩せて一回り小さく感じるものの醸し出される精気はブレンを凌ぐ程、強く大きなものだった。
食堂内の騎士と従士はびりびりと雷に打たれた様な衝撃を全身に受ける。
ルイーザが跪いたままエデルへ視線を向けるとエデルは無言で「よくやった」と目配せをした。
コツッコツッコツッ・・・・
静寂を保つ食堂内にバルドの靴音だけが響いていた。
階段を上り中二階に佇むブレンに一歩一歩近づいていく。
セルジオはテーブルと一体化するように気配を消し、この状況を静観しているエリオスとオスカーを目端に捉えると「大事ない」と口元だけ動かし伝えた。
ブレンの脇までくるとバルドはセルジオを床に下ろす。
バルドに背中を支えられ、ようやく立っているセルジオに目を向けたブレンは膝を折り、セルジオの左手を両手でそっと包みこんだ。
「セルジオ殿、お目覚めになられたのですね。ようございました。この度の事、全てブレン・ド・マデュラの不徳の致す所、お詫び申し上げます。責めは私一身にて受ける所存にて騎士と従士の事、何卒ご容赦の程お願い申します」
バッ!!!
ブレンの言葉に騎士と従士は顔を上げ、セルジオの返答を固唾を飲んで見守った。
ブレンはセルジオの青く深い瞳をじっと見つめる。己が命と引き換えにこの場を収めようとしているブレンにセルジオは緩やかな微笑みを向けた。
「ブレン様、ご心配をお掛けいたしました。この通り、食中りもすっかりよくなりました」
セルジオは毒混入を食中りにすり替え、毒気に当てられていたことなどなかった事にしたのだ。
ブレンはセルジオの言葉に目を見開いた。
「団の皆様にも多大なご迷惑をお掛けしましたこと、改めてお詫び申します」
セルジオが頭を下げるといつの間にかセルジオの後ろで控えるエリオスとオスカーも跪き頭を下げた。
セルジオはブレンと瞳をしっかりと合わせ話を続ける。
「我らは古から伝わる因縁の言葉に惑わされていた様に思えてなりません。ブレン様と私はこの度初めて顔を合わせたというのに、まるで遥か昔から見知った者同士、相容れてはならぬ者同士かの様に目に見えぬ壁を作っていたのではないかと思うのです。
今を生きる我らに過去の出来事を拭う事はできません。しかし、これからを築いていくことはできると思うのです。今この時、こうして顔を合わせる事が叶う者同士が手を取り、この先を共に歩むと誓うならば過去から続く禍を招く言葉も意味をなさぬものにでき得ると私は確信しています」
セルジオはここでブレンの顔をじっと見つめた。
「ブレン様はいかがですか?我らを最初に受け入れて下さったのはブレン様とブレン様率いるマデュラ騎士団団員の皆様、そして、マデュラ騎士団城塞に身を置く方々です。ここに集う皆様と共にこれからを共に築いくことはできませんか?青と赤の因縁の言葉など誰も口にすることがなくなる様に」
ブレンの団長としての意志と行動を尊重する為には宣誓はブレンから発する必要があるとセルジオはアロイスから諭されていた。
セルジオはブレンの背中を押す様に己の左手を支えるブレンの右手をぎゅっと握った。
「ブレン様」
セルジオが握る右手に目を落としたブレンは思い至った様にセルジオを強く見返した。
「セルジオ殿、いや、当代の青き血が流れるコマンドールに感謝を」
そう言って頭を下げるとブレンはセルジオを抱き抱え立ち上がった。
食堂中二階から眼下に集うマデュラ騎士団騎士と従士を見回す。
「皆の者っ!!」
ブレンの声が食堂の外にまで響き渡った。
【春華のひとり言】
今日もお読み頂きありがとうございます。
まず、お詫びを!先週、日曜日の更新ができずにごめんなさい!
一周遅れとなりましたが、第148話疑念の行方の回でした。
マデュラ騎士団団員がセルジオ達一行に抱いていた疑念、セルジオ達がマデュラ騎士団へ抱いていた疑念、それぞれの疑念が解消され、お互いのわだかまりが解けていきました。
思いや行動だけでは伝わらない、相手の思い。言葉にすることの大切さを改めて感じます。
とある騎士の遠い記憶も残りわずかで閉幕となります。
ここで訂正をさせて頂きます。
前回、後2話+エピローグとお伝えしておりましたが、今回から後2話(第150話まで)+エピローグで閉幕となります。
最後までお付き合い頂けますと嬉しいです。
次回もよろしくお願い致します。
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