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第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~

第136話 毒殺計画の真相

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――――マデュラ騎士団城塞 セルジオ一行滞在部屋(現在)――――

「カイ、アロイス様から言伝か?」

窓辺にフワリと降り立ったポルデュラの使い魔ハヤブサのカイを左腕に乗せるとバルドは
カイの胸の辺りにそっと触れた。

カサッ・・・・

小さな小枝を取り出しパキリッと半分に折り曲げると仕込まれている紙片を取り出した。

『月の雫、蒼の水と銀の風にて光取り戻すこと叶わず。黄金の光を求め天使の河を上る。汝、天使が白を纏う時を待て。そらに水龍現れ土の加護を受けし者、その手に抱かん』

バルドが目を通すか通さぬ内に紙片は銀色の砂状に砕けサラサラと窓外に飛んでいった。

バルドはカイの胸を優しくなでる。

「カイ、ご苦労だった。気を付けて戻るのだぞ」

ファサッ・・・・

左腕を窓外に出すとカイを飛ばした。

神妙な面持ちを向けるエリオスとオスカーに向き直り、バルドは少し不安げな顔を向けた。

「セルジオ様の毒気が抜けぬ様です。王都へ向け明朝出発するとのこと。夜明け前にウンディーネ様がこちらへセルジオ様の身代わりを届けて下さるとのことです。恐らく土人形かと」

アロイスの言伝を告げながらバルドは両手拳をぎゅっと握った。

ポルデュラの結界に守られているとはいえ、他ならぬマデュラの地で警戒していたはずだ。

己の油断が招いた事態にバルドは怒りを覚えずにはいられなかった。

エリオスがバルドの様子を察し、口調でたしなめる。

「バルド殿、我らに今できる事は黒魔女の思惑通りとならぬ行いをすることです。セルジオ様の身代わり人形が届くのであれば、セルジオ様の不在をマデュラ騎士団に気取られぬ様、振舞う事のみ。そうではありませんか?我らがここでセルジオ様の御身を案じた所でセルジオ様は回復されぬでしょう?まして、その様に向ける先を失った怒りを露わにされては黒魔女の思うつぼではありませんか?」

エリオスはバルドの深い紫色の瞳を強く見返した。

バルドはオスカーと顔を見合わせ「ふっ」と一息ついた。

エリオスの前へ進み出て跪き左手を胸に当てた。オスカーもバルドに倣う。

「エリオス様、感謝申します。己の役目を忘れ主の元へ馳せ参じたい思いに駆られておりました。エリオス様のお言葉がなければ私は己を見失う所でありました。諫言かんげん、感謝申します。セルジオ様が不在の間、エリオス様が我が主となります。この身を賭してお仕え致します」

バルドとオスカーは頭を下げた。

エリオスは一瞬、躊躇った表情を浮かべるが、ぐっと両手拳を握り顎を上げた。

「バルド殿、オスカー、これよりセルジオ様が不在のことマデュラ騎士団に悟られぬ事を第一とする。されど我らの役目は何ら変わらない。貴族騎士団同士の友好を深めること、そのあり様を詳らかにすること。この二点のみ。見事役目を果たし皆でセルジオ騎士団城塞西の屋敷に帰還するのだ。誰一人として欠けることなくだ。よいな」

エリオスは部屋の外に漏れない様、声を落としてはいるものの胸を張り、顎を上げ、力強く言い放った。

「はっ!」
「はっ!」

バルドとオスカーはエリオスの成長に頼もしさを感じながら力強く呼応した。

トンットンットンッ・・・・

滞在部屋の扉が叩かれた。

「失礼を致します。湯浴みの湯をお持ち致しました」

ルイーザが扉が開かれるのを待っている様子が窺えた。

「ルイーザ殿、どうぞお入り下さい」

オスカーが扉を開けルイーザと湯運びの下男4人を招き入れた。

「遅くなりまして申し訳ありません。直ぐに準備を致します」

ルイーザは西側の仕切り扉を開け下男に湯浴みの準備を指示する。

バルドはエリオスとオスカーに「お先にどうぞ」と一言告げると南側のベッドに横たわるセルジオを装ったマントにくるまれた荷物に近づいた。

すっかり日の落ちた紺碧の空を見上げる。

『セルジオ様、どうか、どうか、ご無事でお戻り下さい』

バルドは両手を結び天に願いをかけた。



――――エンジェラ河河岸船着き場
     (セルジオ一行マデュラ騎士団城塞祝宴前)――――

無言で見つめるベルホルトにポルデュラは静かに語り掛けた。

「退いたとはいえ、王国5伯爵家序列第三位の当主を務めた者じゃろう?禁忌の何たるかは存じているはずじゃ。禁忌を犯してでも守らねばならぬ事があったのか?」

ベルホルトはポルデュラの言葉に大きく息を吐いた。

「観念致せ、ベルホルト殿。ここで全てを話せばまだ間に合うのではないのか?そうじゃろう?全てをつまびらかにし、王国の危機を救った当主として名を残せばよかろう?」

ポルデュラはバラの花びらが浮かぶカップをそっとベルホルトの両手に握らせた。

「入れ直した茶じゃ。喉を潤してはいかがじゃ?」

「・・・・」

カップの中で揺れるバラの花びらをベルホルトは暫く無言で眺めていた。

「アロイスはそなたを尊重すればこそ捕えたまま、この場に留め置いたのじゃぞ。他の者は自白薬を使うまでもなく全て白状しておる。カリソベリルの私兵を使わずゴロツキを雇えば忠誠など無いに等しい。逃走を図った者は既にむくろとなった。王国の禁忌を犯すとはそういうことじゃろう?ベルホルト殿。そなたが守りたいものはなんなのだ?」

穏やかに語り掛けるポルデュラにベルホルトは諦めの表情を向けた。

「ポルデュラ様、全てお話し致します」

ベルホルトはすっと立ち上がるとポルデュラに椅子を勧め、自らはベッドの縁に腰を下ろした。

一口バラの花の茶をすすり、大きく息を吸うと静かに語り出した。

「我がカリソベリル領にセルジオ様一行が訪れた所から事は始まりました」

カップから伝わる温もりを確かめる様に両手でぎゅっと包みこむ。

「我がカリソベリルは王国序列三位の伯爵家。とはいえ序列四位のカーネリアン伯爵、序列五位のヘリオドール伯爵に財も領地運営も戦力も遠く及びません。それ故、当主会談での発言もままならぬ有様でした」

ユラユラとカップを揺すりバラの花を口に含むと香りを愉しむ様に飲み込んだ。

「これと言った手腕がある訳でもない私は領地運営のコツを序列第一位エステール伯爵家当主ハインリヒ様に教えを請いたいと願いでました。8年ほど前の事です」

ベルホルトはあおる様に一気にバラの花の茶を飲み干した。

「その頃には王家星読みダグマル様によって青き血が流れるコマンドールの再来が予見されておりました。ハインリヒ様が当主を引き継がれて間もない頃でしたから・・・・当然、この先生まれてくるであろうお子が再来の者とお覚悟を決めているご様子で・・・・」

ベルホルトは一旦大きく息を吸った。

「ハインリヒ様は常々申されていました。『シュタイン王国を栄えさせ、他国からの侵略などものともせぬ国にするには富と地位と力が必要だ』と。それ故、『争いの火種になる者も事もシュタイン王国から排除が必要である』と。己が子を手に掛けてでも争いの火種は排除せねばならぬと申されて・・・・私はそのお考えの賛同者の一人です」

ベルホルトが語る内容は王国内では既に周知されていた。

実父ハインリヒが青き血が流れるコマンドールの再来であるセルジオを疎ましく思い、マデュラ子爵当主マルギットと共に己が子の暗殺を企てていることは表立って口にする者はないまでも国王の耳にも届いていた程だ。

国の宝とされる青き血が流れるコマンドールの暗殺を謀ること自体が禁忌の一つだ。

「私は表立って動けぬハインリヒ様の代わりとなり、そのお考えを遂行しようと考えました。カリソベリル騎士団に訪れたセルジオ様を御前試合で負傷させ再起が叶わぬ様に仕向けましたが・・・・あっさりと失敗に終わり・・・・」

ベルホルトはふぅと一つ息を吐き、話を続ける。

「それどころか我が子にはかりごとを悟られ、当主の座を追われる事になるとは夢にも思わず・・・・」

ベルホルトは大きく息を吸いポルデュラとアロイスへ目を向けた。

「ラドフォール公爵家がセルジオ様を守護していると知っていたなら・・・・」

ベルホルトは己の言葉にフルフルと首を振った。

「我が領での御前試合にハインリヒ様をお招きしたのです。私の企てが失敗に終わった事を責め立てはなさいませんでした。しかし、その時に初めてセルジオ様と対面されたご様子で、『このままにはしておけぬ』と呟かれたお言葉が耳に残り、当主会談でお会いした後、王都のエステール私邸を訪ねました・・・・そこで・・・・」

ベルホルトは小刻みに震える身体を両手で抱き抱えた。

「ハインリヒ様の背後から黒の靄が湧き上がり、黒々とした影が私を飲み込みました」

ベルホルトのブルブルと震えが止まらない様子にポルデュラはふわりっと銀色の風を送った。

「ベルホルト様、大事ない。黒の影の欠片は全て浄化した。話を続けてくれぬか?」

ポルデュラから向けられた柔らかな視線にベルホルトはホッとした表情を浮かべる。

「ポルデュラ様、感謝致します」

ひと言ポルデュラに礼を述べると再び語り出した。

「影に飲み込まれた後は己の意思など関係なく操れらる様に・・・・当主を退いた後はセルジオ様一行を追い、訪れた事もない場所に立ち寄り、人を雇い、マデュラの領地で毒を仕込むのだと自然と考えが及びました」

己の行動が恐ろしく感じたのかベルホルトはゴクリッと喉を鳴らした。

「騎士団が守護する船着き場近くの酒場に護衛を伴い滞在しました。二三日すると占い師が現れて。銀杯を渡され『セルジオ様の愛用品ゆえ、騎士団団員に祝宴で使うよう言伝して欲しい』と・・・・占い師は『など仕込んではおりませんのでご安心を』とニヤリと口元を歪め・・・・」

ベルホルトはポルデュラとアロイスの顔を上目遣いで見つめた。

「一週間前に食材の買付に来ていた城塞料理人に渡しました。銀杯の中に占い師から渡された深紫色の乾燥したラベンダーを詰めて」

ベルホルトの言葉にポルデュラの手がピクリッと動いた。

「乾燥したラベンダーだったのじゃな?本当に銀杯だったのか?」

ベルホルトはポルデュラの問いかけにコクリと頷いた。

「そうか。一つ聞くが、騎士団城塞の料理人に渡した物はそれだけか?他に頼まれた事はなかったか?」

ベルホルトはフルフルと首を左右に振った。

「それだけです」

「ふむ。そなたの護衛は銀杯を料理人に渡した時何をしておった?」

「護衛ですか?別の場所で酒を飲んでいたかと・・・・その後直ぐにアロイス様に捕えられましたから」

「そうか。もう一つ聞く。そなたがマデュラの地に入ったのはいつじゃ?」

ポルデュラの結界が施されている船着き場を含めた騎士団城塞は黒の影を纏った者を留めておけないはずだ。

アロイスがベルホルトを捕えたのは3日前、そこからは着岸したラルフ商会商船の船底にいたことになる。

ポルデュラの結界術に作用されずにいたベルホルトを不思議に思っていた。

一月ひとつき程前です。一月の間、前金を払い酒場に滞在していました」

ポルデュラの結界はマデュラ騎士団城塞東門を閉じる事で発動する術を施していた。

結界が発動してから数時間。黒の影の欠片だけが残った状態だったベルホルトは命拾いをしたことになる。

ポルデュラはゆっくりと立ち上がった。

「そうか。よく話してくれた。疲れたじゃろう?このまま少し休めばよい」

ベルホルトは勢いよく顔を上げた。

「しっ、しかし、私は王国の禁忌を・・・・」

フワリッ・・・・

ポルデュラがベルホルトに銀色の風を送るとベルホルトは静かに目を閉じそのまま腰かけていたベッドにパタリッと横たわった。

アロイスがツカツカと進み出て、ベルホルトをベッドへ寝かせる。

「叔母上、これでよかったのですか?この者の始末は・・・・」

アロイスは忌々し気な目線を横たわるベルホルトへ向けた。

「ベルホルト様も黒の影に飲み込まれた被害者じゃ。黒魔女の術でなかったからの。残っていたのが欠片だけで命拾いをしたのじゃ。アロイス殿、クリソプ前男爵とベルホルト様の行いは異なる事を承知してやれ。王国の憂いを晴らす行いと信じていたのじゃろう。ハインリヒ様の考えを言葉を信頼してな」

ポルデュラはベルホルトを見下ろし再び銀の風を送った。

「二三日、このまま眠っていてもらおう。対処はそれからじゃな。アロイス殿、少々急ぐぞ。そろそろ祝宴が始まる頃じゃ。セルジオ様が毒気にやられる前にバルドに知らせねばならぬ」

「はっ!!」

アロイスは呼応するとポルデュラと共に急ぎ船底を後にした。





【春華のひとり言】

今日もお読み頂きありがとうございます。

カリソベリル伯爵前当主が企てはセルジオ毒殺計画。

その背後にいたのはセルジオの実父ハインリヒでした。

何とも悲しい事ですが、執拗にセルジオの命を狙う実父の存在、ハインリヒに傾倒する他貴族の当主たち。

今回、明るみに出たのは「セルジオの毒殺計画」で、騎士団の騎士達に盛られたハナズオウの豆果についての話はありませんでした。

さて、事の真相は「傾倒しすぎた忠誠が及ぼす悲劇」へと繋がっていきます。

次回もよろしくお願い致します。
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