とある騎士の遠い記憶

春華(syunka)

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第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~

第135話 張り巡らされた黒魔女の魔手

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「こちらの部屋をお使い下さい。一通りの物はご用意してありますが、必要な物などございましたらこちらのベルを鳴らしてください。直ぐに私がまいります」

セルジオを包んだ風を装ったマントを大事そうに抱えるバルド達一行を第二隊長エデル配下の従士が滞在部屋に案内した。

眼下にエンジェラ河が見晴らせる部屋は六角塔の最上階だった。

「マデュラの城塞で一番に見晴らしの良い部屋です。夜明け前の情景が美しいのですよ」

そう言うと従士は南東の窓を指し示した。

「こちらは簡易の水屋です。湯浴みの湯は後程運ばせます」

西側の仕切り扉を開閉しながら説明する。

「階下に行かれる時は、こちらのランタンをお使い下さい」

部屋の隅に置かれた文机にランタンが2つ置かれていた。

「ベッドは同じ大きさのものを4台ご用意致しました」

南に2台と出入口の扉を挟んで2台ベッドが配置されていた。

「セルジオ様は大事ございませんか?」

従士はバルドが抱き抱えるセルジオへ目を向けた。

バルドはあえて神妙な面持ちで呼応する。

「数々のご配慮感謝申します」

エリオスとオスカーがバルドの言葉に呼応する様に左手を胸にあて頭を下げた。

「いえ・・・・滅相もございません。本来であれば第二隊長エデル様がご案内する所、私の案内で失礼を致します」

魚の揚げ物に毒が仕込まれた顛末の収拾にマデュラ騎士団の団員達は忙しなく動いていた。

バルドはセルジオとエリオスを部屋で休ませたいとブレンに進言し今に至っている。そんな最中さなかに滞在部屋まで案内してくれた従士に敬意を払う。

「差支えなければお名を伺ってもよろしいですか?」

セルジオ騎士団団長名代であるセルジオとその守護の騎士として客人扱いされている者が従士の名を訪ねたのだ。

従士はバルドの言葉に驚いた顔を見せた。

しかし、本来の案内役である第一隊長コーエンと第二隊長エデルが手を外せない今、名を知らねば勝手が悪いと察した様だ。

従士は跪き左手を胸にあて頭を下げた。

「第二隊長エデル様配下ルイーザと申します。事態収拾までの間、皆様の世話役を任ぜられました。何なりとお申し付け下さい」

茶褐色の髪を後ろで一つに束ねたルイーザは薄茶色の瞳をバルドに真っ直ぐに向けた。

バルドの深みを増した紫色の瞳はルイーザの姿から誠実さがにじみ出ていると捉えた。

「ルイーザ殿、事態収拾の最中さなか、案内役のこと感謝申します。入用いりようの際は遠慮なくベルを使わせて頂きます」

丁寧に呼応したバルドにルイーザはすぐさま反応する。

「はっ!承知致しました。何なりとお申し付け下さい。エデル様が戻られるまでは回廊を渡りました隣の塔に待機しております。ご安心下さい」

己の所在を伝えるとルイーザは静かに退室した。

閉じられた部屋の扉にオスカーが意識を向ける。

「扉の外に2人いますね。護衛のつもりでしょうが、いささか度が過ぎる様に感じます」

騎士団城塞内で食事に毒が混入されることなどあってはならない事だ。その上、他ならぬセルジオ一行を歓迎するうたげで起こった事態に警戒を強めたのだろう。

しかし、オスカーはこちら側に毒を混入した嫌疑がかけられたのではないかと懸念したのだ。

「オスカー殿、これも黒魔女の計略の一つです。我らだけでなく、マデュラ騎士団側にも我らへの疑念を抱かせ、双方相打ちにする魂胆だと・・・・」

バルドはセルジオを包んだ風を装った荷物を扉から一番遠い南窓辺のベッドに置いた。

「湯浴みの湯が運ばれましたらエリオス様と先にお使い下さい。湯浴みが終わりましてから話を致しましょう」

バルドはエリオスとオスカーに微笑むと眼下に望むエンジェラ河に目を向けた。

バサッバサッ!
フワリッ

その様子を待っていたかの様にポルデュラの使い魔ハヤブサのカイが窓辺に降り立った。





―――――マデュラ領エンジェラ河河岸船着き場(セルジオ一行マデュラ騎士団城塞祝宴前)――――

マデュラ子爵領と王都を航行する二艘の小型商船が荷積みを終え翌朝の出航を控え停泊していた。

ヒラヒラと風になびく旗印は8頭の狼が荷馬車を引くラルフ商会のものだ。

トンットンットンッ

船長室の扉が叩かれ静かに開いた。

「アロイス様、お二方様ご到着されました」

船長服を着用したこげ茶色の髪の女性、ラドフォール騎士団、影部隊シャッテンラルフ商会商船船長のイヴォナが黒のマントを纏った2人を連れ立った。

「叔母上様、わざわざのお越し感謝申します。ベアトレス殿、お久しゅうございます」

「いやなに。事、セルジオ様に関しての大事じゃ」

ポルデュラとベアとレスが商船で待機していたラドフォール騎士団団長アロイスに呼ばれ馳せ参じのだ。

「して、捕らえたのか?」

ポルデュラが黒のマントを脱ぎながらアロイスに問いかける。

「はい。船底にいますが・・・・話せますかどうか・・・・」

「造作ない。退しりぞいたとは言え王国5伯爵家序列第三位の元当主じゃ。話せば判らぬではあるまい」

「はっ!叔母上に手数を掛け申し訳ありません」

アロイスはポルデュラに深々と頭を下げた。

「では、早速まいろうかの。何を仕込んだかを早々に聞きださねばなるまい」

「はっ!」

短い呼応の後アロイスは立ち上がった。

アロイスの先導で退室するポルデュラが後ろを振り返った。

「ベアトレスはイヴォナと共にこの場に残れ。後々のわざわいに巻き込まれぬ様にするためじゃ」

「承知しました」

ポルデュラの言葉にベアトレスは素直に従った。

ポルデュラは心配するなと言わんばかりにベアトレスに微笑みを向ける。

「イヴォナ、悪いがベアトレスの相手を頼めるか?異国の茶菓子でも振舞ってやってくれ」

「かしこまりました」

イヴォナの呼応に満足そうな顔をするとポルデュラは静かに扉を閉めた。

コツッコツッコツッ・・・・
ギシッギシッギシッ・・・・

船底への狭い階段をゆっくり下りると積み荷の木箱が整然と並んでいた。

人一人通れる隙間を抜けると行き止まりだった。

4か所の木板の繋ぎ目を2回づつ動かすとガタッと音を立て木板が外れた。

ギイィィィ

アロイスがゆっくりと外側へ木板を押すと太い木枠で仕切られた牢が現れた。

コツッコツッコツッ・・・・

青白い発光石に照らされた牢の中に人影が浮かんだ。

ソファもベッドも設えてある牢と呼ぶには豪奢な部屋で直に床に座り、ブツブツと何やら呟いている。

手元を見ると爪でカリカリと床を剥そうとしていた。指先から血が滴っている。

アロイスがポルデュラへ「あちらに」と一言添えた。

ポルデュラは頷き木枠の外側から牢の中にいる人物に声を掛けた。

「ベルホルト様」

ポルデュラの声掛けが聞こえないのか、一心不乱に床をカリカリとかきむしっている。

「ベルホルト様、伯爵前ご当主、ベルホルト様」

ピクリッ!

伯爵の言葉に牢の中の人物が反応し、ゆっくりとポルデュラへ顔を向けた。

ガタンッ!!!!

ポルデュラの姿を捉えると人物は大きく目を開き木枠にしがみ付いた。

「ラ、ラドフォールのポルデュラ様っ!!!」

爪が剝れ、滴った血が木枠にべったりと付着する。

ポルデュラは静かに木枠に近づいた。

ガタッガタッ!!!

「たっ、助け、助けて下さいっ!!!」

牢の中の人物は必死の形相で木枠に近づいたポルデュラに手を伸ばし大声を上げた。

その手を制そうと前に出たアロイスをポルデュラは静かにたしなめる。

「アロイス殿、大事ない」

アロイスはポルデュラの言葉に従い元いた場所に後退した。

「ああぁ、本当にポルデュラ様でした・・・・ああ、これで私は助かります。ハインリヒ様をどうか、どうか、ハインリヒ様が私を許して下さる様におとりしを・・・・」

血が滴る両手で木枠を握り頭を押し付ける。

「ベルホルト様、仔細をお話し下さらねば状況が判りせぬぞ」

ポルデュラはベルホルトの両手にそっと触れ、銀色の風で治癒術を施しながら語りかけた。

アロイスが捕らえた牢の中の人物はシュタイン王国5伯爵家序列第三位カリソベリル伯爵前当主ベルホルトだった。

8か月前にセルジオ達一行が滞在したカリソベリル騎士団で手合わせを御前試合へと画策しセルジオ抹殺を目論んだ人物だ。

目論みは失敗に終わり、事態を国王に進言した次期当主との代替わりを余儀なくされた。

セルジオの実父エステール伯爵現当主ハインリヒに脅威を抱くベルホルトは隠居後もセルジオ抹殺の機会を虎視眈々と窺っていた。

アロイスはベルホルトをラドフォール騎士団、影部隊シャッテンに監視させ、動向を探らせていたのだ。

「はっ、話します。全て話しますから私が捕らえられた事を内密にっ!ハインリヒ様には内密に願いたいのです」

ポルデュラは治癒術を施した指先から滴る血が止まるとベルホルトの両手にふぅと息を吹きかけた。

「ベルホルト様、まずは喉を潤しましょうぞ。茶を準備しました。召し上がって下さい」

ポルデュラはアロイスが差し出したカップを手に取るとベルホルトの両手に握らせた。

「ち、茶ですか?・・・・・」

ベルホルトは両手に握らされたカップに目を落とし、ゆらゆらと揺れる赤いパラの花びらを見つめた。

「ひゃぁぁぁ」

カタンッ!!!
バシャッ!!!

握っていたカップを投げ捨て、頭を抱えてうずくまる。

「わっ、私は渡された杯をセルジオの愛用品だと言っただけなのですっ!」

ベルホルトは頭を抱えブルブルと震えている。

ポルデュラはベルホルトの言葉にすかさず問いかけた。

「セルジオとはセルジオ騎士団団長のことか?それとも、再来した青き血が流れるコマンドールのことか?」

ガタンッ!!!

ポルデュラの問いにベルホルトは後ろに飛退とびのいた。

「くっ、黒い影が私を取り込んだのですっ!あああああっ!冷たいっ!うわぁぁぁぁ!!!」

錯乱した様に頭を抱え大声をあげた。

ブワンッ!!!!

「ふぅぅぅぅぅ」

ポルデュラは左手を天井に掲げ、銀色の風の珠を創ると息を吹きベルホルトを包み込んだ。

「ベルホルト様、大事ない。安心するのじゃ。黒の影の欠片を浄化するだけじゃ」

ベルホルトは両膝を付き天井を見上げて放心状態に陥っていた。

銀色の風の珠が螺旋状にベルホルトの身体を包み込むとポルデュラは左手二指を唇に当てた。

「アロイス、聖水をっ!」

「はっ!」

アロイスが手にした小瓶から水を滴らせ左手二指を大きく切った。

サアァァァァ・・・
パシャッパシャッ!!!

「この者の中に残りし闇の息吹よ。水の精霊ウンディーネの加護を受けし聖なる泉、泉より湧き出でし聖なる水をもって、天使の河に溶け込み我が風に乗れ。天使の誘いに従い大海原へ向え。青く青く、深く深く、大海原に抱かれ聖上の時を待て。光へと還る時を待て」

ブワッ!!
ザアァァァァァ

ポルデュラが呪文を唱えると銀色の光が聖水を巻き上げベルホルトの身体を包み込んだ。

聖水と混ざり合いながら銀色の風の珠は螺旋状に回転し徐々に大きくなっていく。

シュルシュゥゥゥゥ・・・・

天井を見上げたベルホルトの口から赤黒い色をした霧状の欠片が巻き上げられていく。

「ふっ!!!ふぅぅぅぅふっ!!」

ポルデュラが左掌を上に向け、ベルホルトに向け息を吹きかけた。

ザッ!!
サラァサラァサラァァァァ・・・・

赤黒い霧状の欠片が細かく砕け、聖水と混ざり合いながら床に吸い込まれた。

ガクンッ!!!

膝を立て天井を見上げていたベルホルトはガクッと頭を垂れた。

「ふぅぅぅぅふっ!!」

ポルデュラはベルホルトに向け、今一度息を吹きかける。

銀色のキラキラとした小さな粒がベルホルトの口から身体の中に取り込まれた。

「・・・・うぅ・・・・うっ・・・・」

ベルホルトは左手を額にあて、ブルリと頭を振ると顔を上げた。

「・・・・こっ、ここは?・・・・うっ・・・・」

激しい頭痛に襲われている様な仕草で左手を額に宛がう。

「ベルホルト様、正気に戻った様じゃな。ここはマデュラ子爵領エンジェラ河の船着き場じゃ」

ポルデュラの声に困惑している様子が伺える。

「そなた、ハインリヒ様と何ぞあったのか?」

バッ!!

「っつ!!」

ベルホルトはの名に反応し頭を上げた。

ポルデュラは静かに諭す様に語り掛ける。

「ここが牢である事は解っておるのじゃろう?そなたは王国の禁忌を犯し、アロイスに捕えられたのじゃよ。王国のを亡き者にと画策する輩どもと共にな」

「・・・・」

ベルホルトは無言でポルデュラの顔をじっと見つめた。



【春華のひとり言】

今日もお読み頂き、ありがとうございます。

マデュラ騎士団城塞の滞在部屋に案内されたセルジオ不在のバルド達。

時を祝宴前に遡って、セルジオ毒殺計画の全容が語られていきます。

実行犯はカリソベリル伯爵前当主ベルホルト。

マデュラ子爵現当主マルギット以外でセルジオ抹殺を画策している一人です。

彼が語るセルジオ毒殺計画はマルギットの魔手が王国に張り巡らされつつあることが告げられます。

果たしてセルジオの支援者はセルジオを守り通せるのか?(主人公なので・・・・大丈夫です。念のため)

次回もよろしくお願い致します。

合わせまして。

カリソベリル伯爵前当主がセルジオ抹殺を企んだ御前試合の回は

第3章 58話 カリソベリル騎士団3:御前試合

から

第3章 63話 カリソベリル騎士団8:歪みを正す方策

にてご覧いただけます。

少し遡ってお楽しみ頂けますと嬉しいです。
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