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第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~

第130話 岸壁の館

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日がとっぷり暮れた石畳の坂道は、両脇にランプが灯され岸壁の頂上いただきにそびえるマデュラ騎士団の館まで続いていた。

岸壁に沿って螺旋状に昇る道は眼下の景色が異なり、まるで別の場所にいる錯覚を覚える。

ひと際、明るい場所は商業地区だろう。歓楽街と繁華街を隣接させているから華やかな賑わいの声が聞こえる。

カコッカコッカコッ・・・・
カコッカコッカコッ・・・・

第一隊長コーエンを先頭にゆっくりと坂道を上る。

道の両脇にランプが灯されているから暗闇に足を取られる心配はないが、石畳の絶妙な傾斜は気を抜けば馬の蹄が滑る。馬術に長けた者でなければ馬では困難な道だ。

バルドは第一隊長コーエンが難攻不落だと誇らしげに語っていた事を思い出していた。

頂上に差掛ると両側に全開にされている重厚な城壁門が現れた。

潜ると景色は一気に城塞に変わった。両脇を高くそびえる城壁が囲い、回廊から侵入者を検閲できる様になっていた。

それまで緩やかな螺旋状だった道はいくつも垂直に折れ曲がり、先に進む事を躊躇する心理的仕掛けが施されている。

先が見通せず、幅が狭く、高い城壁に囲まれれば屈強な騎士でも圧迫感から恐怖と不安を抱くはずだ。

二つ目の城壁門が現れた。

ここも全開だが、館の内部に入る様で石造りのアーチ形の低い天井、更に狭まる道幅に先に進む事を躊躇う。

天井の高さは馬に乗った状態で拳二つ分程の余裕があるだけだから馬上起立すれば頭を天井に強打する。慎重にならざるを得ない仕掛けだ。

暗闇が口を開けているかの様に感じ、この先へ進むことを断念する者もあるだろう。

バルドとオスカーはできる限り詳細に城塞内部を記憶に留める様努めた。

真っ暗な中へ進んだコーエンとの後に続くと外側から順に明かりが灯る。

発光石を埋め込んでいる様子はなく、うっすらと油の匂いが漂っているから行きかう者が起こす風を利用しているのだろう。

暫く進んだ行き止まりでコーエンが立ち止まった。

腰に下げた革袋から葡萄の様な形をした木板を取り出し、右側の石壁に差し込む。

ガコンッ!!
ゴッゴゴゴッゴーーーーー

大きな音を立て、石壁が開いた。

パァァァァ・・・・

突如、太陽が目の前に現れたかと思う程の明るさにバルドはマントでセルジオごと覆う。

明るさに目を慣らす様に少しづつ、マントを開いた。

「バルド殿、どうぞお入り下さい」

扉の先に進んだコーエンが振り向きバルドを誘った。

そこは小さな街だった。

街をごっぞり岸壁上に上げた様に人々が行き交い賑わっている。

扉が開くと行き交っていた人々が道の中央を空け、両脇に並んだ。

「コーエン様、お帰りなさい!」

パタパタと掛けてきた子ども達がコーエンの周りに集まる。

「これっ、馬の後ろには行くなよ。蹴られるぞ」

コーエンが子どもらを案じ、慌てた様子で馬から下りた。

一人の子どもがコーエンの後に続くブレンに気が付いた。

「あっ!ブレン様っ!ブレン様のお帰りだよっ!」

街中に響き渡る様な大声を上げる。

その声に立ち並ぶ店から人々が溢れ出てきた。

「ブレン様っ、今日は質のいいカモ肉が手に入りましたから館の料理長に渡しておきましたよ。何でもカモ肉が好物の客人が来られるって料理長が駆け釣り回ってましたよ」

「ブレン様、ブレン様、白葡萄はまだ少し早くてね、梨をお持ちしておきました」

「ブレン様、白身魚の揚げ物を用意してありますから客人とご堪能下さい」

ブレンの周りに集まる人だかりは増える一方だった。

「皆、色々の手配、感謝申すぞ」

ブレンは一人一人の顔を見ながら労いの言葉を掛けている。

馬から下りたコーエンに倣い、バルドとオスカーはセルジオとエリオスを馬上に残し、馬から下りた。

コーエンが2人に近づく。

「この姿がマデュラ騎士団団長なのです。商業地区とは別に騎士団に仕える者達の家族を住まわせています。小さな街をそのまま岸壁に上げた様でしょう?領民は全て等しく我らの家族と申されるマデュラ子爵家家名の教えに則っているのです」

コーエンは微笑みを浮かべブレンを見つめていた。

「我らマデュラ騎士団が生殖器切除手術を受けぬ事が許されているのもを奪わぬ為なのです」

暫くブレンの様子を見ていたコーエンは「先に行きましょう」と一言告げると最後尾に付けていたエデルに目配せをした。

エデルが軽く頷くとコーエンはバルドとオスカーを伴い昼間の様に明るい街中を進んだ。

コーエンは所々で止まり、街中の案内を交える。

マデュラ子爵家は王国の定めをいくつか逸脱した独自の領地運営が許されていた。

騎士団の他、孤児院、修道院、治療院、礼拝堂等を領地内に最低一か所は設置する事が義務付けられている施設がある。

その中で孤児院の設置をしていないのは18貴族でマデュラ子爵家だけだった。

代々引き継がれてきた不設置の理由は、「数人の大人で大勢の子どもの養育をした所で手も目も行き届かないこと」だった。

孤児として育った認識を本人もそうでない者も持てば、優位に立つ者に『傲り』が生まれるからだとしていた。

領民全てがマデュラの家族となれば孤児だろうが孤児でなかろうが関係がない。

老若男女が入り混り育つ環境を整える事こそが領主の役割だとしていた。

コーエンはマデュラ領の運営と騎士団城塞のあり方を交えて街中を案内しつつ騎士団の館へ向かう。

街外れにまた重厚な城壁門が現れた。

「開門っ!!!」

ここでコーエンは初めて城壁門へ号令した。

ガコッ!
ギイィィィィ・・・・

内側から扉が開かれる。

岩盤をくり抜いた様な洞窟だった。

バルドとオスカーは身構えた。

2人の姿にコーエンは小さく微笑んだ。

「入口は敢えて地下牢を思わせる造りにしています。まぁ、城塞地下に違いはないのですが。ここからはあちらに乗って頂きます」

コーエンが指し示した先には馬も乗れる程の大きさの木枠が8台並んでいた。


「馬と一緒に上に上がります。一頭づつですからバルド殿は一番右、オスカー殿はその隣を使って下さい。私はその隣に乗ります」

コーエンの指示に従い、木枠に乗る。

バルドとオスカーは大事を取ってセルジオとエリオスを馬から下ろした。

「バルドっ!これで上に上るのか!見る物全てはじめての事ばかりだ」

セルジオは興味津々の様子で恐れる素振りすら見せない。

「セルジオ様、先ほどのブレン様との手合わせでの傷は痛みますか?」

真剣と短剣で交えた手合わせでセルジオは右足の付け根を打撲していた。

「大事ない。歩けぬ程ではない。私よりエリオスの方が重傷だ。肩が外れたからな・・・・」

心配そうに隣の木枠に乗り込んだエリオスへ目をやる。

エリオスは右腕を綿布で固定していた。

「後程、手当致しましょう。我慢はなりませんよ」

「承知しているぞ、バルド。我慢も素知らぬ素振りもせぬ。全てをバルドに話すから安心致せ」

ガコンッ!!!

話をしていると木枠が宙へ浮かんだ。

ギシッギシッギシッ・・・・
ギシッギシッギシッ・・・・

少しづつ天井に向けて浮上する。

「バルドっ!凄いなっ!どんな仕掛けになっているのだろう?」

セルジオは天井を見上げ少し興奮気味だ。

「後程、コーエン様に伺ってみましょう」

バルドは物怖じしないセルジオをそっと引き寄せた。

「少し揺れますね。セルジオ様、私におつかまり下さい」


「承知した」

セルジオはバルドの言葉に素直に反応する。

ガコンッ!!

木枠が浮上を停止した。

コーエンが進んだ後に続きアーチ形の門を潜る。

「ようこそ、我らマデュラ騎士団館へお越し下さいました」

回廊に並んだ騎士と従士が一斉に歓迎の声を上げた。

その先に月に照らされたエンジェラ河が広がっていた。





【春華のひとり言】

今日もお読み頂きありがとうございます。

マデュラ騎士団城塞内の屋敷に入りました。

城塞としての様々な仕掛けがされているマデュラ騎士団の城塞。

バルドとオスカーは貴族騎士団巡回の裏の目的である「各騎士団の内部情報調査」を抜かりなく進めます。

港を持つ領地は今も昔も最先端技術が使われていますから。

さて、団長ブレンとの真剣と短剣での手合わせの模様はセルジオ達の歓迎の宴の席にてお届けいたします。

次回もよろしくお願い致します。
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