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第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~
第127話 マデュラの訓練場
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バルドとオスカーは丘を駆け上がるコーエンの後に続いた。
コーエンに付き従っていた2人の従士は間合いを計りながらバルドとオスカーの後ろを守る様に続く。
セルジオは馬の首と並行した姿勢を取った。
斜面を上る時は前傾姿勢に、下る時は身体を直立させる。
馬の脚運びがセルジオの動きに左右されない様に重心を常に馬の前脚腋下に垂直になるように置く。
内腿で鞍を持ち上げる様に力を入れ、取手は握るが腕に力は入れない。
馬の動きに逆らわないこと。バルドから教えられた騎馬の馬術だった。
「馬は乗せる者を選びます。馬を選ぶのではなく、馬に選ばれる事が馬術の基本です」
バルドとオスカーは西の屋敷を出立してから馬の手入れを優先させていた。
毛並みを整える事は勿論、水や食事も馬から与えた。
馬房に留める時は、鼻先に額をつけ「アリオン、今日もよく働いてくれた。感謝する」と必ず馬の名を呼び話しかけていた。
「馬は人以上に感性が豊かです。噓偽りは通じません。道中、どれほど助けられていることか。感謝せねばなりませんよ」
バルドはセルジオを抱き上げ、同じように馬の鼻先に額をつけさせる。
同じように馬の名を呼び、感謝の言葉を伝えさせた。
そして、馬と心を通わせる事が馬術を上達させる何よりの訓練だと教えを説いた。
バルドの手綱捌きに馬は難なく応え、まるで平地を駆ける様に丘を越えていく。
後ろから馬の嘶きも脚運びの音もさして聞こえない事に気付くとコーエンは気を利かせて待避所に馬を寄せた。
「どう、どう・・・・」
馬の鼻先を後方へ向けるとバルドもオスカーもコーエンのすぐ後ろで馬の鬣を均していた。
コーエンは目を見開いた。
バルドとオスカーが己の遥か後方を追ってきていると思ったからだ。
いくらバルドとオスカーがかつてセルジオ騎士団で騎馬の従士として仕えていたと言っても相乗りでこの起伏ある丘を己と同じ速さでついてこられるとは思っていなかった。
しかも、セルジオとエリオスを乗せたまま馬に脚を上げさせ、蹄に小石が挟まっていないかを確認までしている。
馬を気遣うバルドとオスカーの姿に言葉を失っているとようやく2人の従士が追いつき待避所に姿を現した。
2人の姿を捉えるとバルドとオスカーはひらりと馬に跨る。
コーエンは唖然とした。
マデュラ騎士団団長以下、騎馬の騎士が先行して丘を踏み均していたから普段よりは駆けやすかったのは事実だ。
それでも相乗りで、ましてや後方から付き従う従士よりも相当の速さで乗りこなせる斜面ではない。
騎士団を退団してから7年近くなるバルドとオスカーが日々訓練を怠らないとはいえ、現役当時には及ばないはずだ。
マデュラ騎士団が王国最強であり、その訓練は王国一だと自負していたコーエンはセルジオ騎士団の力量に空恐ろしさを感じた。
じっと見つめるコーエンにセルジオは首を傾げる。
「コーエン様?いかがされましたか?」
ビクリッ!!
コーエンは飛び上がった。
カッカカッ!!!
ヒィヒヒィィン!!!
コーエンの動きに馬が驚き前脚を上げて嘶いた。
「うわっ!!!」
落馬しかけたコーエンは大声を上げ慌てて手綱を強く引く。
カッカカカッ!!!
ヒィヒヒィィンーーーー!!!
その動きに馬が暴れ出した。
前後に脚を上げ、コーエンを振り落とそうとしている。
いくら訓練をされている馬でもこうなると落ち着かせるのに苦労する。
コーエンは振り落とされない様、必死に手綱を操作するが、馬は落ちつく気配を見せない。
暫く様子を窺っていたバルドとオスカーはゆっくりとコーエンの両側へ馬を進めた。
コーエンの乗る馬に左右から少しづつ馬を寄せる。
「ホーホー」と穏やかな声を掛けながらコーエンに手綱を左右にゆっくり動かす様に示した。
コーエンはバルドとオスカーに示された通り、手綱を左右に動かし己も呼吸を整えた。
馬は瞬く間に何事もなかったかの様に平静さを取り戻した。
コーエンは安堵し大きく息を吐いた。
「コーエン様、大事ございませんか?私が突然に声を掛けて驚かせてしまったのですね。申し訳ありません」
セルジオが馬上で頭を下げた。
「いっいえっ!!セルジオ様が詫びる事など何一つございませんっ!わっ、わっ、私が驚いてしまっただけにて・・・・」
コーエンは慌てる己の言動に気付くとふぅと大きく息を吐き、呼吸を整えた。
セルジオへ身体を向ける。
「面目次第もございません。まさかここまで馬術の心得がおありとは思いもよらず・・・・バルド殿とオスカー殿を・・・・いえ、セルジオ様とエリオス様を侮っておりました。相乗りでこの訓練場の丘の斜面をこうも乗りこなせるとは思いもよらず・・・・」
ザッ!!!
コーエンは馬から下りると左手を胸に当て、跪いた。
「セルジオ様、エリオス様、バルド殿、オスカー殿、これまでの非礼、改めてお詫び致します」
2人の従士がコーエンの行動に顔を見合わせ、
慌ててコーエンの左右に控え跪く。
「マデュラ騎士団は一切の傲りを持ってはならぬ戒めがございます。されど、私は我が騎士団が王国最強であり、訓練においては王国一と自負しておりました。それが傲りであったと今、ここに、この場で思い知らされました。今の我らの力量ではセルジオ騎士団の足元にも及ばぬと。どうか、マデュラにご滞在の間、我らに騎士の務めをご教授頂きたく存じます」
ザッ!!!
コーエンと2人の従士は再び頭を下げた。
セルジオはコーエンの行動に西の屋敷を出立した際の叔父である現セルジオ騎士団団長の言葉を思い出した。
『1つは他家騎士団へ赴く際の心得だ。よいか!他家騎士団へ赴く折りは最初が肝心だ。そなたらの今持てるものを存分に見せてやれ!子供だとて怯む必要も臆することもない!次期セルジオ騎士団団長と次期セルジオ騎士団第一隊長であることを忘れるな!』
『堂々としておればよい!堂々としておれば相手の眼にはそなたら2人の後ろに我らの姿が映るはずだ!そうなれば安々とは手出しできまい。よいか!最初が肝心だ!何があろうと怯まず、臆さず、堂々とだ!』
今、目の前でその言葉通りの事が起こっている。
セルジオは首を後ろの回し、バルドの顔を見上げた。
バルドは小さく頷き、微笑みを向ける。コーエンの口上に呼応しろと言う事だ。
セルジオは姿勢を正しコーエンを見下ろした。
「コーエン様、お話しありがたくお受け致します。ただ、私もエリオスも我らが師に教えを受けている最中です。よければ日々の訓練に立会いさせて頂き、手合わせ等お願いできればと思いますが、いかがですか?」
これもバルドとオスカーの教えだった。
「教えを請いたい」の言葉が出たら、必ず日々の訓練の参加を促し、その中での手合わせを願い出ろと。
相手が下手に出た時はよくよく言葉を選び、相手に選択させよと。
いくらセルジオ騎士団団長名代とはいえ、騎士団入団前の子どもであることに変わりはない。
バルドとオスカーに至ってはセルジオとエリオスの教育係であり訓練施設同行従士でしかない。
貴族騎士団団長以下団員を相手にするのだ。その誇りを蔑ろにしてはならない。常に謙虚でいることが肝要なのだと事ある毎にセルジオとエリオスに説き聞かせていた。
コーエンはセルジオの言葉に勢いよく呼応する。
「はっ!!有難く存じます。我らの日々の訓練での手合わせ、お願い致しますっ!」
コーエンは嬉々とした表情をセルジオへ向けた。
「よろしく頼みます」
セルジオはコーエンに微笑み呼応する。
「はっ!!」
コーエンは頭を下げて呼応した。
それからコーエンは従士2人に先に団長ブレンの元へ向かう様、指示を出した。
バルドとオスカーの馬術に最早、後方からの支援は必要ないと判断したからだ。
コーエンはセルジオへ馬の鼻先を向ける。
「従士は先に団長ブレンの元に向かわせます。バルド殿とオスカー殿の馬術の前では我らの方が足手まといとなりましょう。2人の姿が見えなくなってから我らは出発致します」
前方でモタモタされてはその方が危険だと言わんばかりにコーエンは嬉しそうに笑った。
2人の従士がいくつかの斜面を越え、起伏の先に姿が消えるのを見届けるとコーエンは「そろそろ」と言い、ゆっくり馬を進めた。
これも時間調整だろうとバルドとオスカーはコーエンの後から並列で進む。
コーエンは徐々に足取りと早めるが、先ほどの様に後ろを気遣い速さを調整する素振りは見せなかった。
いくつかの斜面を越えるとカンカンと剣が交わる音と共に大勢の弱い血香が感じられた。
コーエンは斜面の頂上で馬を止めた。
バルドとオスカーはコーエンの左右に馬を並べた。
斜面を下った先は白兵戦用の訓練場となっていた。
マデュラ騎士団団員150名全員が重装備の鎧を纏い、剣で手合わせをしている。
圧巻だった。
「これは・・・・」
バルドから思わず声が漏れた。
これまで10の貴族騎士団を巡回してきた。訓練場はそれぞれ工夫が施され、実戦に近い訓練が日々行われていた。
だが、ここまで実戦さながらに訓練ができる訓練場はなかった。
王国最強と謳われるセルジオ騎士団、ラドフォール騎士団でさえ、ここまでではない。
コーエンが「王国一の訓練を誇る」と言っていたのが頷けた。
バルドはオスカーと顔を見合わせる。
ここまでの訓練場を設えていれば「マデュラ騎士団に不穏な動きあり」と言われても仕方がない事だ。
いくら団長以下、団員にその気がなくとも訝《いぶか》しく思う者もあるはずだ。
特に王都騎士団総長はマデュラ騎士団に目を光らせていた。
他国との交易に騎士団が同道することも商人や積荷の守護より他に目的があるのではないかと団長会談の際に幾度となく問い詰められていたと聞く。
御前試合で観せる統制の取れた演武でさえ、徒ならぬものだと捉えられていた程だ。
訓練の光景に厳しい目を向けるバルドとオスカーにコーエンはポツリと呟いた。
「我らにやましい思惑は一つもございません。ただただ、王国の為、領民の為、日々の営みを守護し、憂いを払う存在であるための工夫であるのに・・・・青と赤の因縁を作った家門と罵られるばかりで・・・・王都騎士団総長でさえ、我らをご理解しては下さらぬのです」
コーエンの言葉はマデュラ騎士団の切実な思いなのだろう。
王国の貴族騎士団がこの光景を目にすれは恐れを抱かない者はないであろう。
ポルデュラが上空に姿を現していなければバルドとオスカーはマデュラ騎士団の訓練場を観る事はなかった。
コーエンの今までの話から察するに王都騎士団総長への届け出は真実を伝えているのだろう。
時として真実が不信感を抱かせる場合もある。
バルドとオスカーはセルジオ騎士団団長からもう一つの巡回目的「各貴族騎士団の戦力の調査」を託されていた。
今回の場合は既に王都騎士団総長が不信感を抱いているから報告の仕方を吟味する必要がある。
マデュラ騎士団が潔白である証を示すにはポルデュラが言う様に「青と赤の因縁の終わりの初まり」をセルジオ自らがこの地で公言することが先決だろう。
バルドとオスカーが眼下に広がる白兵戦訓練場を凝視していると騎士たちの動きが突然とまった。
見ると団長ブレンが左手で高々と剣を挙げている。
「止めいっ!隊列を整えろっ!」
ザザッ!!!
一瞬にして1列8名、18列の隊列が組まれた。
ザザッッ!!!
ザザァッツ!!!
団長ブレンが丘の斜面に向けて跪くと続いて隊列も跪く。
「では、参りましょう。我がマデュラ騎士団へようこそお越し下さいましたっ!」
コーエンは一言告げると斜面を勢いよく駆け下りていった。
【春華のひとり言】
今日もお読み頂きありがとうございます。
マデュラ騎士団訓練場の様子でした。
過去を戒め、信用回復に懸命なマデュラ騎士団ですが、その想いとは裏腹な周りからの評価に苦しめられています。
今も昔も一度失った信用を取り戻すためには世代を超えても相当の労力が必要ですね。
今は清廉潔白であっても過去の経緯と背景が拭えきれないのが風評なのかもしれないなと思った次第です。
物語の進行で団長ブレンとの正式対面が次回に持ち越しとなりましたことお詫び致します。
前回の春華のひとり言で予告したのに・・・・信用を失わない様に有言実行でありたいです。
次回もよろしくお願い致します。
補足でのご案内です。
セルジオ達が出立前に掛けられたセルジオ騎士団団長からの言葉は
「第2章 第5話 壮途に就く:出立の日」
にてご覧頂けます。
こちらも熱く語るセルジオ騎士団団長をご堪能下さい。
コーエンに付き従っていた2人の従士は間合いを計りながらバルドとオスカーの後ろを守る様に続く。
セルジオは馬の首と並行した姿勢を取った。
斜面を上る時は前傾姿勢に、下る時は身体を直立させる。
馬の脚運びがセルジオの動きに左右されない様に重心を常に馬の前脚腋下に垂直になるように置く。
内腿で鞍を持ち上げる様に力を入れ、取手は握るが腕に力は入れない。
馬の動きに逆らわないこと。バルドから教えられた騎馬の馬術だった。
「馬は乗せる者を選びます。馬を選ぶのではなく、馬に選ばれる事が馬術の基本です」
バルドとオスカーは西の屋敷を出立してから馬の手入れを優先させていた。
毛並みを整える事は勿論、水や食事も馬から与えた。
馬房に留める時は、鼻先に額をつけ「アリオン、今日もよく働いてくれた。感謝する」と必ず馬の名を呼び話しかけていた。
「馬は人以上に感性が豊かです。噓偽りは通じません。道中、どれほど助けられていることか。感謝せねばなりませんよ」
バルドはセルジオを抱き上げ、同じように馬の鼻先に額をつけさせる。
同じように馬の名を呼び、感謝の言葉を伝えさせた。
そして、馬と心を通わせる事が馬術を上達させる何よりの訓練だと教えを説いた。
バルドの手綱捌きに馬は難なく応え、まるで平地を駆ける様に丘を越えていく。
後ろから馬の嘶きも脚運びの音もさして聞こえない事に気付くとコーエンは気を利かせて待避所に馬を寄せた。
「どう、どう・・・・」
馬の鼻先を後方へ向けるとバルドもオスカーもコーエンのすぐ後ろで馬の鬣を均していた。
コーエンは目を見開いた。
バルドとオスカーが己の遥か後方を追ってきていると思ったからだ。
いくらバルドとオスカーがかつてセルジオ騎士団で騎馬の従士として仕えていたと言っても相乗りでこの起伏ある丘を己と同じ速さでついてこられるとは思っていなかった。
しかも、セルジオとエリオスを乗せたまま馬に脚を上げさせ、蹄に小石が挟まっていないかを確認までしている。
馬を気遣うバルドとオスカーの姿に言葉を失っているとようやく2人の従士が追いつき待避所に姿を現した。
2人の姿を捉えるとバルドとオスカーはひらりと馬に跨る。
コーエンは唖然とした。
マデュラ騎士団団長以下、騎馬の騎士が先行して丘を踏み均していたから普段よりは駆けやすかったのは事実だ。
それでも相乗りで、ましてや後方から付き従う従士よりも相当の速さで乗りこなせる斜面ではない。
騎士団を退団してから7年近くなるバルドとオスカーが日々訓練を怠らないとはいえ、現役当時には及ばないはずだ。
マデュラ騎士団が王国最強であり、その訓練は王国一だと自負していたコーエンはセルジオ騎士団の力量に空恐ろしさを感じた。
じっと見つめるコーエンにセルジオは首を傾げる。
「コーエン様?いかがされましたか?」
ビクリッ!!
コーエンは飛び上がった。
カッカカッ!!!
ヒィヒヒィィン!!!
コーエンの動きに馬が驚き前脚を上げて嘶いた。
「うわっ!!!」
落馬しかけたコーエンは大声を上げ慌てて手綱を強く引く。
カッカカカッ!!!
ヒィヒヒィィンーーーー!!!
その動きに馬が暴れ出した。
前後に脚を上げ、コーエンを振り落とそうとしている。
いくら訓練をされている馬でもこうなると落ち着かせるのに苦労する。
コーエンは振り落とされない様、必死に手綱を操作するが、馬は落ちつく気配を見せない。
暫く様子を窺っていたバルドとオスカーはゆっくりとコーエンの両側へ馬を進めた。
コーエンの乗る馬に左右から少しづつ馬を寄せる。
「ホーホー」と穏やかな声を掛けながらコーエンに手綱を左右にゆっくり動かす様に示した。
コーエンはバルドとオスカーに示された通り、手綱を左右に動かし己も呼吸を整えた。
馬は瞬く間に何事もなかったかの様に平静さを取り戻した。
コーエンは安堵し大きく息を吐いた。
「コーエン様、大事ございませんか?私が突然に声を掛けて驚かせてしまったのですね。申し訳ありません」
セルジオが馬上で頭を下げた。
「いっいえっ!!セルジオ様が詫びる事など何一つございませんっ!わっ、わっ、私が驚いてしまっただけにて・・・・」
コーエンは慌てる己の言動に気付くとふぅと大きく息を吐き、呼吸を整えた。
セルジオへ身体を向ける。
「面目次第もございません。まさかここまで馬術の心得がおありとは思いもよらず・・・・バルド殿とオスカー殿を・・・・いえ、セルジオ様とエリオス様を侮っておりました。相乗りでこの訓練場の丘の斜面をこうも乗りこなせるとは思いもよらず・・・・」
ザッ!!!
コーエンは馬から下りると左手を胸に当て、跪いた。
「セルジオ様、エリオス様、バルド殿、オスカー殿、これまでの非礼、改めてお詫び致します」
2人の従士がコーエンの行動に顔を見合わせ、
慌ててコーエンの左右に控え跪く。
「マデュラ騎士団は一切の傲りを持ってはならぬ戒めがございます。されど、私は我が騎士団が王国最強であり、訓練においては王国一と自負しておりました。それが傲りであったと今、ここに、この場で思い知らされました。今の我らの力量ではセルジオ騎士団の足元にも及ばぬと。どうか、マデュラにご滞在の間、我らに騎士の務めをご教授頂きたく存じます」
ザッ!!!
コーエンと2人の従士は再び頭を下げた。
セルジオはコーエンの行動に西の屋敷を出立した際の叔父である現セルジオ騎士団団長の言葉を思い出した。
『1つは他家騎士団へ赴く際の心得だ。よいか!他家騎士団へ赴く折りは最初が肝心だ。そなたらの今持てるものを存分に見せてやれ!子供だとて怯む必要も臆することもない!次期セルジオ騎士団団長と次期セルジオ騎士団第一隊長であることを忘れるな!』
『堂々としておればよい!堂々としておれば相手の眼にはそなたら2人の後ろに我らの姿が映るはずだ!そうなれば安々とは手出しできまい。よいか!最初が肝心だ!何があろうと怯まず、臆さず、堂々とだ!』
今、目の前でその言葉通りの事が起こっている。
セルジオは首を後ろの回し、バルドの顔を見上げた。
バルドは小さく頷き、微笑みを向ける。コーエンの口上に呼応しろと言う事だ。
セルジオは姿勢を正しコーエンを見下ろした。
「コーエン様、お話しありがたくお受け致します。ただ、私もエリオスも我らが師に教えを受けている最中です。よければ日々の訓練に立会いさせて頂き、手合わせ等お願いできればと思いますが、いかがですか?」
これもバルドとオスカーの教えだった。
「教えを請いたい」の言葉が出たら、必ず日々の訓練の参加を促し、その中での手合わせを願い出ろと。
相手が下手に出た時はよくよく言葉を選び、相手に選択させよと。
いくらセルジオ騎士団団長名代とはいえ、騎士団入団前の子どもであることに変わりはない。
バルドとオスカーに至ってはセルジオとエリオスの教育係であり訓練施設同行従士でしかない。
貴族騎士団団長以下団員を相手にするのだ。その誇りを蔑ろにしてはならない。常に謙虚でいることが肝要なのだと事ある毎にセルジオとエリオスに説き聞かせていた。
コーエンはセルジオの言葉に勢いよく呼応する。
「はっ!!有難く存じます。我らの日々の訓練での手合わせ、お願い致しますっ!」
コーエンは嬉々とした表情をセルジオへ向けた。
「よろしく頼みます」
セルジオはコーエンに微笑み呼応する。
「はっ!!」
コーエンは頭を下げて呼応した。
それからコーエンは従士2人に先に団長ブレンの元へ向かう様、指示を出した。
バルドとオスカーの馬術に最早、後方からの支援は必要ないと判断したからだ。
コーエンはセルジオへ馬の鼻先を向ける。
「従士は先に団長ブレンの元に向かわせます。バルド殿とオスカー殿の馬術の前では我らの方が足手まといとなりましょう。2人の姿が見えなくなってから我らは出発致します」
前方でモタモタされてはその方が危険だと言わんばかりにコーエンは嬉しそうに笑った。
2人の従士がいくつかの斜面を越え、起伏の先に姿が消えるのを見届けるとコーエンは「そろそろ」と言い、ゆっくり馬を進めた。
これも時間調整だろうとバルドとオスカーはコーエンの後から並列で進む。
コーエンは徐々に足取りと早めるが、先ほどの様に後ろを気遣い速さを調整する素振りは見せなかった。
いくつかの斜面を越えるとカンカンと剣が交わる音と共に大勢の弱い血香が感じられた。
コーエンは斜面の頂上で馬を止めた。
バルドとオスカーはコーエンの左右に馬を並べた。
斜面を下った先は白兵戦用の訓練場となっていた。
マデュラ騎士団団員150名全員が重装備の鎧を纏い、剣で手合わせをしている。
圧巻だった。
「これは・・・・」
バルドから思わず声が漏れた。
これまで10の貴族騎士団を巡回してきた。訓練場はそれぞれ工夫が施され、実戦に近い訓練が日々行われていた。
だが、ここまで実戦さながらに訓練ができる訓練場はなかった。
王国最強と謳われるセルジオ騎士団、ラドフォール騎士団でさえ、ここまでではない。
コーエンが「王国一の訓練を誇る」と言っていたのが頷けた。
バルドはオスカーと顔を見合わせる。
ここまでの訓練場を設えていれば「マデュラ騎士団に不穏な動きあり」と言われても仕方がない事だ。
いくら団長以下、団員にその気がなくとも訝《いぶか》しく思う者もあるはずだ。
特に王都騎士団総長はマデュラ騎士団に目を光らせていた。
他国との交易に騎士団が同道することも商人や積荷の守護より他に目的があるのではないかと団長会談の際に幾度となく問い詰められていたと聞く。
御前試合で観せる統制の取れた演武でさえ、徒ならぬものだと捉えられていた程だ。
訓練の光景に厳しい目を向けるバルドとオスカーにコーエンはポツリと呟いた。
「我らにやましい思惑は一つもございません。ただただ、王国の為、領民の為、日々の営みを守護し、憂いを払う存在であるための工夫であるのに・・・・青と赤の因縁を作った家門と罵られるばかりで・・・・王都騎士団総長でさえ、我らをご理解しては下さらぬのです」
コーエンの言葉はマデュラ騎士団の切実な思いなのだろう。
王国の貴族騎士団がこの光景を目にすれは恐れを抱かない者はないであろう。
ポルデュラが上空に姿を現していなければバルドとオスカーはマデュラ騎士団の訓練場を観る事はなかった。
コーエンの今までの話から察するに王都騎士団総長への届け出は真実を伝えているのだろう。
時として真実が不信感を抱かせる場合もある。
バルドとオスカーはセルジオ騎士団団長からもう一つの巡回目的「各貴族騎士団の戦力の調査」を託されていた。
今回の場合は既に王都騎士団総長が不信感を抱いているから報告の仕方を吟味する必要がある。
マデュラ騎士団が潔白である証を示すにはポルデュラが言う様に「青と赤の因縁の終わりの初まり」をセルジオ自らがこの地で公言することが先決だろう。
バルドとオスカーが眼下に広がる白兵戦訓練場を凝視していると騎士たちの動きが突然とまった。
見ると団長ブレンが左手で高々と剣を挙げている。
「止めいっ!隊列を整えろっ!」
ザザッ!!!
一瞬にして1列8名、18列の隊列が組まれた。
ザザッッ!!!
ザザァッツ!!!
団長ブレンが丘の斜面に向けて跪くと続いて隊列も跪く。
「では、参りましょう。我がマデュラ騎士団へようこそお越し下さいましたっ!」
コーエンは一言告げると斜面を勢いよく駆け下りていった。
【春華のひとり言】
今日もお読み頂きありがとうございます。
マデュラ騎士団訓練場の様子でした。
過去を戒め、信用回復に懸命なマデュラ騎士団ですが、その想いとは裏腹な周りからの評価に苦しめられています。
今も昔も一度失った信用を取り戻すためには世代を超えても相当の労力が必要ですね。
今は清廉潔白であっても過去の経緯と背景が拭えきれないのが風評なのかもしれないなと思った次第です。
物語の進行で団長ブレンとの正式対面が次回に持ち越しとなりましたことお詫び致します。
前回の春華のひとり言で予告したのに・・・・信用を失わない様に有言実行でありたいです。
次回もよろしくお願い致します。
補足でのご案内です。
セルジオ達が出立前に掛けられたセルジオ騎士団団長からの言葉は
「第2章 第5話 壮途に就く:出立の日」
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